第二章『彼(か)の日』
ひらり、と血片が舞う。
ああ。
彼は自らを見下ろす。
醜い掌の傷は、もう二度と、消せはしない。
妹が好きだった。愛していた。大切な家族だった。
父を憎んでいたわけではなかった。
ただすれ違っていただけ。
家族だった。
母も、兄も、姉も、皆、家族……だった。
僕が壊した。
僕が殺した。
ぽつり、一粒の雨。
病の妹を守るため、僕は実の家族の命をもぎ取った。
妹は、助からなかった。
僕は……間違っていた。間違いすぎていた。
妹を捨ててこようと言ったのは父。
賛同した母、兄、姉。
僕は間違っていた。衣服ひとつ買えない僕らに、妹を救うことなどできやしなかったのに。
妹が捨てられる井戸に先回りして、僕はそうして父の頭蓋を割った。
心配して追ってきた母も、兄も、姉も屠った。
恐怖なんてかけらもなく、僕は僕が救えたであろう生命に歓喜していた。
間違いようもなく、それが異常さに気づいたのは、すでに床で冷たくなっていた妹を見たとき。
幼いひとつを救うため、喪ったのは四つの魂と、ひとつの心。
壊れた僕を、神は救わない。
僕はひたすら壊し続け、いつか自らの命さえ壊すだろう。
それは永遠に続く、血塗られた日の繰り返し。
――僕の物語は、ここからはじまった――。