北風と太陽~夢の自然現象タッグ編~
ある時北風さんと太陽さんが、どちらが強いかで言い争っていました。
「俺の風パワーは、お前の熱よりも強いぜ!」と、北風さん。
「何をー! オレの熱パワーの方が、お前よりも上だもんねー!」と、太陽さん。
両者共に譲りません。どうやら、話し合いでは結論が出ないようです。
「こうなったら、勝負をして白黒付けようか」
「ああ、良いよ。内容はどうする?」
北風さんの提案に、太陽さんは尋ねました。
丁度そこに、一人の旅人が道を歩いているのが見えました。それを頭上から見下ろしながら、
「そうだな。だったら、あの旅人の羽織っているマントを脱がせた方の勝ち、って言うのはどうだ?」
北風さんはそう言います。「良し、それで行こう」と太陽さんからも同意を得ました。
「ならば早速、俺から行くぜ!」
先手必勝とばかり、北風さんは前に出ます。そして自身から発生する風を、勢い良く旅人へと浴びせました。
「ふっふっふ。俺の風なら、あんな布切れなんぞあっという間に吹き飛ばせるぜ」
自信満々に、北風さんは笑います。
強風に煽られた旅人は、
「うっわ、寒!?」
マントを飛ばされまいと、端をしっかりと掴んで体に密着させるように引っ張り込みました。
「な、何でだよ!!」
北風さんは叫びます。彼はうっかり、自身の起こす風はとても冷たい、と言う事を忘れていました。寒くなれば人は服を着込むものです。
「ちっくしょう、マント吹き飛べー!」
思い通りに行かない事に苛立った北風さんは、力ずくで脱がそうと更なる強風を浴びせます。木々の小枝をざわめかせ、砂埃を舞い上がらせ、寒風が吹き荒びました。
「うおっ、ますます寒くなったな。マント飛ばされそうだし」
旅人は更にしっかりとマントを掴み、体に巻き付けるように押さえ込みました。これでは吹き飛ばすのが余計に難しいでしょう。
「そこまでだな。さあ、次はオレの番さ」
「く、くそー」
太陽さんに言われ、北風さんはすごすごと引き下がりました。
「オレの熱パワーを見せ付けてやるさ。行くぞー!」
代わりに前に出た太陽さんがそう叫び、力を込めます。彼が発する熱が、辺りを緩やかに温めて行きました。
「ううん? 今度は温かくなって来たな」
旅人の呟きに、太陽さんは手応えを感じました。
ふふんっ。北風よ、失敗したな!
力ずくでやろうとするから、相手は抵抗するのさ! それよりも、自分からマントを脱ぎたい状況を作ってやった方が上手く行くんだよ!
胸中で勝利を確信しつつも、太陽さんは焦りません。あくまでも緩やかに、気温を上げて行きました。
この暖かさを前に旅人は、
「いやー、私は温かいの好きなんだよねー。こりゃ良いわー」
「何でぇっ!?」
むしろご褒美とばかりに喜んでいました。十中八九、勝てるだろうと思っていた太陽さんは、予想外の光景に動揺します。そりゃあもう、動揺しました。渾身の傑作ギャグを披露したら、周囲から『ああ〜(苦笑)。……それで?』と言われた時位には。
「い、いや違う! 温度、そう温度が足りないだけさ! どりゃー!」
鼻っ柱を強かに打ち据えられた太陽さんは、更に力を込めて気温を上げます。策が上手く行かないので、結局力押し。だいぶみっともない光景です。
その様子から薄っすらと察した北風さんの、『ねえねえ、今、どんな気持ち?』と言いたげな視線を強引に受け流し、太陽さんは頑張りました。
「むしろ、熱いのとか好きだわー。セルフ我慢大会開きたくなるわー」
「何でぇえっ!?」
マフラーを取り出して首元に巻き付ける旅人の姿に、太陽さんは半泣きになりました。
「はい、そこまで。いやー、頑張ったんだけどねー」
「ここぞとばかりに上から目線で来たな!?」
ポンポンと太陽さんの肩(?)を叩きながら、北風さんが労いの言葉を掛けま
す。
「つ……つーか北風、お前だって自信満々で行った癖に、全然駄目だったじゃんかよ! ダッセェよお前!!」
悔し紛れに太陽さんが言い放った言葉に、
「………………(グスッ)」
「まさかクリティカルヒットするとは思わなかったな!?」
思わずマジ泣きする北風さんでした。調子に乗っていたら、カウンターを食らって沈黙。やはり、みっともない光景です。
「……こ、ここは引き分けって事にしとこうぜ。それよりも太陽、このままじゃ終われねえ。ここは協力して旅人のマントを脱がせてやろうぜ」
涙を拭い、努めて平静を保ちながら、北風さんは言います。
「……そ、そうだな。それで、どう協力するんだ?」
「あの旅人は、寒いからマントをしっかりと掴んでいた。だから俺の風を、お前の熱で温めるんだ」
「分かった、それで行こう」
打倒旅人のため、ここに両者の同盟が締結されました。
「「行くぞー!!」」
即席の友情パワーを燃えたぎらせながら、北風さんと太陽さんは力を込めます。太陽さんの発する熱で冷気を緩和されながら、北風さんの風が吹き荒れました。
その平均風速は秒速二十メートル強に達します。木の小枝をへし折り、民家の瓦さえ飛ばしてしまう程の風圧が、旅人へと襲い掛かりました。その目標は、彼のマントです。
「うおおおお!?」
旅人が、思わず声を上げます。何しろ、普通なら人間が転ばされるような風速なのです。
「「良しっ、吹き飛べー!」」
手応えを感じた北風さんと太陽さんは、より一層の力を込めました。自分達の意地のために、地上に災害を起こす。両者は大自然の猛威と言う名の免罪符を発行済みなので問題ありませんが、迷惑極まりないので皆さんは真似をしないで下さい。
「ぬぅおおおおおーーーーっ!!」
旅人は、雄叫びと共に耐えます。風に巻き上げられ、飛んで来た砂や石がその身に叩き付けられますが、ただひたすらに耐え抜きます。周囲は太陽さんの発する熱で、ぐんぐんと気温が上がります。
やがて、旅人の姿が砂埃の中に掻き消えます。成果を確認するべく、北風さんと太陽さんは力を緩め、風を止めました。
「「ど……どうだ!?」」
もうもうとした砂埃が薄まり、徐々に旅人の姿が露わになって行きます。やがてその姿がはっきりと確認出来るようになり――
「あー、びっくりした。何なんだ、今の風は……」
そこには、マントを身に纏ったまま立ち尽くす、旅人が居ました。
「取りあえず、何も飛ばされずに済んだな。良かった良かった」
その身の埃を払い落としながら独りごちる旅人の姿を、北風さんと太陽さんは呆然と眺めます。
やがて旅人は、再び歩き出しました。その背に向かって、
「「降参っす!! スンマセンッしたーー!!」」
揃って頭を下げる、北風さんと太陽さんでしたとさ。




