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サルカニ合戦~逆襲のカニ編~そのに。

 仇討ちに燃える子ガニ達、臼、栗、蜂、牛のふん。彼等一行の眼前に、サルの自宅がありました。事前に蜂が偵察しており、内部構造もしっかりと把握しています。


「これから、作戦を決行する。みんな、準備は良いか?」

 一同のリーダー役である臼の言葉に、


「オーケイ、オーケイ。いつでも良いネ」

「フフフ、やってやろうじゃないさ」

「……ああ」


 栗、蜂、牛の糞がそれぞれに答えます。


『皆さん、お願いします』

 緊張に声を震わせながら、子ガニ達は言いました。


 それぞれが配置に着きます。いよいよ、作戦決行の時がやって来ました。






「ただいま〜、っと」

 出入り口の戸を開けながら、サルは暢気に言いました。


 彼にとってはいつも通りの自宅風景。ですが、ある事に気が付きました。


「……ん? 囲炉裏の炭に火がいてる?」

 囲炉裏にくべられた炭に、ぼんやりと赤い光が灯っているではありませんか。外出時、確かに灰を被せておいたにも関わらず。


「まあ多分、親切な小人とかが用意してくれたんだろ」

 サルはそれでも全く気に留める様子はありません。恐ろしい程の危機管理能力の欠如ぶりです。


 何の気もなしにサルは囲炉裏に近付き、


「ユニバァァァァァァスッ!!」

「痛ぁっ!?」


 火の中で何かが『バチンッ』と弾け、サルの額に向かって手痛い体当たりを食らわせて来ました。


 その正体は、囲炉裏に隠れていた栗でした。彼は炭火の中に己の身体を置いて待ち構え、頃合い良しと見るや勢い良く弾け飛んだのです。その身を焼き栗に変える事もいとわず、仇討ちの手助けをする。並の栗に出来る事ではありませんでした。


 そのまま栗は、サルの額に自身の熱々の身体を『ぎゅううううっ』と押し付けました。


「熱ぢゃああああああっ!?」

 あまりの熱さにサルは思わず額に手を伸ばしますが、その前に栗はひらりと飛び降り、そのまま床を転がり去って行きました。


「何で栗が!? と、取り敢えず水で冷やそう!」

 サルは慌てて土間に置いてある水瓶へと駆け寄り、


「はいだらぁぁぁぁぁぁっ!!」

「痛っだああああああっ!?」


 意味の判らない叫びと共に飛び出して来た一匹の蜂に、顔をチクリと針で刺されました。


 正体はもちろん、子ガニ達に加勢をした蜂です。彼女はずっと水瓶の影に隠れ、己の針でサルを刺す機会を伺っていたのです。


 そんな事情など知る由もないサルは更に慌てふためき、蜂を追い払おうと平手をデタラメに振り回します。蜂はその平手を掻い潜り、逆に手の指の関節を狙って針を突き立てました。


「痛い痛い痛いっ!?」

 指に感じる鋭い痛覚に、サルは叫び声を上げます。今後しばらく、指を曲げ伸ばしするだけでも痛い思いをするでしょう。恐るべきは、蜂の冷徹な計算です。


「さあ坊や達、今だよ!」

突撃開始ヤシャスィーンッ!!』

「どわああああああっ!?」


 蜂の合図と共に物陰から飛び出した子ガニ達が一斉に鬨の声を上げ、サルへと襲い掛かりました。


「お、お前等、あの時のカニの子か!? って、痛たたたたっ!?」

『母ちゃんの仇討ちだ、思い知れ!』


 子ガニ達は宣言し、サルの身体のあちこちに爪を立てます。未だ未熟な彼等の爪なれど、その心に感じた怒りと無念とを、確かにサルへと伝えるだけの力が込められていました。


「マママ、マズイッ!? そ、外に逃げなきゃ!!」

 完全にパニック状態に陥ったサルは、慌てふためきながら出入り口へと向かいます。


 戸を開き、急いで外へと駆け出し、


「……知らなかったのか……? 牛の糞からは逃げられない……!!」

「エンガチョッ!?」


 入り口で待ち構えていた牛の糞を踏んづけ、転んでしまいました。


 牛の糞。彼は口数こそ少ないですが、理不尽に対する怒りとそれに立ち向かう気骨の程は、自分の身体が潰れる事も構わず足止めを買って出るその行為にはっきりと表れていました。


 そして――


『臼さんっ!!』

「アイ・キャン・フラァァァァァァイッ!!」


 子ガニ達の合図で、屋根の上で待機していた臼がサルの背中目掛けて飛び降りました。


 ケヤキで作られたその身体が重力に引かれ、眼下に見えるサルの身体がみるみる迫り、


「うっぎゃああああああああああっ!?」

 断罪の一撃が、サルの背中に振り下ろされました。


『どうだ、思い知ったか!』

「……うぎゅ〜……」


 子ガニ達の声に、完全ノックアウトのサルは力なくうめき声を漏らすのでした。






「すんませんでした。マジすんませんでした」


 子ガニ達を前にして、ズタボロ状態のサルはただただ平謝りします。


「どうするかね、子ガニ君達」と臼。

「後の処遇はあんた達に任せるよ」と蜂。

「…………」と牛の糞。と言うか、何も言ってません。


 子ガニ達は互いに顔を見合わせ、


『まあこれで、ボク達の気は晴れたから。もう良いんじゃない?』

 と言いました。


 場に一件落着の雰囲気が漂い始めたその時――


「あらあら。まだ私の気は晴れてないわよ?」

 その声に、子ガニ達一同は振り返ります。


 そこに居たのは、入院中であるはずの親ガニでした。表情こそ穏やかですが、背後からは地獄の瘴気のようなドス黒いオーラを漂わせながら。


『母ちゃん! 寝てなくて良いの!?』

「本当はまだ寝てなきゃ駄目なんだけどね。こっそり病院を抜け出して来ちゃっ

た」


 子ガニ達の問いに、親ガニはサラリと答えました。頭部に死球を食らって病院に運ばれたにも関わらず、翌日病院を抜け出して代打で出場、満塁ホームランを打った某プロ野球助っ人外国人選手みたいな根性です。


「それよりも――」

 親ガニは視線をサルに移し、


「――みんな酷いじゃない。こんな愉快そうな事を、私抜きでやるなんて」

 満面の笑みを浮かべながらそう言いました。悪鬼羅刹(あっきらせつ)も裸足で逃げ出しそうな程の、それはそれは壮絶な笑みでした。


「カカカ、カニさん、ホホ、ホントもう勘弁して下さい」

 親ガニの尋常ならざる笑顔を真正面に向けられたサルは、恐怖に声を震わせながら必死に許しを請います。


「あらあらあらあら。あれだけ好き勝手な事をした挙句、私にこんな怪我を負わせておいて、その程度(・・・・)で済まそうってのかしら?」

「この有様が『その程度』て!? て言うかお願いですから、ホントもう許して下さい! 俺に出来る範囲でなら、何でもしますから!!」


「そうなの。じゃあちょっと、生き地獄を味わってくれる? 何もせずただ苦痛を味わうだけなんだから、簡単でしょ?」

「はいこれ許す気皆無ですね!! そして俺が逃げる気配を察したのか、もう既に俺の身体をガッチリ拘束しちゃいましたね!!」


 目にもまらぬ早業で身体をガムテープでぐるぐる巻きにされてしまったサル

が、絶望的な悲鳴を上げます。


「ごめんなさい! ごめんなさい! もう二度とあんな馬鹿な真似はしません!

だから許し……何その唸りを上げる電動式の得物は!? 待って待って待って待」


「じゃあ、執行開始しちゃおうっ♪」


 この母ちゃんだけは、決して怒らせてはならない。


 正視に耐えない光景と、身の毛もよだつようなサルの悲鳴を前に、さしもの子ガニ達一同もドン引きしながらそう思いましたとさ。

次回、最終話です。

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