サルカニ合戦~逆襲のカニ編~そのいち
昔々あるところに、一匹のカニがいました。彼女は、複数匹の子供を持つ母親ガニでした。
ある時、親ガニがおにぎりを持って歩いていました。するとその途中でばった
り、柿の種を持ったサルと出くわしました。
「ああ、腹減った……お、ちょうど良い時におにぎりがあるじゃんか。ヒョイぱくゴクリ、と」
「躊躇なく人のおにぎり取り上げて食べたよこのサル!? 文句言う間もなく食道通過させちゃったしさ!?」
「細かい事でうっさいなあ。ほれ、代わりに柿の種やるから」
「投げないで!? て言うか全く吊り合わないと思うんだけど!?」
親ガニは抗議の声を上げますが、まるで取り合う様子も見せずにサルは立ち去って行きました。
「はあ、しょうがない。家に帰ったら、この種を庭に植えてみようかしら……」
溜め息を吐きながら親ガニは呟き、再び歩き始めました。
「……これで良し、と。じゃあ早速、水を与えましょう」
帰宅した親ガニは、子供達が見守る中早速、庭の片隅に柿の種を蒔きます。そして暢気に歌を口ずさみながら、側に置いていたじょうろをハサミで器用に掴み上
げ、種を蒔いた場所へ水を注ぎました。
「柿の種、今すぐ芽を出しなさい。この要求を受け入れられない場合、ほじくり返した上で燃やしちゃうぞ☆」
歌詞の内容が、全く暢気ではありませんでした。終わりだけ可愛く言っても、誤魔化せるものではありません。
親子ガニが見守る中、無理難題を吹っ掛けられた柿の種は、
『母ちゃん母ちゃん、柿の芽が出たよ!』
「言ってみるもんねー、本当に芽を出すなんて」
植物の限界を超える速度で、にょきにょきと芽を伸ばし始めました。余程危機を感じたと見え、樹木に生長するまではあっという間でした。
「それじゃあ、この調子で。……柿の木、今すぐ実をならせなさい。この要求を受け入れられない場合、私のハサミでちょん切っちゃうぞ☆」
軽い狂気すら感じる歌詞を、親ガニは薄っすらと笑みを浮かべながら口ずさみます。何となく、彼女の心の闇が垣間見えるような気がする光景です。
親ガニの言葉が余程恐ろしかったと見え、柿の木は即座に果実を膨らませます。そして、まばらに未成熟の青い実を残しつつも、あっという間に枝いっぱいの柿の実を実らせました。
『母ちゃん母ちゃん、早速柿を取ろうよ!』
「そうね。……でも私は木登り苦手だし、どうやって取ろうかしら……」
柿の木の下で、親ガニが腕組みをして考えます。そこへ、
「ああ、デザート食いたい……お、ちょうど良いところに柿の実が生えてるじゃんか。スルスル登ってヒョイぱくゴクリ、と」
「ここ人ん家だからね、さっき柿の種くれたサル!?」
えらく都合の良いタイミングで先程のサルが通りすがり、家主の許可もなくさっさと木に登って柿の実を取り始めました。
「あ、あんたが食べるのはまあ許すから、せめて私達の分の柿も取ってよ!」
「えー、ヤダ」
親ガニの言葉に、サルは鬱陶しそうに顔をしかめます。自己中極まりない態度です。
「いやそもそも、その柿は私達のもの……」
「あーうるさいうるさい。そんなに欲しいなら、ホイ」
「想像外の豪速球が飛んで来た!? ってコレ、まだ熟れてない固い実じゃない
の!!」
親ガニの抗議を遮るかのように、樹上のサルは手近に実っていた青く固い実をもぎ取り、親ガニに向かって投げ落としました。重力のおかげでもあるとは言え、相当な速度です。
「ホイホイホイホイホイホイ」
「ちょっ!? 本当に危ない……きゃあっ!?」
『母ちゃん!?』
サルが雨あられと投げ落とした青い柿の実の一つが、不幸にも親ガニを直撃しました。彼女はそのままぐったりと倒れ、ピクリとも動きません。
「良い気味、良い気味。じゃ、ごっそさーん」
慌てふためき親ガニへ群がる子ガニ達を尻目に、サルはさっさと木を降りてそのまま立ち去って行きました。
――翌日。
「……うう……」
『か、母ちゃん、しっかり……』
親ガニは病院のベッドの上で、苦しそうにうめき声を上げます。
あの後すぐに子ガニ達が医者を呼んだおかげで、彼女は幸いにも一命を取り留める事が出来ました。しかし全身に及ぶ包帯姿は見るからに痛々しく、子ガニ達の表情を一様に悲痛の色へと染め上げました。
母親の容体を心配しつつも、医者から「もう大丈夫だから、君達は一旦自宅へ帰りなさい」と言われ、子ガニ達は病院を後にしました。
その帰り道――
「ボ、ボク達の母ちゃんをあんな目に合わせるなんて。あのサルめ、絶対に許さないぞ!」
一匹の子ガニが発した言葉に『そうだ、そうだ!』と他の子ガニ達から次々と同調の声が上がります。自分の親を理不尽に傷付けられた子供達として、それは当然過ぎる感情でした。
「でもボク達まだ子供だし、あのサル相手じゃ分が悪いんじゃないかな……?」
「そんな、やる前からそんな弱気でどうすんだよ!」
「いや、一理あるだろ。ここは慎重に策を練るべきだ」
「数で押せるんじゃないか? 相手は一匹、こっちは多数だし」
子ガニ達の間で、侃々諤々の議論が巻き起こります。意見は違えどその志は同
じ、親ガニの仇討ちです。皆が皆、真剣に論を交わします。
そして、導き出された結論は、
『だったら、仇討ちを手伝ってくれる人を探そう!』
子ガニ達は早速、目に付いた人へと手当たり次第に声を掛け始めました。
必死の協力要請の結果、
「何と言う非道! 良し、ならばこの私が力を貸してあげよう!」と臼。
「オーケイ、オーケイ。ワタシ、手伝うネ」と栗。
「ウフフ、あたいあんた達みたいな子、嫌いじゃないわ」と蜂。
「……良いだろう」と牛の糞。
彼等四人(?)が協力を約束してくれました。『手当たり次第』にも程があります。一体どんな流れで、牛の糞に声を掛けるに至ったのでしょうか。
『これなら行けるぞ! 憎きサルめ、首を洗って待っていろ!』
それでも、行けると踏んだようです。子ガニ達は胸の前でハサミを握りしめ、天を仰ぎました。




