閑話 語部さん家の対決
「あー、暇だわー」
「……」
「俺、今現在超暇だわー。誰でも良いから構って欲しいわー」
「……」
「TV面白いのないし、漫画も読み飽きたし、スマホもあらかた弄り終えたし、すっごく時間の使い道に困ってるわー」
「……」
「何でも良いから、この退屈感を紛らわして欲しいわー」
「……ええと、コホン。『兄』『口を封じる』『方法』……」
「なあ鈴。何を唐突にスマホの音声検索なんか始めてるんだ?」
「……なるほど。セメントって、古代エジプトのピラミッド建造の頃から既に使われていたんですか。勉強になりました」
「そしてその結果、何故セメントなんて言う単語が出て来るんだ?」
「あ、兄さん。ちょっと準備に時間が掛かるので、それまでに土の中と海の中のどっちが良いか決めておいて下さい」
「詳しい事情は分からんが、取り敢えず俺はきちんと呼吸が出来る地上に居たいと思ってるぞ?」
「兄さんを埋めるまで、動けないようにガムテープで縛っておいた方が良いかもしれませんね」
「遂にハッキリ言いやがったぞこの妹!? 俺が必死に目を逸し続けてたって言うのに!!」
「て言うか、兄さんがうるさいのがそもそもの問題なのです!!」
とある休日の昼下がり。語部兄妹の不毛な罵り合いがリビングに響くのであっ
た。
「……と言う訳で、何をするんだ?」
「自分から話振っといて、何するかは私が考えるんですね……」
圭の言葉に鈴は呆れたように溜め息を吐いた。
「うーん、トランプなんてどうでしょう? クロンダイクとか、フリーセルとか」
「何で一人専用ゲームの名を上げて行くんだ」
ちなみに『クロンダイク』とは、PCのOS付属ゲームでお馴染みの『ソリティア』の正式名称である。本来の『ソリティア』は、圭が言っている通り一人専用のボードゲームの事を言う。
「じゃあ、オセロとかどうです?」
「……まあ、その辺りが妥当だな」
そう言って圭はソファから立ち上がり、リビングの片隅に鎮座している本棚へと向かう。下段の戸をガラリと開け、オセロを引っ張り出した。幼少期に、兄妹でお小遣いを出し合って購入した品だった。
「これ出すのも久しぶりだな。じゃあ、ちゃっちゃと準備しますかね」
そう言って圭は箱からオセロ盤を取り出し、テーブルに置く。互いに石を取り出し、所定の位置にセットした。
「じゃあ、始めましょうか。先手と後手、どっちが良いですか?」
「ふふん、じゃあ俺が先手だ。兄の尊厳を見せ付けてやるぜ」
圭は腕を伸ばし、盤上に最初の一手を打つのであった。
実は日本生まれのゲームであるオセロは、『挟み込んだ相手の石をひっくり返
し、自分の石にする』と言う単純なゲームである。一分もあれば覚えられる単純なルールとは裏腹に、極めるのに一生掛かると言われる程に奥が深い。
当然、プレイすれば実力差と言うものがハッキリと表れる。
「はい、兄さんの負けです」
「……ぜ、全部の石取られたし……」
兄の威厳を地の底にまで叩き落とされ、圭はただワナワナと震えるばかりであった。
「ち、畜生! まだだ、まだ終わらんよ!」
「もう一回ですね、良いですよ」
盤上の石を手早く片付け、二人は再戦の準備を始める。
――五分後。
「さあ、兄さんの番ですよ?」
「……いやもう、何をどう考えても俺に勝ち目ないだろ……。もう置ける場所一つしかないのに、白石で一杯だし……」
見るからに白石――後手の鈴の石で埋め尽くされた盤面を前に、圭はテーブルに突っ伏して力なく呟いた。
「そ、そうだ、俺が先手なのが悪いんだ! 後手にすれば勝てるはずだ!」
「じゃあ、今度は私が先手ですね。早速行きましょうか」
盤上の石をさっさと片付け、二人は再々戦の準備を始める。
――五分後。
「何か言い残す事は?」
「……何故……」
先手である鈴の黒石に溢れ返った盤上を前に、一匹の負け犬と化した圭の弱々しい鳴き声がリビングに虚しく響くのであった。
「うぐぐ、何故なんだ……。最初の方は順調に石を取れるのに、気が付けば逆転されている。鈴は一体、どんなイカサマを使っているんだ……」
「失礼ですね、イカサマなんて使ってません。ちゃんと実力で勝負してます」
ジト目で圭を睨みつつ、鈴は言った。
「……仕方ないです、兄さんの弱点を教えてあげます。兄さんは、オセロやってる時、こう考えてませんか? 『どこに石を打てば、相手の石を沢山取れるのか?』……って」
「うん……? 当然だろ。とにかくバンバン石を取って行って……」
「それが間違いなんです」
圭の言葉を遮るように、鈴はピシッと指を突き付ける。
「逆です。オセロは、中盤まではいかに『相手の石を取り過ぎないか』が重要なんです」
「なっ、何だってェーーーーーー!!」
「どんな驚き方ですか……。私、別に人類滅亡だとか言ってませんけど」
何故か木林と言う苗字を頭に思い浮かべながらも、鈴は続ける。
「それはともかく。……最初から相手の石を取り過ぎると、その内盤上は自分の石だらけになります。
オセロのルールは『相手の石を取れる場所以外、自分の石を打ってはいけない』んですから、結果自分の石を打てる場所が制限されます。打ちたくない場所に打たなきゃいけない、なんて事にもなります。
逆に相手は石を打つ場所に困りません。思い通りの場所に打つ事が出来ます」
「な、なるほど……」
「つまり、序盤から沢山の石を取ると、後々自分の首を絞める事になるのです。中盤まではちょっとずつ取って行くのがセオリーなのですよ」
鈴の説明を聞き終えた圭は、まさしく『目からウロコ』状態であった。輝きを取り戻した彼の瞳に、続いて闘志の炎が燃え上がる。
「よ、良しっ、これで俺も勝てるぜ! さあ鈴、今度こそケチョンケチョンにしてやる!」
「ふふ、これで少しは面白くなりますね。ですが、所詮付け焼き刃など通用しないと言う事を教えてあげますよ!」
目線で火花を散らせながら、兄妹は叫ぶ。盤上で繰り広げられる白と黒の決闘の火蓋が、改めて切って落とされるのであった。
――三十分後。
「あれれー? 鈴ちゃん一体どうしちゃったのかなー?」
「……こ、こんなの嘘です……」
盤上を圭の黒石に埋め尽くされた光景を前に、鈴は力なくテーブルに突っ伏すしかなかった。
全戦全敗。この三十分間における鈴の戦績は、彼女の心をへし折るに十分であった。
「ふっ……。恐ろしいぜ、俺に備わった『才能』はよ……」
「さっきまで素人同然だったはずなのに……。兄さん、一体どんなイカサマを使ったんですか……」
先刻自身に向けられた負け犬の言葉を、今度は自身の口で吠える。惨めな事この上ない光景ではあるが、今の鈴にそのような事を気にする余裕などなかった。
「ふっ……イカサマなんかじゃないさ。これが『実力』なんだよ……」
「いちいち腹立つ言い方ですね!?」
「さあ、再戦しようか。次こそは出させてくれよ……。俺に『本気』って奴を
よ……」
「も、もう兄さんとは、オセロで遊んであげません!!」
これ見よがしに調子に乗りまくる兄の姿からプイッと目を逸し、鈴は叫んだ。
その後、鈴の最終兵器『一週間ご飯抜き』の発動を前に半泣きで土下座をするに至るまで、圭の増長は続いたのであった。




