かぐや姫~創造編~そのよん。
かぐや姫が竹取りのお爺さんの元へとやって来て、かれこれ三年の月日が流れました。
かぐや姫の竹模型製作技術は、今や都で認めぬ者が居ないと言って良い程に成長していました。かの帝も彼女の作品の愛好家であり、かぐや姫宛に賞賛の手紙を送って来る程です。
例の四貴族、プラスその後必死になって謝った結果何とか許して貰えた車持さん達とは、その後も模型仲間としての付き合いを続けていました。彼等の腕前もすっかり上達しており、初心者だった頃の面影は今や過去の記憶の彼方となっていました。
そんなある日の事――
「……はあ……」
空に鋭く輝く三日月を眺めながら、かぐや姫は今日何度目かも分からない溜め息を吐きました。
その姿からは苦悩が立ち昇り、その横顔には悲しみの色が滲み出ているかのようでした。
「かぐや姫や、一体どうしたと言うんじゃ。そんなにワシの作った陸戦型人型機動兵器の汚し塗装表現が気に入らんかったのか?」
「いやお爺ちゃん、そんなの一言も言った事ないから」
お爺さんの言葉に、かぐや姫は軽い調子で突っ込むも、その表情はすぐ憂色に染まります。どうやら、思った以上に真剣な悩みのようです。
「本当にどうしたと言うんじゃ。ここのところ、ずっとそんな調子じゃぞ。ワシで良ければ話を聞くぞ?」
「……そうね。もうこれ以上、黙っておく事は出来ないよね。詳しい話はお婆ちゃんを呼んでから話すとして、予めお爺ちゃんには伝えておきます」
居住まいを正してかぐや姫はお爺さんへと向き直ります。その様子から、重大な話であろうと言う事はお爺さんにも想像は出来ましたが、
「――私は月からやって来た、月の住民なのです。そして次の満月の夜、私は月の世界へと帰らなければならないのです」
かぐや姫の話は、その想像を遥かに上回っていました。
お爺さんとお婆さんを前に、かぐや姫曰く、
「月の貴族として生まれた私は、ある時地球――つまりはこの世界に興味を持っ
て、旅行のつもりでやって来たのです。赤ん坊になって誰かに拾われたら、住居も確保出来るな位の気持ちで。そしてお爺ちゃん、あなたの家に拾われました。お爺ちゃんが竹の中から見付けた黄金も、私の生家から送られて来た養育費兼謝礼なのです。
三年程で帰るつもりでしたので、地球との深い関わりを持ちたくないと考え、貴族達との結婚もお断りしました。その帰還予定の日が次の満月の夜です。
しかしいつの間にか、すっかり地球での暮らしに愛着が湧いてしまいました。だから月へ帰る事が悲しくて、ここのところ落ち込んでいたのです」
……との事です。
かぐや姫が月の世界へと帰ってしまうと言う話は、すぐに他の人々にも伝わりました。
『俺等のアイドルかぐきゅんを、月の世界に帰す訳には行かないぜ!』
五人の貴族達は一致団結、兵士達に命じてかぐや姫の護衛に就かせる事にしました。帝の働き掛けもあり、かなりの数の兵士を集める事が出来ました。
そして、運命の日である満月の夜――
「良し、これなら完璧じゃわい」
鮮やかに輝く満月の下、お爺さんはうんうんと頷き、言いました。
現在お爺さんの屋敷は、厳重なる警備を固めておりました。
兵士達は皆、弓矢や槍でフル武装。出入り口や屋敷の各所は全て固め、屋敷周辺は見回りの兵が巡回。かぐや姫は屋敷の奥の部屋へ匿い、その部屋を格子で封鎖。当然、兵士を付けるのも忘れません。まるで罪人のような扱いになりますが、そこは我慢して貰います。
これで、月の住民を迎え撃つ準備が整いました。後は彼等を追い返し、かぐや姫の帰還を阻止するだけです。
『さあ来てみろ、月の人間達! ギャフンと言わせてやるぜ!』
五人の貴族達も、自信満々で叫びます。この堅固なる守備体制の前に、彼等の心に何ら乱れはありませんでした。
『怖いんだったら、引っ込んで何かいきなり身体が動かなくなったんだけど!?』
そして、彼等の心はあっさりと乱れまくりました。
しかし、無理もありません。満月が一際強く輝いたかと思った次の瞬間、貴族達初めその場に居る全員の身体が、まるで金縛りにでも遭ったかのように硬直したのですから。辛うじて動かす事が出来るのは、口や目線位のものです。
「おい、月を見るんじゃ!」
お爺さんが叫びます。
黄金色に輝く満月。その光の中から、何と雲の上に乗った人々が現れたではありませんか。
彼等こそが、月の住民なのでしょう。そして、きらびやかなる出で立ちをした彼等の背後には、豪華な牛車が控えています。誰も乗っていないところを見るに、かぐや姫を迎えるためのものであろう事はすぐに分かりました。
動けないまま、地上から見上げるばかりのお爺さん達にはまるで目もくれず、月の住民――先頭に立った一人は言いました。
「かぐや姫よ、帰る時がやって来ました。さあ、来るのです」
『か、勝手に話進めんなー! 降りて来て勝負しやがれー!』
五人の貴族達は叫びますが、身体が動かない現状では、そもそも勝負もクソもありません。正直、その場の勢いだけで言っています。
「地上の者達ですか。かぐや姫が世話になりました。しかし、かぐや姫は月の人
間、それも貴族です。これ以上、地上に滞在させる訳には参りません。月へと帰って頂かなければならないのです」
当然、そんな虚勢など月の住民には通用しません。籠の中のハムスターが騒いでいる程度にしか感じていないのでした。
「さあ、かぐや姫」
月の住民がそう言うと、屋敷の奥の部屋からガチャリ、と言う音が聞こえて来ました。
「何という事でしょう! 誰も何もしていないのに、格子の扉が勝手に開きましたわ!」
「お婆さん、説明ご苦労様! こ、これも月の住民の力なのか……?」
かぐや姫の側に付いていたお婆さんからの報告に、お爺さんはただただ呆然とします。これ程までに準備を整えていたにも関わらず、ろくな抵抗すら許されずに突破されようとしているのですから。
忸怩たる思いを抱えながら、お爺さんはそれでも動かぬ身体を必死に動かそうとします。かぐや姫を自身の竹模型製作技術の継承者として育て上げ、それ以上に実の娘同然の愛情を注いで来た彼にとって、無抵抗のままに彼女を連れて行かれるなど、苦痛以外の何物でもありませんでした。
「ええい、かぐや姫は渡さんぞ!」
「そもそも、かぐや姫はあなたのものではないでしょう? 元々、あの方は月の住民なのですよ」
「知った事か! 涼しい顔で勝手に話を進めるでないわ!」
「……何でしたら、力ずくでの解決も可能なのですよ?」
うるさそうに首を振り、先頭に立った月の住民は手を振りかざします。
瞬間、彼の周囲の空間に光が走り、そこから無数の弓矢が現れました。それも手に触れていないにも関わらず、つがえられた矢が十分に引き絞られた状態で。
「私の合図一つで、斉射が可能です。我々とて無益な流血は望みませんが、かと言って躊躇する程甘くもありませんよ?」
「ぐ……」
お爺さんは口をつぐみます。脅しではないと言う事は、彼が発する背筋が凍るかのような気配で分かります。
しかし、このままではかぐや姫が――
「待ちなさい」
屋敷の廊下から、凛とした声が聞こえて来ます。首も動かせないため振り向く事は出来ませんが、振り向いて確認するまでもありません。
『かぐきゅん、出て来ちゃ駄目だ!』
「かぐや姫、屋敷内に戻っとるんじゃ!」
五人の貴族とお爺さんの必死の叫びにも関わらず、かぐや姫は庭へと降り、月の住民の前へと歩み出ます。
「かぐや姫よ、安心するんじゃ。お前を絶対に奴等に引き渡す事などせんからな」「ありがとう、お爺ちゃん。だけど、もう良いんです。私は、月へと帰ります」
『そんな、駄目だってかぐきゅん!』
「月の住民がこの場で本気を出せば、どんな事になるか。私には良く分かっています。そして、私はあなた達をこれ以上危険な目に合わせたくはないのです」
かぐや姫はゆっくりと振り返り、お爺さんや五人の貴族達へ言います。
「分かっていたんです、この日が来ると言う事は。もしかしたら上手く事が運ん
で、これからもみんなと一緒に過ごせる。そんな淡い期待を抱いて成り行きを見守っていましたが、もう無理です」
「かぐや姫……」
「思えば、私はみんなに我侭ばかり言っていました。本当にごめんなさい。最後にもう一つだけ、我侭を言わせて下さい。みんなとは、笑顔で別れたいです」
ポロポロと涙を零しながら、かぐや姫は言います。
「お爺ちゃん、竹模型の技術は月に帰っても磨き続けるからね。そして、月の人間達の間で流行らせるの。凄いでしょ? お爺ちゃんの技術が、月に伝わるのよ」
「……ああ、そりゃ凄いな。かぐや姫よ、ワシの技術の継承者として、月でも頑張るんじゃぞ」
「お婆ちゃーん、聞こえるー? いつもサフ吹きの手伝い、ありがとうねー!」
「聞こえるよ、かぐや姫やー! 体調管理には気を付けるんじゃよー!」
「貴族のみんな、都の竹模型業界を宜しくね。こっちはこっちで、頑張ってくからね」
『ま、任せとけかぐきゅん! だから、安心しなよ!』
それぞれに別れの挨拶を済ませ、最後に笑顔を――涙に溢れながら、それでも天に浮かぶ満月よりも強く美しく輝くような笑顔を浮かべ、
「みんな、ありがとう。大好きだよ」
そう言いました。
「さあ姫、こちらに」
「分かっています」
月の住民に促され、かぐや姫は牛車に消えます。同時にお爺さん達は、身体の自由を取り戻しました。
一筋の光となって天へと昇って行く彼等の姿を、お爺さんも、庭先へと降りて来たお婆さんも、五人の貴族達も、己の目に焼き付けるように見上げていました。
雲一つない夜空に数多の星々は散らばり、静かに瞬いていました。
月日は流れ――
「では、行ってくるぞ」
「ええ、気を付けて下さいね」
いつもの通りに、お爺さんは竹取りに出掛けます。屋敷に住まうようになった今でも、自分の目で選んだ竹を使いたいと言うお爺さんのこだわり故に続けられている習慣なのです。
野山に付いたお爺さんは、早速竹取りに励みます。近々、五人の貴族が共同で主催する竹模型コンテストへの準備は、ここから始まっていると言っても過言ではないのです。
「そう言えば、かぐや姫を見付けたのはこの辺りだったな……」
一通りの作業を終えたお爺さんが、ふと気が付きます。胸に去来する寂しさを吐き出すような呟きを口にしたその時、あるものが目に入りました。
丁寧に組み上げられた、一つの竹模型。苔むした岩の上に置かれた、見覚えのある作風の一品。
お爺さんは思わず、辺りを見渡します。けれども、目に映るものは変哲もない竹林の風景ばかり。
「――全く」
これを置いた人物が誰であるかなど、ましてや何故ここに置かれているかなど、断言出来るだけの証拠は何一つありませんでした。けれども、お爺さんはそっと岩の上の竹模型を手に取り、静かに語り掛けるのでした。
「心配性じゃな、お前は。大丈夫じゃよ、こっちは楽しくやっとるよ」
優しい風が吹き抜け、サラサラとした笹の葉の音色を運ぶのでした。




