かぐや姫~創造編~そのさん
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文章を追加しました。
かぐや姫が出した難題を前に、五人の貴族達は悪戦苦闘を続けていました。
何しろ竹を使った模型製作など、これまでの人生で一度たりとも行った事がありません。そのような素人に対して、組み立て説明書など一切なし、全ての部品を一から自分で作り出し、組み立てなければならない『フルスクラッチビルド』を要求されたのですから。
五人はまるで、はじめてのおつかいでお母さんから『築地市場でマグロを競り落として来てね』と言われたチビっ子のような心境になっていました。
石作さんは竹の表面をツルツルに整えようと金属ヤスリを使用し、逆にザラザラになってしまいました。
安倍さんは瞬間接着剤を垂れる位にベッタリと使用し、うっかり触った指に部品がくっついて取れなくなり、てんやわんやな事になりました。
大伴さんは塗料を全く薄めず原液のままエアブラシで吹き付けた結果、えらく粒っぽい塗料が飛び出て、荒い仕上がりになってしまいました。
石上さんは水性塗料の上から油性塗料を重ね塗りした結果、アクリルの塗料が溶け出すと言う悲劇に見舞われてしまいました。
それぞれが苦労に振り回され、試行錯誤を重ね続ける中、
「あー、もうやってらんねぇっ!」
車持さんだけは早々に製作を断念していたのでした。
「しかし、ホウライの玉の枝の模型を作らん事には、かぐきゅんとの結婚も出来やしない。……そうだ、良い事思い付いた」
そう言って車持さんはニヤリと笑みを浮かべました。
十人中十人が『あ、何か悪巧み考えてるな』と思うような、それはそれは陰湿な笑みでありました。
そして一ヶ月後、竹取のお爺さんの屋敷にて。
「……皆さん、お揃いのようですね。ではこれより、作品を拝見させて頂きます」 五人の貴族達にぐるりと視線を巡らせながら、かぐや姫は言いました。
貴族達の前には、白い布を被せられた自作竹模型がそれぞれに置かれていまし
た。
「ではまず、石作さんから」と声を掛け、かぐや姫は布をめくり上げます。
現れたのは、指定した通りの仏の御石の鉢の、竹模型でした。
わずか一月の間に良く作り上げたものね。
それが、かぐや姫の胸に最初に浮かんだ言葉でした。聞けば彼等は、模型作りに関しては全くの素人との事。わずか三ヶ月前まで彼等同様の素人だったかぐや姫
は、ここまで作り上げただけでも驚嘆に値する事だと言う事を痛い程に理解していました。
それでも、
「どうじゃ、かぐや姫? 満足か?」
「……う〜ん、本物の仏の御石の鉢って、光るらしいじゃない? その辺を全然表現出来ていないのよね……」
事前の宣言通り、『全国規模のコンテストの大賞を狙える』レベルの視点で品評を下します。自分の言葉にしゅんと肩を落とす石作さんの姿に、ズキリと胸に痛みが走りますが、手心を加える訳には行かないのです。
だって、私は――
そんなかぐや姫の胸中など、誰も知りようがありません。当のかぐや姫も、おくびにも出しません。
そんなこんなで、石作さんの作品は不合格。続けて安倍さんの火鼠の皮衣、大伴さんの龍の顎の玉、石上さんのツバメの子安貝と鑑賞を行いましたが、いずれも不合格の判定を下しました。
そして最後に、車持さんへ順番が回って来ました。
布の被った作品を前に、車持さんはいかにも自信満々と言った表情を浮かべています。
「ようやくオレの番だな。さあかぐきゅん、見てくれ!」
言い放ち、布を取り払います。
「こ、これは……!」
お爺さんが、思わず唸ります。
現れたのは、まさしく『逸品』と評するに相応しい、それはそれは見事な出来栄えの、ホウライの玉の枝の竹模型でした。
繊細さを極めた造形に、細部に至るまで丁寧に塗り分けられた塗装。些細な傷一つたりとて見当たらない、滑らかに磨き上げられた真珠の実。見る者が一瞬本物かと疑ってしまう程の、極めて高い完成度を誇る作品でありました。
『おお……』と、他の貴族達から感嘆の声が漏れます。素人目に見ても、この素晴らしさは伝わったようです。まして、十分な模型知識を持ち合わせているかぐや姫から見れば、どれ程高い技術力の産物であるかは一目瞭然でありました。
「さあ、どうだい? これでも、不合格かい?」
勝算をたっぷりとその瞳に湛え、車持さんはふんぞり返ります。
かぐや姫は、何も言えません。
判定は、かぐや姫の一存によって決まります。結婚を拒みたいのであれば、ただ一言「不合格です」と言えば済む話です。ですが彼女は、目の前の作品を心底から『素晴らしい』と思っていました。それも彼は、自分のために一月でこれ程までの作品を作り上げたのです。
自分の都合で作品の評価に『嘘』を付く事は、模型を愛する身として正しいと言えるのか? 彼が作品に込めた自分への想いを、無下にしても良いのか?
私の抱えた『都合』とやらは、それら行為を正当化出来る程大層な事なのか?
気が付けば、涙の一滴が床板に落ちていました。
先程からずっと揺らいでいたかぐや姫の良心に、決定的な一押しが加えられた結果でした。お爺さんや四人の貴族達が戸惑うような、気遣うような視線を向ける
中、
「ふっ……。泣いて喜ばなくても良いんだよ、かぐきゅん……」
ただ一人空気を読まない車持さんは、勘違いイケメン風のセリフをのたまっておいででした。これを嬉し涙と思える神経の太さは、ある意味で大したものなのかも知れません。
「で、どう? 結婚OK?」
バチンとウインクをしながら、車持さんは問います。
普段なら『うざっ……』とかぐや姫は思うところでしたが、今の彼女はそんな心持ちでは居られません。
涙を拭い、深呼吸をして、意を決したように口を開き、
「…………約束ですから。分かりました、あなたと――」
「ちわー、車持さん居ますかー?」
唐突に飛んで来た暢気な声に、一同は疑問符を浮かべ、声のする方――屋敷の庭へと視線を移しました。
そこに居たのは、見ず知らずの男性でした。『一体誰だ?』と皆が思う中、ただ一人車持さんだけは、瞬間的に顔を青ざめさせていました。
「ええと、すまぬがお前さん、どちら様じゃ?」
お爺さんが尋ねます。それを見た車持さんは、慌てて男性の前に飛び出て、話に割り込みました。
「ど、どうもご苦労さん! 今立て込んでいるから、話は後で聞くよ!」
「ああ、そうでしたか、分かりました。では、ある人物が欲しがっているけど、自分には製作技術がないからと言って、あなたが私に製作代行させたホウライの玉の枝の竹模型の代行費を、早いとこ支払って下さいねって言うお話は後程」
「口軽すぎぃーーーーっ!?」
企んだイカサマが思わぬ形でバレてしまった車持さんの悲鳴をよそに、男性は皆に一礼して去って行きました。
後に残された車持さんが、そーっと皆の方へと振り返ります。
四人の貴族とお爺さんお婆さん、それにかぐや姫の視線が彼に集中していまし
た。率直に言って、ゴミか、生ゴミか、粗大ゴミを見るような視線でした。
「い、いやこれは、山より深く海より高い訳があって」
「車持さん」
言い訳を言葉で遮り、かぐや姫は続けます。
「別に私は製作代行する事を悪いとは思いません。楽しみ方に『こうあるべき』なんてものはありませんし、むしろそれを押し付ける方が間違いですから。ええ、そこは問題じゃないんです」
息継ぎのために一旦間を置き、
「私は自分で作って下さいと条件を出したはずですよね? にも関わらず、他人の作った模型を自作であると嘘を付いた。それを正当化出来る深い訳とやらがあるのなら、ぜひ聞かせて下さい」
静かな口調の中に怒りを滲ませながら、かぐや姫は言いました。
当然車持さんには、そんな理由などありません。『自分の都合で嘘を付いた』、それ以上でも以下でもないのですから。
黙り込んだ車持さんに、
「失格です。帰って下さい」
かぐや姫からの審判が下るのでした。
「その、かぐきゅん。あんまり気にしない方が良いよ」
「そうそう、早いとこ忘れなよ」
「ああいう奴もたまには居るって」
「俺等も、もう帰るからさ」
車持さんがすごすごと屋敷を去って行くのを見届けた後、四人の貴族達は遠慮がちにかぐや姫に声を掛けます。ちなみに、お爺さんは「あのような腕前の者が在野におったとはな……。ワシも負けとれんわい……」と一人静かに闘志を燃やしていました。
「……ありがとうございます。あ、でも皆さん、帰る前にちょっと」
そう言ってかぐや姫は、一つ咳払いをします。
「詳しい理由はちょっと言えませんけど、私は初めから結婚をするつもりがなかったのです。にも関わらず、今回はあなた達を試すような真似をしてしまい、申し訳なかったと思っています」
『い、いやいや、そんな頭なんて下げなくても良いからかぐきゅん』
「私の都合で吹っ掛けた難題だったのに、あなた達は真正面から取り組んでくれ
た。本当に嬉しく思いますし、同時に自分の事を恥ずかしく思います。正直、車持さんの事をどうこう言う資格なんて私にはないんです。……その上で、その、厚かましいお願いだとは重々承知してはいるのですけど……」
かぐや姫は怯えるような、照れくさそうな様子で身体を揺すり、言いました。
「……私の、お友達になってくれませんか?」
『もちろんだよかぐきゅーーーーん!!』
仲良く声を揃える、四人の貴族なのでありました。




