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ウサギと亀~爆走編~

 ある時ウサギ君と亀君が、足の速さを競うために競争をする事になりました。


「ここからあの丘に生えている木まで、速く辿り着いた方が勝ちって事で良いか

い、亀君?」

「うん、それで良いよウサギ君」


 両者はルールの確認を行い、スタート位置に着きます。二匹の視線は、前方に伸びる緩やかな坂道を辿り、遠方に見える目印の木へと注がれます。


「それじゃあ、用意……」

 言いながら、ウサギ君は腹の底で『ふふんっ』と嘲笑を漏らします。


 古来より、亀と言えば『鈍重』の象徴です。対するウサギは『俊敏』のイメージ通り、結構な俊足の持ち主なのです。種類にもよりますが、天敵から逃げる時など時速六十〜八十キロメートルに達する程です。


 そして、この勝負は単純な速さだけが重要です。普通に考えて、ウサギ君に負ける要素がありません。ウサギ君の余裕ぶりも、無理からぬ事なのです。


「……ドンッ!」

 口での合図と共に、二匹はスタートします。


 本人の予想通り、すぐにウサギ君は亀君を引き離していきます。亀にしては中々に頑張っている方であるとは言え、亀君は追いすがるのがやっとな有様です。早くも勝利を確信したウサギ君は、思わず笑い声を上げます。


「あっはっは、どうしたんだい亀君。そんなんじゃ何時まで経っても追い付けな

っぶねええええええええええっ!?」


 笑い声が、瞬間的に悲鳴へと変わりました。


 それはそうでしょう。何しろ、ウサギ君の鼻先を掠めるように、巨大な回転ノコギリが唸りを上げて通り過ぎて行ったのですから。


 もう少し速く走っていれば、上半身と下半身が取り外し可能な特殊体質になっていた事でしょう。鼻先に残る刃物の余韻に、ウサギ君の全身にゾッとするような悪寒が走りました。


「あー、良く避けたね。流石流石」

 遅れてやって来た亀君が、のんびりと言います。そちらを振り返りながら、コースを横切るように往復運動を続ける回転ノコを指差し、ウサギ君は叫びます。


「な、何なんだよアレは!? もう少しで死んじゃうところだったよ!?」

「あー、それね。普通に競争するのもつまんないと思ったからさ――」


 亀君に目線で促され、ウサギ君がコースへと目を戻すと、


「――ちょっとばかり障害物を設置してみたんだ」

「本格的な生命の危機を感じるような代物は、絶対に『ちょっとばかり』で済ましちゃいけないと思うんだ!?」


 そこには、何時の間にやら様々な仕掛けが設置されていました。


 頭上から重々しく振り下ろされるプレス機。

 まるで竜のような炎を定期的に吐き出し、コース上を焼き焦がす火炎放射装置。

 足運びを誤った獲物を容赦なく貫く、不安定な足場の底の針山。


 どれもこれも、禍々しいまでの面構えをしてウサギ君と亀君を待ち構えていました。


「プロデュースは、森の愉快な仲間達だよ。みんな、ご苦労様」

「揃いも揃って『一仕事終えたぜ』って感じの顔してるなあ!?」


 命を一瞬で刈り取る殺人(?)障害物群を設置し終え、イイ笑顔を浮かべる森の愉快な仲間達の姿。ほのぼのとした空気の裏から醸し出される狂気は、ウサギ君が戦慄を覚えるのに十分でありました。


「そう言う訳だから。じゃ、先行かせてもらうよー」

「この状況で亀君冷静だな!? ……って、君の回避能力意外と高いな!?」


 唸る回転ノコをテンポ良く避けながら進む亀君の後ろ姿を、慌てて追い掛けるウサギ君なのでした。






 コース上に立ちふさがる障害物を乗り越え、両者はひたすらにゴールを目指します。


 振り子式の鉄球を避け、高電圧の有刺鉄線を潜り抜け、地雷ゾーンを駆け抜け、飛び交う矢をすり抜け――


 勝負は、終盤戦へともつれ込みました。


 足の速さそのものは、ウサギ君に分があります。すぐに亀君を追い抜き、先頭に立つ事が出来ました。しかし各種障害物の対処に手間取り、その度に足止めを喰らいます。


「チャァァァンスッ!」

 その隙に障害物の回避が得意な亀君が差を縮め、追いすがります。


「さ、させるかああああっ!」

 それでもウサギ君は先頭を譲りません。満身創痍の体に鞭打ち、前へと進み続けます。


「こ、ここまで来たら意地でも勝ってやる! どんな仕掛けだろうと乗り越えてやるぞ!」

 ゴールの木まであと百メートル程の地点に差し掛かった辺りで、彼はラストスパートを掛けます。残された力を振り絞り、両足に一層の力を込めました。


 荒れる呼吸。悲鳴を上げる筋肉。早鐘を打つ心臓。それら苦痛と引き換えに、徐々に近づくゴールの木。


 行ける!


 勝利の手応えに高揚する精神のまま、ウサギ君は力強く地面を蹴ります。柔らかな布団の感触を足裏に感じながら、ただただ前へと進み続けます。


「……………………布団?」


 違和感を感じたウサギ君は、足元へ目を落とします。


 そこには、布団が敷かれていました。


 ふっかふかな柔らかさの羽毛布団からは、天日干しの香りがします。心地良い曲調の音楽が、どこからともなく聞こえて来ます。ご丁寧に、アイマスクまで用意されていました。


 ここで眠れば、さぞ気持ち良い事でしょう。溜まった疲労も、吹き飛ぶ事間違いなしです。


「……………………丁度良いや、ちょっと寝てみよう……」

 そう言ってウサギ君は、ごく当然の事のようにアイマスクを装着し、敷布団の上にその身を横たえ、羽毛布団を身体にかぶせます。


「……ああ、こりゃ気持ち良いや……」

 予想通り、素晴らしい寝心地でした。枕の高さもウサギ君好みで、文句の付けようがありません。


 そのままウサギ君は、穏やかな眠気に意識を委ねます。今日は良い夢が見られそうです。障害物競争中の過酷な出来事も、忘れる事が出来るでしょう。


「………………ってコレ罠かああああああああああっ!!」

 気が付き、瞬間的に飛び起きたウサギ君は、すぐさまゴールへと目を向けます。 そこには、


「勝ったッ! 第三部完!」

 ゴール地点である木の根元に到達し、勝利ポーズを決める亀君がいました。


「最後の最後で搦め手に引っ掛かったよ畜生おおおおおおおおおお!?」

 痛恨のミスを悔やんだところで、後の祭りです。ウサギ君と亀君の勝負は、亀君の勝利に決まりました。


「あー疲れた。ちょっと休もう……」

「そして亀君、躊躇なく僕を押しのけて布団に潜り込んだよ!? 案外良い面の皮してるな!?」


 叫んだところで、早くも寝息を立て始めた亀君には届きません。


 負けた上に布団まで取られる、踏んだり蹴ったりなウサギ君でしたとさ。



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