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金太郎~宣伝編~そのいち

 昔々、相模さがみの国(現在の神奈川県)の足柄あしがら山に、金太郎と言う子供が住んでいました。『金』と書かれた真っ赤な腹掛け、肩に担いだマサカリと、実にキャッチーな出で立ちをしています。


「はあぁ〜〜……」

 そんな彼ですが、体育座りで遠くの山々を見つめている真っ最中です。時折深い溜め息を付くその姿からは、覇気と言うものがまるで感じられません。


「……なあ、クマ君」

「何だ、金太郎?」


 やがて金太郎は、隣のクマ君へ語り掛けます。クマ君はポテチをボリボリ噛りながらコーラをあおるという、野生を完全に捨て去った姿で金太郎の言葉に耳を傾けました。


「…………ぶっちゃけ俺の物語って、知名度低すぎじゃね?」

 メタ発言をかましやがりました。童話にはあるまじき事態です。


「あー、やっぱそう思う?」

 一方のクマ君は、ポテチ袋を傾けて残りを口に流し込みながら、のほほんと答えました。


『金太郎』。名前だけであれば、知らぬ者はいないと言える程に有名な童話です。 ですが、肝心の中身についてはあまり知られていません。昔、とあるテレビ番組で調査を行ったところ、金太郎のストーリーを完璧に説明出来る人は4700人

中、67人程しかいないと判明した位です。


「……つーか、クマ君も登場人物の一匹だろ。このままで良いと思ってるのか?」

「別に良いんじゃない?」

「……別に良い、て……」


 口腔内のポテチをコーラで流し込みつつ答えるクマ君に、金太郎は思わず渋い顔になります。


「そんな他人事みたいに。俺はこの物語を通じて、自分の強さと優しさをアピールしないと駄目なんだよっ。なのに、その活躍ぶりはほとんど知られてない。マズイだろコレ」


 金太郎――後の坂田金時さかたきんときは、通称『頼光よりみつ四天王』と呼ばれるメンバーの一人で

す。彼の武勇伝が伝わる事は自身の、ひいては四天王の箔付けにも繋がるのです。


 焦る金太郎に、


「いやだって、僕は別に四天王の一員って訳じゃないし。むしろ、単なる引き立て役に過ぎないって言うかさ。知名度低くても、そんな困らないし」

 クマ君は素っ気なく返します。立場の違いが、そのまま温度差となって現れているのでした。


「つ、つれない事言うなよー。頼むから、知名度アップに協力してくれよー」

「ゆ〜ら〜さ〜な〜い〜で〜」

 クマ君の肩をガックンガックン揺さぶりながら、金太郎は懇願します。


「分かった、分かったよ、協力するから。その代わり、今度昼食くらいは奢って

よ?」

「おう、分かった。ありがとうクマ君。じゃ、早速やるぜー!」


 契約成立です。行動を起こすべくやおら立ち上がった金太郎に続き、クマ君ものっそりと腰を上げるのでした。






「じゃあまず、相撲からだな。クマ君、準備は良いか?」

「ばっちこーい」


 ギャラリー役の動物達に囲まれ、金太郎とクマ君は土俵の上に立ちました。土俵と言っても、地面に木の枝で線を引いただけの、即席の代物ではありますが。


「みんなも声援頼むよー! なるべく俺が凄そうに感じる風にやってくれー!」

「「「うーっす」」」


 金太郎の声に、ギャラリー達の間からまばらな返事が返って来ます。一般的にそれは偽客サクラと呼ばれる行為ではないかと言いたいのですが、生憎そこに突っ込む者はこの場には居ません。余談ですが、『偽客サクラ』と言う名称の由来は『パッと咲いてパッと散る』ところから来ているそうです。


「では、はっけよい……残った!」

 行司役のタヌキ君の声を合図に、金太郎とクマ君はがっぷりと組み合いました。


「負けたー」


「おおー、秒殺とは凄いー」

「おおー、あれは必殺真空投げー」

「おおー、流石は金太郎ー」


「やる気ねぇなオイ!?」


 組み合った瞬間にクマ君はコロリと転がり、同時にギャラリーから棒読みの賞賛が放り込まれました。臨場感など絶無です。


「違うだろ!? もっとこう、適度に苦戦してる感とか出す必要あるだろ!? いきなり負けたら駄目じゃん!?」

「注文が多いなぁ。どこぞの料理店じゃあるまいし」


 身振り手振りで訴える金太郎に、頭をポリポリしながらクマ君がぼやきます。


「良いからさ!! もっと野生とか出して行こうぜクマ君!!」

「えー、面倒臭いなぁ……」


 クマ君は一つ溜め息を付き、


「じゃあさ、ちょっと僕に背中を向けて走ってくれるかな」

「……? ああ」


 疑問顔をしながら金太郎は、言われた通りクマ君へと背中を向け、軽く走り出しました。


「コラァァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!」

「一体何がどうした!?」


 突如として野生が剥き出しになったクマ君の叫びに、金太郎はたじろぎます。その姿はまるで、どこぞの宇宙船の寮母さんがファーストネームで呼ばれた時のようでした。


「あー、大抵の野生動物って、背中見せて走る相手を見ると本能が刺激されちゃうからねー」

 牙を剥き出しにするクマ君を眺めながら、タヌキ君が言いました。


 ちなみにクマに出会った時の正しい逃げ方は、背中を見せないようにゆっくりと距離を取る、です。覚えておきましょう。


「グウゥゥゥゥ……ッ!! ウガァァァァァ……ッ!!」

「何かクマ君の雰囲気、『これから相撲でも取るかー』って感じじゃないんだけ

ど!? ヤバくない!?」


れぇぇぇぇぇっ!! 殺っちまえぇぇぇぇぇっ!!」

「血祭りじゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

「八つ裂きにしちまえぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」


「て言うか、ギャラリーまで野生刺激されてないかなコレ!?」


 四方から飛び交う殺気立った声。眼前には興奮したクマ君。さしもの金太郎も危機感を覚えます。


「はーい、見合って見合ってー……」

「タヌキ君マイペースだな!? こんな状況で相撲をしろと!?」

 周囲の状況など知ったことではないとばかりに、タヌキ君は冷静です。


「待とうよタヌキ君!? これ絶対相撲だけで済まな「はっけよーい、残った!」えええええええええええええええええ!?」

「ウガァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!」


 足柄山の相撲に、待ったなどありませんでした。


 クマ君の咆哮と金太郎の悲鳴が、風に乗って山々へと響き渡るのでした。


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