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コブ取り爺さん~情熱編~

 昔々あるところに、二人のお爺さんが住んでいました。


 一人は暢気のんきなお爺さんで、右の頬に大きなコブがありました。

 一人は陰気いんきなお爺さんで、左の頬に大きなコブがありました。


 このコブは良性腫瘍(しゅよう)と呼ばれるもので、放っておいても人体への悪影響はありません。ですが、お爺さん達が日常生活を送る上で、邪魔になってしまいます。


 例えば薪割りの時、お爺さんが斧を振り上げて降ろす時の動作に合わせ、コブがプルンプルン揺れます。気になるったら、ありゃしません。


「はっはっは。今日の揺れ具合は中々のもんじゃな」


 それでも暢気な方のお爺さんは、苦労の中にも自分流の楽しみを見出していました。爪を切った直後、絨毯じゅうたんの縁のザラザラした部分に爪先のささくれた部分を這わせ、ジャリジャリする感覚を楽しむとか、恐らくそう言った類のものなのでしょ

う。……違う? そうですか。


 一方の、陰気な方のお爺さんはと言うと、


「ええい、一々揺れおってからに! イライラするわい!」


 と、おかんむりなご様子です。その勢いで当たり散らすので、周囲はたまったものではありません。おかげで、陰気お爺さんに近付く人は、あまりいません。そのため余計に陰気な性格になってしまうという、負のスパイラル状態に陥ってしまっているのでした。


 ある日、陽気お爺さんは森の奥に出掛け、薪にするための木を切っていました。すると突然、雨が降り始めてしまいました。

 こりゃいかんと陽気お爺さんは、木のうろへと入り込み、雨宿りをする事にしました。しかし、何時まで待っても、雨は一向に止む気配がありません。


「まあ、こう言う事もあるわい。取りあえず、寝て待とう」

 流石は暢気お爺さん、発想が実に暢気です。そのまま雨音を子守唄代わりに、暢気お爺さんは寝息を立て始めるのでした。






「むにゃ……。おや、少し寝過ぎたようじゃな」」

 まぶたを擦りながら、暢気お爺さんは呟きます。


 雨は既に上がっており、木々の間からは月が顔を覗かせています。『少し』どころか、夜まで寝ていたと言うのに全く慌てない辺り、貫禄の暢気っぷりです。


「さて、帰ろうかの。……? 何じゃ、この音は?」

 木の洞から出て来た暢気お爺さんの耳に、森の更に奥から音楽らしきものが聞こえて来ます。それも、楽しそうな音楽です。


 興味を憶えた暢気お爺さんは、茂みを掻き分けながら音楽の鳴る方へと歩いて行きました。


 そこには、


『そーれ、踊れ踊れーー!』

 様々な種類の鬼達が、笛や小太鼓を打ち鳴らしながら、輪になって踊っていたのです。恐らく、この森に住む鬼達なのでしょう。


「何ちゅうこっちゃ……。こりゃ、見付かってはいかん……」

 さしもの暢気お爺さんにも、危機感が芽生えたようです。そのままゆっくりと、音を立てずにその場を立ち去ろうとします。


『踊りって、楽しー! もっともっと踊るんだー!』

「……見付かっては、いかん……」


 自らに言い聞かせるように、暢気お爺さんは呟きます。いくら楽しそうであっても、相手は鬼です。迂闊に姿を晒す訳にはいきません。そのままゆっくりと、立ち去ろうとします。


『踊れー! みんな、一心不乱に踊るんだー!』

「…………み、見付かっては……」


 誘惑を払い除けるように、暢気お爺さんはかぶりを振ります。笛や小太鼓の音色に全身の血液が沸き立ち、鬼達の手捌き足捌きに全身の細胞がざわめきますが、姿を晒す訳にはいかないのです。


『ひたすら踊れー! 夜通し踊れー!』

「………………み、見付かる……」


 そのままゆっくりと、立ち去るべきなのです。


『ガンガン踊るんだー! もっと踊るんだー!』

「踊りじゃあー! 踊りの始まりじゃあーーっ!」


 辛抱たまりませんでした。暢気お爺さんは茂みから飛び出し、鬼達の輪の中に飛び込みました。今、お爺さんは暢気の仮面を脱ぎ捨て、情熱お爺さんとなったのです。


「おい、何で人間がこんなところに居るんだ!?」

「邪魔すると、喰っちまうぞ!」


 突然の乱入者に、鬼達は騒然とします。


「気にせんで下され! さあ、踊りじゃあーー!!」

 しかし、情熱お爺さんは意に介さず、そのままステップを刻み始めました。


『おおっ、何と見事なアイリッシュダンス!』

 情熱お爺さんの動きに、鬼達は感激します。アイリッシュダンスとは、アイルランドの踊りです。情熱お爺さんはその中でもステップダンスと呼ばれる、足のみで踊るダンスを披露していました。


 キレ味鋭いその足捌きは、一朝一夕で身に付くものではありません。情熱お爺さんが只者ではない事が、鬼達にもすぐに分かりました。


『負けてなるものか! 俺達も行くぞー!!』

「ぬおっ、これはラクスシャルキー!」


 対抗心を燃やした鬼達の踊りに、情熱お爺さんは目を見開きます。アラブ文化圏で見られる、いわゆる『ベリーダンス』の一種です。鬼達の舞いに魂通ずるものを感じ取った情熱おじいさんは、


「ならば、これはどうじゃ!!」

 新たなる舞いにて、その魂に答えました。


『ああっ! あ、あれは、ハカだ!!』

 鬼達の間から、驚嘆の叫びが上がります。ニュージーランドはマオリ族に伝わる戦闘舞踊ウォーダンスを眼前に、彼らの興奮は今、頂点へと達しつつあります。


『ならば、これは!!』

「なんの、これなら!!」


 次々と新たなる舞いを繰り出す彼等の宴は、まだまだ始まったばかりなのでし

た。






『ふっ……。やるな、爺さん……』

「いやいや、そちらこそ……」


 木々の隙間から溢れる朝日に照らされながら、鬼達と情熱お爺さんは握手を交わします。滴り落ちる彼等の汗は、全てを出し切った男の勲章なのです。


「だが爺さん、あんたは踊っている時、頬のコブを気にしていたように見える」

 そう言うと一匹の鬼が、情熱お爺さんの顔にぬっ、と手を伸ばし、


「おおっ!? コブが取れた!?」

「これは良いものを見せてくれた礼だ。これで何も気にする事なく踊れるはずだ。次を楽しみにしているぞ」


 情熱お爺さんの顔のコブをもぎ取り、鬼は言いました。いかなる手段を使ったのか、お爺さんには痛みも傷跡もありません。


 長年の苦労の種が、思わぬ形で取り除かれた情熱お爺さんは、足取りも軽やかに帰宅するのでした。






 村へと戻った情熱改め暢気お爺さんが最初に出会ったのは、陰気お爺さんでし

た。


「あ、あんた、顔のコブはどうしたんじゃ!?」

「うむ、実はじゃな……」

 驚く陰気お爺さんに、暢気お爺さんは森の奥での出来事を話します。


 話を聞き終えた陰気お爺さんは、


「なるほど、踊るだけでコブを取って貰えるのか。じゃったら、ワシも今夜辺り森の奥に行ってみるわい」

 良い事を聞いたと、ほくそ笑むのでした。






「どれどれ……。おお、確かに鬼達が踊っとるな」

 茂みの陰から鬼達の様子を窺いながら、陰気お爺さんは呟きました。


「……しかし、一体踊りの何が楽しいというんじゃ……。あんなもん、生きる上で必要ないじゃろ」


 楽しそうに踊る鬼達を見て、陰気お爺さんは呆れたように言います。そう言う割に『生きる上で必要ない』はずのお酒は、呑みながら「これを理解出来ん奴は、人生を理解出来ていない」とか語っちゃっています。『楽しい』と言う感情に、意味を求めたがるが故の悪癖が生み出した矛盾です。良いじゃないですか、『好きだからやる』で。


 しかし、踊らない事にはコブを取る事は出来ません。意を決して、陰気お爺さんは鬼達の前に歩み出ました。


『おお、爺さん。待っていた……お前、誰だ?』

 訝しむ鬼達に向かって陰気お爺さんは、


「聞いたぞ。ここで踊れば、このコブを取って貰えると。今から踊るから、さっさとコブを取ってくれ」

 そう言って、準備運動を始めます。


 鬼達は顔を見合わせ、


『……もしかして、昨日の爺さんの知り合いか? ……そうだな、じゃあ早速始めてくれ。熱い踊り、期待してるぞ』

 取り敢えず、腕前を見る事にしました。


「じゃあ、行くぞ。ほれっ」

 そうして踊り始めた陰気お爺さんでしたが、その動きには全くと言って良いほどやる気が感じられません。見るからに『仕方ないから踊ってる』感がにじみ出ています。


『……なあ、それは何だ?』

 当然、鬼達は満足しません。白けた様子を見せながら、陰気お爺さんに尋ねました。


「何って、踊りじゃが?」

『……その、適当に手足動かしてるだけのものがか?』


 ただ下手なだけならまだしも、情熱の欠片もない動きを踊りなどとは認められません。鬼達は半ば呆れながら、


『はあ……。分かった、じゃあ俺達がレッスンしてやるよ』

 そう提案しました。


 それに対してお爺さんは、


「要らんわい。大体、踊りなんぞ言う無駄なもん、何でやらにゃいかんのじゃ」

 素っ気なく、そう返しました。


 その一言に、周囲の空気が変わりました。


『爺さん……あんた今、何て言った……?』

 ゆらり、と怒りのオーラを湛えながら、鬼達が言います。


「ん? だから、踊りなんぞ無駄なもの、と言ったんじゃ。それよりさっさとコブを取らんかい」

 陰気お爺さんは、致命的なまでに空気を読めない人でした。むしろ、読む気がないと言うべきなのかも知れません。


『ふざけんなーーーーーーーーっ!!』

 瞬間、鬼達の間から怒声が爆発しました。他人の好きなものを声に出して侮辱すれば、こうなるのは当然です。


『不愉快だ、帰れっ!!』

「何じゃ、いきなり怒り出して。それより、コブを……」

「やかましいっ!!」


 一匹の鬼がそう叫ぶや否や、陰気お爺さんの右頬に何かを叩き付けました。


「何するんじゃ!! ……こ、これは!?」

 思わず右頬に手を当てた陰気お爺さんは、悲鳴を上げます。その手に伝わる感触は、左頬にある忌々しいコブと全く同じものなのです。


 要するに、


「コ、コブが二つに増えた!? 何て事をするんじゃ!?」

「そのコブは、今朝の爺さんから取り除いたコブだ! お前には、そいつをくれてやる!!」

「そ、そんな!?」

『俺達を怒らせた罰だ! 喰われない内に、とっとと帰れ!!』

「そんなーーーーーーーー!?!?!?」


 牙を剥きながら叫ぶ鬼達に、本格的な恐怖を感じた陰気お爺さんは、泣き叫びながらその場から逃げ去りました。


 こうして陰気お爺さんは、左右に二つのコブを抱えながら暮らす羽目になってしまいましたとさ。


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