シンデレラ~立身出世編~そのいち
あるところに、一人の美しい少女が居ました。
少女は両親と仲良く、幸せに日々を過ごしていました。ですが不幸な事に、お母さんが病気で若くして亡くなってしまいました。
悲しみに沈むお父さんと少女でしたが、時が彼らを慰めてくれました。やがてお父さんは再婚を決意し、三人の娘を持つとある女性と結婚しました。
互いにバツイチ同士、お父さんと新しいお母さんは上手くやって行きました。
が、新しいお母さん――継母は少女の美しさに嫉妬心を抱き、お父さんの目を盗んではしばしば彼女に意地悪をするようになりました。三人の娘達もそれに便乗し、少女は居心地の悪い暮らしを強いられるようになりました。
さらに悪い事が続きます。お父さんまでもが病気で亡くなってしまったのです。
もはや、防波堤は存在しません。お父さんを亡くしたショックから立ち直り切らない内から、継母と義姉達の一大攻勢を受けました。辛い仕事は全て少女の役割
に、部屋は埃だらけの天井裏、着るものはボロボロの服ばかり……と、ろくに反論の機会さえ与えられずに決められてしまいました。
過酷な毎日を送り、お風呂に入る事さえ許されず、やがて少女の美しい金髪はカマドの灰に塗れるようになり、何時しか彼女は灰かぶり姫――フランス語で『シンデレラ』と呼ばれるようになりました。
「ふう……。床のお掃除終わり、と」
雑巾をバケツに入れながら、シンデレラは呟きます。と、そこへ、
「「「おおっとぉっ! 足が滑ったぁっ!」」」
三人の義姉がやって来て、わざとらしく叫びます。長姉がシンデレラへ足払いを仕掛け、次姉がシンデレラの背中を蹴飛ばし、三姉がバケツをシンデレラに向かって蹴倒しました。結果シンデレラは、倒れたところにバケツの水をぶっかけられる羽目になったのです。
これぞ三姉妹必殺『雷雲旋風脚』、シンデレラを幾度も床へと沈めて来た、恐るべき技です。
「痛たたたた……」
背中をさすりながら、シンデレラは立ち上がります。床に手を付いた拍子にびちゃりと水が跳ね上がり、新たな波紋が広がって行きました。
「まぁーーーーったく、だらしないわね!」と長姉。
「折角床が綺麗になったのに、この失態!」と次姉。
「罰として、ご飯抜きよ!」と三姉。
流れるようなコンビネーションで、次々と言葉を繋いで行きました。
「ご、ごめんなさい、姉さん達……」
理不尽極まりない扱いですが、シンデレラは異を唱えません。唱えればより酷い目に合うという事を、身に染みて知っていたからです。
そんなシンデレラの惨めな姿に、三姉妹は揃って悪役オーラを放ちながら「おーーーーっほっほっほっほっ!!」と高笑いを上げます。絶対的権力を行使出来る立場とは、善良なはずの人物でさえ負の快感に酔わせてしまうものです。ましてや特に善良でもない三姉妹であれば、結果はご覧の有様です。
「まぁーーーーた、シンデレラがやらかしたみたいね!」
そこへ、継母がやって来ました。さらなる嵐の予感に、シンデレラは身構えま
す。
「まあ、そんな事はどうでも宜しい。今日はそれより、大事な用事があるんだからね。三人共、そろそろ準備するわよ」
「「「イエス、マム」」」
何故かピシリッと敬礼をする三姉妹です。自身への暴行がエスカレートするのでは、と危惧していたシンデレラは、拍子抜けします。
「あの、お母さん、大事な用事って……?」
恐る恐る、尋ねます。
「ああ、あんたには言ってなかったわね。今夜、お城で舞踏会が開かれるのよ」
「舞踏会?」
「そう、舞踏会。家にも招待状が届いたわ」
そう言って継母は紙片を取り出し、ひらひらと揺らします。件の招待状なのでしょう。
「何でもこの舞踏会は、王子様の結婚相手を決めるために開催されるって、もっぱらの噂なのよ。もしも私達の内の一人が結婚相手に選ばれれば、私達一家は玉の輿でウハウハよ!」
終盤は興奮気味に叫びながら、継母は説明しました。
「そうなんですか……」
片やシンデレラは、他人事のように呟きます。どうせ自分の分の招待状はないのだろうと思っていたためです。しかし、
「ああ、そう言やあんたの分もあるわね、招待状。ほいっ」
継母はそう言って、一枚の紙片をシンデレラに渡しました。それは、紛うことなき招待状でした。
「え……っ!? じゃあ、私も参加出来るんですか!?」
濡れた手で招待状を受け取り、思わずシンデレラは期待に目を輝かせます。
「ええ、参加出来るわよ。……ドレスがあれば、だけど」
そして継母は、底意地の悪い笑みでシンデレラの期待を木っ端微塵に打ち砕きました。舞踏会には服装規定と呼ばれる、指定された服装――女性の場合はドレスを着用しなければ、入場不可となる決まりが存在するのです。
当然、シンデレラはドレスなど持っていません。この継母に用意するつもりがない事など、顔を見れば一発で分かります。
「そう言う訳だからシンデレラ、今夜は一人で留守番してなさい。そして悔し泣きしながら、私達の武勇伝を待っているが良いわっ!!」
そう言って高笑いを上げる継母に、三姉妹も揃って笑い声を上げます。
シンデレラはその光景を眺めながら、『一体お母さん達は、舞踏会でどのような武勇を発揮するつもりなのだろう』と思いました。




