おとぎ話クレーマー
ここは、とある町にある『トアルテレビ』。
様々なニュースやバラエティ番組、ドラマ、歌番組、アニメ、ドキュメンタリー、そして通販番組など、毎日様々な情報やエンターティメントを視聴者に届け続けているテレビ局です。
普段のトアルテレビは視聴者からの人気も高く、バラエティ番組やドラマを中心に毎回高視聴率を記録しています。時には視聴者から、非常に素晴らしい内容だった、ぜひ再放送をして欲しい、と言う嬉しい声が返ってくる事もあります。ですが、時にはそれとは逆に、視聴者から怒りや失望の声が寄せられてしまう事もあります。
放送局の一室で不満そうな顔を見せる男たちの目の前に映された、一件のクレームのように。
「なんなんだ……このよく分からん文章は……」
編集室にあるパソコンに表示されていたのは、数日前に放送された、トアルテレビが独自に制作した番組に届けられた、内容に対する批判でした。この番組は歴史番組の形を模しながらも、毎回様々な童話やおとぎ話、民話などをあたかも現実にあったかのように放送するという、ちょっと不思議なバラエティ番組でした。山で樵をしていた男がその力をもって出世し、強大な化け物を退治するまでと言う物語をドキュメンタリータッチで描いたり、嘘をつきすぎた結果命を落としてしまった少年を、密着取材風の形で紹介したり、毎回様々な実験的なスタイルで、おとぎ話を自由にアレンジしていたのです。
そして、今回クレームがメールとして届いたのは、数日前に放送した『鬼』に関する内容でした。
「確かにあの内容は非常にリアリティがあった……ここは褒めてますね」
「そうだろう、俺がディレクターを務めたんだから」
「自分で言っちゃ世話ないですよー。でも本当に凄いと思いますよ」
「だろー?」
部下に自身ありげに話す男の言うとおり、確かにあの『鬼』を題材にした内容はネットでもかなりの高評価を集めていました。これまで様々なおとぎ話で悪者として暗躍し続けた鬼たちを各地で凶悪な事件を引き起こす犯罪グループに例え、それに立ち向かう様々なおとぎ話の主人公を警察のように扱い、鬼たちが次第に追い詰められ、懲らしめられていく様子をドキュメンタリータッチで描く、と言うものです。その内容の細やかさは勿論ですが、それ以上に勧善懲悪と言う概念をこれでもかと表した描写に評価が集まったようです。
「僕もあれは凄いと思いましたよ。規制が多い中でよく……」
「お前もよく頑張ったよな……しかしここから先の文章は……」
そう言いながら、ディレクターは改めて苦情を見て溜息をつきました。
高い評価が各地で聞かれる作品には、必ずそれと同じくらいに声が大きな批判がつきものです。ディレクターたちは、今回届いたクレーム――例え悪い事をしたとしても、あの描写は幾らなんでもやり過ぎである、と言うものも、そのような「揚げ足取り」を企んだ悪質な意思表示ではないか、と考えていました。特に今回は昨今厳しくなっているテレビ番組での表現規制のぎりぎりに挑むというコンセプトのもとで撮影しており。ある程度はそのような批判が来るのは覚悟していたのです。
ですが、彼らには今回の苦情が普段の苦情とは何かが違うことを、薄ら感じていました。
「本当に意味が分からないぜ、この『「私たち」が困る』『誤解を生んでしまう』ってのは……」
「どういう事なんですかね……」
トアルテレビで人気の歴史番組風バラエティは、基本的に人間とは異なる存在――妖怪や喋る動物、精霊など科学的に存在が実証されていないものを多く扱っていました。題材がおとぎ話や民話である事も理由ですが、人間とは異なる架空の存在を使うことで、権利を侵害しているなどのクレームを避ける狙いもありました。そして今回の『鬼』も、科学的に存在が実証されていない存在と言う事で、はっきりと凶悪犯として描く事ができたのです。
ところが、トアルテレビに届いたクレームのメールには、明らかに『鬼』と言う存在が実際にいるように書かれていました。確かにこれまで鬼は悪い事を何度もしてきたし、その結果自業自得の目にあった、しかしあの番組はその面ばかりを強調して、人間たちと仲良く住んでいた鬼たちの事を挙げておらず不公平だ、と言う内容が、事細かに記されていたのです。
確かに、日本各地の伝記には人々と鬼がそれなりに良い関係を築き、節分の際に鬼を追い払わない場所もあります。ですが、それを踏まえたとしても、番組スタッフはこの苦情に納得する事ができませんでした。
「書いた奴、鬼に気持ちが入りすぎてるんじゃないか?」
「ですよねー、自分たちが苦しんでるとか……」
このままでは自分たちの生活が脅かされてしまう可能性がある、今すぐ誤解を解くための謝罪やそれなりの処置を行っていただきたい、と言う文章で、この苦情のメールは〆られていました。
ですが、このご意見にどのような対処法を取ればよいのか、ディレクターたちは悩んでいました。このメールの通り、鬼を悪者に取りすぎたと言う味方も正しいかもしれませんが、だからと言って空想の事柄に対していちいち現実と違うからと謝罪を入れればきりがありません。
悩むディレクターの頭の中には、三つ目の選択肢――こう言った番組の進行を阻害しかねないようなクレームを無かったことにして、そのまま普段どおりの番組制作を続けていく、と言うものも頭に浮かび始めました。そして、次第に彼の考えは、この場を乗り切るのに一番楽な選択肢であるこの方法に傾いていきました。
そして、部下に指示を出し、この苦情を無視することを告げようとした、その直前でした。
「すいませーん、ディレクターさーん……あ、いたいた」
「ん、どうした?」
テレビ局で別の部署に務める社員が、ディレクターたちを呼びにやって来たのです。その理由は、彼と会って話がしたい、と言うとある団体の代表者がいると言うものでした。その言葉を聞き、どうせ碌な内容じゃないだろう、と面倒くさそうに溜息をつきながら、ディレクターはこの部屋を離れ、その団体の人との話し合いへと向かっていきました。
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それから十数分後、テレビ局を訪れた団体の代表者と話し合うディレクターは――。
「確かに、貴方達の番組は非常に優秀だと思います」
「でも、正直あれは無いと思いました」
「は、はぁ……おっしゃる通りです……」
――先程までの憤りや怒りが完全に消え失せ、ただ目の前の相手の言葉に恐縮し、謝り続けると言う状況になっていました。
団体の代表者である一組の男女がテレビ局を訪れたのは、やはりあの『鬼』を描いた歴史番組風バラエティに対する苦情や意見をはっきり述べるためでした。あの時テレビ局に送った苦情に対して何の返答も無かったため、こちらへ出向いて直接自分たちの言葉、そして自分たちの存在を伝えにやってきたのです。
「昔と違って、今の人間たちは兵器や報道などの鬼よりも強い武器があります」
「ですが、それで暴力を振るうのは……」
「はい、本当に申し訳ありません……」
彼の隣にいるトアルテレビの重役と共に、ディレクターは何度も謝りました。あの番組で自分たちが行った仕打ちが、まさにおとぎ話における人間たちの暴力を振るう鬼と全く同じであるという事を、嫌と言うほどに思い知らされてしまったからです。
「ほ、本当に申し訳ありません!」
そう言って、ディレクターと重役は揃って頭を下げました。ですが彼らの視線は、ずっと彼らの元を訪れていた男女の頭にばかり入っていました。ただ、それは仕方ないかもしれません。
彼らの中には、あの歴史番組風バラエティをこれ以上続ける事は出来ないという思いがありました。謝罪番組を放送した後で番組そのものを打ち切るという解決手段しかなかったからです。ただ単に人権を侵害したという理由だけではありません。架空の存在として扱ったはずの『鬼』たちが世界の中に紛れ込みながら、本当に実在していると言う歴史の真実を目の当たりにしてしまったのですから。
「それでは……」
「失礼します」
そして、別れの挨拶を告げた団体の男女は、頭を下げ続ける彼らを見ながら、静かに部屋を後にしていきました。
頭に生えた『一対の角』を隠すかのように、大きな帽子を被りながら。