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犬神ギフト  作者: 巳影 樹生
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03話 いつか私が付き合うよ

03話 いつか私が付き合うよ

 

 気がつくと、ゴツゴツとした場所に横たわっているみたいだ。

 唇だけが暖かい。

 目を開くと、真っ白な顔が見える。ノゾミのものではない、真っ白な、雪のような顔。

 そして、唇を通して暖かい空気が注がれてきた。

 人工呼吸されている!?

 驚きむせかえると、口から水を吐き出した。

 体を横にして喉から溢れる水を吐き出すと、人工呼吸をしてくれた、助けてくれたであろう白い少女を見上げる。

「よかった。せっかく助けたのに、私が死なせたらしょうがないからね

、死ぬにしても安らかに死ななくちゃ」

 と白い少女は、青紫の瞳で見下ろしながら微笑んだ。

 ゴツゴツとした岩が転がる岸辺に、びしょびしょの体で焚き火の側に、白いコートを着た少女と共に立つ。

 助けてくれたであろう白い少女は、ハイネックの襟周りが真っ白い、真っ黒なワンピースのような服の上に真っ白なコートを着ていて、その短めの真っ白でもない、銀色の髪は、光を浴びてピンク色に輝いている。

 その青紫色の瞳でこちらを見下ろしながら、薄いピンク色の唇を開く。

「お兄ちゃん、いくら人生が辛くなったからといって、絶望したまま死ぬものじゃないよ」

「誰が自殺してたんだ!」

「自殺なんていってないじゃないか。ともあれ、そりゃあこんな冬の山の中で、山登りをするでもない、ボロボロの服で川を流れてきたら、そういうふうにしか見えないね」

 いわれてみれば返す言葉もない。山を登るための服を着ているわけじゃないし、ボールを拾いに斜面を下りている間にボロボロになってたから、これじゃ自殺に間違われても仕方ないな。


「まあそんなことは置いておいて、とりあえずは体を乾かそうか。そのためにも、服を脱いでね」

 そういうと白い少女は濡れた服をパンツだけのこして剥ぎ取ると、そばにある枝の張り出した、葉っぱの垂れた木にかけられた。

 濡れた服は重く枝をしならせて、ポタポタしずくを落としている。

 そして少女は着ていた白いコートを脱いで自分に着せてくれると、金色の鏡のように光る、ペラペラしたシートで下半身を包まれた。それらは薄い割に暖かく、冷たい風を通すことなく、その内側は暖かかった。


「あちこちキズだらけだね、ちょうど傷薬があるから塗ってあげるよ」

 そう言いながらリュックのなかを漁ると、小さな白いビンを取り出した。しかし、ふたを開けようとしたものの開かないようだ。

 代わりに開けようか?と申し出る間もなく、少女は両刃のナイフを取り出すと、白いビンの首を切り落とした。切り口からは金色の油が、流れ出る。

「もったいないな……」

「傷を癒すために作られた薬が、傷を癒すべきときに薬が使えなかったら、薬である意味が無いからね」


 そう言うと少女はビンの首から流れ落ちる金色の油を指ですくうと、自分の額や手のキズに塗っていく、傷口にぬめる冷たい手が触れたかと思うと、たちどころに痛みが無くなっていく。

 針の刺さっていた左足のカカトからは血が溢れていたのに、少女が血を拭い、傷薬を塗りこむと、たちどころに痛みが消えて血も止まった。

「これでよしっと、体も冷えているだろうし……」

 そういうと少女は水筒と白いコップを取り出すと、スープを注いで手渡してくれた。

「薬草のスープだよ、暖まるよ」

 暖かい……、カップ越しに暖かさが浸み込んでくるのを感じながら、スープをすする。

 オレンジ色のスープは何か草のような匂いがするものの、口の中に蜂蜜のような甘みと、肉や野菜のような旨みが広がっていき、体の中から温まっていく。


「財布とスマホはこっちで乾かしておくね」

 と財布を焚き火の側で乾かし、スマホは防水なので壊れていなかったので水を拭いて、電池が少ないと言ったらモバイルバッテリーに乗せて充電を始めてくれた。


 焚き火の熱と少女の貸してくれた金色のシートで温まっていく。

 どこからともなく聞こえて来るコチコチという時計の針の音が気になっていると、少女が話しかけてきた。


「さて、おにいちゃんはなんで川をどんぶらこと流れてきていたんだい?」


「大切なものを探していたんだ、それで川に落ちたんだ……」

 そうだ、赤いボール。

「赤いボールを探してたんだけど、流れてこなかったか?」

「ああ、それでお兄ちゃんが流れてきていることに気付いて、お兄ちゃんを釣り上げたんだ」

 そういって少女は、立てかけていた大きな竿を手に取った。

 それは竿は竿でも、釣竿ではなく物干し竿といったほうがいい太さと長さをしていた。その先端からは、赤く輝いて見える透明な糸が竿に巻き付けられていた。

「そのときに岸辺に引っ張り上げてくれればよかったんだが」

「川の流れの速いところにいたからね。下手につりあげようとすると、私も流されてしまう。だから木に吊り下げる形にする必要があったんだ」

 言われてみれば仕方が無いのか、自分より頭一つ小さい少女なのだから、こんな体格で自分を釣り上げようとするのは無理だよなあ。

 ノゾミの赤いボールは、川を流れていったのか……。

 ノゾミが大切そうに抱きしめていた赤いボール。それを自分は、受け止めることができず。拾い上げることもできず。川に落として無くしてしまったわけだ……。

「お兄ちゃんの大切なものだったの?」

「いや、彼女の大切なボール。それを受け止めきれずに流してしまったんだ」

「彼女さんが一緒にいたの?」

「そうなんだ、彼女と一緒にきていたんだ」

「その彼女さんとはどんな人なのかな?」

「犬みたいな尽くすタイプかな」

「なるほど、ワンコが彼女と」

「犬じゃなくて人間だ!」

 まるで信じて無いな、自分でも信じられないことだけど。

「そんな彼女さんとの出会いはどんなだったの?」

『生き埋めにされてたのを掘り返されました』とは言えないよなあ……。

「ちょうど困っていたところを助けられて、そこで昔あったことがあるって気付いてくれたのが出会いなんだ」

「なるほどね、その運命の再会からどんな風に付き合い始めたの?」

 女の子だからか、恋バナにやたらと食いついてくるな。


「自分と幼な馴染みで、最近まで離れて暮らしていたけれど、自分は彼女のことを忘れていたけれど、彼女は覚えていてくれたんだ」

「ふむふむ、なんて都合のいい。幼いころ好きだった男の子だけをずっと想っていただなんて。しかし、何がきっかけで付き合い始めたのかな?」


 『恩返しのために』とも言えないよな……。

「小さい頃に大人になったら結婚しようとか、そんな感じの約束をしていたらしいから、それがきっかけで付き合い始めたんだ」

「なるほどね。結婚するために、お兄ちゃんの犬になったんだね。お兄ちゃんに選ばれるために、いろんな要求をのんで……」

「そんなプレイ頼んで無いよ!」

 いかがわしいことだけは頼んで無いはずだよ!

「それでお兄ちゃんは、従順な彼女さんにご奉仕させて、結婚する前提で付き合っているんだよね?」

 言葉に詰まってしまう。……結婚、相手を養う……、人間みたいだけど犬だしなあ……。

「まさか、結婚をエサに付き合わせているのかい?」

 確かに恩返しとして望んでもいいことを見つけるまで保留したけど……。

「いや、お互いによく知らないから、付き合ってみようってことになったんだよ」

「ふ〜ん、それで明日はクリスマスイブだというのに、こんな山奥にきていたと」

「山の廃墟を見に来たんだ。アウトドア系だからさ、それでキャッチボールをしていて、彼女の投げたボールを受け損ねて、転がっていったボールを追いかけた彼女が帰ってこないから追いかけていって、自分はボールを見つけたけれど、川に落としてしまったんだ。」

「子供や犬じゃないんだから、冬の山で廃墟を探検したり、キャッチボールをするだなんて……」

 少女は言葉を詰まらせる。

 そうだよなあ……。子供じゃ無いんだから、そういう投げ合いとかじゃなく。一緒に映画を見るとか、食事をするとか、夜景をみるとか、後は……。そういったことをするよなあ。


「うーん、まるで、朝には4本足で歩き、昼には2本足で歩き、夜には3本足で歩きそうな彼女さんだね」

「化け物じゃなくて人間だよ!」

「なるほどね」

 こいつはまるで信じてないふうだな……。


「そういうきみはどうなんだ?なんでこんな山奥で釣りをしていたんだ」

「そりゃあ魚を釣るためだよ、寺院で食べるためにね」

「寺院?宗教か何か?」

「そう、境界寺院っていうんだ。そこでシスターとして暮らしているんだよ」

 神様か……ノゾミが犬神といってたから、神様っているんだろうかな。

「お兄ちゃんは神様を信じているかい?」

「姿も無いのに信じることはできないな」

 即答する。


「そもそもなんでもできる神様がいたら、誰もが苦労してないだろ」

「なるほどね。しかし、彼女は信じているんだ」

「居るからな」

「そんな彼女さんとはぐれたのに落ち着いているんだね」 

 やっぱりエア彼女だと思っているな……。しかし、ノゾミとはぐれたのは事実だし、どうにかして見つけないと……。

「携帯で連絡してみたらどうかな?」

 あいつは犬だから携帯持ってないだろうしなあ……。

「いや、自分の携帯のバッテリーが切れてたから連絡できなかったんだ」

「なるほど、愛しの彼との繋がりを絶たれ、いまも森のなかをさまよっているのか」

 そう言われると、改めて心配になってくる。ノゾミを探して大切なボールを拾いにいったのに、大切なボールを見つけてノゾミを見失ったなんて本末転倒だ。


「まあ、もうすぐ充電も終わるし、連絡してあげるといいよ。ビーコンアプリを使えば一発で居場所がわかるからね」

 そういうとシスターはポケットからスマホを取り出し、アプリのアイコンを指差し起動して見せた。

 そういえば迷子や老人を探すためにそんな標準機能があったな。ノゾミが携帯持ってないからどうしようもないけど。


「彼女さんと再会したら、ちゃんと抱きしめてあげないとね」

 抱きしめる……、ノゾミが求めてきたことを否定して保留したのに。

「照れることはないよ。彼女さんはお兄ちゃんのことが好きで、お兄ちゃんに愛されたくて、お兄ちゃんの望むままにご奉仕しているわけだし」

 それは犬の恩返しという、責任とか義務みたいなものであって、人間の愛するかどうかじゃないんだけど……。

「お兄ちゃんは彼女さんのことを考えて何かをしてあげてないように見受けられるからね。自分が興味のあることに彼女さんを引き連れているように感じるよ」

 引き連れるもなにも出会ったばっかりなんだけどな……。

「ちゃんと自分の彼女さんが大切なら、彼女さんを喜ばせてあげないとね」

 その喜ぶことが『恩返し』なんだけどな。

「何もできなくても、好きでいてくれることを認めてあげることはできるんだからさ」

 そうだな……、ノゾミは恩返しをしてくれるくらいに、命を助けてくれるくらいに、体をさしだそうとするくらいに、好きでいてくれるんだから……。

 だから、望みを叶えようとしてくれるから、『ノゾミ』って名付けたんだ。自分を大切に思ってくれる、自分に何かをしてくれる。


 そんなことを考えていると、シスターはポケットから懐中時計を取り出し時間を確かめた。コチコチという針の音はこれだったのか。


「さて、そろそろ服も乾くし、充電も終わるみたいだね」

 そう言われて携帯にめを向けると、充電が終わったのか認証画面が表示されている。

「さて、私はそろそろ帰るね。お兄ちゃんも、服を着て早く帰るといいよ。日が暮れたら一気に冷え込んでくるからね」

 言われて空を見上げると、すでに空は赤くなっていた。


 木の枝から服を取ると再び岩に腰掛け、焚き火にあたりながら服を着る。

 服は焚き火で乾いているけど、アウターは乾いていない。

 けれどシスターにもらったコートが少しぴっちりしてるけど、なんとか着れていて助かっる。

「コートは返さなくてもいいよ。お兄ちゃんが風邪を引くことに比べれば軽いものさ。でも、返すついでに会いに来てくれるのなら嬉しいかな」

 そう言いながら充電が終わったスマホを手渡してきた。

「アドレスを交換しておこう」

 そういうとシスターもスマホを取り出したので。世話にもなったし、タッチしてアドレスを交換しておいた。

「勧誘は忘れないんだな」

 シスターは、長い竿を杖のように持って地面を突きながら近寄ってくると。自分の頭を優しく撫でてくれた。

 その感触に、我を忘れてしまう。


「お兄ちゃんは……、いつか大切に想ってくれる、尽くしてくれる、そんな彼女さんと別れる時がくる。その時がきたら、私が代わりに付き合ってあげるよ」


 そう言いながらシスターは、撫でていた頭を引き寄せ、その胸に抱きしめてくれた。

 ただ呆然と、何もかも感じることはなく、コチコチという懐中時計の針の音だけが聞こえた。

「じゃあ、またね」

 焚き火の始末をすると、シスターは離れると大きなリュックを背負い、岸辺から伸びる細い道を登り、オレンジ色の明かりが灯っているトンネルの入り口に消えていった。

 そして、ただ一人岸辺に立ち、森のざわめきにも何も感じず、揺れる枝にも何も見ず。

 ただ立ち尽くしていると、ノゾミの顔を思い出した。

 ノゾミはどこに――。

「ごしゅじんさまー!」

 という声が聞こえたと思うと腰に何かがぶつかって前に吹っ飛ばされた。

「ノゾミ!?」

「はい!大事なボール!見つけたました!」

 体を起こすと、ノゾミが馬乗りになって、右手に持った赤いゴムボールを見せつけてくる。

 こいつは……。

 突きはなそうとしたけれど、シスターに言われたことを思い出して、戸惑いながらも、そっとノゾミを抱きしめ、背中をなでてやった。

 ああ、こいつは暖かい。ちゃんとここに居るんだな。

 そんなことを考えていると、バフバフという何かはたく音が聞こえるなと思って見てみると、ノゾミのしっぽが左右に大暴れしている。


「ご主人様すきー!」


 耳元でノゾミが叫んだと思うと、顔をベロベロと舐め始めた。

「こら!まて!ストップ!」

 何度も何度も制止してようやくノゾミを離して立ち上がると、改めてノゾミを見つめる。

「ごめんな、ボールを見失って……」

「ボールならここにありますよ!そういってボールを大切そうに両手で抱えるように持って見せてくる」

 「そうだな……」

 ノゾミの笑顔にそれ以上言葉を続けることができず。

 ノゾミの頭を撫でてやると、とりあえず街に向かい、自分の家に帰るために、シスターの後を追ってトンネルに入った。


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