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犬神ギフト  作者: 巳影 樹生
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02話 ボールで一緒に遊びましょう

02話 ボールで一緒に遊びましょう


 服も乾いたので湯から上がって屋敷の入り口まで引き返すと、腹が鳴った。

 何か食べたいなと考えていたら、ノゾミが屋敷の中に入っていって、コンビニの袋を持って帰ってきた。

 そこには冷たく乾いた肉まんが1つ入っていた。

 どうやら、財布の中にあったレシートに記載されていた2つのうちの一つらしい。

 せめて水をかけてレンジで温められればなと考えていると、犬神はボウルを取り出し、自分の髪の毛をかき取り、それをボウルの中で米粒のようなものにし、その米粒を液体に変え泡立たせた。

 そしてその泡だつ白い液体の中に饅頭を入れると、かき混ぜ始めた。

「あったかくな~れ、おいしくな~れ、おおきくな~れ、いっぱいにな~れ♪」

 ノゾミが歌いながらボウルをかき混ぜていくと、泡は消えていき、中にはふっくらとした蒸し立ての肉まんがどっさりと詰まっていた。

 どうやらボウルは、中に入れたものを増やすこともできるらしい。これなら餓え死にすることは無いなと安心した。

 安心すると腹が鳴ったので、さっそくノゾミの増やした肉まんを食べることにする。

 暖かくふっくらしっとりとして、汁気のある肉が美味い。

 普通に売ってる肉まんより美味いな。

 と肉まんを食べていると、ノゾミがボウルを抱えたまま、口から長い舌をを垂らして、こちらを物欲しそうに眺めている。

「よし!食べていいぞ」

 と言ってやると、ノゾミはボウルのの肉まんを掴むとすぐさまほうばった。

「美味しいですご主人様〜」

 と美味しそうに肉まんを食べる姿に、こちらも笑顔になってくる。


 肉まんを一つだけ残し食べ終えると、再びビニール袋に入れて口を縛り、落とさないようにと腰のベルトループに結びつけた。

 さて、腹も膨れたし、服も乾ききったし、電源を求めて街に出るか。

 どこかで充電できるだろう。

 外に出ると屋敷から続く下り道を進んだ。泉に行く獣道と違い、荒れてるとはいえ補修された道は歩きやすく。心なしか雰囲気もいい、それに。

 いまは隣にノゾミがいる。わんわんとハミングしながら、一緒に道を歩く。ボウルで辺りを変えてしまわなくても、それだけでも景色は違って見える。


 そういえば、恩返し以外でのノゾミのことを、知らないな。

 忘れてしまったと言ってたけど、どこまで覚えているのかは興味あるな、そう考えるとノゾミと何か話すことにした。


「ノゾミは何かやりたいことあるのか?」

「恩返しです!」

「恩返しではなくて」

「恩返しをするために犬神として生まれてきたので、ほかにやりたいことがありません」


「やりたいことが無い、じゃあ……」

 と言いかけて気づく、自分は何がやりたいんだろう。

 いまは失った記憶、自分がどこからきたのかを調べることだけど、自分が何者かとわかったら、自分は何をすればいいんだろうか。

 ノゾミは自分が恩を受けたから、恩を返す。恩返しという目的を持っている。

 けれど自分には恩のような過去に何かを受け取ったことを思い出せないから、それに対する恩返しのような目的が持てないんだ。

 とりあえず、自分が恩返しとして望むかは、自分の過去を知らないと。ノゾミに対して恩返し以外のノゾミのやりたいことを問いかけることはできない。


「ボールで一緒に遊びましょう!」


 と、ノゾミはどこからともなく取り出した赤いゴムボールを差し出した。

 なるほど、犬だからボール遊びか、犬の神様だから犬だしな。

「いいよ、あとでボール遊びしような」

「はい!」


 などと言いながら道を進むと、広い開けた場所に出た、どうやら自然公園らしく、ただ真っ平らなだけで雑草がボウボウに生えていて、隅にはペンキが剥がれてボロボロになった屋根付きのベンチがある。

 ロープの張られた公園の端から麓を見下ろしてみるとゴツゴツした岩が転がっている川があって、川の下流に目を向けると、わりと近くに街が見える。

 あそこにたどり着けば、図書館などでスマホを充電できるはず。

 そうすれば、自分がどこから来たのかがわかるはずだ。


「ご主人さま!ボールボール!遊び!」

 街が見えて安堵していると、ノゾミが袖を引っ張りながら遊びに誘ってくる」

「いや、街が見えてるから早く山を降りよう」

「ご主人様!いまボール遊びしましょう!約束ですよ!」

 強情にも食い下がるノゾミ、やりたいことを見つけるようにと言ったのは自分だしな……、街じゃボール遊びもできないだろうし、ここで遊ぶか。しかし、背の高い枯葉だらけで歩きにくいな。

 と考えていると、ノゾミがボウルを取り出して髪の毛から泡だつ液体を作りだし、それを辺りにばらまいた。

 すると、腰まである高さの枯れ草が生い茂る公園は、背の低い青々とした草の敷き詰められた草原へと姿を変え、ペンキも剥がれてボロボロだった屋根付きベンチは、建てたばかりのようにきれいになった。


「はーい!」

 と元気良く自分にボールを手渡すと、すぐ隣にしゃがみこんだ。

「……?」

「はやくはやく!」

 ああ、ボール遊びというのは……。

 手に持った赤いゴムボールを振りかぶり……、山の側に投げる!

 軽いボールは放物線を描き、高く飛んでいく。

 するとノゾミは犬のように4本足で体全体をしならせながら駆けて行くと、ボールが地面につくまえに空中に飛び上がって口でキャッチした。

 そして、見事に前足から着地すると、こちらに向かって猛ダッシュし……。

「ノゾミ!とまれ!」

 と言いきる前に、飛びかかってきたノゾミに吹っ飛ばされた。


 ――視界が青白いから見えているのは空か。と考えていると、視界に赤いゴムボールを咥えたノゾミが飛び込んできた。

 ノゾミに吹っ飛ばされて倒れている上に乗ってきているようだ。

 褒めて褒めてと、褒められるのを期待しているノゾミを押しのけると、お座り!と命じた。

「いいかノゾミ、人間はボールを口でくわえてキャッチしないし、相手に飛びかかって押し倒したりはしないんだ」

「はい!」

 怒られているのがわかっているのか、耳としっぽをたれさせて、素直に言うことを聞くノゾミ、

このへんはわかりやすく犬だなあ。

 でも、ノゾミは人の姿をしているし、人の言葉をしゃべれるからな。

「ノゾミ、人間はこうやって、手でキャッチするんだ。」

 ボールを上に投げて、両手で捕る。

「てで、とる……。わかりました!」

 とノゾミは自分の手を見つめると、意を決したようにこちらを見つめる。


 ノゾミを山側に5メートルほど離れて立たせ、自分は麓側に立つ。

「いくぞー!」

「はーい!」

 合図を送ると、振りかぶり、ノゾミにボールを投げる。

 放物線を描いたボールはノゾミの手前に落ちて、バウンドしながらノゾミの足元に届いた。

 ノゾミはそのボールを拾い上げると、両手で掲げた。

「とれましたー!」

 自分からボールを取りにはいけないか。


「こんどはノゾミの番だぞー」

 ボールを掲げて喜ぶノゾミに、返投するよう催促すると、ノゾミは戸惑い、両手で掲げていたボールを振り下ろしながら、ボールを手放した。

 赤いゴムボールは地面に叩きつけられると、何度かバウンドして自分の足元に転がってきた。


 ノゾミは犬だったから、ボールを追いかけて拾ってきて手渡すことはできても、それを人と同じように勢いをつけて手を離し、投げて渡すことはできないのか。

 

「届きそうにないときは、自分から近づいてキャッチするんだぞー、口を使わないでなー!」

 さっきは自分から近寄ってボールをキャッチしにいくことはできなかったからな。

 今度も同じように、ノゾミに対して高くボールを放り投げた。

 風に煽られたのか右にそれたボールを、ノゾミは一瞬しゃがむと体をしならせ飛び上がり、両手で捕まえて、咥えようとしたところで思い留まり、そのまま手で挟んだまま着地した。


 ノゾミは目を閉じ、赤いゴムボールを両手で挟むように握りしめ、胸に抱きしめる。

 うん、うまくキャッチできたみたいだな。次は……。

「ノゾミー!こんどはボールをこっちに投げるんだー!片手でー!」

「はーい!」

 ノゾミは胸に抱きしめていた赤いボールを片手で持つと、動きが止まる。

 そうだ!ノゾミは投げ方を知らないなら、自分が手本を見せてやればいい。

 ボールをキャッチするときに噛まないようにするだけとは違って、ボールを手放し、投げ渡すというのは難しいことみたいだからな。

「いまからやるように投げるんだぞ〜」

 そういってからボールを投げるフォームをみせてやる。

 ノゾミはその仕草を真剣な眼差しで観察すると、ボールを振りかぶり、高く投げた。

 ボールはあまり飛ばないけれど少し駆け寄れば取れるかな。

 そう思って飛んでくるボールにかけより、そのボールを捕ろうとしたとき、足が止まった。

 ボールは自分の足元に落ちてバウンドし、足に当たって止まった。

 ……目測をあやまったか?

「ごめんなー、次は補るからー!」

 そういってボールを拾い考える。

 さっきはうまく捕れたし、今度は胸元くらいでいいかな。


 そう考えると、今度はノゾミの胸元に届くくらいの低さで投げた。

 ボールはまっすぐと飛び、ノゾミはそのボールを両手で捕ろうとして……胸に当たったところを両手で捕まえた。

 そして大切そうに赤いボールを抱きしめる。

 ボールを補球するというより、ボールを捕まえて手放さない感じだな。


 こんなに大切そうに捕っているから、手渡しでなく、手放しして相手に投げることができないのか。

 まあ、自分もそのボールをキャッチできなかったしな。

 でも今度はキャッチするぞ!


「ノゾミー!こんどは受けとけてやるから、投げてくるんだ〜」

「は〜い!」

 そう言うとノゾミは、大切に抱きしめていたボールを見つめノドの高さに構え、振りかぶって、足を踏み込み、ボールを持っていない手は胸元に残して、ボールを持つ手を振り抜きながら、赤いボールを手放した。


 赤いボールはまっすぐにこちらに飛んできて、その刺さりそうな球速に思わず避けてしまった。

 自分の目の前を貫いていった赤いボールを目で追うと、ロープの張られた麓側に飛んで行ったボールは、森の木にぶつかると、ガサガサという音とともに落ちていったようだ。


 うーん、気まずい。ノゾミがあんなに大切にしていた赤いボールをキャッチできなかっただなんて……。

 でも、あんな速さで返球されたらなあ。

 などと、どうノゾミに言い訳すればいいか考えながら麓側を見つめていると、その脇を風が吹き抜けるような勢いでノゾミが駆け抜け、ボールを追って麓側の森のなかに入っていった。


 ぽつんと、一人草原に残される。

 ノゾミのことだから、ボールを見つけて帰って来るよな……。

 などと思っていたら、何の音もしない。

 ノゾミの名前を大声で呼びかけるも、帰って来るのはやまびこばかり。

 そして、青々としていた春夏のような姿になっていた森も、元の枯れ草だらけの野原へと姿を変えた。


 もしかして、大切なボールが見つからないのか、それとも戻ってこれないのか……。

 待っていられなくなったので、ノゾミの後を追いかけて、森に入っていくことにした。


 「お〜い!ノゾミー!」

 叫んでも返事は返ってこない。

 傾斜を下りながら、森のなかを進む。

 日も高いのに、一人で森のなかにいると心細いものがある。

 森の木々のざわめきは誰かが話しているように聞こえてくるし、視界の隅で揺れた木の枝が誰かの姿に見えたりしてくる。

 木の枝も服に引っかかり、ノゾミにきれいにしてもらった服は破れてほつれていき、落ち葉や泥で汚れていく。

 どんどん傾斜がきつくなってきて、片手で木の幹や枝を掴みながらでないと、転げ落ちてしまいそうだ。


 もはや進むことも戻ることもできないくらいの傾斜になり、目の前で斜面は途切れ、その下に底の見えない流れの速そうな川が流れているのが見える。

 途方にくれていると、目の前の切り立った川との境目に生えている、横に張り出した木の枝に、赤いボールが引っかかっているのが見える。

 あのボールは間違いなく、ノゾミが大切そうにしていた、赤いボールだ。

 それは木の幹に飛びつけば、手を伸ばして取れそうだ。

 しかし、足を踏み外すと下を流れる川に落ちてしまうだろう。

 

 それでも、あのボールはノゾミが大切にしていたものだから。

 胸にしっかりと抱きかかえて、握りしめていた赤いボール。

 それを受け止められなかったのは、自分が悪いんだから。


 決意し、川辺に張り出している木の幹に飛びつくと、その先の枝に手を伸ばす。

 あと少し指を伸ばせば届くのに、そのあと少しで届かない。枝を揺らせば川の上に張り出している枝から、ボールが落ちて川に流されてしまう。

 あと少し、体を少しでも伸ばすため、木の幹に捕まるのではなく、木の枝の根元に捕まり、幹を挟んでいた両足を、片足だけ残して半身になる。

 必死で伸ばした手はかろうじて指がボールに届くくらい、それでも指先で挟み、そのまま引き寄せるようにボールを握りしめる。


 とたんに枝を掴んでいた手が滑り、体は宙に投げ出され、片足だけでは体を支えきれず弧を描くように、頭から真っ逆さまに川に落ちた。

 痛い!と冷たさを感じる間もなく身体中を刺されるような痛みが襲い、視界が真っ白になった。

 ただただ真っ白になっていた。

 体の感覚は無く、ただ頭だけがぼーっと、ふわふわと宙に浮いているようで、確かなものが何も無い。

 ノゾミに助けてもらった時とは真逆の、生き埋めになって押しつぶされているのではない、何もかも無くなったような感覚。

 これが、死んだってことなんだろうか……。


 ああ……、ノゾミの大切な赤いボール、返せなかったな……。

 お前の恩返し、させてやれなくてごめんな……。


 コチコチコチコチと、どこからともなく時計の針が動く音が聞こえて来る。


 「おーい」

 誰かが下から呼ぶ声がする。

 たぶん女の子の声だ、けれどノゾミの声じゃ無い。

 天使か何かが迎えにきたのかな……。

 「お兄ちゃーん」

 「お兄ちゃん?」

 呼びかける声のする方を見てみると、真っ白な中に、虹を背負った人影が見える。

 あれが天使かな――?


 と思っていると、かかとに鋭い痛みが走った。

 何事かとかかとを見てみると、ぼんやりと白い靄の中に自分の体があるのがわかり、そのかかとには釣り針が刺さっていて、そこから赤く光る釣り糸のようなものが伸びている。

 その釣り糸の先をたどっていくと、その先に黒い人影が、視界の淵に立っていた。

「お兄ちゃん気がついた?」

 吊り下げられている?そういえば頭だけがぼんやりと感覚があるのは……。

 自分の頭上を見上げてみると、川が流れていた。ここから釣り上げられたのか。

 再び自分の足元に立つ人影をよくよく見ると、大きな竿を掴んで木の枝から吊り下がっていた。

「いまお兄ちゃんを釣り上げて、木に吊り下げてるんだよー!」

「はやく助けてくれ〜」

 そう懇願するも、自分たちを吊り下げている木の枝が耐えきれず、メキメキと音を立て裂けていく。

「しかたない!」

 人影は腰に手をやると、ナイフのようなものを取り出し、裂けていく幹を切りつけた。

 とたんに、体が落ちる感覚とともに、頭に冷水が浴びせられた。いや、体を押し流す冷たい感覚、これは川に落とされた!?

 もがいていると、急にかかとに痛みが走り体が引っ張られ、息が続かず空気を吐き出した。

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