5 いい日、旅立ち……?
「もうお嫁にいけない…………」
私の体に刻まれた精霊刻印がお尻にあったということもさることながら。
あのときウィリアム王子をふっ飛ばし、壁をも粉砕したあの力。
レオナルド殿下に言わせると、あれこそが地の精霊の加護の力だというのです。
まあ、一〇〇歩───一〇〇〇〇〇〇歩譲って、私が勇者だったと致しましょう。
勇者と言うのは精霊の加護を受け、神秘の力をふるう存在なのだそうです。
現にレオナルド殿下は聖精霊の力、銀色の聖なる光を使い、それで魔物を浄化するとか。
アントニオ殿下は火精霊、槍に焔の力をまとわせ、魔物を一刀両断するのを私も見ました。
ラファエロ殿下は水、水の鞭や剣を自在に操るのだそうです。なるほど、水なので自由に形を変えられるということなのでしょうか。
そしてウィリアム殿下の力は風精霊の力───「風鳴の弓」という聖なる武器を使いこなすほか、バルラヌス王家に伝わる秘術も使われるそうです。
皆さま、それぞれの精霊の特性を生かした神秘の技、それは魔物を退け、この世に平和をもたらす素晴らしいパワーに違いありません。
では、地の精霊の加護を受けし私が授かった能力と言うのは───「怪力」。
それって、あんまりじゃありませんか?
私これでも乙女なのですが。
女の子だったらもっとこう、清らかな調べで魔物を浄化するとか、聖なる視線で魔物を魅了するとか、なにかこうもっとロマンティックーと言うか、リリカルーと言うか、情緒的な、そういう方面もあるでしょうに。
なのに「怪力」て。
そういう武骨でパワフルな能力は、たとえばアントニオさまのような逞しい男性にこそふさわしいものでしょう。
あの分厚い胸板と太い二の腕を持つアントニオさまが、両の拳で魔物をばったばったとなぎ倒していく姿など、きっと若い女性の憧れの的となるでしょう。
あるいは、ラファエロさまのような線の細い美青年が、優雅にスマートに魔物を打ち倒していくというのも、意外性があっていいかもしれません。
または物静かなウィリアム殿下が、無言で、黙々と魔物を蹴散らしていく……というのは少し怖いかもしれません。
いずれにしても、怪力などと言うものは乙女に与えられるにふさわしい能力とは思えません。
とはいえ……授かっちゃったものは、もうどうしようもないようです。
あれから何度か試してみたのですが、私の勇者としての力はまだ不安定で、力を出せたり出せなかったりのようです。
このままでは魔物退治はおろか、日常生活すらままならない、そんな危険性をレオナルドさまは指摘なさいました。
なるほど、私自身がこの力を使う気はなくとも、朝起きて「おはよう、父さん!」と背中を軽く叩いただけで父親が壁ぶっ壊して飛んでいったら大変です。
「だからね、キミには王都に来てもらいたい。僕たち同様、『勇者アカデミー』に入学してもらいたいんだ。そこで僕たちと共に勇者としての使命について学んだり、精霊の力をコントロールする術を身につけるんだ」
「勇者アカデミー……ですか」
ぶっちゃけ、王都と聞いて私はちょっぴり胸躍らせました。
このまま、都会を見ることなく田舎の村で朽ち果てるだけの平凡な人生と思っていただけに、華やかな王都にいけるというのは、やはり心沸き立つものです。
そんな私を見てレオナルド殿下やアントニオさまは上機嫌のようですが、ラファエロさまは小馬鹿にしたようにくふんと鼻でお笑いになり、ウィリアム殿下はムッとしてなんだか私を睨みつけているご様子です。
あううう、やはりこれはあれでしょうか、私が突き飛ばしたことをまだ怒ってらっしゃるのでしょうか。
「あ、あのう……昨日は本当に申し訳ございませんでした。ウィリアムさま」
こうして頭を下げればきっと許して下さるでしょう……そう思ったのですが、ウィリアムさまはかあっと顔を赤らめ、部屋を出ていってしまったのです。
その後ろでアントニオさまが爆笑されています。
「気にすることはねえぜ、嬢ちゃん。あいついま、お前さんの顔もまともに見れないでいるのさ」
はて、それはどういう意味なのでしょう。
「まあ、彼は生真面目な男だから、とても人には言えないだろうねえ。風の精霊の加護を受けし勇者さまが、若い女の子に突き飛ばされて壁をぶち抜いただなんて」
「し、しかもあの絵に描いたような堅物が、お、女の尻を触って……あのくそ真面目が、し、尻を……くくくくっ」
アントニオさまの言葉に、私はまたぞろ頭を抱えてしまいたくなります。
どうにかあの一件のことはお忘れになってはいただけないものでしょうか。
お腹を抱えて笑うアントニオさまと違い、レオナルド殿下は「ごほん、ごほん」と咳払いをして、この場をごまかして下さいました。
レオナルドさまは本当にお優しい方です。
「そ、それはともかくだ。勇者アカデミーへの入学の件、承諾してくれるかい、マリア?」
「はあ……あ、でも学校に行くとなると学費とかがいるのではないですか。うちはまったく裕福ではありませんし」
「それは心配いらない、勇者であるキミの学費生活費その他は国が負担する。もちろん、キミがいなくなった分、お父上が被るであろう損失に関しても責任を持って補償しよう。これは王国連合の存亡、いやこの世界の運命にかかわることだからね」
そ、それっていっさい丸投げ、ただで、ロハで王都に行って生活できるということですか?
はしたないとは思いつつ、私は「それめっちゃお得じゃないですか!」と叫びたくなる気持ちをぐっと堪えました。
「キミもお父上のことはさぞ心配だろう。けれど事は世界の平和に関わることだ。キミがアカデミーで僕たちと切磋琢磨して、一日も早く真の勇者として完成されることが、この国の、引いてはキミのお父上の安全にもつながるんだ」
確かに……あんな魔物が本当にこれからも現れるのだとすれば、この村だっていつまで平和が保たれるかわかりません。
私がレオナルドさまたちと肩を並べられるとは到底思えないのですが、私にそんな力があるのなら、それに伴う責任もついて回るのかもしれません。
いやですけど。
「マリア……父ちゃんにはむつかしいことはよくわかんねえ。けんど、王子さま方が望まれるのなら、それがみんなのためになることだってんなら、お前も皆さんの期待に応えるべきでねえか? 父ちゃんはそう思うぞ」
ううっ。
やはり父ならそう言うと思っておりました。
田舎生まれ、田舎育ちの父は、正論にとてつもなく弱いのです。
ましてやレオナルドさまのような真っ正直な方に説得された上、これが世のため人のためと言われれば、まあそういう運びにはなるでしょう。
そんなわけで私は村を旅立ち、いざや王都の「勇者アカデミー」に入学することとなったのです。