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4 踊り子に手を触れないでください(後編)

 翌朝、四人の王子さまたちは村長の家に集合し、私の父に昨日のことを説明しておられました。


「はあ……うちの娘が、五人目の……勇者……?」

「そうです、僕は確かにこの目で見ました! あなたの娘さんは大地の精霊の加護を受けし勇者、その輝きを宿す存在なのです!」


 熱弁を振るうレオナルドさまの言葉に、父は困惑するばかり。


 そりゃまあそうでしょう。

 こんな片田舎で男手ひとつで育ててきた一人娘が突然「あんたの娘、勇者だったよ」と言われても「そ、そうだったのかー」とはなりますまい。

 ましてや、レオナルドさま以外の三人の王子さまも、私が勇者だなんてはなから疑っておられるのですから。


 ただ一人、孤軍奮闘するレオナルドさまを見かねて、私は父と勇者さま方にお茶をお出しすることにしました。

 ええ、ラファエロさまとウィリアムさまはお口になさらないかも知れませんが、お二人にだけお茶をお出ししないというのも嫌みと言うか、狭量に過ぎるというものです。


 私もこう見えて村長の娘という立場を弁えております。


「マリア、ありがとう。それで、その……刻印について何か思い当たることは?」


 ううう、昨日のことを思い出すと、レオナルドさまの顔をまともに見られません。

 もしかしてこの方が私に一目惚れをして、結婚を申し込んだと思いこんでいただなんて。自分の厚かましさに顔から火が出そうです。


「まあ、俺たちも半信半疑なんだけどな。悪いな嬢ちゃん」

「ボクはゼロ信全疑だけどね」

「………………」

「そのことなんですが、その……」


 同じ勇者である王子たちにも信じてもらえず、ただ一人で「マリア勇者説」を主張するレオナルド殿下。

 ああ、本当なら私が勇者だなんてそんな与太話、冷たく一蹴してしまいたい。

「そんなことあるわけねーだろ、とっとと国に返れや」とすげなく追い帰してしまいたい。


(レオナルドさまの瞳……うるうるして、なんてお綺麗なのかしら)


 そう、まるで捨てられた子犬のような頼りなげで純真な、すがるような眼差し。


 私に一目ぼれこそして下さいませんでしたが、やはりレオナルドさまは東西南北どこからどう見ても完全無欠の美形にして凛々しく頼もしい、そして純粋なお方。

 この瞳に嘘をつけるほど、私は非道な人間ではありませんでした。


「あの~……その、精霊の刻印のことなんですが。 私としてはあまり認めたくはないのですが、あれが精霊の刻印だと言われれば、はっきり『そうじゃない』とは言いきれないというか、その通りだと言わざるを得ないというか───」


 と、ごにょごにょと私は言葉を濁してしまいます。

 だって、それにしてもですよ。


(な……なんで私の刻印はあんな場所にあるんですかぁ~~~~っっ!)


 そう叫びたい気分でいっぱいでした。


「で、結局どうなんだい嬢ちゃん。お前さんの体のどこかに、俺たちのこれに似たものがあったのかい?」

「え、ええと、それは、その……」


 ここで、ないと言ってしまえば話は簡単です。

 いくら彼らが王子で勇者だからと言って、田舎の村娘を全裸にひん剥いて、刻印の有無を確認するような無体なことはしないでしょう。


 けれど、あると言ってしまったら私はどうなってしまうのでしょう。


 それはもちろん、勇者に転職して魔物と戦い、魔王を倒す───そんなことできるわけがありません。

 ラファエロさまもおっしゃっていましたが、そういうことは勇敢で強い男性のすることであって、貴族でも王子でもない、ただの田舎村の村長の娘が背負うような役目ではありません。

 現に昨日も、私は魔物を前に何も出来なかったではありませんか。


 精霊の輝き? そんなの知ったこっちゃありません。


「マリア───突然、勇者だの刻印だの言われて、キミが混乱しているのは僕も理解できる。でも、聞いて欲しい」


 レオナルドさまが、まっすぐに私の目を見つめて仰いました。


「けれど、これは世界の命運にかかわる問題なんだ。もしもキミが五人目の勇者の運命を背負っているのだとすれば、それには何らかの世界の意志があるはずだ。僕たちはキミのことを全力でフォローするし、決してキミを危険な目になど遭わせはしない」

「レオナルドさま……」

「だから、正直に答えてほしい。刻印は───あったのかい」


 ううっ。


 なんて純粋な、そして気高く使命感に満ちた瞳なのでしょう。

 彼はおそらくご自分の運命、使命に関してただの一瞬も疑いを持ったことはないのでしょう。


 精霊の加護を受けし勇者として生まれ、その期待に応えるべく己を磨き、鍛え上げてきた自信、そして覚悟、責任感。

 そういったものをひしひしと感じます。

 そんなレオナルド殿下に嘘など申せるはずがございません。


「刻印なのかどうかはわかりません───ですが、ひょっとしたらそれかもしれない、というものならございます」

「ほ、本当かい? ぜひ、見せてくれないか」


 殿下の御言葉に、私は頬が熱くなるのを感じてしまいます。


「どうしたんだい、マリア?」

「その、お見せするのは構わないのですが───わ、私の部屋で、出来ればその、カーテン越しに見ていただきたいのですが……」

「…………?」


 首を傾げる勇者王子さま方に、私はますます赤面してしまうのでした。


 ・・・・・・・・・・・・・。


「マリア、入ってもいいかな?」

「はい……どうぞ」


 レオナルド殿下の声に返事をすると、私はカーテン越しに部屋の中央に立っていました。


 部屋を二分するようにかけられたカーテンには丸く切り取られた穴。

 少しもったいなかったのですが、これより他に刻印を見せる方法が思いつかなかったのです。

 私は刻印───かもしれない痣───をその小さな穴越しに王子さま方にお見せしました。


「む……こりゃあ確かに精霊刻印だぜ。見ろよラファエロ」


 これはアントニオさまの声。

 床にしゃがみ込んでしげしげと覗きこんでいる気配に、私の顔は火が出るほど熱くなっていきます。


「ふうむ、確かにこの脈動、精霊の力を感じるね。まさかとは思ったけど、本当に彼女が五人目なのかもしれない」

「そうだろう、ようやくわかってくれたか! ウィリアム、これで信じたろう」

「…………見ただけでは信じられない」


 と別の気配が近づくのを感じます。

 これはあの無口なウィリアム殿下でしょうか。

 ウィリアム殿下は無口なだけでなく、かなり疑り深いお方のようです。

 鼻息がかかるほどの至近距離で私の痣をまじまじと見つめているのが感じられます。


 ひいいいっ、と叫びたくなるのを私はぐっとこらえました。


「精霊の輝きを見たと言っても、彼女は大地の精霊の力を何か発揮してみせたのか?」

「そ、それは」

「ただ精霊の輝きで魔物を追い払ったというだけでは、勇者として認めることはできない」


「や~れやれ、相変わらずウィルはお堅いねえ~」

「それに、やはり女の子が勇者と言うのはどうもねえ。僕たちの仲間として彼女も戦っていくということなんだろう? 頼りないというかなんというか」


 相変わらずラファエロさまはお口の悪いお方です。まあ、私も魔物と戦うなんてまっぴらごめんなんですけど。


「あ、あのぉ~。も、もうよろしいでしょうか」


 とはいえ、いつまでもこんなみっともない格好を晒しているわけには参りません。なにより十九歳、花の乙女のする格好ではありません。


「待て───見るだけでなく、少し触らせてくれ」


 えっ? い、いまなんて?


 私が返事をするより早く、「さわっ」と指が私のそこを撫でるのを感じました。


(ひぇええええええええ~~~~~~~っっっっ)


 瞬間、私の息が止まりました。


 なんてことを、なんてことを、なんてことを~~~~~~っっっ。


「いっ……いやぁああああああああ~~~~~~~~~!」


 頭で考えるより先に、私はくるりと踵を返すと、カーテンの向こうの相手を力いっぱい突き飛ばしていました。


 どぐわぁあああああああんんんんっっっ。


 凄まじい轟音と共に、私の「刻印」に手を触れたウィリアム殿下の体が吹っ飛び、壁を突き抜け家の外まですっ飛んで行きました。

 その勢いで部屋を二分していた穴あきカーテンも吹き飛んで───私はレオナルドさまたちの前に自分の姿を晒してしまっていたのです。


 スカートをめくりあげ───下着を下ろし、お尻を丸出しにした格好で。


「マ、マリア…………」

「ほぉ~~~~これが大地の精霊の力か」

「なんて下品……」


「いっ」


 そうです、刻印らしき痣は私の左のお尻に刻まれていたのです。

 その部分だけを皆さんにお見せするには、こうするしかなかったのです。それがまさか───まさか指で触られるだなんて、思ってもいませんでした。


「いやぁああああああああああああああ~~~~~~~~~~!!」


 私は部屋にあったものを手当たり次第に王子さま方に投げつけ、訳の分からないことを叫びながら暴れまくってしまったのでした。



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