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3 あなたが欲しい


 はて──────。


 私はタープの下で目を覚ましました。

 護衛兵さんたちの設営した大型のタープです。

 辺りでは人の行き交う声がしていますが、急場といった雰囲気はなく、まるで嵐の過ぎ去ったあとの後始末のようだと私は思いました。


(私、生きてるんだ)


 ええっと、たしかガズとミミを捜しに行って、それで二人を見つけたら魔物が現れて、それで二人を逃がすために時間稼ぎを───


 そうか。


 きっとあのあと、間一髪レオナルドさまが飛び込んできて、魔物をやっつけてくれたんだと私は思いました。

 そうでなければ、あの絶望的な状況で生き延びられるわけがございません。


 ああ、やはり精霊の加護を受けし勇者さまは、この世を救うお方なのです。

 それも、私のような田舎娘を助けるために御身を危険に晒す崇高な精神、気高く高潔で慈愛に満ちた魂を持ってらっしゃるお方なのです。


 ここはもう全身全霊をもって褒めちぎっておくに越したことはありません。なにしろ人間、命あっての物種なのですから。


「ああ───気がつかれましたね」


 と顔を見せたのは、そのレオナルドさまでした。

 私は大慌てで飛び起きましたが、殿下はそのまま横になっているように優しく仰いました。


「マリアさん、ご無事で何よりでした。それで、その」

「ああレオナルド王子殿下、わたくしを助けて下さって、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 私の心をこめた言葉に、殿下はなぜかきょとんとなさいました。


「いえ、あなたを助けたのは」

「そ、それよりガズとミミは!? 子どもたちは無事なんでしょうか」

「ええ、二人とも護衛兵が保護して無事、かすり傷一つ負ってはいませんよ」


 殿下の言葉に私は胸を撫で下ろします。

 あの二人が無事なら、私も身を張った甲斐があったというものです。

 もっとも、殿下が魔物を倒してくれなかったら、私も無事にすまなかったでしょう。文字通り、レオナルドさまは私の命の恩人なのです。


「この村を襲った魔物は一匹残らず倒しました。護衛兵にも多少の怪我人は出ましたが、みな軽傷です、安心して下さい」

「本当に何とお礼を申し上げればよいか……父に代わり、王子殿下さま方、ならびに護衛兵の皆さまには心よりのお礼を申し上げます。この上は、村人全員が一丸となり、五人目の勇者さま発見にお力をお貸しさせていただこうと」


「マリアさん、そのことなんですが」


 レオナルドさまは、私になにかを告げたい、でも言いづらい……というような態度です。

 正直、わけがわかりません。


「マリアさん───いや、マリア」

「は、はいっ?」


 恐ろしく真剣な眼差しの、金髪の美形王子さまにやおら呼び捨てにされ、私の心臓がドキリと高鳴りました。


「昨日会ったばかりのキミにこんなことを言うとさぞ驚くだろうと思うけど、僕は言わずにはいられない」

「はぁ」

「僕と一緒に王都に来てくれないだろうか? キミでなければダメなんだ」


 ぽかーん。


 きっと私はそんな顔をしていたと思います。

 だって王子さまが、田舎の村長の娘を突然王都に連れ帰りたいだなんて。

 そこにいったいどんな理由があるのか、さっぱり理解できません。


(あっ、もしや私の豚モツ煮込みの味に感動して、料理人として連れ帰りたいとか。すごい、私のモツ煮って王子さまを感動させるほど美味しかったんだ)


 などと明後日なことを考えていると、レオナルドさまはずいいっと顔を近づけ、まっすぐに私を見つめるのです。

 ああ、男性にしておくのがもったいないほどの美肌、そして整ったお顔立ち。

 私はあらためてレオナルド殿下の顔に見とれてしまいます。


「あ、あの、ワタクシがいなくなると父の世話をする者がいなくなってしまうので……煮込みのレシピはお料理係の人にでもお伝えしますので」

「煮込み? 何のことだい、僕は真剣なんだ」


 ずいっ、とさらにレオナルドさまの顔が近づいてくるので、私は胸がドキドキして息が止まりそうです。

 どうやら豚モツは関係ないようですが、ますますもってわかりません。


「もう一度言うよ、キミが───僕にはマリア、キミが必要なんだ」


 ぽくぽくぽくぽく………………ちーん。


 まっ。

 まさか、これは、いやいやそんな、あり得ません。

 けれど、世間一般的に考えて、殿方がうら若き乙女に向かって「あなたが必要だ」というそのセリフは…………ふっ、風呂坊主!


 じゃない、ププププロポーズ~~~~~!?


(そ、そりゃ私だって十九歳の乙女、いつかはどこかの男性に求婚されるだろうとは思っていたけれど、そんな、いきなり突然?)


 ははっ。

 なぁ~んだ、私ってば目が覚めたと思ってたけど、まだ夢の中にいるんだ。

 だって、昨日会ったばかりの王子さまが、しがない村長の娘なんかに求婚するわけないじゃありませんか。

 いくら私が夢見がちな娘でも、そんな都合のいい話が現実にあるわけがない、そのくらいの常識は弁えております。


(でも夢にしてはえらくリアルだけど……)


 それともまさか、私はあの時魔物の一撃を喰らい、走馬燈を見ているのでしょうか。

 天に召される前の、ほんの一瞬のあり得ない幸せな夢。

 ということは、私はやはり死んでしまったということなのでしょう。


 そうか、そうだったのか……ああ、思えばこの世に生を受けてたったの十九年、マリア・マシュエスト、儚い人生でした。


「マリア? 大丈夫かい」

「はい……レオナルドさま。夢の中とはいえ、ワタクシのような田舎娘の死に際に立ち会っていただき、本当にありがとうございます」

「え? な、なんのことだい」


 けれど、私を亡くした父の悲しみを思うと、目頭が熱くなってしまいます。

 九年前に妻を亡くし、男手ひとつで育ててきた一人娘を魔物に殺されてしまうだなんて。私は花嫁姿を父に見せることもできない、親不孝な娘でした。


 これから父一人で暮らしていくのかと考えれば、父を残して先に旅立ってしまう親不幸を嘆かずにはいられません。

 父さえよければどなたかと良縁があれば、再婚してもらっても構わないと思うのですが、今となってはそれを伝えることもできません。


「最後にレオナルドさまにお会いできて、マリアは本当に幸せでした。ワタクシは心安らかに天に召されるでしょ……ひえっ?」


 悲鳴を上げたのは、レオナルドさまがいきなり私の額にそのお手をお当てになられたからです。


「熱はないようだけど、きっとまだ混乱してるんだね。でも僕は本気なんだ」


 あれ……この手のひらの温かみ、とても夢とは思えません。


「あ、あのう……」


 とりあえず、これが夢でも走馬燈でもないとして。

 目の前の金髪の王子さまは、本当に、本気で私にプロポーズなさっているのでしょうか。そんなことって本当にあるのでしょうか。


「殿下、さ、先程のお言葉はつまり、わ、ワタクシに……ひっ、一目惚れ、的な」

「一目惚れ? ああ、ある意味その通りだよ! キミを見たときに感じたんだ、キミに間違いないって! キミ以外にはありえない!」


 ────────────こっ、これはっ。


 嗚呼、神さま。

 世の中にはこんな奇跡があったのですね。

 私のような片田舎のたかだか村長の娘風情が、白馬の王子さまに一目ぼれされ、出会ってたった二日でプロポーズされるなどというファンタジー、いえミラクルが、逆転サヨナラ満塁ホームランが、土俵際土壇場のうっちゃり金星が。


 そおです、一目惚れに理由や理屈はないのです。

 男と女の間には、常識では計り知れない神秘があるのです。

 殿下はただ私をみて、きっとそこに運命の糸をお感じになられたのです。それは誰が何と言おうとどうしようもないことなのです。


 そうです、そうに決~まりっ。


 きっと愛しあう私たちの前にはさぞや様々な障害が立ちはだかるでしょう。

 けれどもレオナルド殿下は雄々しくもそれに立ち向かい、きっと私を世界でいちばん幸せなお嫁さんにしてくださることでしょう。


 そーいえば五人目の勇者がどうのこうの言ってたような気もしますが、そんなの関係ねえ!

 殿下はきっと私と出会うために、この村までやって来られた運命のお方だったのです。


「レ、レオナルド殿下……レオンさま、とお呼びしても?」


 鷹揚に頷く金髪美形の王子さまに、私は天にも昇る心地でした。

 と、そのとき───タープにどやどやと入って来られたのはアントニオさま、ラファエロさま、ウィリアムさまの御三方。

 ああきっと彼らも私たちを祝福しに来られたのだわ、とうっとりする私の上気した顔をしげしげと見つめ、アントニオさまはこう仰ったのです。


「本当に───この嬢ちゃんが、地の精霊の加護を受けし『五人目の勇者』だって言うのか、レオン?」


 私がその言葉の意味を理解するのに、たっぷり数十秒はかかりました。




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