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2 まもの? なにそれおいしいの(後編)

「えっ、ちょっと……アルマ! ミミとガズはどこ?」


 私は子どもたちにそう尋ねました。

 ミミとガズは十一歳と六歳の兄妹。

 ガズはしょっちゅう悪戯をする悪ガキながら、妹のミミをいつも連れて歩き、万が一にも怪我をしたりしないように見守っている、なかなか面倒見のいいお兄ちゃんなのです。


 こういう状況なら、あの兄妹は一緒に避難しているはず。なのにその姿がどこにも見えない……私は嫌な予感を覚えました。


「マリア姉ちゃん、ガズ兄ならミミとお家でかくれんぼするって言ってたよ」

「それホント? た、大変だわ!」


 私は顔面蒼白になって駆けだしました。


 ガズは両親の代わりにミミの遊び相手になることも多く、かくれんぼとなると避難命令が聞こえなかった可能性もあります。

 そしてなによりまずいことに───二人の家は村の最北端、魔物が出現したと思しき場所に最も近い位置にあるのです。

 二人が避難命令に気づいていないとなれば、これは一大事です、二人が危険です。


「ま、マリアどの!?」


 背後で護衛兵の方の声が聞こえましたが、私の足は止まりませんでした。

 ガズを、ミミを、あの兄妹たちを一刻も早く避難させないと!

 それは村長の娘たる私の役目、いいえ「村のお姉ちゃん」の役割なのです。


「ガズ~~~ッ、ミミ~~~~~ッッ! 二人とも、どこにいるの、出てきてぇええ~~~っっ」


 もしかしたら家以外のところにいるかもしれないと思い、私は叫びながら二人の家に向かっていました。

 すると、何やら物々しい叫び声が来こえるではありませんか。


「あんぎょぇえええええええ!」


 なんですか、あの奇怪な雄たけびは。

 あんな動物の声はついぞ聞いたことなどありません。

 不気味で、おぞましく、背筋が凍るような敵意に満ちた叫びです。すると、右手の物陰からのっそりと「それ」が姿を現したのです。


「ぐるぅうおおお…………」


 それはなんと言えばいいのでしょう。

 強いて言うならトカゲを何十倍もの大きさにして、それをよいしょと持ち上げて二足歩行にしたとでも申しましょうか。

 平たく言えば人の身の丈はありそうな巨大な爬虫類の化け物が、私に血走った目を向けていたのです。


「ぐぎゃぉおおおおおおおおおんんんん!」

「ひ……」


 私はその場に立ち尽くしました。

 それ以外にどうすることができたでしょう。生まれて初めて見る魔物は、それほどに恐ろしい存在でした。


 これが牛でも、馬でも驚きはしたでしょうが、それ以前にトカゲの怪物は明らかな敵意を私に向けていたのです。

 怪物の口の端からぼとぼとと涎が垂れ落ち、丸太のように太い腕が、ゆっくりと持ち上がっていきます。

怪物の腕の先にはナイフのような爪が見えました。それが振り下ろされるのを、私はただ呆然と見つめるばかりでした。


「マリアさんっっっ!」


 がばあっと、私は地面に引き倒されました。

 ぶうんっと私の頭上を魔物の鋭い爪が通り過ぎます。あと一瞬遅れていれば、その爪は私を引き裂いていたことでしょう。


「おいおい嬢ちゃん、まだ避難してなかったのかい?」

「やれやれ、これだから田舎の人間はノロマというか……」

「………………」


 私を間一髪、助けて下さったのは金髪の王子、レオナルド様でした。

 偶然とはいえ、王子さまに押し倒されるだなんて……頬がかあっと熱くなるのを感じましたが、そんな悠長なことを言っている場合ではございません。


「マリアさん、立って! 早く避難するんです」

「はい、いえでも、子ども、村の子どもがまだいるんです!」

「なんだって?」


 私はレオナルドさまに懸命に訴えました。

 まだ村の幼い兄妹が家にいるかもしれないのだと。


「わかった、その子たちは僕たちがきっと救い出す。だからキミは早く逃げて」

「ダメです! あの子たちはかくれんぼ上手で、そう簡単に見つけられません。私でないと……」


 ミミはともかく、ガズときたらもうほとほと手に余るほどで、私など首筋にいも虫を入れられたり、スカートをめくられたり、コショウ袋を投げつけられたり……それはそれは手に負えないクソガキ───失礼───わんぱくっぷりなのです。


 村に魔物が出たなんて言ったって、すぐには信じないかもしれません。


「レオン、その嬢ちゃんについて行ってやりな! 魔物どもは俺たちが食い止める!」


 黒髪の勇者さまが、槍を片手に頼もしく言いました。その言葉にあとの二人も頷きます。

 その背後ではトカゲの怪物がお三人に襲いかかろうとしていましたが、黒髪のアントニオ殿下は槍を一閃───ごおっと炎を吹き上げる斬撃が、魔物を一刀両断したのです。


「ぎええええええええ」

「ふん、魔物と言ってもこの程度かよ。肩慣らしにもなりゃしねえ」


 す、すごい……これが精霊の加護を受けし勇者の力……初めて目にする神秘の力に、私はなぜか頼もしさと感動と共に、なんとも言えない胸騒ぎを覚えました。


(なんだろう……最初にレオナルドさまたちを見た時も感じた。妙に胸騒ぎがして、胸の奥が熱くなるような……)


「みんな、あとは任せた! マリアさん、子どもたちの家に!」

「は、はい!」


 いまは胸騒ぎのことなど考えている時間はありません。

 私とレオナルド殿下はガズたちの家に向かいました。

 しかし、村中の至る所から、あのトカゲの怪物と同じやつらがのそりのそりと現れるのです。


(こ、こんな奴ら、一体どこから現れたの?)


「ぎょぇえええええええええ!」

「殿下! ここは我らが!」


 護衛兵さんたちが数名がかりで怪物に立ち向かいます。

 魔物の動き自体はむしろ鈍いのですが、数が多すぎます。

 とうとう私たちの前に一際巨大な怪物が立ちはだかりました。


「ガズの家まであと少しなのに……」

「マリアさん、こいつはボクが引き受けます。あなたは子どもたちを」

「で、でもお一人でこんな化け物の相手なんか」


 しかし、金髪の王子さまはにやりと不敵な笑みを浮かべ、右手を天にかざしました。

 次の瞬間、彼の右手に握られていたのは、銀色の神々しい光を放つ剣。

 これが───これが聖精霊の加護を受けしレオナルドさまの力。

 その輝きにさしもの怪物もひるむ様子を見せます。その隙を突いて、私はガズの家に駆けだしました。


「さあこい魔物! 聖精霊の裁きを受けるがよい!」


 凛々しくも怪物に立ち向かっていくレオナルド殿下。

 その勇敢な姿、そして神秘の力。

 万が一にもレオナルドさまがあんな醜いトカゲなどに後れを取るとは思えませんが、それでも私は王子さまの勝利を祈らずにはいられません。

 あんなにお優しくて立派な方がやられてしまったら、私たち庶民はどうすればいいというのでしょう。私は殿下の勝利を願いながら、ガズの家に飛び込みます。


「ガズ、ミミ! 二人ともいるんでしょう、早く出てきて!」


 答えはありません。

 まさか、もうとっくに避難したんじゃ……と思っていると、「マリア姉ちゃん……?」という少女の声がしました。


「ミミ!」


 戸惑いながら顔を出した女の子を、私は抱きしめました。


「ミミ、ガズは? お兄ちゃんもまだいるの?」

「う、うん。兄ちゃんとかくれんぼしてて……」

「ちぇ~っ、なんだよ姉ちゃん。なに血相変えてんだよ」


 と、ガズも不満げな顔を見せます。


「二人ともよく聞いて。あのね、魔物の群れがこの村を襲ってるの。だから二人とも私についてきて、早く逃げるのよ」

「魔物? そんな、昔話で脅かそうったって…………」


 生意気な顔でせせら笑う少年の顔がこわばります。

 その視線の先は私───ではなく、私の背後。

 ばきばきばき、と戸口の折れ砕ける音と共に、どすんという足音がガズの家を揺るがします。


「ね、姉ちゃん…………」


 私がゆっくりと振り返ったその先に、そいつはいました。

 レオナルド殿下が立ち向かっていった怪物より少し小柄。

 けれど十分に私以上の体格をしたトカゲの怪物が、玄関口から侵入し、私たちを睨みつけていました。


「ぐるぅうう……」

「うわぁあああっ、か、怪物だぁああっ」


 驚いて尻もちをつくガズ、私のスカートにしがみついてくるミミ。

 私は後ろ手に二人を庇いながら、怪物をはったと睨みつけました。


 いえ、武器すら持っていない私は、ただ怪物を睨みつけるよりほかに出来ることがなかったのです。

 というより、たとえ武器を持っていたとしても、そんなもの、何の役にも立たなかったでしょう。


(二人だけでも逃がさなきゃ! で、でもどうやって……)


 私はガズの家の間取りを必死に思いだそうとしました。

 たしかこの奥の台所、そこの小さな窓からなら小柄な二人なら逃げだせるはずです。


「ガズ! こらしっかりしな、お兄ちゃん! ミミがどうなってもいいの!」

「ね、姉ちゃん……」

「あんたはミミを連れて、台所の窓から逃げ出すのよ。それで南の街道に向かいなさい。途中できっと兵隊さんか、勇者さまと合流できるはずだから、その人についていきなさい。いいわね、南に向かうのよ!」


 じり、じりと後ずさりすると、怪物も狭い屋内で警戒しているのか、じわじわと距離を詰めてきます。

 正直、このまま一気に押し切られたらひとたまりもないので、これはもっけの幸いでした。


「ね、姉ちゃんはどうすんだよ!」

「私もすぐあとを追うわ、心配しないで」

「馬鹿言うなよ! 姉ちゃんのでかいケツが、あの窓通るわけねえだろ!」


 言ったな、クソガキ。


 けれど、それは本当のことです。

 ケツ───お尻はともかく、あの窓を私が抜けるのはかなり至難の業と申せましょう。

 かと言って、逃げ道は怪物がふさいでいる玄関しかありません。


「お、俺も戦うぜ! 姉ちゃん一人にまかせてられるか」

「バカガズ! あんたが妹を守らないでどうすんのよ!」


 私の言葉に、ガズが息を飲む気配が感じられました。

 そして、スカートを掴んでいたミミの手を引き剥がすと、二人が台所に向かうのを感じました。


「ぐるぅうおおおおおお!」

「ひっ……な、なによあんたなんか、こっ、怖くなんか、怖いけど、うわぁあああっ」


 私は手近にあった椅子の背を掴むと、それを振りかざしました。

 すると怪物も両腕を上げ、私を威嚇します。

 身の丈こそ同じくらいですが、私と魔物とでは圧倒的に重量が違います。あの太い腕を叩きつけられれば、私はただの一撃であの世行きでしょう。


 けれど───子どもたちが逃げる、その時間さえ稼げれば。


 生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、私は驚くほど落ち着いていました。

自分の身を犠牲にして誰かを助ける、そんな献身的な行為を迷いもなく行える自分に、自分自身でさえ少し驚いているほどでした。


「来るなら───来い!」


 胸の奥が熱い。

 体の奥からすごいエネルギーが湧きでてきて、臆病風に吹かれていた私の心に、勇気と決断と、何物にも怯まない不退転の意志が宿りました。


 怪物が腕を振り下ろすのが、異常にゆっくりと感じられました。

 それを避けるにも、立ち向かうにも、私のような小娘の運動神経には荷が重すぎるというもの。

 わたしは椅子を振りかざしたまま、獣の凶暴な爪が私の胸元を引き裂き、命を奪うであろう光景をじっと見つめていました。


 そして、私の視界いっぱいに神々しい輝きが──────。



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