舞踏会前夜───レオナルドの場合
彼女の輝きのことは、今も鮮明に思いだせる。
ロートヴァルド領内ジクロア村。人口わずか八十七名の小さな村。
この近辺に五人目の勇者の力を感じた僕たちは、この村で魔物の襲撃を受けた。
そして逃げ遅れた子どもたちを助けるため、村娘マリアは単身その家に入っていった。
魔物を倒した僕はすぐにマリアの後を追った。
と───幼い少年が、さらに幼い少女の手を引いて駆けて来たんだ。
「兄ちゃんッ、兄ちゃん王子さま? 姉ちゃんが、マリア姉ちゃんが!」
その少年、ガズが言うにはマリアが二人を逃がすために魔物の前に立ちはだかったのだという。
僕は血の気が引くと同時に、なんと勇気のある少女だろうと思った。
子どもたちを駆けつけた護衛兵に任せると、僕はガズ少年の家に向かった。
頼む、間にあってくれ……あの勇敢な娘さんにもしものことがあったら、と天にも精霊にも祈る思いだった。
すると───玄関口が無残に壊れた家の中から、真っ白で清浄な光が溢れだしてきたんだ。
一目でわかったよ、これは僕やアントニオたちと同じ、精霊の加護の光だって。
そうか、五人目の勇者が一足先に現れて、マリアを救ったんだと思った。
だが……家の中で倒れていたのはマリア一人だった。
家の中はしんとしていて、他に人のいる気配もない。
僕に気づかれずに家を抜けだした?
そんなことはあり得ない。
マリアの安否を確かめるために近づくと、倒れ伏した少女の体から、たしかに精霊の力の残滓を感じたんだ。
そうか、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
僕たちが長年探し求めてきた地の精霊の加護を受けし勇者は、女性だったんだ。
道理で見つからないはずだ。
僕は真相に気付いたこと、五人目が見つかったこと、そしてマリアが気絶しているだけということに狂喜した。
なんとしても彼女には僕らの仲間になってもらわなければいけない。
そのことで頭がいっぱいだったんだと思う。自分の考えに夢中になって周りのことが見えなくなるのは、僕の悪い癖だ。
半ば無理矢理のように勇者アカデミーに入学させられ、マリアはさぞ苦労したと思う。
ニールセンのようにあからさまに敵意を向けてくるならまだしも、卑怯な嫌がらせをするようなやつがいたら、僕はそいつをどんな目にあわせていたか、自分でもわからない。
僕もアントニオたちもできるだけマリアを助けるようにはしていたけれど、四六時中いっしょにいるわけではないからね。
でも、マリアは決してへこたれなかった。
一歩ずつ、自分に出来ることを少しずつ増やし、学園での生活に慣れていった。
ラファエロがこっそり作らせていた制服に身を包んだ彼女は───とても眩しく見えた。
これはマリアには何の関係もないことだけれど、僕の母すなわちロートヴァルド王国王妃はいわゆる趣味に生きる人で、育児にはあまり興味のない女性だった。
勇者である王子、つまり僕を産んでしまうともう自分の責務は果たしたとばかりに習い事を始め、保養施設に長期滞在し、舞踏会や園遊会を開いては自分の生活を楽しんだ。
母に僕への愛情がなかったとは言わない。
貴族や王族の女性には実際、そういう生き方を選択している人も決して少なくはない。ただ実際のところ僕は乳母とメイドに育てられたようなもので、五歳でアカデミーに入学してからは、ずっと寮生活をしてきた。
男子生徒だけの寮生活で育った僕にとって、同い年の女性というのはどこか遠い存在だったのかもしれない。
そういえば、ラファエロはよく平気で貴族の令嬢に声をかけられると思う。あのフットワークの軽さはどうやって培われたのだろう。
甚だ疑問だ。
つまるところ───マリアと毎日学園生活を送るようになって、僕は舞いあがっていたんだと思う。
マリアを買い物に誘った時は、本当にドキドキして心臓が止まるかと思ったくらいだ。
いや、これはあくまでもマリアに王都で快適に過ごしてもらうための買い物、それ以上の意味はないんだからと自分に言い聞かせた。
まさか───ラファエロが付いてくるとは思いもしなかったけれどね。
ああ、彼にはほんの少しだけ殺意を覚えたかな。
以前から始めてみたかったという刺繍の店で色とりどりの糸を買い込んだ彼女の笑顔は、いつもよりいっそう輝いていた。
そのうち上手になったら、村の子どもたちのためにあれこれ作りたいんですと嬉しそうに語るその顔は、優しさと愛情に満ち溢れていた。
そうか……女の子は、こんなにも優しくて温かいものなんだ。
ラファエロなんかは口が悪いから、マリアのことをすぐに地味だ地味だというけれど、僕にはまったくそうは思えなかった。
むしろ、どんなに豪華なドレスで着飾った貴族の令嬢よりも、お父上が買ってくれたというドレスに身を包んだマリアの方が、ずっとずっと気高くて美しいと僕は思っていたんだ。
思えば───そのころから僕はマリアに恋をしていたんだろう。
エリザベスの在籍についてニールセンたちが抗議を申し出たときは、本当にどうしてやろうかと思ったものだ。
王子の立場ゆえに乱暴なことは出来なかったけれど、もしあの試合でマリアの身にもしものことがあったら、僕は我を忘れていたかもしれない。
あとでアントニオにそのことを言ったら「勘弁してくれ……」と頭を抱えられた。
そんなに切れた僕っておっかないんだろうか。
本人にあまり自覚はないんだけど。
でも、あの試合の一件以来、マリアはそこそこ快適な学園生活を過ごせるようになったようで、僕も胸を撫で下ろした。
ただ、そのころから各地に魔物が頻出し始め、僕たちは魔物退治であまり学園に行けなくなってしまった。
ああ、その鬱憤を晴らすように、片端から魔物を屠っていったものさ。
でも、だからこそアカデミーでマリアの顔を見るのが僕の何よりの喜びとなっていった。
舞踏の稽古で少しずつ上達してゆくマリア。
エリザベスのテーブルマナー講座で緊張しているマリア、そして、意外とちょっとしたことでうろたえる可愛いマリア。
その姿のどれもが僕の宝物になっていった。
けれど、マリアの存在が僕にとって大切なものになっていくにつれて、僕の彼女への思いは抑えきれないものになっていった。
僕のこの恋───いや、愛を彼女に伝えたい。
キミが好きだ、愛しているとあの純真な眼差しに訴えたい、そんな気持ちが日増しに膨らんでいった。
しかしいまは来るべき王宮大舞踏会に向けて、マリアはダンスの特訓中。
今の彼女にそんなことを伝えても、無駄に混乱させるだけだろう。
それに───もしもマリアが僕のことを同じ勇者の仲間としてしか見てなかったら? 僕を一人の男として認識してないなんてことが判明したら、僕はもう再起不能になるかもしれない。
だからいましばらくはこの秘めたる思いは伝えずにいることにした。
それでもダンスレッスンでマリアのパートナーを務めるときはドキドキして、心臓が破裂するかと思うほど。
いまこの場でマリアを抱きしめ、愛の言葉を叫びたい衝動を、僕は何度も必死に抑え込んだものさ。
そうだ、舞踏会。
五人目の勇者お披露目に先駆けて、僕たちは一人一人マリアとダンスを踊る。僕はいちばん最後だけど、その場でこの抑えきれない熱い思いを伝えよう。
たとえその結果がどうなろうと、ロートヴァルド王国第一王子、レオナルド・ロートヴァルドは決して悔いることはない。
はい、これで四人の王子の独白ターン終了です。
が、これだとちょっと収まりが悪いと思われたので、
最後にもう一篇だけ書き足して終了とさせていただきます。




