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舞踏会前夜───アントニオの場合


 女の扱いってのは───実はいまだによくわからねえ。


 俺には三人の姉貴がいて、「ベルクガンズの三女傑」なんて大層な呼ばれ方をしてるんだが、その二つ名に恥じない豪胆な姉揃いで、俺はまだガキの時分から王子としてのマナーだのダンスだのを徹底的に仕込まれた。

 だからダンスにだけはちょっとは自信があるんだが、ああいうチャラチャラしたところはどうも苦手だ。


 ラファエロのヤツは舞踏会となるとがぜん張り切る。

 何人も何人もパートナーを替えて、その度に女の耳に何か囁いてはうっとりさせているようだが、あんなことして何が楽しいんだか。

 舞踏会なんぞより、武道会でも開いてほしいくらいだ。


 たまに里帰りをすると、姉貴どもが言う。


「アントン、誰か気になる女の子などはいないのですか。わたくしぜひ紹介してほしいわぁ」

 気になるって、どういうことなんだキャシー姉?


「うむ、この姉がアントンにふさわしい娘御かどうか確かめてくれよう」

 いったい何をするつもりだ、エルデ姉。


「アントンちゃんが好きになる女の子って、どんな娘かなぁ~わくわく」

 いもしない相手にわくわくするなよ、ミュゼ姉。


「とにかく、誰かを好きになったら、真っ先にわたくしたちのところに連れてくるのですよ、アントニオ。いいですわね」

 最後にもう一度キャシー姉……キャサリン第一王女殿下がそう言いやがった。


 そう、俺は女なんぞ好きになったことは一度もねえ───ってそういう意味じゃない、勘違いするなよ。

 そもそも勇者アカデミーの生徒は全員男、しかも全寮制と来てる。女と知り合う機会なんてあるわけねえじゃねえか。


 ……なんでラファエロのヤツは、いつも女を侍らしてるんだろうな。謎だ。

 そんなわけだから、レオナルドのヤツがある小さな村で「五人目の勇者」を見つけたときは、「ああ、面倒くせえことになったな」と思ったんだ。

 なぜって、そいつはなんとなく地味な雰囲気の村娘───つまり女だったんだから。


 レオンはこう言うことで冗談を言うヤツじゃないから、マリアって名のその嬢ちゃんが勇者なのは本当のことだろう。

 けど、女なんかとどう接すればいいのかわからなかった。

 だから俺はわざと豪放で無神経な態度で、自分の困惑をごまかした。

 けど、嬢ちゃんが本当に地の精霊の力を発揮した時───具体的には、ウィリアムのヤツを突き飛ばして、壁をぶっ壊した時だ───その瞬間、俺はわくわくしたんだ。


 なんだこいつ、すげえじゃねえか!


 それは俺が七つの頃、焔精霊の力に目覚めた瞬間の記憶を呼び覚ました。

 レオナルドは五歳の時、ラファエロとウィルは六歳の時に精霊の力に覚醒し、俺だけが一人取り残され、焦っていた時期だった。

 同い年の、同じ刻印を持った者同士なのに、三人は精霊の力の鍛錬をしてて、俺だけができないあの疎外感。


 俺は面白くなくて、アカデミーを飛び出して町はずれでさぼっていたんだ。

 そうしたら知らないガキが数人、子犬を虐めて遊んでいた。

 ガキと言っても俺より体も大きい年上だ。けど、俺は子犬が可哀想で、そいつらに飛びかかっていった。


 ああ、ボコボコにされたさ。

 だってそいつらは俺が王子で、勇者だなんて知らないんだからな。

 けど、ボコられながらも俺はどうしてもその子犬が助けたかった。

 俺が助けないといけないんだ、そう思っていたら───手から真っ白な光が、そして焔が噴き上がってたんだ。


 マリアって嬢ちゃんが村の子どもを魔物から救うために勇者の力に覚醒したって聞いた時、俺はがぜん面白くなった。

 男とか女とかどうでもいい、この嬢ちゃんは信じられる人間だ。

 そう思えたんだ。


 王都に来てからの嬢ちゃんは、けっこう苦労もあったみたいだった。

 だが、俺からすりゃなにもかも本当に愉快だった。

 あの日頃から嫌みなニールセンの野郎をこてんぱんにしたり、かと思えばダンスのレッスンでひっくり返りそうになったり……テーブルマナーに苦しんでるさまは、まるでガキの頃の俺みたいだったぜ。


 けど、そのうちにエリザベス嬢ちゃんが入学してくると、やっぱ女同士でつるむ機会が多くなっていった。

 マリア嬢ちゃんにも学友ができたんだ、喜ばしいことだと祝ってやりたいところだったんだが、俺はなぜか胸にぽっかり穴があいたような気分になった。


 いや、元々俺たち勇者王子はいつもつるんでるわけじゃない。

 魔物退治以外にも、それぞれの「公務」があるからな。

 マリア嬢ちゃんとだって、舞踏の稽古や精霊の力の鍛錬なんかは一緒にするんだ、何日も顔を見ないってわけじゃねえ。

 なのに、俺は日に一度マリア嬢ちゃんの顔を見ないと落ち着かないというか、なんとなくわびしい気分になるってことに気付いた。


 もしかして、これが「気になる」って言うことなのか?


 ていうか、俺が接する女っていやぁ、姉貴ども以外にはベルクガンズの城のメイドくらいのものだ。

 エリザベス嬢ちゃんもなかなかに面白い娘で、根性もある大した奴だと思うが、マリア嬢ちゃんに対して感じる感情はエリザベス嬢ちゃんにはない。


 ってことは、俺はまさかマリア嬢ちゃんのことが……好きなのか?


 生まれて初めての体験に、俺はまたぞろ困惑した。

 折悪くそんな時に限って、王宮大舞踏会に向けてのダンスレッスンなんてのが始まったりする。

 俺はマリア嬢ちゃんのパートナーを務めるのが気恥ずかしくて、いつもより激しく振り回して、嬢ちゃんが目を回しそうになったほどだ。


「つい張り切り過ぎちまったぜ、がっははは!」


 なんて大声出してごまかしちまって、一体どうなってんだ最近の俺は。

 けど……その時に気付いたんだ。

 嬢ちゃんがいかに真剣に「勇者」しようとしているかを。

 

 それはこの特訓での嬢ちゃんの上達ぶりを見ればわかる。

 初歩的なステップすら覚えられなかった村娘が、今はこんなにも上達したんだぜ。

 エリザベス嬢ちゃんに比べるとまだまだだが、まったくのずぶの素人が短期間でここまで上達するってのは、なかなか出来るもんじゃねえ。

 姉貴どもに散々仕込まれた俺だからこそ、マリア嬢ちゃんの懸命の努力が理解できた。


 うん、やっぱりこの嬢ちゃんは信用できる人間だ。

 レオナルドやラファエロ、ウィリアムと同じくらいにな。


 そうだ、やっぱり嬢ちゃんを姉貴たちに紹介しよう。


 俺がマリア嬢ちゃんを好きでも、嬢ちゃんが俺のことを好きになるかどうかはわからない。

 俺は昔からガサツって言うか、こういう生き方しかできない男みたいだからな。

 けど、姉貴たちに知ってもらいたいんだ。

 この俺、ベルクガンズ王国第一王子、アントニオ・ベルクガンズが初めて好きになった女はこいつだって。


 そのことだけは世界中の誰にだって胸を張って言える、俺の正直な気持ちなんだ。

 もちろん、いちばん伝えたい相手は───嬢ちゃん本人だ。


 とはいえ、どこで伝えるかな。

 ラファエロなんぞに聞かれたら、からかわれるに決まってるからな。

 二人きりになれる所じゃないと、俺もこっ恥ずかしくて言えるわけねえ。

 そうだ、今度の王宮大舞踏会だ。

 俺は三番目に嬢ちゃんと踊ることになっている。その時に言おう、オレの国に来て、姉貴たちに会ってくれって。


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