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2 まもの? なにそれおいしいの(前篇)

 翌朝より、護衛兵の皆さんはきりきりと「五人目の勇者」探索の準備を早々に始めました。


 「勇者捜索本部」なるでっかいタープ───大きな布の天井を張った簡易テントのようなものです───を設営し、本国との連絡、現在までの状況の整理、今後の見通しをまとめ、それはもう素晴らしい統率っぷりです。


 兵隊さんがこれだけ優秀ならば、たとえ村に野盗や山賊が大挙して押し寄せても、なんら心配することはないでしょう。

 我々一般臣民としては、大船に乗った気分というものです。


 私が朝の食事を差し入れした時も、たいそう歓迎され、こちらが恐縮するほどでした。


「これはかたじけない、マリアどの。ときに、我が王子殿下のご様子はいかがだったろうか……」


 なぜか声をひそめる護衛隊長さんに、私も「ええ、まあ……」と言葉を濁します。

 と言うのも、護衛兵さんたちに差し入れを持ってきたのも、私が家の台所をおん出されたからなのです。

 言うまでもなく───レオナルド殿下のお食事係の方に。


 彼らは食材ばかりか調理道具その他一式を持ち込んで、文字通り私の家の台所を占拠してしまったのです。


「なんと狭苦しいキッチンだ! これではレオナルド殿下に満足いただける朝食を供するのは、至難の業というもの!」

「馬鹿者ッ、どんな劣悪な環境でも殿下にふさわしい食事を作るのが、我々王宮厨房士というものであるぞ~っ」


 他家の厨房が使いにくいというのは、まあ認めましょう。

 にしたって、「劣悪」とか言いますか、普通。

 本当に、王族とか貴族とかいう人たちの関係者と言うのは、揃いもそろって…………いえ、これ以上は申しますまい。汚い言葉を使うのは、自分の品位を下げるものです。

 と、言うことにしておこう。


「おほっ、このモツ煮込み、すげえうまいっす!」

「マジかよ、俺にも分けろよ」

「これはいい、田舎のおふくろの味を思い出す……」

「王都じゃモツ煮なんか滅多に食えないもんなぁ」


 ああ、この素朴な称賛の声。


 これです、これが料理をする者の喜びと言うものです。

 昨日の一件といい、私はどうも王子さまより、護衛の兵隊さんたちとの方が気が合いそうです。


 それはともかく、五人目の勇者を見つけるための捜索が始まったそうなのですが、私たちとしてはそれはご一行のお役目なので、日常生活は普段とあまり変わりません。

 畑仕事に家畜の世話、やることは山ほどあるのです。

 一時だって休んでる暇はないのです。


「マリアさん───少しよろしいでしょうか」


 と、豚舎で飼料を運んでいた私に声をかけてきたのは、レオナルド殿下でした。


「あの、えっと……おみ足が、汚れますよ?」


 ああ、と殿下は初めて周囲に気付いたように、辺りを見回しました。


「キミは、毎日こんなことを?」

「それはまあ───けど、豚と言うのはこれでも清潔好きなんですよ。うちの村では飼料にも気を使ってますし、よそ様からどうこう言われる筋合いはございません」

「いや、違うんだ。その、昨日のことを謝罪したくて」


 そう言って頭を下げるレオナルド殿下に、私はどうしていいかわからず固まってしまいます。

 殿下が庶民に対しても誠実なお方だということはわかっていましたが、わざわざ豚舎にまで足を運んで謝罪して下さるだなんて。


(ああ、レオナルド殿下はやはり勇者、素晴らしいお方だったのだわ)


 私の中で暴落しかけていた「王子さま株」がにわかに大高騰です。


「そんな、ワタクシの方こそお見苦しいところをお見せして申し訳ございません。殿下さま方には村をあげて協力させていただきますので……それであの、殿下は『五人目の勇者』をお探しになっておられるのですよね」

「ああ。確かにこの方角、この付近に五番目……地の精霊の力を感じたんだ。本当に心当たりはないのかい」


 こんな話、豚舎でしてていいのかしらんという気も致しますが、私は首を傾げるばかりです。

 そんな人がこの近くにいれば、噂くらいにはなっていると思うのですが。


「そんな青年がいるという話は聞いたことがないのですが……申し訳ございません」

「おそらく、五人目の彼は力に覚醒して日が経ってないと思う。けれど体のどこかに精霊の刻印があるはずなんだ」


 と、思わずレオナルドさまと私は見つめあってしまいます。

 豚舎で。


(美しい方というのは、どこに佇んでいても美しいのだわ……たとえ豚舎でも)

「そうだ、朝食の時も悪かったね。うちの食事係が台所がどうのこうの言ってて、気を悪くしたんじゃないかい?」


 いえいえ、そんなこともうどうでもいいんです。

 だって私の目の前には金髪の美青年、王子にして勇者という素晴らしいお方が優しい目を私に向けて下さっているのですから。


(ああ、私いま確実に人生の運をガンガン使いまくってます)


 でもいいんです、本物の王子さまと二人きりでいられる時間なんて、村長の娘には過ぎた幸運なのですから。


「そう言えば今朝、護衛兵の詰め所に顔を出したら、キミの作った煮込みが美味しいって兵士の間で評判だったよ。それで、気になってね」


 な、なんですと?


 予想外の反応に、私はふたたび固まってしまいました。

 白馬に乗った金髪の王子さまが、よもや私の作った豚モツ煮込みに興味をお示しになられるとは思いもよりません。


 いやいやいや、あんな庶民の味、プリンスに出しちゃまずいでしょ。

 そんな常識もかろうじて私の中にありましたが、それ以外にもちょっと好奇心もありました。


「おらが村の郷土料理が、えれえ方の舌を満足させられるだかぁ~?」


 とゆー、誠に田舎者丸出しの下世話な興味とゆーものが。

 ラファエロさまやウィリアムさまならまだしも、こんなにも謙虚でお優しいレオナルドさまのこと、田舎料理が少々お口に合わなくとも、笑って許して下さるのではないでしょうか。


(出すか)


 なんだか分からない使命感に満ち溢れ、私はレオナルド殿下と共に護衛兵舎を訪れたのです。

 ええ、もちろん着替えましたよ。普段着───もとい一張羅に。

 豚舎で仕事をする時は作業着ですし、いくらなんでもその格好で王子さまと連れだって歩く勇気は私にもございません。


「これはレオナルド殿下、どうなされましたか」

「うむ、こちらのマリア嬢の供出した料理が、ことのほか美味だと耳にしてな。私も一つ、味見をさせてもらおうと……」


 兵士の皆さんは殿下の前とあって緊張していますが、殿下は鷹揚に兵士の皆さんにも微笑みかけておられます。

 きっと日頃からこのように、兵士の方とのコミュニケーションを図っておいでなのでしょう。

 やはり人の上に立つお方というのは、部下に対してむやみやたらに威張り散らしたりはしない、公正な精神の持ち主なのです。


 と、そのときです。

 兵士の方が息せき切って、タープの中に走り込んできました。


「ま、魔物確認ッッッ!」

「なんだと!」


 ぜいぜいと肩で息をつく兵隊さんが言うことには、こうです。

 村の周辺を巡回していたところ、人とも獣ともつかぬ奇怪な生物と遭遇、激しく敵意を見せるそれらと戦闘状態に入ったというのです。


「数にして二〇以上を確認しました。見張りの兵を見るや問答無用で襲いかかってきて、非常に危険な連中です」

「魔物……それは本当か。ならばアントニオたちにも直ちに通達、我が愛馬モントレーユを直ちに出せ! 私が先陣を切る!」


 えっ……えええ、ええええ~~~~~っっっ?


 ま、ま、魔物って。

 ええと、昔語りで聞く、あの魔物ですか?

 魔王が率いる、おっそろしい、おぞましい、恐怖の怪物軍団ですか?


(どどどどーしよう! えっと、ま、まずは父さんに知らせなくちゃ!)


 その程度の判断力が私に残されていたのは、幸いだったと申せましょう。

 五人目の勇者探索にレオナルドさまたちが訪れていなければ、私など「まもの? なにそれおいしいの?」状態だったでしょうし。


 けれど、状況はそう大差はありません。

 殿下たちをお迎えすることで手いっぱいだった私たちの村は、魔物が襲撃してくるだなんてまるきり予想もしていません。


(えっと……避難? そう、村の人たちを避難させないと!)


 そう思うのが精一杯でした。

 兵士の皆さんが直ちにきびきび動き走り回る中、私はこのことを父に伝えなくてはと思いつつ、ただただ立ちつくしていたのです。


「マリアさん!」

「はっ、はい!」


 顔を上げると、レオナルド殿下の端正なお顔が、すぐ目の前にありました。

 ああ、こんなときでも美しいものを間近に見るのは心が安らぐものです。

 心の落ち着きを取り戻した私に、殿下はこう仰いました。


「我らはこれより状況を把握し、魔物退治に向かいます。あなたたちは安全な場所に避難して下さい。村人の誘導に、護衛の兵を三騎差し向けます」


 ああ、素敵。

 この判断力、この統率力、そして私たち庶民に対する適切な配慮。

 やはりレオナルド殿下は生まれながらの王子さまにして勇者なのです。


 私は護衛兵の方の馬に乗せていただき、直ちに父の元に戻ると、村人たちの避難誘導を始めたのです。


「どうしたんだ、マリア。そんな血相変えて」

「父さん、それにみんな! 魔物が現れたんですって、すぐに避難を始めて!」


 村の人たちも最初は「まもの? な(略)」だったのですが、護衛兵さんたちのただならぬ様子に異変を感じ、避難を始めました。


「魔物が出現したのは北の森付近です。皆さんは南の街道沿いに移動して下さい」

「は、はい! みなさ~ん、南に、南に移動してくださぁ~~い!」


 私は父と共に八十七名の村人たちを南の街道に誘導しながら、人数を確認していきました。

 小さな村ですので、ほぼ顔見知りばかり、年寄りを優先して護衛兵さんたちと共にみなを街道に誘導していく中、私はあることに気付きました。


(いない……ガズとミミ、二人がいない!?)


 私は心臓を掴み上げられる思いで村の幼い兄妹の姿を捜していました。



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