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舞踏会前夜───ラファエロの場合


 マリア・マシュエストかぁ~。


 あの娘は本当になんというか……うん、服飾のセンスはいまだに壊滅的だね。

 まあ最初は「庶民なんてこんなもんさ」と僕も正直、ちょっとばかり見下していたよ。でもまあ、アカデミーの制服を着こなせるようになった今は、ま、多少はマシになったかな?


 それにしても五人目の勇者が田舎村の村長の娘だなんてね、僕も最初は信じられなかったよ。

 いくら怪力を持っているからって、田舎娘が勇者だなんて、そんなのどの伝え語りでだって聞いたことがないよ、そうだろう?


 正直言うと、彼女はアカデミーではやっていけないと僕は思っていた。


 僕らはともかく、他の生徒がマリアくんを認めるはずがない。アカデミーの生徒は全員貴族の子弟、それぞれ貴族のプライドって言うものがある。

 一般庶民の、それも女性を入学させるだなんて一悶着どころじゃ済まないと思っていた。


 まあ、彼女には申し訳ないけど、それが彼女のためだとも思ったよ。

 だって、いくら精霊の加護を受けているからって、女の子を魔物と戦わせるのは、勇者としては見過ごせないよね。


 彼女が王都に来た最初の日、僕は数着のドレスをマリアくんに買うように勧めた。

 あれは、言ってみれば餞別のつもりだったんだ。

 早々に勇者になることを諦めて田舎に帰るときに、いい土産になるだろうと思ってね。

 魔物に立ち向かって危険な目に遭うのは、兵士や、僕たちだけで十分なのさ。


 けれど、彼女は勇者であり続けた。


 あれは、初めての戦闘実技のあった日だったかな。

 そう、マリアくんがニールセンの剣撃を見事に退けた日の、放課後だった。

 僕は魔物退治が早々に終わって、いちど学園に帰ったんだ。

 そうしたら驚くじゃないか、ニールセンとその取り巻き連中が、階段の上からマリアくんにバケツの水をぶっかけている、まさにその現場に遭遇したんだ。


 ああ、貴族の風上にも置けない奴だと思ったね。

 しかも水精霊の加護を受けた僕の目の前で、水を使って女性を辱めるだなんて、断じて許しがたい!

 すぐさまとっちめてやろうかとも思ったんだが……少し様子を見ることにした。


 これからもきっと、似たようなことは起こるだろう。

 それをいちいち僕らが助けているわけにはいかない。

 これでへこたれるようなら、これから先、彼女は学園でやっていけないだろう。

 可哀想だけど、勇者になるのは諦めて、田舎に帰った方がマリアくんのためになると思ったんだ。


 彼女は水浸しになった廊下を黙々と掃除して、黙って下校していった。そして翌日も元気に……とまでは言わないけど、しっかり登校してきた。


 僕は初めて彼女の「強さ」を知った。

 そして真摯に敬意を抱いたんだ。


 エリザベスくんも加わったことで、マリアくんの学内での立ち位置も徐々に変わっていった。

 まだ精霊の力は不安定ながら、彼女の実力を認めるものも現れるようになった。彼女自身、自分が勇者であることを受け入れていったということなのかな。


 そのころ気付いたんだけど……マリアくんってけっこう面白い娘なんだよ。


 大抵の女の子は僕に見つめられるだけで顔を上気させて目を潤ませて、僕の美貌に見とれるものなんだけどね、マリアくんに限ってはそれがないのさ。

 それどころか、僕が戯れに彼女をからかってやると、一瞬だけど「じとっ」って感じの目で僕を見るのさ。


 あれ絶対、心の中で僕に突っ込み入れてるんだろうなって。

 それで気付いたのさ、マリアくんは他の女の子とは違って、僕の外見以外のところもちゃんと見ているんだってことにね。


 こんなユニークな子ってないだろう?


 ああ、エリザベスくんは……また違うかな。

 彼女はあくまで僕を「尊敬すべき勇者王子」としてしか見ていないようだからね。

 とにかく、それに気づいてから、僕はマリアくんのことが気になり始めたんだ。


 この子が僕の傍にいてくれたら、さぞ楽しいだろうなって。

 精霊の加護を受けた勇者同士って言うことじゃない、一人の女の子としてのキミの目には、僕はどう映っているのだろう。

 そんなことが気になりだしたら、いつの間にか僕はマリアくんのことを目で追っていた。初めてだよ、僕がこんなにも一人の女の子に興味を持つなんて。

 貴族のご令嬢をナンパする時はあくまでも遊び、ちょっとした恋の駆け引きを楽しむのが目的だからね。


 そんなことを言ったら、キミはまたあのジト目で僕を見るんだろうね。


 そんなキミに僕のこの気持ちを伝えたら、キミはどう反応してくれるだろう。

 照れるだろうか、笑うだろうか。

 そんなことを想像するだけで、僕の中でマリアくんの存在はどんどん大きくなっていった。


 おいおい、本当かい。

 天下に名高いプレイボーイ勇者として知られたこのラファエロさまが、田舎村の村長の娘に恋をしただなんて。

 いや、身分の違いなんてどうだっていいんだ。

 キミは僕にとって唯一の存在、僕の外見以外を見てくれる唯一の女性なんだ。

 ああ、レオナルドたちも僕のことは理解してくれていると思うけど、僕、そっちの趣味はないからね。


 けれど、いざ伝えるとなるとこれは問題だよ。


 常日頃、心の中で僕に突っ込みを入れている彼女のことだ。

 どんなにロマンティックな言葉で愛を囁こうとも、まともに通じるとは思えない。そもマリアくんって、そういう方面にはかなり鈍そうだしね。


 それに最近はマリアくんもすっかり図太くなって、僕へのツッコミ態度もあからさまでねえ。

 聞いてくれるかい?

 いま王宮大舞踏会に向けて、マリアくんのダンス特訓をしているんだけどね。

 僕がパートナーをしてるときに、女の子なら誰もがうっとりするような特別のウインクをマリアくんにしてやったのさ。


 そうしたら───「なんすか?」だってさ。

 「なんすか?」だよ。


 僕のウインク一つで失神する女の子が山ほどいるっていうのに、まったくあの朴念仁は……これはあれだね、回りくどいせりふじゃ、絶対に僕の「マリアくんが好きだ」っていう気持ちなんか伝わらないに決まっている。


 そう───いっそストレートに言ってやろうかな。


 ああ、それ意外といいかもしれないぞ。

 面と向かって「好きだよ」って言われたら、いくら鈍感なマリアくんでもその意味するところが伝わるだろう。


 ちょうど、舞踏会では僕たちが一人ずつ、マリアくんと踊ることになっている。つまり踊っているときは僕と彼女二人だけの世界。

 そこで好きだと囁こう。

 そのときキミはどんな顔をするだろうね。

 いや───結果はどうでもいいんだ。

 マリアくんは明らかにレオナルド贔屓で、レオンを見るときの目は僕を見るジト目とはまったく違う、乙女の眼差しだ。


 さすがの僕でもレオナルドのような品行方正で、完全無欠の王子さまには一歩及ばない部分もある、それは認めるさ。


 でもそれでも構わない。

 僕が、このルヴィナール王国第一王子、ラファエロ・ルヴィナールがマリア・マシュエストに恋をしたって言うことさえ知っておいてくれればね。


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