25 エピローグ
あけましておめでとうございます。
さて、それより後のことです。
魔王と魔物の軍勢を見事撃退した私たちは、晴れてロートヴァルド王都に帰還しました。
ええ、私が五人目の勇者であるということは、あの場にいた一〇〇〇人のロートヴァルド軍の兵隊さん全員が目撃したことです。
大臣もその証言を無視するわけにはいかず、私は四人の勇者王子さまと同じく精霊の加護を受けし地の勇者として迎えられることとなりました。
「マリアどの……マリアどの! 無事でよかった……」
「エリザベスさん……ただいま、です!」
ほんの数日会ってないだけなのに、エリザベスさんは涙で顔をぐしゃぐしゃにして、私を出迎えてくれました。
本当は私に付いてきたかったのに、涙を飲んで一人残ったエリザベスさんは、きっと私のことをずっと心配して下さっていたのでしょう。
心なし、頬がやつれてらっしゃるのが、その何よりの証拠です。
もちろん、私も溢れる涙を抑えきれず……私たちはしっかと抱きあい、無事の再会を喜んだのでした。
もちろん、勇者アカデミーにも無事復学、私はしばらく休暇を頂いたのち、前と同じくアカデミーの学生として復帰したのです……が。
「な、なんでしょう、あの人だかりは……」
私とエリザベスさんが登校すると、校門の辺りでなにやら騒ぎが起きておりました。
「やあ、マリア・マシュエストにエリザベス・バートン! おはよう、マリアくんは元気そうで何よりだね。ベルクガンズでは大変だったんだって?」
「ローニィさん、いったい何の騒動ですか」
久しぶりに再会したクラスメイトのローニィ・カスバートさんの背後からひょっこり姿を現したのは、なんとも意外な人物でした。
「お~っほっほっほっほ! 皆さま、道をお開けなさいまし! 勇者アカデミー三人目の女子生徒のお通りですわよ」
「お、お前はフランソワーズ!? お前がなぜ、その制服を着ているのだ!」
それは、エリザベスさんの幼馴染……というか、悪友さんと申しましょうか。
私もお茶会に誘われたことのある、金髪縦ロールも眩しい超美少女系のご令嬢、フランソワーズ・アインバッハさんその人でした。
ええ、エリザベスさんと同様、貴族のお嬢さま……のはずなのですが。
なぜか私たちと同じアカデミーの女子制服を着ておられます。
「あら、これはエリザベス・バートンにマリア・マシュエストさま。ごきげんよう、今日からわたくしもお二人の同窓、共に騎士を目指すお仲間ということですわ」
「きっ、貴様、どういうつもりだ!」
「どういうもこういうもありませんわ。魔王を見事に撃退した五人目の勇者、女性でありながら精霊の加護を受けし女勇者マリア・マシュエスト……いま、王都ではその評判でもちきりなのよ、ご存じなかったの?」
ご存じありませんよ、そんなの……てか、いったいいつの間に。
呆気に取られる私たちに、フランソワーズさんは王室公報を見せて下さいました。
そこにはなんと私と四人の勇者王子さまの似顔絵、そしてでかでかと「五人の勇者、魔王を見事撃退!」という見出し。
さらには「これからは女性も騎士を目指す時代?」とも書かれてあったのです。
「今の最新モードはズバリ、『女の子だって戦いたい』! 女性でも剣を取り、女性でも魔物と戦い、女性でも殿方と肩を並べ騎士を目指す、これこそが今もっともトレンドな乙女のありようなのですわ、ほ~っほっほっほ!」
マジすか。
しかし気がつけば勇者アカデミーの校門には、何人、何十人もの女性が大挙して押し寄せているではありませんか。
フランソワーズさんのようなアカデミー女子制服こそ着ていませんが、みな私を見ると次々と握手を求めてくるのです。
「あのっ、マリアさまですよね! 五人目の勇者さま!」
「マリアさま、わたくしマリアさまのご活躍に感銘を受けました!」
「私も女騎士を目指して、アカデミーに入学したく存じます」
「や~れやれ、朝からすごい騒動になってるねえ」
「ラファエロさま! それに皆さまも」
ただでさえごった返しているところに、レオナルドさまたち勇者王子さまのご登校で、女性たちの黄色い歓声が上がります。
「あ~……先に言っとく、マリア嬢ちゃん、エリザベス嬢ちゃん。すまん」
な、何を謝っておられるのでしょう、アントニオさまは……と、そこに立派な馬車が乗りつけ、そこから三人の女性が顔をのぞかせました。
フランソワーズさんと同じく、アカデミーの女子制服を身に着けている御三方には見覚えが……というか、つい先日までベルクガンズで顔を合わせていた方々です。
「マリアさん、ごきげんよう。今日からわたくしたちもここの学生になることに決めたのですわ、どうぞよろしく」
「キャ、キャサリンさま!」
それはベルクガンズの三女傑の長女、キャサリンさまでした。
「うむ、私は以前より自身が騎士であることを自認していたのだがな。まあ、正式に騎士の称号を取るのも悪くないと思ってな」
男装の麗人のような凛々しいお姿は、第二王女のエルデさま。
「にゃはっ、今日からは私たち三人とも、アントンちゃんのクラスメイトだよ~っ。よろしくね、マリアちゃ~ん」
「ミュゼールさままで……お、お三人ともアカデミーに入学なさるおつもりですか?」
「ええ、お父様も今回の一件で興奮なさって、ぜひ三人ともアカデミーに入学して勇者のなんたるかを学んで来るようにと」
なんということでしょう。
続々と現れる入学希望の女性たちを前に、他のアカデミーの生徒さんたちもたじたじとなっておられます。
そこに姿を現したのは、学長先生さまです。
「学長さま、こ、これはいったい」
「むう、これからは男女の区別なく騎士道精神を学ぶ場として、アカデミーの門戸を開くようにとの、各国からの要請があったのだ。なので今後は、女性にも広く入学を認めるという方向で……いやはや、マリアくんが来てからというもの、この学園も、この国もずいぶん様変わりしてしまったものだ」
そ、それはなんと申しましょうか、誠に申し訳ございませんというか、私が謝ることかどうかはわかりませんが。
「とりあえず学長。今のままではこれだけ大勢の女生徒を受け入れるのは難しいでしょう」
「そうだねえ、街の仕立屋に女子制服の大量発注をしないと」
「女子寮ももっとでけえのを建てないとな!」
そうです、これだけの人数がいれば、男子寮にも負けない規模の女子寮があっても、なんら不都合はありません。
今までは私とエリザベスさん、たった二人の下宿屋さんを女子寮としてきましたが、これからは女の子同士の夢の寮生活が始まるかもしれないのです。
「勇者アカデミーも華やかになっていいんじゃないかな。キミはどう思う、ニールセン?」
「えっ」
レオナルドさまの言葉にふと振り向くと、あのニールセンがムッとして……というより、どこか照れくさそうに、私に右手を差し出してきました。
「ベルクガンズでは大活躍だったそうじゃないか、マリア・マシュエスト。あの怪力田舎娘が魔王の影をぶん殴って撃退したと、もっぱらの評判だぞ。勇者の名にふさわしい、たいした活躍だと認めざるを得ない」
い、一体どういう風の吹きまわしでしょうか。
あの生意気で居丈高で横柄で傲慢で自己中なニールセンとも思えない、実に素直な態度に、私は目を丸くしてしまいました。
「キ、キミはけっこう毒舌だな! エリザベスくんに負けて以来、僕もそれなりに思うところがあって、い、些か考えを改めることにしたんだ。なにより……キミが五人目の勇者であることは、疑いようのない事実だからな」
「ニールセンさん……」
「キミとはいろいろ悶着もあったが……これからは同じ学園の仲間として、よろしくしてもらえるとありがたい」
そうです、人はいつだって気持ち一つで変われるのです。
あれほど自分が勇者であることを否定しようとしてきた私が、いつの間にかレオンさまたちと共に魔物と戦えるようになったように。
私はニールセンの手を取って、強く握りしめていました。
「いっ、痛い痛い痛い痛い痛い! マリア・マシュエスト! 僕の手を握り潰す気か、この……勇者番長!」
う、そのあだ名、もう広まってんですか……。
心ならずも女の身でありながら五人目の勇者として選ばれてしまった私、マリア・マシュエスト。
ただの村長の娘に過ぎなかった私が王都に来て、勇者アカデミーに通うようになり、あろうことか魔物と戦い、魔王の影を撃退してしまいました。
けれど、あれが「影」に過ぎないということを、私もレオナルドさまたちも心得ておりました。
魔王、そして魔物は再びこの世界に現れ、理不尽な暴力を持って人々を脅かすことでしょう。今回はどうにか撃退できたものの、次に現れた時、魔王軍はさらなる強大な難敵となって、私たちの前に立ちはだかることでしょう。
私たちはその日のために鍛錬を積み、心も体も鍛え上げて強くならなくてはならないのです。
大切な人たち、この平和な世界を守るためにも。
(それに───)
私はレオナルドさま、アントニオさま、ラファエロさま、ウィリアムさまお一人お一人の顔を見つめました。
この素敵な王子さまたちと私との関係も、これから少しは進展してゆく……のでしょうか。
あの舞踏会の日、私は皆さまから告白されたことを不意に思いだし、顔がかあっと熱くなるのを感じました。
(あのときの皆さまの告白は……いまも有効なのでしょうか)
これからの学園生活で、私たちの関係も少しずつ変わっていくのかもしれません。
「制服も、女子寮もいいが……それより先にすべきことがある」
と、ウィリアムさまの言葉に一同首を傾げました。
「学園の設備そのものを大改築する必要があるだろう───マリアなら、わかるだろう」
あ──────。
そうです、何はなくともこれだけの女子生徒を受け入れるためには、一番重要な施設がこの学園には不足しています。
ウィリアムさまのお言葉に、私は苦笑するしかありませんでした。
そして、やれやれと肩をすくめる学長先生さまに、私はこう言ったのです。
「そうですね───まずは女子更衣室と、女子トイレの増設をお願いいたします!」
おわり
本編はこれにて終了ですが、もう少しだけ番外編が続くんじゃよ




