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23 ベルクガンズの三女傑(後編)

 

 翌朝───。


 なんということでしょう。


 ロートヴァルドの軍隊が、ベルクガンズの領地前まで到着していたのです。

 軍隊は直ちにベルクガンズに通達を出し、「地下牢を脱走した大罪人であるマリア・マシュエストを引き渡すよう」と伝えてきたのです。


「ほ~っほっほ、かの聖精霊の勇者が興したロートヴァルドとも思えぬ無粋なやり方ですね。これはお臍でお茶が湧いてしまいますわ」

「キャ、キャサリン第一王女殿下」


「うむ。対等な立場であるはずのベルクガンズに対し、礼を失する態度としか言いようがない。このような舐められた態度を取られて、我がベルクガンズが軽々と追従するような国だと思うてか!」


 第二王女エルデさまも見るからにご立腹です。


「マリアちゃんはなぁ~んにも心配することはないんだからね。だいじょぶだいじょぶ~」

「ミュゼ―ルさま……」


 しかし、私はレオナルド殿下が心配でした。


 ご自分の国の軍隊が、こうして同じ勇者王子の故郷である隣国にまで迫っている状況に、金髪の美形王子は顔をこわばらせ、秘めたる怒りをじっと静かに抑えていたのです。


(レオナルドさま……)


「大臣の仕業……だと思う。こんな、一個大隊まで動かして、どういうつもりなんだ……」


「五人目の勇者、マリア・マシュエスト嬢と三名の勇者王子さま方は、我が国の賓客です。何人たりとも彼らの安寧を脅かすことまかりならぬと、ご理解いただきたく存じますわ。それがベルクガンズの総意です」

「では、どうあってもマリア・マシュエストの引き渡しには応ぜぬと」


 ロートヴァルド軍の使者に対し、キャサリン第一王女さまはきっぱりと首を横にお振りになられました。

「なるほど───貴国のお考え、よく理解いたしました。甚だ遺憾ながら、我らも勅命を受けし立場、なりふり構っては参りませぬ。我がロートヴァルド軍第一大隊は、貴国ベルクガンズに対し、我が国の第一王子レオナルド・ロートヴァルド王子殿下の拉致誘拐に関する嫌疑をかけさせていただきます」

「なっ……」


 信じられません。


 軍隊の使者さんがいて、目の前にそのレオナルドさまが息を飲んで推移を見守っていると言うのに、彼らはベルクガンズがレオンさまを「誘拐」したと言いがかりを付けにかかったのです。

 これは───こんなものはもう、宣戦布告にも等しい行為です。


 ぱりっ。


 なんでしょう、空中に銀色の光が走ったような気が。


「お前たち……」

「レオナルド殿下、せめて殿下だけでもご帰国なさってください。それでもう少しこの状況が好転できる可能性が」


 レオンさまのただならぬ雰囲気に、使者の方が慌ててとりなしますが、殿下の怒りのボルテージはぐんぐん上がっていく一方です。


「ま、まずいんじゃないのかい、これは」


 ラファエロさまの言葉に、ウィリアムさまが無言で頷きます。


「……僕は、父上や大臣に何度も説明したはずだ。舞踏会場でのマリアの行動は適切だったと。あのとき彼女が行動を起こさなければ、とてつもない被害が生じていたはずだと。なのに父上や大臣は、僕の言葉に耳を傾けようとしなかった」

「い、いや、殿下、それは」

「もうたくさんだ……もう、たくさんなんだ!」


 ばりばりばりぃいいいっ。


 どおうぅっ。

 白銀の光が使者の方を打ち倒し、レオナルドさまはその首根っこを掴んで、ずんずんと城外に出ていったのです。


「まずい……こりゃまずいぞこりゃあ!」


 私たちはアントニオさまと共に、急いでレオンさまのあとを追います。


 ベルクガンズ王国領内間際に使者を引きずったまま、単身で出ていったレオナルドさま。


 常日頃、私のような庶民相手にも暖かく、優しく接して下さるそのお人柄からは想像もできないほどの怒りのオーラが立ち上り、それは極限を越えて白銀の光となって、中空にある形を作り出していました。


 ばりっ……ばりばりばりばりぃいいいいっっっ。


 銀色の聖なる光で形作られたそれは、まさしく聖騎士の姿。


 身の丈二〇メートルは越えようかという神々しい聖騎士が、レオンさまの頭上に現れ、一〇〇〇人近くいる兵士の群れを睥睨します。

 その手に握られた巨大な銀の剣を高々と掲げ、レオナルドさまは怒りに満ちた表情でご自分の国の軍隊を見下ろしているのです。


「やべえ……レオンのヤツ、完全にぶち切れてやがる」

「うん、これはちょっと、シャレにならないね」

「これほど激昂しているレオナルドを見るのは、初めてだ」


「ど、どういうことなのですか?」


 いくら軍の態度が強引とはいえ、こんなのレオナルドさまらしくありません。

 でも、ウィリアムさまはこれこそがまさに聖精霊の特質だと仰るのです。

 

「聖精霊の本質は不正や悪を見逃さぬこと。苛烈なまでに峻厳、それが聖精霊の本質なのだ。道理に合わぬこと、この世の理非を乱す者、そうしたものに対し、一切の躊躇なく厳罰を下すのが聖精霊のあるべき役割なんだ」

「でも、だからって……相手は、ロートヴァルドの軍隊なんですよ!」

「ああなったレオナルドは、もう止められねえ……俺が全力でぶつかっても、止められる自信がねえよ」

「そんな……」

「一〇〇〇人程度の軍勢など、レオナルドの手にかかれば一分とかからずに全滅だ」

「!」


 ダメです。


 レオンさまは、レオナルドさまはそんなことをしてはいけないのです。

 レオナルドさまは皆の憧れ、勇者王子、皆に希望をもたらすプリンスではありませんか。

 ただの田舎の村娘だった私にもお優しく、気を配り、前向きにリードして下さった完全無欠の王子さまじゃないですか。


「うぉおぉおお…………うあぁあああああああああ!」


 巨大な銀騎士を操る怒りの王子を前に、千人近い兵士たちが浮足立っています。

 その剣が振り下ろされれば、大地は裂け、軍勢は瞬く間に混乱し、怪我人や重症者が生み出されるでしょう。

 でも相手はレオンさまのお国の兵士、臣民なのです。レオンさまにそんなことをさせては、絶対にいけないのです。


「レオンさまっ、いけません、やめてくださいぃいいっ!」

 私はウィリアムさまの腕を振りほどき、レオナルドさまに駆けより、抱きつきました。


「うぉああああああああ!」

「やめてっ、こんなの、レオンさまらしくないです! 力ずくで相手に言うことを聞かせようだなんて、そんなの、そんなの魔王のやることと一緒じゃないですかぁあああああっ!」

「─────────!」


 ぴたり、と銀騎士の動きが止まりました。

 ぐぐ……と銀騎士が剣をゆっくりと下ろし、そして迸る聖精霊の力がゆっくりと薄れ、そして消えていきました。


「マリア…………」

「レオンさま……よかった……本当に、よかっ、た…………」

 あまりに緊張したせいでしょうか、私はよろけ、レオナルドさまに抱きかかえられました。


「マリア、すまない。僕はどうかしてたんだ。キミを魔女呼ばわりされたばかりか、アントニオの国まで侮辱されたような気がして───僕は一国の王子として情けない」

「いいんです……もういいんです……」


 力の限りレオナルドさまを抱きしめる私をレオンさまは抱き包んでくださいました。



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