22 星空の晩餐会
「よし、ここらで休憩にしよう」
川沿いに出た辺りで、レオンさまが馬を止めました。
朝から走りどおしなので、馬も疲れたのでしょう、川に鼻面を突っ込んで水を飲み始めます。
「アントニオさま、ベルクガンズまではまだ遠いのですか」
「あと一昼夜ってとこだな。そういや腹が減ったな、もう昼時だ」
「そう言えば、誰か食糧とか持ってきてるのかい?」
「い、いや。ボクは父上と言い争いになって、そのまま飛び出してきたから」
───えーっとぉー───
「あの……もしやとは思いますが皆さま。おそらく今夜は野宿になると思うのですが、どなたかテントなどは」
レオンさま、ラファエロさま、アントニオさまが顔を見合わせます。
「いっ、いつも僕たちには食事係がつくから」
「考えてみれば僕たちって、使用人抜きで王都を出るのこれが初めてだよね」
「まあ、その辺の木の影で雑魚寝すりゃいいじゃねえか、がっははは!」
知って驚く意外な事実。
王子さま……意外と世間知らずです。
「アントニオ。薪に火をつけてくれ」
いつの間にか、河原にある平たい石の周りに枯れた小枝や薪が集められています。
アントニオさまがガエンザンで火をつけると、石が熱せられてきました。
ウィリアムさまは馬に下げてあった袋から白くて四角い板状のものを石の上に乗せていきます。
「軽く炙れば食べられる。味は保証しないがな」
それは、硬く焼きしめた保存用のパンです。
村でもキノコ採り名人のマッケイさんが山に入る時によく作っていました。
「ウィリアム、さすがだな」
「むぐう、こいつは硬ぇな、むぐ、むぐ」
「味がほとんどしないんだけど、これホントに食べ物なのかい?」
たしかになかなかの歯ごたえとわずかな塩気だけ。
まあ保存食なので、味に関してはしょうがないのでしょう。それでも少しずつ噛みしめていれば、小麦の味が口の中に広がります。
「しかしこの味気ないパンだけじゃ物足りない……って、ああそうか! ここ川じゃないか。すっかり忘れていたよ」
と、ラファエロさまがパッと顔を輝かせます。
水でできた聖宝具「水霊の鞭ネフィリール」をヒュッと一振りすると、たちまち川面が盛り上がり、水でできた竜のように宙を駆け巡ります。
「……よしよし、いたいた。そらっ」
ラファエロさまの腕の動きに合わせるように、水流の一部がぱしゃんと弾け、そこから川魚が一匹、二匹と飛び出してきます。
石の上でぴちぴち跳ねる魚に、レオンさまは少々及び腰です。
「ええと、どなたか小刀かナイフのようなものはお持ちではないでしょうか」
無言でウィリアムさまが小刀を差し出してくださったので、私は川べりに近い平らな石の上で魚の内臓を抜き、小枝の串に刺していきました。
あとはこれをさっきの焚き火の近くに刺して焼けば焼き魚の完成です。
まあ本当は塩が欲しいところですが、たまにはこういう野趣あふれる食事というのも趣があるものです。
「マ、マリアがいて助かった……」
「俺は火起こし、ラファエロは魚獲り、ウィリアムは保存食や道具、マリア嬢ちゃんは料理。みんなそれぞれの特技を生かしてるな!」
「おやぁ~? 誰か一人役に立ってない人がいるような気がしないかい?」
お二人の言葉にぐっと言葉に詰まったのは、聖精霊の加護を受けし金髪の美形王子です。
「よ、よぉし! 夜は僕がなにか獲物を獲ってくるよ! 兎とか、鳥とか猪とか!」
そう言って拳を握りしめるレオナルド殿下。
「レオンさま……魚と違って森の生き物は捌くのも大変ですし、それに獣肉は熟成させないといけないのでちょっと……」
私の言葉に、しょげかえってしまうレオンさま。
皆さま、意外と可愛らしい面もあると言うことを知った私でした。
・・・・・・・・・・。
再び出発した私たちは、日の暮れかける少し前に馬を止めました。
ベルクガンズまでは森を突っ切れば最短コースなのですが、慣れていないと迷う危険があるので、森に沿ってぐるりと大回りすることにしたのです。
「少し行ったところに川もあるし、今日はここで野宿だな! 雨が降る気配もねえし、星を見ながらみんなで雑魚寝だ!」
「マリア───」
と、ウィリアムさまに呼ばれると、眼鏡の王子さまはなにやら大きくて細長い布の袋を広げていました。
「テントとは言わないが、これは野外で寝るための寝袋だ。マリアはこれを使うといい」
ほ、本当に頼りになるお方です、ウィリアムさまは。
なんでも、今日の出奔を聞いたミセスシェリーとマローバスさんが準備してくれたのだとか。
「兎はともかく、森に何か食べられそうなものがないか、捜してくるよ……」
「あっ、レオンさま! キノコは駄目ですよ、素人が判断できるもんじゃありませんから」
レオンさまはウィリアムさまの持っていた袋を手に森に向かいます。
それをみてラファエロさまも腰をあげました。
「じゃあ僕はまた川魚でも獲ってくるかな」
「俺は薪を拾ってくるとするか」
「では追手の影がないか見張りをしていよう」
みんな各々のお役目に散って、約半刻。満を持して、レオナルド殿下のご帰還です。
「どうだい、みんな! これが僕の実力さ!」
おぉ~、と上がる歓声。
袋の中からは甘い匂いが漂ってきます。
「あ、これアケビですね。こっちはコケモモ、ブルーベリーまで……すごいじゃないですか、レオンさま!」
面目を取り戻した金髪の王子さまはえっへんと胸を張ります。
なんだかロートヴァルドを出てから、皆さん本当に生き生きしておられます。
彼らはいつも使用人と共にしか王都から出たことがないと仰っていました。それが王子としての義務であり責務。
いま、私を牢から連れ出して逃亡しているこの状況は、勇者にして王子であるという立場から解放された状態。
だから皆さま、あんなに無邪気に楽しんでおられるのかもしれない、と私は思いました。
「ふう、けっこう汗かいちゃったから、川で手や顔を洗ってくるよ」
「あっ、じゃあ私も行きます。ラファエロさまが獲った魚の下ごしらえもしちゃいたいので」
こうして私とレオンさまは川に向かいました。
岸ではシャンペンブロンドの王子さまがごろりと寝ころび、くつろいでおられます。河原には十匹以上の魚が。
「わあ、大漁ですね」
「あとは任せたよ、僕、魚の内臓抜くとか絶対無理だし。おや、レオンも一緒か。何か成果はあったのかい」
「ふっふふ、あとのお楽しみだよ」
ラファエロさまは魚の下処理を私に任せて戻っていかれます。
レオンさまは上着と靴を脱いで川のせせらぎで手や足、顔を洗い始め、私はその下流で魚の腹わたを抜いていきます。
ええ、これ逆の位置でやるとレオンさまが大変なことになりますから。
「魚さん、あなたの命を私たちの糧とさせていただきます」
「僕たちが何気なく食べてる魚も、こうやって川で元気に泳いでいたんだね……僕たちがここを通りかからなかったら、彼らも僕たちに食われることもなかったんだ」
「それは仕方ありません。生き物はみんな、他の命を奪わないと生きていけないんですから。お野菜だって命ですからね。食べて、自らの血肉にすることで命に報いるしかないんです。でも───あいつは違う」
私は、あの禍々しい影のことを思い出していました。
「あいつは、この世界を蹂躙することだけが目的なんです。強烈な悪意、いえ悪意とすら呼べない、破壊のためだけにある存在なんです」
「魔王の影、か……あのときは撃退できたけれど、次は僕たち全員の力を結集しないと勝てないかもしれない」
「はい」
あんな奴の存在を知った以上、もう勇者いやだとかそんなことは言ってられません。
魔王が、魔物が私の大切な人たちを脅かすと言うのなら、私は戦います。
「うん、その意気だよマリア。僕たちはまだまだ未熟だけど、絶対に負けるわけにはいかない」
「はい、しっかり食べて英気を養いましょう」
こうして私たちは星空のもと、焼き魚にデザートまで付いた夕食を頂き、雑魚寝(私は寝袋で)して夜を明かしたのでした。
そして翌朝───。
「やれやれ、今の季節、夜もあまり冷えなくて助かったよ」
「ベルクガンズまでもう一息だ、急ごうぜ!」
焚き火もちゃんと消して、いざ出発ですが、なぜか今日はラファエロさまの馬に乗るように言われました。
「ええと……何か理由があるのですか?」
私の言葉に、レオンさま以外のお三人が顔を見合わせ、アントニオさまが爆笑なさいました。
「がっははは! 実は嬢ちゃんを地下牢から救い出そうって決めたときに、誰が行くかで揉めたんだけどな」
それは当然のことです、お城の地下牢に忍びこんで囚人を逃がすなんて大罪ですから。
「逆だよ。四人が四人とも自分が行きたいって主張してね」
「これで決めた───」
と、ウィリアムさまがVサインをお出しになります。
「で、俺がじゃんけんで見事一番になったってわけさ!」
じゃ、じゃんけん……ですか?
「で、ウィリアムが二番目だから昨日キミを乗せて、僕が三位だから今日の番」
「ということは、つまり───」
おそるおそる、白馬の王子さまの方を見ると、レオンさまはムッとしておられました。
「じゃんけんは……苦手なんだ……ッ」
うっ、レオナルドさま、かわいい……っ!
いやぁ~、朝からいいものを見せてもらった私でした。




