21 駆け落ちしましょ♪
マリア・マシュエスト、イ~ン・ザ・地下牢。
はい、私いまお城の地下牢に閉じ込められております。
ハハハ、そりゃそうですよね。
よりにもよって「砕け散れ」ってあーた。
そんで、その言葉通り、シャンデリア粉々に砕いちゃいましたから。
誰がどー見たって、私がシャンデリアを砕く気満々だったとしか思えませんよね。
「てへっ(ぺろっ)」で済むような話じゃありませんよね。
「ドジっ子ってレベルじゃないぞ私……」
もちろん、舞踏会でそんなことやらかした私が五人目の勇者として認められるわけもなく。
レオンさまたちの抗弁を聞くまでもなく、問答無用でここに叩きこまれました。
願わくば、舞踏会場で怪我人が出ていないことを祈るばかりです。
(それにしても、あいつ───)
あのときのことを思い出すと、また怒りで手が震えそうです。
いままでさんざん自分が勇者であることを否定したかった私ですが、あのとき影が見せた光景のことを思い出すと、私は初めて「戦いたい」と思ったのです。
そして戦う力が自分にあることを、心から感謝したい気持ちでした。
「あれからどれくらい経ったのかしら……」
地下牢では日もささないので時間の感覚がよくわかりません。
あまりにもすることがないので、何度かうとうとしてしまったので余計にです。
食事は何回か出されたような気がするのですが、いま食べ物が喉を通る気がしません。
地下牢には私の他に囚われている人もおらず、見張りは入り口で退屈そうにしています。
本当は精霊の力を使えばこんな牢屋、簡単に出られるでしょうが、そんなことをしても自分の立場が悪くなるだけなのは明白です。
なのでいましばらく大人しくしていることにしました。
そう───思っていたのですが。
「うぐっ!」
短い悲鳴、そしてどさりと誰かが倒れる音。
「ようっ、遅くなったな嬢ちゃん」
「ア……アントニオさま!」
そこに姿を現したのは、火の精霊の加護を受けし勇者王子、アントニオ殿下。
彼は一言「下がってな」と言って私を壁際まで下がらせると、焔と共に槍を出現させました。
「豪炎の槍、ガエンザン!」
ごぉおおおおっ、と焔を吹き上げる槍が、鉄格子を一刀両断します。
切り口が真っ赤に焼けて、いったいどんな熱で焼き切ればこんなになるのでしょうか。
「おっと、そのドレスじゃ逃亡するのもままならねえだろ。後ろを向いてるから、こいつに着替えてくれ」
そう言って手渡してくださったのは、勇者アカデミーの制服です。
エリザベスさんが私の部屋から持ってきてくれたのだそうです。私は舞踏会用のドレスから、制服に着替えました。
せっかくなのでドレスも持っていくことにして、アントニオさまと共に気絶している見張りの横をすり抜けたのですが、見張りの方の腰には、しっかり牢屋の鍵束が下がっていることに私は気付きました。
「アントニオさま……鉄格子を斬らなくても、見張りから鍵を奪って開ければよかったのでは?」
「そんなの面倒くせえだろ、さ、行くぜ」
こういうところは本当に大雑把なアントニオさまに連れられ、私は地下牢を抜け出したのです。
「あの、それでこれからどこへ」
「ダンスのとき言ったろう。俺の国、ベルクガンズさ」
そそそそれって、三人のお姉さまに私を紹介するとか何とか……うわぁあああああ。
こんな状況だと言うのに、私は舞踏会で四人の王子さまから告白を受けたことを思い出し、顔が熱くなるのを感じました。
(それにいまの私ってば地下牢を脱走した逃亡犯。男と女が手に手を取って、追手から逃げる逃避行とくれば……こっ、これはもしかして、駆け落ち!?)
私、まだどなたにも告白の返事を返していないのですが、このままロートヴァルドを逃げ出してベルクガンズに行くとなると、なし崩し的にアントニオさまのお嫁さんに……。
いけません、それは他のお三人に対する不実。
こういうことはやはり熟考したうえで公正にお返事するのが筋というもの。
「なんか難しい顔してるが……大丈夫か、マリア嬢ちゃん?」
「は、はひっ? ええと、ここは町はずれですか?」
ぼ~っとしていて気付きませんでしたが、今は明け方のようです。
人影もなく、これなら誰にも見つかる心配はなさそうです。
「おっ、いたいた。おぅい、レオン!」
レオン……さま?
見ればレオナルドさま、ラファエロさま、ウィリアムさまのお三人がアカデミーの制服に身を包み、馬に乗って私たちを待っていたのです。
アントニオさまの愛馬の手綱を握っているのは、エリザベスさんです。
「マリアどの、無事だったか!」
「エリザベスさんこそ、大丈夫でしたか?」
エリザベスさんは勇者アカデミー二番目の女子生徒。それも私が五人目の勇者であるという理由で入学を認められたのです。
今回の一件で彼女の立場が悪くなることこそあれ、よくなることはないでしょう。
「気にするな、学長先生も学籍については心配するなと仰ってくれた。それよりレオナルド殿下。本当に皆さま全員でベルクガンズに赴くのですか」
「ああ、父上にも大臣にもほとほと呆れ果てた。あのときマリアがあの影を握り潰さなければ、奴はもっと強大になっていた。そうなれば舞踏会場にどれだけの被害が出たことか……どうしてみんなそれが理解できないんだ! 挙句にマリアのことを魔女だなんだと勝手なことを」
ま、魔女……ですか、私。
怪力勇者扱いもあれですが、違う意味でランクダウンです。
「まあ、あの気配は一般人には感じられないからしょうがねえ。それにしても『砕け散れ!』ってのはまずかったわな」
そう言いつつも、クックッと笑っているのはなぜですか、アントニオさま。
「うぅう……そ、そう言えば会場は大丈夫だったんでしょうか。怪我人などは……」
そうです、影のことはともかく、私がシャンデリアをぶち砕いたのは事実なのですから。
「奇跡的に死傷者はゼロだよ。破片をかぶってドレスが汚れたって卒倒したご婦人はいたみたいだけどね」
うう、誠に申し訳ございません。
「それだけ完璧にシャンデリアを粉砕したということだろう。小石程度の破片が当たっても、どうということはない」
ウィリアムさまの冷静な解説にも、私は慰められません。
私ってば、どれだけ猛烈に怒っていたんでしょう。
我ながら空恐ろしいです、大地の籠手。
「おい、早く行こうぜ。そろそろ嬢ちゃんが地下牢を脱走したことがばれる」
「そうだな」
と、皆さまそれぞれの愛馬にお乗りになり、私はウィリアムさまの後ろに乗せていただくことになりました。
と、エリザベスさんが意を決したように言いだしました。
「わ、私もお供させて下さい! マリアどのは私の友。友のピンチをただ黙って見ているなど、我が騎士道に反します!」
「エリザベスさん、それは駄目です!」
「な、なぜだマリアどの」
私は、エリザベスさんの肩に手を置き、まっすぐ彼女の赤い瞳を見つめました。
「今の私は逃亡犯です。その私の逃亡に手を貸したということが知れたら、今度こそアカデミーを退学になるかもしれません。そうなったらもう騎士になれないんですよ」
「だ、だが」
「エリザベスさんにとって、騎士になるのはその程度の夢だったんですか!」
私の言葉にエリザベスさんはハッとしました。
「私は……夢に向かって頑張ってるエリザベスさんが大好きです。エリザベスさんが私のことをお友だちだって言ってくれて、本当に嬉しかった。私、大事なお友だちの夢は、絶対にかなって欲しいと思ってます。だから……」
私は赤い髪のお友だちを、ギュッと抱きしめました。
「そうだよ、エリザベス。今はベルクガンズに匿ってもらうとしても、マリアのことはいずれちゃんと分かってもらう。僕らも、マリアもきっとアカデミーに戻ってくる」
「レオナルド殿下……わかった。マリアどの、きっと戻ってくるのだぞ」
「はいっ」
「さあ、出発だ!」
こうして私と四人の王子さまとの駆け落ち逃避行が始まったのです。
いや、駆け落ち違うし、これ。




