20 魔王の影
ぞくっ。
舞踏会が一旦中断し、国王陛下からの重大発表があると言うことで、私と殿下たちはカーテンの後ろに控えてお披露目を待っていました。
もうじき出番だと言うその時、私はうなじの毛がぞわりと逆立つような悪寒を覚えたのです。
「あの、レオンさま……何か感じませんか?」
「なにかって?」
「その、なんとも言えないいやな感じというか、邪悪な気配というか」
しかしレオンさまは何も感じていないようです。
「おやおや、緊張し過ぎじゃないかい、マリアくん」
ぞわりっっ。
またです、また感じました。
じわじわと肌にまとわりつく敵意のようなものが、舞踏会場に渦巻いているような感じです。
「アントニオさまもお感じになりませんか?」
「嬢ちゃんが感じるなら、俺らも感じてておかしくないんじゃねえか。やっぱ気のせいだろ」
「いや───可能性はある」
ウィリアムさまが眼鏡をきらりと光らせ、淡々と語り始めます。
「かつて地の精霊の加護を受けし勇者は、魔王復活を監視するために旅立った。ゆえに地の勇者は魔物を感知する感覚に秀でているのかもしれない」
その説明の間にも、いやな気配はどんどん高まって行きます。
「皆さま、もうすぐお出番でございます───」
案内係の方が声をかけて来られた時、私は一際強力な気配を感じ「ひっ」と叫んでうずくまってしまったのです。
「マ、マリアどの!」
エリザベスさんが慌てて私を抱きしめてくれますが、レオンさまたちもざわつき始めました。
「か、感じた!」
「なんだい、いまのやばそうなのは」
「おい、シャレにならねえぞあれは!」
「だが、気配は感じるが場所がわからない……マリア、わかるか?」
ウィリアムさまの言葉より早く、私は国王陛下がいましも五人目の勇者のお披露目を宣言しようと言うところに飛び出していました。
「なっ、なんじゃ?」
私は舞踏会場の天井を見上げました。
素晴らしく豪奢できらびやかなシャンデリアの───上。そこに猛烈に邪悪な力が集中しているのがわかりました。
<我、帰還せり──────>
その「声」を聞いた瞬間、私の心に普段はめったに感じないある感情が宿りました。
怒りです。
そいつが私たち人間を、そしてこの世界をどうしようとしているのかがわかったのです。
そいつは私たちが大切だと思っているもの全てを踏みにじり、汚し、滅茶苦茶にする、そのことしか考えていなかったのです。
何をどうしようとも絶対に相容れない存在……それが魔物の根源、本質なのだということを、私は感じ取っていました。
「うぁっ……!?」
そいつは私を見つけ、強烈な悪意を向けてきました。
その瞬間、私の脳裏にあるビジョンが浮かんだのです。
それはレオナルドさま、アントニオさま、ラファエロさま、ウィリアムさま。
そしてエリザベスさんが倒され、血を流し息絶えている光景。
城が崩れ街が焼かれ、平和に暮らしていた人々が魔物の軍勢に蹂躙される悪夢のような光景でした。
きっとここだけではなく、世界中で同じようなことが起こっている───そう私は直感しました。もちろん、私の故郷ジクロア村でも。
「いやぁああああああああああああ!」
それはいわば「宣戦布告」。
お前たちをこうしてやるぞ、という挑戦状。
そしていまや染みのように、影のように色濃くなったそいつが復活したら、その光景は現実のものとなってしまうかもしれないのです。
(そんなことさせない! させてたまるものですか!)
どおん、という地響きと共に幅数メートルはあろうかと言う巨大な籠手が空中に出現しました。
「きゃぁあああああっ?」
「なっ、なんだあれはぁっ」
「砕け散れぇええええええっっっっ!」
地の聖宝具「大地の籠手グランディール」はそのおぞましい影を掴み、渾身の力を込めて握りつぶしました──────シャンデリアもろとも。
粉々になったシャンデリアの破片に、舞踏会場の皆さまが逃げ惑う中、影は雲散霧消し邪悪な気配も消えてしまっていました。
「やった…………けど、やっちゃった……」




