19 えらいこっちゃの四連発
奏でられる華麗な音楽はまるで清らかな水の流れのように会場を包み込み、舞踏会場をいっそう華やかなものにしていました。
そこで舞い踊る紳士淑女。
男性は凛々しい礼装で、そして女性は色とりどりのドレスに身を包み、それはまるでお花畑のよう。
その花の群れがくるくる舞いながら、大きな波のようなうねりを見せる様はまさに「綺羅の空間」としか申せません。
生まれて初めて見る本物の舞踏会は、私の想像以上に素敵な光景でした。
ですが───まさかこの中に村長の娘風情が身を投じることになろうとは。
私を順番にエスコートして下さる四人の勇者王子さまは舞踏会など慣れっこなのでしょうが、私は不安でしょうがありません。
「マリア───」
最初のお相手はウィリアムさま。
バルラヌス王国へのご帰郷にお供してから、私はウィリアムさまを意識せずにはいられません。
もちろん、自分がウィリアムさまに釣り合うなどと思っているわけではありませんが。
「今までの練習で、ステップは体に刻まれているはずだ。あとはリラックスして私のリードに身を任せればいい」
「は、はひっ」
「行くぞ───」
舞踏会場も温まったところで、いよいよ本日の主役である王子殿下のご登場です。
そこで王子殿下のお相手をしている見慣れぬ令嬢はいったい誰だ? ということになり、私は会場中の注目の的になると──────ほんまかいな。
『それでは皆様、ご注目ください。我ら王国連合の誉れ、精霊の加護を受けし勇者王子のご登場です!』
さあっとカーテンが開くと同時に、私とウィリアムさまが颯爽と現れ、音楽に合わせてくるくる舞い踊り始めると、わあっという歓声が上がります。
(目立ってる、めっさ目立ってる~~~~!)
たしかにウィリアムさまの言う通り、足が、体が勝手に動きます。
ウィリアムさまのリードは常に正確無比。
基本通りに踊れば問題はありません。
十日間の特訓で染み付いたリズムのままに私は王子さまの腕に抱かれ、優雅に踊っています。
ですが、余計なことなど考えてしまうと、一瞬で何もかも崩れてしまいそうです。
「マリア───覚えているか、バルラヌスでのことを」
「は、はい?」
なんなんでしょう、いきなり。
「我が母イザベラが私に渡してくれたもの……亡き母上エカテリーナの私室にあったという箱のことを」
ああ……あの母と息子の感動のシーン、確かにウィリアムさまがイザベラさまからそんなものを手渡されていたのを覚えています。
「あの中には刺繍道具と、ハンカチがあったのだ。『愛する息子ウィリアムへ』───という刺繍の入った」
「そう……だったんですか」
病に倒れ、僅か七歳の息子をおいて逝ってしまった王妃さま。
けれど彼女は最後まで愛しい息子のことを思っていた……のですね。
エカテリーナさまのお気持ち、そしてそれを渡したイザベラさまのお気持ちを考えると、胸の奥が熱くなります。
そしておそらくウィリアムさまは、私の緊張をほぐすためにこんな話をして下さったのでしょう。
「マリア、キミも刺繍をするんだったね」
「え、ええ。最近忙しくてご無沙汰ですが」
「いつか……いつか、私のために刺繍をしてくれないだろうか。そして……よかったら、母の刺繍道具をもらって欲しい」
「ええっ? だ、駄目ですよ、そんな大切なもの頂けません!」
けれど、ウィリアムさまは私を腕の中に抱いたまま、かつて見たこともないような優しい笑顔を私に向けるのです。
ええっ、なんですかここでそのいいお顔は!
私……思わず見とれてしまうではありませんか……。
「もう一度……いつかもう一度、私とバルラヌスに来てもらえるだろうか、マリア。今度は、正式にキミを両親に紹介したい」
はっ、はいいいいい~~~~~~?
ちょ、それってイザベラさまが仰っていた「マリアは俺の嫁」って……えぇええ~!
突然の告白に呆然としつつもダンスは進みます。
会場を一回りしたところでパートナーチェンジです。次はラファエロさまとですが、私はまだ状況が理解できていません。
(えっ、えっ、今のなに? ウィリアムさま、なんで、えぇっ?)
「おやおや、上の空なのにステップはバッチリのようだね、マリアくん」
「ス、スミマセン」
ラファエロさまのリードはとても優雅で、穏やかな川の流れのよう。
その流れに身を任せていれば、問題なく踊れそうな安心感があります。
「本当に、キミには苦労をかけられどおしだったからねえ。しかもキミ、僕に対して心の中でいちいち突っ込んでいるだろう?」
「しょ、しょのようなことは、決して」
いつも私を小馬鹿にするような言動ばかりなさるラファエロさま。
たしかに心の中で突っ込んでいましたが、まさか見抜かれていたとは。
「まあいいさ、大抵の女の子は僕を前にするともうメロメロで、突っ込みどころじゃないからね」
あ、そーすか。
「逆に言えば、誰も本当の僕なんか見ちゃいないのさ。キミくらいだよ、有りのままの僕を見てくれる女の子は。できれば、キミにはずっと僕の傍にいて欲しいねえ」
「…………へっ?」
「キミのその鈍さはもはや天然記念物級だね。つまり、まあそういうことさ」
キミにずっと傍にいて欲しい……いや待て私、早まるな。
かつてレオナルドさまから「キミが欲しい」って言われて勘違いした過去を持つ私です。
今のラファエロさまのお言葉は、もちろん「勇者として」という意味であって、それ以上でもそれ以下でもないに決まって───
と、ここでターンを決めて、私が再びラファエロさまの腕の中に納まった時です。
「好きってことさ───」
うわあああああああああああああああ。
ちょ、私の周りでいったい何が起こっているのでしょう。
心臓がばくばくと高鳴り、顔が赤くなっていくのがわかります。
こんなにストレートに殿方から「好き」と言われたのは生涯で初めての体験です。なんと甘く、切ない言葉でしょう。
「それじゃまあ、伝えるだけは伝えたからね」
ここでダンスが一回りして、またパートナーチェンジ。次はアントニオさまです。
まさか、ハハまさかアントニオさままで私に告白なんてことはないでしょう。力強いリードに合わせ、私は大胆かつ雄大に踊り続けます。
「ずいぶん顔が赤いぜ嬢ちゃん。息が上がってきたか?」
「いえっ、大丈夫です!」
そうです、アントニオさまは一見乱暴に見えて、実はダンスリードのお上手な方。
そのリードに身を任せるのは実に心地よい気分なのです。
「調子いいじゃねえか、やっぱり俺と嬢ちゃんは相性がいいんじゃねえか?」
「そ、そうでしょうか」
「なあマリア嬢ちゃん。今度オレの国……ベルクガンズに来ないか?」
ふえぇっ?
い、いえこれは単に勇者としてのご招待……
「俺には三人、行かず後家の姉貴がいるんだけどな。姉貴どもが言うんだよ、気になる女ができたら、真っ先に連れて来いって」
まさかのアントニオさまのお言葉に、わたし頭が真っ白になりました。
ロマンチックさのかけらもない、けれどなんという力強くまっすぐな告白、アントニオさまらしいと申しましょうか。
有無を言わさぬ迫力に私は頷くより他に出来ませんでした。
「じゃあまた、折を見てな!」
もはや呆然自失状態でパートナーチェンジ、いよいよレオンさまとのラストダンスです。
(いけない、気を抜いちゃ。最後まで自分のお役目を全うしないと)
レオナルドさまのダンスリードはまさしく高貴。
優雅であり、繊細であり、かつ力強さと風格を兼ね備えたプリンスのダンス。
そのリードに身を任せていると心浮き立ち、どんな女の子だって幸せな気分になれるでしょう。
「マリア、よく頑張ったね、もう少しだよ」
「はいっ」
「王都に来てから苦労も多かったろうに、本当にキミはよくやってくれた。キミが五人目の勇者で本当に良かったと思うよ」
「レ、レオナルドさま……」
あぁああ~~~~~~~っ、なんという嬉しいお言葉でしょう。
その時、私の爪先は確かに床から浮いていたに違いありません。
もう私の目にはレオンさまの端正なお顔しか映っていません。
失敗したらどうしようとか、そんな不安も一発で消し飛んで、ただただこの幸せな時間がいつまでも続けばいいのにと思わずにはいられませんでした。
「こんな場で、こんなことを言うのは不適切かもしれない。でも、舞踏会が終わってキミのお披露目が済んだら、いよいよキミは勇者として本格的に活動することになる」
「は、はい」
「だから……いま、ここで言いたいんだマリア。キミが好きだ、愛している」
………………………………。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
ぎゃあああああああああああああああ!
なっ、なんじゃそりゃぁああああああ!
えっ、いま言いましたよね、はっきり言いましたよね?
誤解とか勘違いじゃないですよね。
「キミが勇者だからとかじゃない、キミと共に過ごしてきた今までの時間の中で、キミという女性の人柄、その正直で暖かで、前向きな心根に触れ、僕の中で抑えきれない感情が育っていったんだ。キミは───僕の運命の人だ」
いくそ、よぼげれめ、んぬ、げぞばらやんじゃ、ざすねげれれれれれ。
お、お、落ち着け私。
一瞬、頭の中の言語中枢が完全にショートしてしまいました。
ウィリアムさま、ラファエロさま、アントニオさまに続いて、なんとレオナルドさままでまさかの告白タイムです。
(はっ、もしや皆さま揃って何か悪いものでもお召し上がりになったのでは!)
それともまさか示し合せて私をからかって……いえ、レオンさまたちがそんな底意地の悪いことをなさるはずがございません。
すると、本当に私人生史上最強のモテ期なのでしょうか。
嬉しい……嬉しいのですが、なにもいきなり四人連続で告白しなくても……と、嬉しい反面、私は途方に暮れてしまいます。
「へ、返事はすぐじゃなくてもいいから」
そうこうしているうちにダンスは終了し、盛大な拍手と共に私たちは会場を後にしました。
貴賓室のウィリアムさまたちに出迎えられましたが、皆さま特に変わった様子はございません。
「マリアどの! 素晴らしいダンスだったぞ」
「エリザベスさん……あ、ありがとうございます」
「それでどうだい、会場の様子は」
エリザベスさんは舞踏会場から、場内の皆さまの様子を観察されていたそうです。
「はい、ラファエロ殿下。反応は上々、殿下の相手をしている美しい女性はどこのご令嬢だとの声がちらほら……これで勇者お披露目が始まれば、さぞ盛り上がるでしょう」
「くっくく、その後にゃ挨拶もあるんだ。トチんなよ嬢ちゃん!」
「挨拶も頭に入っているだろう、問題はない」
「さあ行こうマリア───ここからが本番だよ」
「は、はいっ!」
そうです、いよいよ私が五人目の勇者としてお披露目される時が、刻一刻と迫っていました。




