1 YA!YA!YA! 王子さまがやってきた(後編)
それから三日後。
ようやくどうにかこうにか、王子さまご一行をお迎えできる準備が整った頃、「彼ら」が姿を現しました。
その光景をなんと表現すればいいのでしょう。
おそらく村人総出で出迎えた「彼ら」は、まさしく絢爛豪華と申しましょうか、田舎の人間には刺激の強すぎる煌びやかさでした。
まず、立派な装飾を施した馬車が四台。
これはまず間違いなく王子さま方の馬車で間違いありません。
その他、さほど装飾の施されていない地味だけれど大型の馬車が三台。そして馬に乗り槍を持った護衛兵さんたちが十名ほど。
そして───そして、ああ、私はあの瞬間のことを、生涯忘れないでしょう。
一行のど真ん中で立派な四頭の騎馬に乗った四人の若者。
黄金色のたてがみをした白馬に乗った、金髪の青年。
数年前、父が仕事で王都近くの町まで行った時、私へのお土産として買ってきてくれた王室広報に描かれていた顔にそっくり、いえあのころよりもはるかに凛々しく、逞しい美青年です。
(あれが、レオナルド王子殿下……ということは、あとの三人の方々が)
そう、猛々しい黒馬に跨った逞しい黒髪の青年。
優美な栗毛馬に乗っているのは、天使を思わせるシャンペンブロンドの青年。
そしていかにも頭の良さそうな馬に跨った、黒髪長髪眼鏡の青年。
レオナルド殿下を含め、あの四人こそがかの王子さまにして「勇者」に違いありません。
ただ、私は彼らの人目を引く外見以上に、「それ以上のなにか」を感じて仕方がありませんでした。
けれど、その「なにか」が何なのかを確かめるより先に、王子さまご一行のお出迎えにてんてこ舞いすることになり、結局わかりませんでした。
まずは護衛兵の隊長さんと私の父との話し合いが寄合所でもたれ、王子さま方はひとまず村長の家───つまり私の家でお寛ぎいただくことになりました。
私の、マイハウスに、四人ものプリンスをご招待するのです。
こんなことって本当にあっていいんでしょうか。
いいんです、きっと。
私のような、田舎で生まれて生涯を田舎で暮らして田舎で死んでいく、そんな平凡な人生しか望めないような娘にも、せめて一度くらいはこれくらいのラッキースターが激突する日があったっていいのです。 たぶん。
(あぁっ、緊張で吐きそう)
もちろん、吐くわけには参りません。
私は自分の持っている服の中でいちばん値の張る、いままでで三度しか袖を通したことのないワンピースドレスに身を包み、王子さまにして勇者さまたちをお迎えいたしました。
間近に見るプリンスさま方は、それはもう見目麗しく、たいそう素敵な方々です。
さすが王子さまと申しましょうか、男性にしておくのがもったいないほどの肌艶、そして香水らしきよい香りまで漂ってまいります。
騎乗されていた馬は村の人たちに任せて共同厩舎に。きりりと凛々しい美青年たちを我が家に招き入れるのですから、これ程の栄誉はまたとありますまい。
「では、お茶を淹れてまいりますので、こちらで少々お待ち下さい」
はい、猫なら二万枚は被ってますとも、私。
出来る限り上品に、王子さま方を接待するにふさわしいお上品な都会の娘を気取ってますとも。
たとえ田舎生まれの田舎育ち、純度100%の田舎娘でも、それくらいの矜持というものはあるのでございます。
私は取って置きの茶葉を惜しみなく使い、これなら間違いなしの温度の湯を茶葉に注ぎました。
、これなら満足いただけると確信したお茶を振る舞い、ついでにバルサのおかみさんの焼いた焼き菓子も───これがまた香ばしくておいしいのです───お付けして、楚々として王子さま方に振る舞ったのです。
ですが──────。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
どうしたことでしょう。四人の王子さまのうち、二人が口をつけていらっしゃいません。
金髪の白馬の王子さま……レオナルド王子殿下と思しき方は、他の方々の態度を見つつ、軽くお茶を啜って苦笑しておられます。
黒髪で逞しい方は物事にあまり動じないのか、ごっきゅんごっきゅんとお茶を飲み、焼き菓子をもりもりとお食べになっておられます。
まあ、このお二人は問題なさそうです。
あとのお二人───シャンペンブロンドの巻き毛の美青年と、さらさらの黒髪眼鏡の青年は、お茶にもお菓子にも手を出そうとはなさいません。
ことにシャンペンブロンドのプリンスは、なにか不快なものを出されたとでも言わんばかりに、ハンケチで口元を覆っておられます。
何だコラその失礼な態度───いえ、こちらになにか不手際でもあったのでしょうか。
王子さまと呼ばれる人種とはこれまでお付き合いどころか、言葉を交わすことすら初めてなので、何か知らぬ間に粗相をしてしまったのかと、私は不安になります。
「きみ──────」
と、レオナルド殿下が私にお声をおかけになられました。
一国の王子が下々の者におかけになるにしてはなんともお優しい、慈愛に満ちたお声、そして善意に満ちた笑顔だったと感じます。
ワタクシが「はい」と慎ましやかに答えますと、レオナルド殿下はにっこりとまるで天上よりの使いのような、一点の曇りなき笑みで、まったくなんの悪意もなく、ワタクシにこうお尋ねになられたのです。
「キミのような下女にこんなことを尋ねて申し訳ない。ときに、この村の村長殿のご息女は、どちらにおいでなのだろうか?」
・・・・・・・・・・・。
えーっとぉー。
私はなにを言われているのか、一瞬理解できませんでした。
はい、そうですね。
私、あまりにも緊張しすぎて、王子さま方をマイハウスにお連れする時、満足に自己紹介もできてなかったかも知れません。
てか、下女って。
「あ、あの、ワタクシはマリア・マシュエストと申しまして、一応、その、この村の村長の娘……なのですが」
「えっ」
と、レオナルド殿下は目を丸くなされ、ばつが悪そうに一瞬目をお逸らしになられました。
そして傍らで焼き菓子を齧ってらっしゃった黒髪の青年は、それを聞くや「ぶわっはっはっはっはっ!」と呵々大笑なさったのです。
「がっははは、レオン、お前もたいがい失礼な奴だな! 本人を目の前にして、村長のご息女はどちらですかもないだろう!」
「い、いや僕は別に」
「そりゃあ、レオンが勘違いするのも無理はないさ、そんな『普段着』で接待されてはね。そりゃあ誰だって下女だと思う」
「……………………」
なっ。
なんでしょう、この方々は。
ええと、王子にして勇者たる四人の勇者王子とゆーのは、なんという礼儀知らずでシツレイな方々なのでしょうか。私は開いた口がふさがりません。
「キ、キミ! マリアくんと言ったね、誠に申し訳ないことをした。その、僕も彼らも悪気があったわけではないんだ、どうか気を悪くしないでほしい」
「は、はぁ……」
レオナルド殿下は王子さまとは思えない腰の低さで私に謝罪なされます。
黒髪の豪快な方はなんだかまだ馬鹿笑いされているようですが、レオナルド殿下のワタクシへの誠意は認めざるをえません。
(まあ───相手は仮にも一国の王子さまだから、私たちのような一般庶民とはあまり縁がないのでしょうし)
身の回りにいるのは王族や貴族、それにせいぜいが使用人でしょう。
こんなド田舎の村娘を見れば、下女と思うのも致し方ないのかもしれません。
(とでも思わないと、やってられません)
あと、私の一張羅を「普段着」呼ばわりしてくださった巻き毛の方と、仏頂面の黒髪眼鏡氏が気になりますが、これ以上、事を荒立てるわけにも行くまいと私も矛を収めました。
「王子殿下さま方には、田舎村ゆえ、何かと行き届かぬ所もあるかと存じますが、ご容赦いただければ幸いに存じます。なにしろワタクシどもは王子とも勇者とも縁のない生活を送っております、ただの庶民ですので」
と、とりあえず木で鼻をくくったような返事をつんと返し、私はさっさとその場を切りあげました。
どーせ彼らの目的というのは「五人目の勇者」とやらであって、その方が見つかれば彼らがこの村を訪れることなど、二度とないでしょう。
私はここぞとばかりに勢い込んで袖を通した一張羅を普段着呼ばわりされたことに、ぷんすか腹を立てつつ、父と護衛隊長さんの話し合いを待つことにしたのです。
(いくら見目麗しい王子さまとは言っても、やっぱり私たちみたいな庶民には縁のない、別世界の人たちなんだなぁ……なんだかガッカリです)
私は十九の誕生日に父に買ってもらった一張羅を馬鹿にされたことに傷つきつつ、王子さまという存在を遠くに感じていたのです。
さて、一番の問題は王子さま方にどこに宿泊していただくかということです。
しかし私は王子さま方ご一行の、その内訳を聞いて頭が少々痛くなってしまいました。
まず護衛の兵士十人……これはまあ、わかります。
聞けばお城の兵隊さんは野営に慣れてらっしゃるとかで、自前のテントを用いるので宿泊所を必要とはなさらないようです。
村外れの開けた場所にご案内すると、きびきびと野営の設営を始め、こちらに関してはまったく問題はなさそうでした。
問題は───王子さま付きの皆さんでした。
お美しいうえに私のような庶民にもお優しいレオナルド殿下のお付きの方が六名。内訳はお食事係が二名、お召しもの係が二名、雑用係が二名。
豪快なアントニオ殿下には四名、食事係一名、お召しもの係一名、雑用係が二名。
金髪巻き毛で尊大な美青年ラファエロさまにはなんと八名ものお付きの方が。
お食事係、お召しもの係、雑用係がそれぞれ二名ずつなのはまあわかるとして、香水係と音楽係ってなんですかそれは?
最後の無愛想なウィリアム殿下のお付きの方は二名。
一人はお食事係のお年を召した女性と、もう一人は殿下の執事と名乗るマローバスという白髪のお髭の紳士でした。
マローバスさんは優しげな眼差しの方ですが、女性の方は丁寧に結い上げた白髪をうっすら紫に染めていて、非常に目つきの鋭い方です。
自分にも他人にも厳しそうで、正直、私の苦手なタイプ……かもしれません。
てなわけで、勇者王子さま方四人プラス護衛兵十名を除けば、なんと王子さまたちのお世話係が二十名にも上るという、なんとも予想外の大所帯だったのです。
これをどのようにして振り分けるか、父も護衛隊長さんも頭を抱えていました。
「あの~、お食事係って、村の方からは何もしなくてよいのでしょうか……」
懸案だった王子さま方の食事のことを私が尋ねますと、護衛隊長さんはうむと力強く「その心配は無用」と仰いました。
「前日に泊った町で一通りの食材は仕入れてある。これは王国連合の伝統なのだ、王族が城を出る際には必ず食事係を随行させることとなっている。毒殺防止のためにな」
毒殺……私もあとで聞いたのですが、四人の初代勇者が四つの国を興した際、周辺の国との軋轢がやはり起こったようです。
連合自体は信頼しあう友好的な関係でしたが、周辺諸国とは必ずしもそうとは限りません。
中には内部分裂を目論んで、王族を毒殺しようとする不届きな輩もいて、それを防ぐために王族が外遊する際には、必ず食事係が伴うことになっているそうなのです。
ということで、私の仕込んだ「豚のモツ煮込み」が王子さまの前に供されることはなくなりました。
残念なような、ホッとしたような。
最終的に、レオナルド殿下は私の家に。
アントニオ殿下、ラファエロ殿下、ウィリアム殿下もそれぞれ村の中では比較的広い家に分かれてご宿泊なさることになりました。
お付きの方たちは護衛兵さんのテントと使用人用の馬車、寄合所などに分散して寝ていただくということに落ち着いたようです。
ウィリアム殿下のお付きのお二人だけは、ウィリアムさまの馬車でお休みになるのだそうです。
通常、王族専用の馬車にはお供の方は乗らないそうなのですが、あのお二人だけはウィリアムさまにとって家族も同然なので、そういう扱いなのだそうです。
(へえ……他の王子殿下とは少し印象が違うのかしら?)
レオナルド殿下には私の父の寝室を、昨日は天気も良かったのでお布団を丸干しし、シーツも新品に代えておいたのですが。
それでもやはり王子さまには、何の不満もない心地よき就寝というわけにはいかなかったでしょう。
なにせ下女の父親の寝室ですからね(しつこい)。
(レオナルドさまはお優しい方みたいだから大丈夫だと思うけど、他の方は……あ、アントニオ殿下もあまり気にしなさそう)
父に私のベッドを明け渡したので、私は居間で毛布にくるまって雑魚寝です。
ええ、村長の娘たるもの、父親を床に寝かせるわけには参りません。なあに今の季節、寝冷えすることもないでしょう。
私は部屋から持ち出したありったけのクッションを枕に、居間の片隅でごろりとまるでカボチャのように寝転がるのでした。
(王子さまを、お世話するのも大変だな~……)