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14 お茶会ですよ、お茶会!(前篇)


 あれ以来───。


 ニールセンとその仲間たちの抗議申請を退けて以来、私とエリザベスさんの学内の立場は、多分好転した……と思います。


「キミの、あの回転防御術には目を見張るものがある! 我らの剣技の中にもぜひ組み入れたいと思うのだが……」

「女騎士か! それならそれでいいだろう、俺は考えを改めた。エリザベス・バートン、お互い立派な騎士となるべく、共に心身を磨こうではないか」


 勇者アカデミーの人たちは、決して底意地の悪い人たちだけではなかったようです。

 あれ以来、エリザベスさんのところには沢山の人たちが集まるようになりました。


「エリザベスさん、お昼ですからそろそろ食堂に───」


「ひっ!?」

「マ、マリア・マシュエスト……くんじゃないかハハハハ」

「じゃ、じゃあ俺たちはこれくらいで」

「女性同士仲良く食事してくれたまえ、ははははは」

「そ、そうだな。では失敬」


 口々にそんなことを言いながら、彼らはそそくさと立ち去って行きました。

 まるで───まるで血に飢えた肉食獣の姿を見かけた草食動物のように。


 ───えーっとぉ───


 ええ、もういいんですよ、しくしく。

 わたしなんてどーせ練習試合で相手をミンチにしかけた残虐勇者ですよ、うじうじ。

 エリザベスさんは素直にその剣技と才能、努力が認められたようですが、私の場合は一つ間違えば大惨事を招きかねない危険な力ということを白日のもとに晒してしまったわけです。


 さすがに、私が精霊の加護を受けた勇者であるということを疑う人はいなくなりましたが、「下手に怒らせると何をしでかすかわからない超危険人物」扱いとなってしまいました。

 珍獣扱いから怪獣扱いに格上げです。

 がおー。


「マリアどの、食欲がないようだが大丈夫か」

「ええ、まあ……」

「毎朝、私の分の朝食まで準備してくれて、疲れているのではないか。明日こそは私が早起きして朝食を作ろう」


 勇者アカデミーの女子寮となった下宿屋さんで暮らすようになってから、朝食は毎朝私が作るようになっていました。

 いえ、元々わたし早起きな方ですし、田舎にいた時も父と私の朝食は私が作っていたので、それ自体は別に苦ではないんです。

 朝ですからごく簡単なものしかお出しできませんし、それに……どうやらエリザベスさんはご自分で食事を作ったことがなかったようなのです。


(まあ、エリザベスさんは貴族のお嬢様だから、当り前か)


 レオンさまたちもそうですが、貴族と言うのは基本的に身の回りのことは使用人にしてもらうため、家事や炊事などはしないもののようです。

 あれだけすごい剣を振るうのに、芋の皮もむけないというのはなんだか不思議ですけど、経験がないのだから仕方ありません。


 それに私、元気がないわけじゃありません。


 むしろエリザベスさんと言う同じ年頃のお友だちができて、充実していると言ってもいいでしょう。

 怪力勇者、岩石勇者、残虐勇者などと言う、女の子らしからぬ悪名ばかりだった私ですが、これでようやくお年頃の乙女らしい生活が送れるというものです。


「ところで今日もレオナルド殿下たちは欠席のようだが……また魔物の出現頻度が上がったのだろうか、心配だな」

「えっ、ま、魔物ですか?」


 たしかにレオンさまたちはご公務でしょっちゅう学校をお休みになっておられますが、まさかそのご公務に魔物退治も含まれるとはまったく知りませんでした。


「うむ、殿下たちはアカデミーの生徒であると同時に、精霊の加護を受けし勇者。

 魔物発見の報を受ければ各地に赴き、その力を振るって魔物を退治しておられるのだ」

「そうだったんですか……」

「ああ、私ももっと腕を磨いて、殿下たちのお手伝いがしたいものだ。マリアどのは、故郷の村で魔物と遭遇したと聞いたが、どんな奴らだったのだ」


 私はあの巨大なトカゲ型の魔物のことをエリザベスさんに語りました。

 ほんの少し前まで一般庶民だった私にとってみれば、もう二度と会いたくないおぞましい相手。

 ですが、エリザベスさんは目をキラキラ輝かせ、レオンさまたちが魔物を退治する私の体験談に胸を躍らせているようです。


「私も噂でしか聞いたことがないのだが、精霊の加護を受けし勇者はそれぞれ精霊の力を発揮する伝説の聖宝具を振るうことができるそうなのだ」

「そう言えば、レオンさまは銀色に光り輝く剣で魔物と戦ってらっしゃいましたよ。あ、それにアントニオさまの槍からはすごい焔が」

「なんと、『白銀の聖剣ローディルード』と『豪炎の槍ガエンザン』をその目で見たのか! それは貴重な体験だったな、なんとも羨ましい限りだ、マリアどの」


 白銀の聖剣ローディルード……

 豪炎の槍ガエンザン……

 まさかそんな恥ずかし、もといカッコいい名前の武器だとは知りませんでした。


 いえ、たぶん殿下たちがご自分でお付けになった名前ではないと思いますが、もしそうだったとしたら、わたし明日からレオンさまたちを見る目が少し変わるかもしれません。


「そう言えば、マリアどのには大地の精霊の聖宝具はないのか?」

「えっ? さあどうなんでしょう」


 先日の練習試合以降、私は学内で精霊の力を振るわないようにやんわりと釘を刺されていて、精霊の力の鍛錬をする時は、最低でも一人の王子殿下と一緒に行うように言われています。

 その伝説の聖宝具については、今度どなたかにお聞きしておきましょう。


「ところで……その魔物退治なんですが、私は参加しなくてもいいんでしょうか」

 ふと気になったので、私はエリザベスさんに尋ねました。しかし彼女はきっぱりと首を横に振りました。

「レオナルド殿下は確か五歳の頃、他の王子殿下も幼き頃に精霊の力に目覚め、修練を重ねてきたのだ。マリアどのはまだ覚醒してからいくらもたっていないはず。いくら大地の精霊の力が凄まじくとも、殿下たちと共に戦うのは時期尚早だろう」

「確かに、私の力ってまだ不安定ですからねえ」


 まあ、私も率先して魔物と戦いたいわけじゃないですが、いちおう念のために聞いておいた方がいいかなと。でないと今度は「さぼり勇者」とか言われかねませんし。

 結局、その日は王子殿下もいらっしゃらないので精霊の力の鍛錬もできず、普通に授業を受け、寮に戻りました。


「む……」

 ところが郵便受けを覗いたエリザベスさんが眉をひそめました。

「どうかしましたか、エリザベスさん」

「ああいや、なんでもない」


 夕刻、一階のレストランでいつものようにまかないを頂いていると、先ほどの手紙を広げたエリザベスさんの表情がさらに曇ります。

 もしや、なにかよくないお知らせなのでしょうか。


「そういうわけではないのだが……いや、私にとっては凶報と言えるかもしれん」

「い、いったい何が?」

「差出人はフランソワーズ・アインバッハ……私の幼馴染からの、お茶会の招待状だ」


 お茶会!


 その素敵な言葉の響きに私の目は輝きました。

 お茶会と言ったって、村のおかみさんが集まって焼き菓子だの饅頭だの漬物だのをつまみながらお茶を啜り、ご近所の噂話に花を咲かせるような、そんな所帯じみたものじゃありません。


 なんといったってエリザベスさんは貴族、お嬢さまです。


 女騎士を目指していて、言葉使いなどはぶっきらぼうですが、氏素性は私などよりもずっと上、それが証拠にテーブルマナーは完璧、先日行われた舞踏のお稽古も完璧にこなしていました。

 幼馴染の方ももちろん貴族のお嬢さまでしょう。

 そんなお嬢さまが行うお茶会なのですから、きっとおとぎ話に出てくるような優雅なものに違いありません。


「まあたしかに、フランソワーズは貴族の令嬢で、アインバッハ家も名家ではあるが……お茶会など、そう楽しいものでもないぞ」


 名家のお嬢さまのお茶会に招待されるだなんて、やっぱりエリザベスさんはすごい人です。

 地味と平凡で煮しめたような庶民の私と違い、顔も美人だしスタイルもいいし、わざわざ騎士なんか目指さなくても、綺麗なドレスに身を包んで舞踏会にでも出ればきっと世の男性たちもほっとかないでしょうに。


「あいにく、私は舞踏会が苦手なのだ。いちおう一通りの舞踏は嗜んではいるが」


 そう言えば、あの回転剣術は舞踏会の場で思いついたのだそうです。

 殿方とくるくると踊っているときに、この回転力、遠心力を剣に生かせないかと思いついたのだそうですが、なにも舞踏会で剣術のことを考えんでも。


「それで、お茶会はいつなんですか」

「次の週末……マ、マリアどの、も、もしよかったらなのだが、マリアどのも私に同行してくれないだろうか」


 唐突な申し出に、私は胸を躍らせました。

 もしかして私もそのお茶会にお招きいただけるということでしょうか。


「で、でも私なんかがお茶会なんかに加わってもいいんでしょうか?」


 い……行きたいです。


 貴族令嬢のお茶会、見てみたい、参加してみたい。

 しかし私はしがない田舎村の村長の娘、なにか失礼や粗相があっては大変です。


「何を言う、マリアどのは精霊の加護を受けし伝説の勇者ではないか。それに、マリアどのもテーブルマナーのいい実践になるだろう」


 確かにそうです。

 エリザベスさんの幼馴染さんには申し訳ないのですが、もっと公の場でとんでもない恥を晒してしまうよりは、予行演習と言うか練習になるでしょう。

「それにマリアどのが一緒なら、あいつも少しは遠慮するかもしれん……」

「遠慮?」

「いやなんでもないこっちのことだ。と、とにかく先方には私から連絡しておくので、週末は空けておいてくれるだろうか」


 このとき、私はお嬢さまのお茶会に参加できるとあって舞いあがってしまい、エリザベスさんの不審な態度など全く気にしていなかったのです。




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