13 決闘、ニールセンVSエリザベス!(後編)
「一本、イーブン!」
審判の宣告と共に、二人は再び向き直りました。
片や正統派剣術のニールセン、片や湾曲刀と回転剣法を駆使したエリザベスさん。
一本VS一本、しかし変則的な戦術を用いるエリザベスさんの技はほぼ見切られています。
「あああああ、エリザベスさん~~~~~~」
「まあ、そう固くなるなって。勝つ方が勝って、負ける方が負けるんだから」
それはそうですが、しかし私としてはエリザベスさんに勝ってもらわないと。
「きつい勝負だ。だが、同時にこれが彼女の正念場でもある」
ウィリアムさまの言葉に、私はハッとしました。
「そういうこったな。あのな、マリア嬢ちゃん。戦場で生き死にを分けるのは剣の技術でもなけりゃ、まして家柄でも性別でもない───最終的には、根性、気迫なんだよ」
「や~れやれ、またアントンの精神論かい。美しくないねえ」
「言ってろ。根性つったらいかにも精神論だけどな。お互いが命と命を削りあった時、最後に残るのは『こいつを倒す!』っていう意志の強いやつだと俺は思ってる」
アントニオさまの言葉に、私は言葉もなく息を飲みます。
競技場の気迫はかつて見たことのないほどに高まっていて、エリザベスさんはまるで蜘蛛のように体勢を低く、ニールセンも血走った眼で彼女を見つめ剣を構えています。
「わかるかい、マリア。この学園ではね、結局は誰もが必死なんだよ。たとえ同じ学園の生徒であっても、日々しのぎを削るライバル同士でもあるんだ。ライバルより少しでも強くなる、そのことに必死なんだ。それはニールセンだって同じことだ。その必死と必死がぶつかったとき、最後はどうなるかなんて、それこそ精霊にだってわかりはしない」
「レオナルドさま……」
でも、だからこそ。
(がんばって───エリザベスさん!)
じり……じり、と二人の距離が徐々に縮まって行きます。
素人の私にだってわかります。
二人の距離がある一点に来た時、おそらく二人同時に仕掛けるであろうということが。
そして。
「でやぁああああああああっっっっ」
やはり大上段に振りかぶった練習刀を、ニールセンが振り下ろします。今度は慢心した油断のある剣撃ではない、恐ろしく気迫のこもった一撃です。
下手をすれば怪我では済まないかもしれない、ものすごい攻撃に、エリザベスさんの体が一瞬、さらに沈むのを私は確かに見ました。
(ダメです、逃げては!)
いえ───彼女はかわす気など最初からありませんでした。
低い体勢からさらに膝を曲げ、自分に出来る最大の跳躍を持って、ニールセンの攻撃を真正面から迎え撃ったのです。
「よっしゃ、それでいい!」
恐ろしく引き伸ばされた時間の中で、エリザベスさんの跳ねあげた剣と、ニールセンの振り下ろす剣がぶつかります。
腕力でも体格でも敵わないエリザベスさんの一撃は、その瞬間、確かにニールセンの剣撃に比肩する威力をもったのです。
ガッキィイイイイインッッッ!
ものすごい火花が飛び散り、ニールセンの体が後ろに倒れ込みました。
ですが、エリザベスさんも前のめりに膝をついています。
まだ審判の声は上がりません、試合続行中。けれど、全身全霊を込めた攻撃の後、二人ともすぐには動けない様子。
「くっ、この……!」
ニールセンが怒りに燃えた目でエリザベスさんを睨んだ、その時でした。
「うぉおおぁああああああああ~~~~~~ッッッ!」
獣のような咆哮と共に、赤毛の少女は自分より体格のいい青年に飛びかかって行ったのです。
いくら体格に劣るとはいえ一人の人間の体当たり、ニールセンは仰向けに倒されます。
そして、その喉には───エリザベスさんの湾曲刀が押し当てられていました。
「そこまで! 二本先取、勝者エリザベス・バートン!」
(やっ………………た、の?)
二人の激しい戦いのその決着に、私は言葉もありませんでした。
「マリア、勝ったよ、エリザベスが勝ったんだ!」
「見たかい、マリア嬢ちゃん。あれが気迫、ってやつだ」
「きはく……ですか」
「そうだ、ニールセンの剣を見てみな」
彼の剣は手を離れ、すぐ近くに落ちていました。
でも剣を落としたのがニールセンではなくエリザベスさんだったら……と思うと、私はぞっとしました。
「言っとくが、あれは偶然の結果でも何でもねえぜ。エリザベス嬢ちゃんは奴に気迫で押し勝ったから剣を離さなかったんだ。まあ、いつもいつもそううまくいくとは限らないがな」
私はアントニオさまの言葉を途中から聞いていませんでした。
だって、だって一秒も早くエリザベスさんを出迎えたかったから。
・・・・・・・・・・・・。
ということで、私とエリザベスさんは勇者アカデミーを辞めずに済んだのです。
えっ、お前の試合はどうだったって?
ええと、それ言わなきゃいけませんかねー。
その、エリザベスさんの大健闘に、私は興奮冷めやらぬ思いで心沸き立ち、いざやもう一人の試合相手……本当にすみません、お名前がうろ覚えで……と相対しました。
(なんだか、剣が軽い……)
いつもは不安定な地の精霊の力が、体の隅々にまで行き渡っているようです。
普段なら殿方相手に剣をふるって戦うなんて、私に出来るはずありません。
本当は例の「突っ立ってるだけ防御戦法」で相手の疲れを誘い、引き分けに持ち込もうとかセコいことを考えていたのですが。
「マリアどの、落ち着いてかかるのだ!」
「よぉお~~~っし、やぁ~るぞぉ~っ」
エリザベスさんの声援も耳に入らず、私はまるで小枝のように軽い剣をぶんぶん振り回します。
(そうだ、前に舞踏のレッスンでもアントニオさまは仰っていました。思い切ってどかんと体当たりすれば、たいがい上手く行くもんなんだって)
では行ってみようじゃありませんか。
思い切って、どかんと。
「では、試合開始!」
審判の声と同時に、私は飛び出しました。
相手もまさか私の方から攻め込んでくるとは思ってなかったのでしょう、目をきらきら輝かせて斬りかかってくる私に一言「ひえっ?」と叫ぶと、大きく避けたのです。
当然のごとく、振り下ろした私の剣は彼に当たらず地面に───
どぉおおおおおんっ、という轟音と共に、私の視界は土煙に遮られました。
(よ、避けられてしまいました。ど、どこですか?)
気がつけば、私は剣を持っていませんでした。
あぁっ、さっきアントニオさまに気迫のことを教えていただいたところだというのに、きっとまだ私の気迫が足りないのでしょう。
ところが───。
「試合終了! 勝者、マリア・マシュエスト!」
えっ?
いま、私が勝者って言いました?
そんなバカな……と思っていると、やがて土煙がゆっくりと晴れていきます。
するとそこには審判と、審判の足に取りすがってぶるぶる震えている対戦相手がいたのです。
これはいったいどうしたことでしょう。
「マ、マリア……後ろを見てごらん」
レオンさまが指さした方を振り返ると、そこには長さ一〇メートル以上はあろうかと言う巨大なクレバスが。
そして、そのクレバスをえぐったと思しき、かつて「剣」だったであろうくしゃくしゃになった金属の塊が転がっていました。
「ま、ま、参った、俺の負けだ! だから、だから殺さないでくれぇえええッッ!」
こうして私は「練習試合で対戦相手を挽肉にしようとした残虐勇者」という、誠に不名誉な悪評を轟かせることになったのでした。
だから言いたくなかったんですよ。ふん。




