13 決闘、ニールセンVSエリザベス!(前篇)
ざわざわざわ……
広い競技用グラウンドの周囲を、全校生徒が、いえどこから集まってきたのか関係者その他もろもろたくさんのギャラリーが囲んでいます。
競技場の左右を挟んで私たちと相対しているのがニールセン。
互いに急所は甲冑で守られていますが、そこ以外はいつもの運動着なので、剣をまともに喰らえば練習刀とはいえただでは済みません。
私に対し最初っから反感向きだしで決して認めようとせず、私に叩きのめされたにもかかわらず───スイマセン嘘です、わたし突っ立ってただけでした。
なおも私を、そしてエリザベスさんまでこの学園から追い出そうと学園に異議申請を提出した悪の黒幕、暴虐の中枢、この世の罪科の根源なのです。
(……いや、それは言い過ぎかしらん)
試合形式は全部で二戦。
第一試合はニールセン対エリザベスさん。
先取二本あるいは一方が負けを宣言、もしくは審判が戦闘不能と判断した時点で勝者が決まります。
二戦目は私と……ナントカさんです。ええと、重ね重ね申し訳ございません。
競技場の中央で、練習刀を構えたニールセンとエリザベスさんが向かいあいます。
「ふっ、女だてらに馬鹿なことをやらかさなければ、こんな生き恥を晒すこともあるまいに。過去には何人か騎士を輩出してきたようだが、これでバートン家もおしまいだな」
「………………」
エリザベスさんは無言で剣を抜き放ちます。
すらりと背筋を伸ばし、まっすぐに相手を見据えるその姿はとても美しいと思いました。
互いに基本の構え。
「始めッ」の審判の声と共に、両者が急速に接近します。
がいいいいんっっっ。
「ぐうっ?」
やはり男女の体格差でしょうか、エリザベスさんが押されます。
「はぁっ、やぁああっ!」
がきぃっ、かんっ、かいいいんっ。
続けてニールセンが激しく何度も切りつけてきますが、エリザベスさんはそれを受けるので精一杯です。
私は気が気ではありませんが、アントニオさまはどこか落ち着き払ってらっしゃいます。
「あ、あの、大丈夫でしょうか、エリザベスさん……」
「んー? あー、このままじゃダメだろうなぁー」
「そ、そんな……」
そのとき、「がいいいんっ!」と甲高い音と共に剣が宙を舞い、エリザベスさんが片膝をついていました。
その喉元にニールセンが剣先を突きつけています。
「そこまで、先取一本!」
あああああ、先に一本を取ったのはニールセンです。
あんにゃろう、と私が怒り狂っても手を出すわけには参りません。
ですが、エリザベスさんの顔に焦りは見られませんでした。
「マリアどの……私の剣を取ってはくれないか」
「は、はい」
私は練習刀ではなく、マリアさんの私物の剣を渡しました。
それは練習刀のようなまっすぐな剣よりもやや短く、そして湾曲した変わった刀だったのです。彼女はそれを腰に装着すると、すらりとそれを抜き放ちました。
「くっくく、奇策でも練ってきたか、小娘? そんなもの、我ら正当なるアカデミーの剣にかなうと思うか、こざかしい!」
しかし、エリザベスさんは落ちついた雰囲気で、まっすぐにその剣を構えました。
「これで……終わりだ!」
しゅっ、かいいいいいんっっっっ。
ニールセンが斬りかかったかと思った次の瞬間、その剣が弾かれていました。
驚きに目を丸くするニールセンの目の前で、エリザベスさんはぐるんっ、ぐるぐるんっと激しく回転し、そして「きりりっ」と再び剣を構えたのです。
───さっきよりもずっと低い姿勢で。
「ほう……」
とつぶやいたアントニオさまは、なにかに気付かれたようです。
しゅっ、ぐるんっ、ぐるんっ。
エリザベスさんは湾曲した剣を構えたまま、何度も何度も回転を繰り返します。
「くっ!」
かいいんっ、がいんっ。
その後、何度か攻撃を繰り出すものの、ニールセンの攻撃はすべてエリザベスさんの回転防御に弾かれます。
その度にギャラリーが湧きたち、ニールセンは焦り始めます。
その回転の激しさにニールセンはなかなか次の攻撃の一手を繰り出せない様子です。あれには何の意味があるのでしょう。
「──────遠心力」
ぽつりつぶやいたウィリアムさまの言葉を、レオンさまが引き継ぎます。
「うん、彼女は剣速の足りなさと剣撃の軽さを遠心力で補おうとしている。ニールセンの一撃にあの回転を合わせているのは実に見事だ」
「あれは動体視力の良さと天性のリズム感、それプラス修練だねえ。相手の攻撃のタイミングに自分の刃を合わせる、相当な鍛錬を積んだ剣だ」
「それに加え、あの湾曲した剣がまともに剣撃の威力を受けず、受け流している。計算し尽くされたスタイル───だが、どこまでその集中力が続くか───」
私は自分を情けなく感じました。
このすさまじい戦いの中、的確な解説役になっている王子さまたちに比べ、私はただただ「エリザベスさんガンバレガンバレ」と脳内応援団に徹するよりほかに出来ることがありません。
「いや、マリアくんは別にそれでいいから」
競技場を見ると、さすがに侮りがたしと踏んだニールセンが少し距離を置いて呼吸をはかっています。
そして次の瞬間、彼は大上段に剣を構えたのです。
「む、やべえな」
アントニオさまがそう言った次の瞬間、ニールセンは頭上から叩きつけるように剣をエリザベスさんに振り下ろしたのです。
「ぐぅっ……!」
がいんっ、がいんっ、がいんっ!
剣で斬るというよりは斧を振り下ろすみたいに。ニールセンは何度も何度もエリザベスさんに剣を振り下ろします。
その度に、エリザベスさんは苦しげな声を上げ、徐々に後ずさりしていくのでした。
「ああ───やっぱこうなるよなぁ……」
「ど、どういうことですかアントニオさま!」
「レオンに習ったろう、体格差ってヤツ。いくらエリザベスの嬢ちゃんが回転で剣速と剣撃を高めたところで、それをふるうのは体格で劣る嬢ちゃんだ。しかもお前さんと違って、瞬間的に体重を増やすなんて芸当もできない。大柄で腕力のあるニールセンが、頭上から叩きつける剣の威力を、どうやって防ぎきれる?」
そんな……しかし見ている間にもエリザベスさんはじりじりと後退し、息もぜいぜいと荒くなっていきます。
「どうしたどうした、サーカス剣法はそれでおしまいか? こっちはお前ら小娘にさんざん辱めを受けて来たんだ、徹底的になぶってやるぞ!」
「ぐうっ……!」
ニールセンはさらに調子に乗って、剣をエリザベスさんの頭上から叩きつけてきます。それをどうにか避けて、かわして、いなしているものの、彼女にあとがないのは明白です。
「はっははは、どうしたどうした、女騎士志願なんだろ? お前の覚悟はその程度なのかよ、ならとっとと尻尾を巻いて降参するんだな!」
ぐるんっ、ぐるんっ。
回転によってニールセンの剣をかわしてはいるものの、もはやエリザベスさんに反撃の勝機はないものとしか思えません。
(ああ……わ、私がアカデミーに入学なんか勧めなければ!)
いえ、それは彼女の覚悟に対して失礼と言うもの。私はあくまでもエリザベスさんの勝利を信じないと。
「ひゃはははは、とどめだああああああ!」
渾身の力を込めた斬撃を振り下ろしたその時。
ひゅおんっっっ。
そのとき、なにが起こったのか視認できた人がいたのでしょうか。
レオンさまたちには見えていたかもしれませんが、私にはなにがなんだか。
気が付いた時には彼と彼女の体勢はまったく入れ替わり、ニールセンの喉元に背後から湾曲刀が押し当てられていたのです。
「ぐっ…………!」
「ふふん、これを狙ってたのか、彼女……」
感心したようなラファエロさまに、しかしレオナルドさまは厳しい目を向けました。
「自らの優勢を確信し、油断した相手の隙をついて斬撃をいなし、一瞬で体勢を入れ替える───実にすばらしい反射神経とは思うが……こんな手は一回しか通用しない。彼女は───エリザベスは本当にあとがないぞ」




