12 売られた喧嘩は買わずばならぬ
「そうじゃない、使用する食器は基本的に外から取るのだ。今は魚料理だから、その幅広のナイフとフォークを使って」
「は、はひ」
「スープはスプーンで手前から奥にすくって。音を立てて啜るんじゃない!」
「むぶふ、しゅみません……」
さて皆さま。
私はエリザベスさんが入学してからと言うもの、公の場所で当然わきまえていなければならないマナーと言うものを、日々叩きこまれております。
ぶっちゃけ、いままでで一番きついかもしれません……。
困ったことに、女子生徒が二人入ったことで、外注の舞踏の先生がやけに張りきったようで、私はエリザベスさんともども、舞踏会で披露するダンスレッスンも学ばされているのですが、これがまた、難敵なのです。
ちなみに舞踏のレッスンは学園ではなくラファエロさまのお邸の舞踏場で行われています。
舞踏会と言うのは貴族の社交マナーであり嗜みであり、学園で学ぶのではなく、個人個人で腕を磨き、舞踏会で披露するものなのだそうです。
(そりゃそうですよね、学園には女子トイレすらなかったくらいですから)
「はい、ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃ。マリアさん、殿方にもっと身を預けて、はい、そこでターン……できませんか、まだ……」
「しゅ、しゅみましぇん……」
「マリアはまだ初心者なんだからしょうがないよ。さ、もう少しゆっくりと今のターンを練習してみようか」
ああああああ。
しかし、しかしっ。私はそれほどへこんではいません。
なぜなら、今この瞬間、私のダンスのお相手を務めていただいているのは、恐れ多くもレオナルド殿下さまなのですからぁああっ。
ああ、なんということでしょう。
王子さまとダンスをするというのは世の女の子の永遠の夢ではないですか。それもお相手は金髪の美形貴公子、レオナルドさまです。
レオンさまは私の不器用で雑な動きを巧みにフォローして下さり、どうにかこうにかレッスンも進んでいきました。
「ようし、今度は俺がマリア嬢ちゃんの相手をしてやろうか」
ひえええええええ。
アントニオさまは自ら「俺は舞踏会とか、ああいうちゃらちゃらしたとこは苦手なんだがな」と言いつつ、私をまるで振り回すようにダンスをさせるのです。
(あれ、でも……なんだか)
不思議なこともあるものです。
あの、日ごろ大雑把と申しましょうか、荒々しい気風が売り物のアントニオさまと組んだ時、なぜか私は意外なほどリズム良く踊れたのです。
それにはエリザベスさんも目を丸くしておられます。
「そうそう、調子いいじゃねえか、ほうれ、ここでくるっと」
「ひゃいっ? あっ……」
ぐいと力強く腕を引っ張られたかと思うと、私の体はくるりとターンを描いて、次の瞬間アントニオさまの腕の中に納まっていました。
「案外、上手じゃねえか。こういうのは思い切ってどかんと体当たりすれば、たいがい上手く行くもんなんだぜ、マリア嬢ちゃん」
そう言って「にかっ」とお笑いになるアントニオさまに、私も少しホッとさせられました。
正直、アントニオさまは私を本当に十九歳の乙女と認識しているのかと疑いたくなる言動もありましたが、実は女性の扱いがかなりお上手なのではないでしょうか……と、少しドキリとしてしまいました。
そんなこんなで、私はエリザベスさんの入学と共に、勇者として学ぶべきテーブルマナーやダンスレッスンと言った、いままでしてこなかったことを学ぶと共に、今まで以上に鍛錬を重ね、日々充実した生活を送ることになったのでした。
と、なれば何も問題はなかったのですが。
「……もう我慢の限界だ……!」
私に続いて、勇者アカデミー二番目の女生徒を迎え入れた学園側に対し、前々から私に対して反感を抱いていた一部の方たちの堪忍袋の緒が、とうとう切れてしまったようなのです。
なんと、ニールセンをはじめとする数名の生徒たちが、私とエリザベスさんの在籍そのものに対して異議申し立てを行ったというのです。
「これ以上、我らの神聖な学び舎を得体のしれない小娘に荒らされるのはまっぴらだと申し上げているのです! 僕たちは正式に勇者アカデミーに抗議を申し立てます!」
エリザベスさんは自らの過ちに気付いて言を撤回なさったというのに、こいつは、いえこの方はどうしてこうなのでしょう。
しかし、学園やレオナルドさま方が「勇者」である私を放校なさるはずもなく、状況は私たちの在籍を認めない異議申し立て側と、私たち「五人目の勇者&女騎士志願者」という図式に収束していったのでございます。
当然、(私はともかく)エリザベスさんは彼らの要求を拒みます。
ですが、そんな風に互いの主張が対立した時の貴族の伝統的解決法とは、すなわち───「決闘」。
この場合、退学を迫られた私とエリザベスさんが、ニールセンたち抗議側の二人と決闘し、勝利しなければいけないということです。
「馬鹿な! こんなこと、許されるわけがない。マリアは本当に本物の勇者なんだ。なんとしてでもこの馬鹿げた申し立てをやめさせなければ」
そう主張するレオナルドさまに対し、アントニオさまは「いいから。やらせてやれよ」と主張なさいました。
「あいつらだって、譲れない一線ってのはあるんだ。けど、世の中ってのはままならねえ。自分がいくら譲れないって言い張ったって、それが通らないことなんて、いくらでもある。なら、あいつらは身をもってそれを知るべきなんだ」
「しかし……」
「アントンは相変わらず経験主義だねえ~。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』、僕はそう教わったはずなんだけど?」
「そういうなよ、ラファエロ。俺はニールセンたちのことより、ぶっちゃけエリザベス嬢ちゃんの実力が知りたいんだ」
逞しい胸板をいからせ、にやりと不敵に微笑むアントニオさまに、エリザベスさんはぐっと顔を険しくします。
「お前さんも、だてに女騎士を志願してるわけじゃないんだろう。だが現時点で、あいつら程度の騎士見習いに倒されるようじゃ、騎士になるなんてとてもじゃないが……お前さんの覚悟のほど、見せてもらおうじゃないか」
「おい、アントニオ! お前、なにを」
「レオン。キミは前にエリザベスに言ったはずだ、エリザベスは自分が騎士に値する人間であることを、自身の手で証明する必要があると。彼女が騎士を目指す者なら、それはニールセンとて同じこと。対等な立場、対等な条件で決闘し、己の意志と力を証明する……筋は通ったやり方だ」
ウィリアムさまの言葉に、赤毛の少女は決意を秘めた目で力強くうなずきました。
「レオナルドさま、私は彼らの申し立てを受け入れます。私も伊達酔狂で剣技を磨いていたわけではありません。この腕がアカデミーにとどまるに値せぬと分かれば、潔く退く所存」
「おう、いい気概だ。それにマリア嬢ちゃんには精霊の加護があるしな」
「そ、それって」
精霊の加護って……例の「攻撃を受けても平気なほど体が重くなる属性」ですか。
うう、またぞろ新しい二つ名をつけられそうで、激しく嫌な予感がします。
「……もういい、僕だけでも学長にかけあってくる」
あわわわわ。
アントニオさまたちの態度に業を煮やしたのか、レオンさまは堅い表情で一人学長室に向かって行ってしまいました。
日頃、仲のおよろしい王子さまたちが、なんだか険悪なムードです。
しかもその原因が私とエリザベスさんなのですから、これはもうじっとしていられません。
私もレオンさまを追いかけようと立ち上がったその時、アントニオさまがむんずと私の頭を掴んで椅子に座り直させました。
「まあまあ、そう熱くなりなさんなって。レオナルドはな、確かに非の打ちどころのない完全無欠の王子さまなんだが……それだけに、イレギュラーに弱い」
「は、はあ」
「いいか、マリア嬢ちゃん。戦況ってのはいつどう転ぶかわかんねえんだ。人間、理屈だけで動いてるわけじゃねえ、突拍子もない状況が起こった時、その状況にもきっちり対応できるのが『勇者』ってやつなんだよ……」
ぞくりっっっ。
いままで、理想の勇者と言うのはてっきりレオナルドさまのようなお方だとばかり思っていましたが、アントニオさまの迫力に私は圧倒されていました。
アントニオさまはじっと私の目を見据え……それから「がっはははは!」と呵々大笑なさいました。
「まあ、そう大げさに考えなさんなって。あっちが喧嘩を売った、こっちは買った。だったらあとはその喧嘩に勝ちゃあいいんだよ!」
えぇえええ~~~~~~?
そんなんでいいんでしょうか、ホントに……。
結局……ニールセンたちの抗議申請は正式に受諾され、学園としては彼らの要求を受け入れざるを得ませんでした。
相手はなにしろ貴族の子弟で、アカデミーの正式な学籍を持つ生徒。正当な手続きを踏めば、それをないがしろにするわけにも参りません。
「では、決闘の日時は三日後の午後一時に───」
すなわち、私とエリザベスさんが勇者アカデミーに在籍できるかどうかを賭けて。
彼らと練習試合形式で決闘するという条件を受け入れ、かくして私&エリザベスさんVSニールセン&その他一名(スイマセン、お名前をよく覚えていませんでした)の決闘の火ぶたが、いままさに切って落とされようとしていたのでした!
どうなる私、どうなるエリザベスさん?
 




