1 YA!YA!YA! 王子さまがやってきた(前篇)
みなさま初めまして。
マリア・マシュエストと申します。花も恥じらう十九歳の乙女です。
突然ですが、私は朝から大わらわで、村中を走りまわっております。
なぜなら……この村を王子さまが訪れるというのです。
ええと、唐突すぎですね、一からご説明いたしましょう。
私はここ、ロートヴァルド王国領の片田舎、ジクロア村の村長の一人娘です。
村長と言っても、別に偉いわけでもなんでもありません。
なんとなく世襲で続いているだけの役職……将来、もしも私が結婚せずに父が村長職を引退することになれば、村人の中から立候補者を募り、次の村長を選ぶ。
その程度の役職でしかありません。
もちろん、村長の娘である役得などあろうはずもございません。
なにしろ村の総人口八十七名のクソ小さな───失礼───小さな小さな村なんですから。
むしろ村の寄合の手伝いや畑の刈り入れ、村の共同厩舎の手入れなどなど、行事雑用には必ず駆り出されます。
父が……つまり村長がする仕事を手伝わされるのもしょっちゅうです。
村長の娘だからって、いいことなんかな~~~んにもありはしません。
少し愚痴っぽくなってしまいました。
若者らしくありませんね。
さて、そんな片田舎の小さな村に、お城から、いえ正確には「勇者アカデミー」なるところより通達がありました。
王国連合の四人の王子さまがこの村を訪問するので、そのお世話をしろというのです。
驚くというよりも、まず頭に浮かんだのは疑問でした。
「なんでまた、こんな村に?」
ええ、先ほどお話ししたように、ここは人口八十七名のちっぽけな村です。
さしたる産業もなければ観光資源もない、村の半分は年寄りで、本当に細々と暮らしているだけの村。
まあ、ロートヴァルド王国の税はそれほど厳しくないので、贅沢こそ出来ませんが、暮らし向きはそれほど悪くはないのですが。
「時に村長。この辺りで勇者の噂を聞いたことはないか」
伝令を伝えに早馬を飛ばしてきた兵隊さんの言葉に、父は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になります。傍らで聞いていた私も、きっと同じような顔をしていたことでしょう。
「勇者……って、あの、勇者ですか?」
「『あの』も、『この』もない。勇者は勇者、我がロートヴァルドのレオナルド王子殿下のように、精霊の刻印を持つ若者の噂などはないか」
「はあ、それはとんと聞いたことがねえです」
そう言えば、思い出しました。
この国の王子さまを始め、四つの王国連合の王子さま方はみな精霊の加護を受けし「勇者」なのです。
王子さまにして勇者、なんともぜいたくな存在です。
しかも四人の王子さま方は揃いもそろって眉目秀麗・運動万能・頭脳明晰に加え、精霊の神秘の力を自在に使いこなすとお聞きします。
なんでしょう、その過剰装飾は。
天は王子さま方に何物をお与えになるのでしょうか。
なんでも、その勇者王子さま方は、いまだ見つかっていない「五人目の勇者」がこの近くにいるということを感じ、この村を拠点にして勇者捜索をするおつもりなのだそうです。
そんなわけで、私は朝から大わらわなわけです。
なにしろ相手は王子さま。万が一にも失礼があっては大変です。
けれどこの村には王子さまが宿泊できる施設などありません。
旅人が訪れることもないのですから、当然宿屋なんて気の利いたものがあるわけないのです。
「えれえことになっちまったが、とにかく村の主だった連中を集めて寄合だな。マリア、寄合所を開けて準備してくれるか」
伝令の兵隊さんが行ってしまうと、父はさっそく村の主だった人を集め、相談することにしました。
って、まずは私が寄合所の掃除を始めるところからなんですけどね。
ええ、村の寄合なんてせいぜい秋の収穫祭とか冬の害獣対策とか、雨季の用水路の見回り当番の話しあい程度で、そうしょっちゅうあるものじゃないですから。
「マリア、手伝いに来たよ」
「あっ、ありがとうございます、ディルレのおかみさん! この辺はあらかた拭き終わったんで、かまどの方お願いしてもいいですか?」
私はかまどをおかみさんに任せ、お湯を沸かす準備を始めます。
どう考えてもこの寄合は長引きそうだから、お茶や、ちょっとした軽食などを出す必要があるのです。
その他にも、村中にお知らせするビラを作るための紙束にペン、暗くなった時の蝋燭だのランプだの火打ち石だの、寄合所の押し入れから必要なものを準備しておきます。
こーゆー雑用を淡々とこなすのが、村長の娘なのです。
少しはその苦労、理解していただけますでしょうか。
そんなこんなで、父と村の人々との相談が始まり、私やその他手伝いに来てくれたおかみさんたちは、裏方としてきりきり舞いでした
男の人というのはむつかしい顔をして、あれやこれやを決めるだけで自分のお役目を果たせるのですが、その裏ではやれ食事だお茶だ、灯りだ連絡だと雑務雑事をこなすのは、常に女の役目なのです。
「で───結局、どういうことになったの、父さん」
「ああ、それがなあ……」
相談が一通り片付き、私は寄合所を閉めて父と共に家に戻りました。
言い忘れていましたが、私の母は私が十才の頃に流行り病で亡くなってしまい、いまは父と二人暮らしです。
村には同じ年頃の子供もおらず、子どもの頃はずいぶん寂しい思いをしたものですが、今は村には十一才を頭に十五人ほどの子どもたちもいます。
子どもたちを除けば私がいちばんの若輩者なので、子どもたちの面倒をみることも多く、そういう意味では「村のお姉さん」的な立場といえましょうか。
それがまあ、ガキども───失礼───子どもたちの相手をするというのも、これはこれで大変な面があるのですが……いえ、これ以上は愚痴になってしまうので止めましょう。
人間、あまり愚痴ばかり言っていると早く老けこむとも言います。
私はまだ十九歳、ぴっちぴちのうら若き乙女なのですから。
(しかも、村に王子さまがやってくる! これは私の生涯でも一、二を争う一大事です)
まあ、王子さまは「五人目の勇者探し」に来るわけで。別に私と何かあるというわけでもないのですが、しがない村長の娘たる私は、少し大きな町に買い出しに行くのが関の山。
ロートヴァルド王国の首都、すなわち王都になど行ったこともありません。
王都に暮らし、お城に住むという王子さまのご尊顔を拝めるだけでも名誉なことです。
ありがた~く、貴重な経験をさせていただこうではありませんか。
「問題は、ご一行の人数なんだが……全部で三〇数名はいらっしゃるそうだ」
「さ、三〇!?」
これには父も頭を抱えたようです。
それはまあ、勇者王子さま四人だけで、ほいほいお城の外にお出かけになるわけはありません。
当然、お付きの方々がいらっしゃるでしょうし、万が一のための護衛の兵士も随行するに違いありません。
それにしたって三〇数名って、村の人口の三分の一以上の大所帯です。そんな人数をどうやってお世話しろというのでしょう。
「うちを始め、王子殿下に泊っていただけそうな規模の家と言えば……ハミルとマーチス、あとはマルデラの爺さんの家も使えそうだな。この際、寄合所も開放して、お付きの方たちはそちらにまとめて泊ってもらうか」
「食事とかは? 私、王子さまが日頃なに食って、いやどんなものをお召し上がりになってるのかなんてわかんないわよ」
「ううむ、場所が場所だ、王宮の厨房を期待されても困るわな。お前の得意料理でいいんでねえか。父ちゃん、マリアの煮込みは世界一だと思うぞ」
身内びいきを差し置いても、確かに煮込みは私の得意料理です。
昨年亡くなったカプレーザ婆ちゃん直伝、この地方に代々伝えられる郷土料理なのです。
幸い、材料はたっぷりあります。
つい最近、豚を一頭「潰した」ところですし。
おそらく王子さま方も、初めて口になされる料理であることは、まず間違いないでしょう。
ただ……王子さまに私の料理を振る舞うことが、万が一にも失礼にあたったり、ましてやなにか罪に問われたりはしないでしょうか。
王族の方に「豚のモツ煮込み」を食べさせることが。
(うぅっ、不安です)
まさか王子さまに豚モツ食べさせて死罪、なんてことになりませんよーに。
そう祈りつつ、まあ駄目そうだったら村のみんなで食べちゃえばいいや、と私は料理の仕込みに取り掛かるのでした……。