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11 初めての女子寮!(後編)

「で……今度は女子寮、だって?」


 と、学長先生もいささか呆れ顔です。


 学長さまのお気持ちはわかります。

 私がこのアカデミーに来て以来、女子トイレといい、制服といいエリザベスさんのことといい、何かと問題を持ちこむのはこの私ですから。

 そのお顔を見るに申し訳ないという気持ちも起こるのですが、ここは一歩も引くわけには参りません。


 そしてエリザベスさんも、寮生活をするという私のアイデアには賛成なさいました。

 か~なり、明後日の方向でしたけど。


「勇者アカデミーのルールが寮生活であるというのなら、私もそれに従いたいと思います。私は幼き頃より騎士を目指し、厳しい鍛錬を続けてきました、なんでしたら私は男子寮に住んだって構いませんが」


 いやいやいや、とその場のほぼ全員から突っ込みが入ります。


「私は女である前に騎士でありたいと願っているのです。風呂だろうが手洗いだろうが、男子と同じでもそれはむしろ望むところです」

「いやあのね、エリザベス。キミはよくても他の生徒が困ると言ってるんだよ」

「まあねえ、仮にも女騎士を目指すというなら、騎士の品位と言うのも当然あってしかるべきだよねえ~?」


 ラファエロさまの言葉に、一同おおいに頷きます。


「そこで───王都の不動産屋を当たらせた結果、この物件が最も適しているのではないかと」


 さすがウィリアムさま、仕事が早いです。

 で、その物件と言うのがアカデミーより徒歩二十分、一階がレストランになっている下宿屋さんだそうです。


「部屋は二つに分かれていて、手洗いとキッチンと風呂場は共用。夕食のまかないつき。昼食は学園で摂るとして、朝食は自分で準備しなければいけませんが」

「ウィリアム、二人で住むにはちょっと狭すぎるんじゃないか? これじゃ使用人の部屋がない」


 いえいえ、使用人なんかいりませんってば。

 朝食なんて私ちゃちゃっと作りますし。お風呂だって湯を沸かすだけなんですから。


「………………この部屋では確かに、し、使用人は、雇えませんね」


 おや。

 先ほど「男子寮に住む」とまで言い放ったエリザベスさんの顔色が優れません。


「そ、それに朝食ですか……むぅ」


 なにやら神妙な顔です。

 そう言われれば彼女も貴族の娘。その感覚はむしろレオンさまたちに近いのかもしれません。


「なんか隠れ家みたいで楽しそうじゃねえか。落ち着いたら遊びに行ってやろうか」


 アントニオさまのような大柄なお客は、この部屋にはお招きできないと思います。

 とにかく間取り図を見ているだけで、私の中ではここしかないという気持ちがどんどん強くなっていきました。


「私は、ここでいい、いいえここが自分にはふさわしいと思います。けれど、エリザベスさんがご不満と言うのなら別の場所でも……」

「い、いや私もここで構わん! 騎士たるもの過分な贅沢などもってのほか、任務のためなら野宿をも厭わぬのが真の騎士!」

「僕は厭うけどねえ~」


 ほとんど売り言葉に買い言葉と言う感じで、エリザベスさんの了承を得た私は、レオナルドさまの私邸からこの下宿屋さんに───いえ、「勇者アカデミー女子寮」にお引越しすることになったのでした。

 とは言っても、前に申しました通り、私の私物はそう多くはありません。

 ですが、先日レオナルドさまたちと買い物に行ったので、それなりの量はあり、レオンさまが馬車で下宿、いえ寮まで送ってくださいました。


「本当に……良かったのかい、これで」

「ええ、お邸の皆さまには本当によくしていただいたのですが、やはり私は自分の身の回りのことは自分でした方が落ち着くようです。使用人の皆さまには、よろしくお伝えください」


 寮につくと、エリザベスさんは既に来ていました。


 下宿屋は二階がまるまる私たちの部屋と言うことになっていて、ドアを開けると左にお手洗いとお風呂場、右手がキッチンとかまどになっています。

 収納も多く、食器も既に揃っているのは、下宿屋さんのサービスなのだそうです。

 なかなか使いやすそうなキッチンで、これなら朝食の準備もお風呂も容易だろうと私は胸を撫で下ろしました。


 そしてその奥、廊下を挟んで向かい合った部屋が私たちの部屋です。

 両サイドにベッド、そして机に椅子にクローゼット。どことなく田舎の私の部屋の間取りに似ていて、なんだかここでなら落ち着いて過ごせそうです。


(でも、エリザベスさんには狭いかも……)


「勝手にこちらの部屋に荷を入れてしまったが、構わなかったか」

「ええ、私はどちらでも。えっと、お風呂はあとで湯を張るとして、エリザベスさん、夕食はお済みですか? 私は下のレストランでまかないを頂こうと思うのですが」


 彼女は私のことが気に食わなさそうなので、断られるかもと思っていましたが、赤毛の女騎士志望さんは少しためらってから「私も行こう」と仰いました。


 レストランは気取ったところのない暖かな雰囲気のお店で、お邸のご馳走とはもちろん比べ物にはなりませんが、私はこういうお店の方がホッとします。

 その日のまかないは野菜と豚肉の煮込みと、豆のスープです。

 庶民向けの店のようですが、そこはやはり王都。私の目には盛られているパンでさえ垢ぬけているような気がします。


「美味しいですねえ~、それに落ち着きます」

「そ、そうか? 私はこういう場所で食事をしたことがないので、あまり落ち着かんな」


 やはり、エリザベスさんにはもう少し高級な下宿の方が良かったでしょうか。なんだか私の我がままにつき合せてしまったようで、申し訳なく思ってしまいます。


「い、いやいいのだ。それに、味自体は悪くない、いや素朴だがいい味わいだ。給仕なしの食事と言うのも、存外悪くないものだ。それよりも……マ、マリアどの」

「はい?」


 急にかしこまるエリザベスさんに、こちらも緊張して居ずまいを正します。するとなんと彼女はいきなり私に頭を下げたのです。


「先日はすまなかった、謝罪する!」

「は? な、なんのことでしょう」

「その……あなたのことを勇者として認めないとか、そういう失礼な言動に及んだことだ。騎士を目指すものとして、誠に情けない限りだ」


 え~っと、これは予想外。


 ニールセンのように、私を勇者として認めたがらない人たちがいるのは知っていますし、彼らの気持ちだってわからなくはありません。

 こんな田舎娘が「勇者でござい」と、のこのこ勇者アカデミーに乗り込んできたら、そりゃあ貴族の方々は面白かろうはずはございません。

 けれど、まさかこんなふうに素直に謝罪されるとは思いませんでした。


「と、とにかく頭をあげて下さい」

「私の謝罪を受け入れてくれるのか?」

「受け入れます受け入れます。て言うか別に怒ってませんから、私。けど……どういう心境の変化なんです?」


 私の問いかけに、彼女は顔を赤らめながら、ぽつぽつと語り始めました。


「入学を許されるまでの一週間……私なりに考えたのだ。レオナルド殿下は仰った、女勇者がいるのだから、女騎士がいたっていいではないかと。私がアカデミー入学を許可されたのは、それはマリア、あなたの存在あってのことなのだと」


 あー、まあそういうことになるんですかねえ、結果的に。


「五人目の勇者が、あなたと言う女性であったからこそ、私は女騎士を目指すことを許される……いわばあなたは私の恩人のようなもの。その恩人に対して、私はなんと失礼なことを言ってしまったのかと。とても人の所業とも思えぬ、まさに外道の口にする無礼者の言葉だった。私は自分の情けなさに涙が出たのだ」


 いや、そこまで言わんでも。


「それに、ウィリアム殿下からも聞かされた……あなたがどういう経緯で勇者として覚醒したのかを。幼い子どもの危機を前にした時、身を呈してその命を守ろうとして覚醒したのだと。そして、決して自分で望んだわけでもないその力を、運命をマリアどのは従容として受け入れ、いまも努力していると」

(ウィリアムさまがそんなことを)


 従容と、と言うよりはなし崩し的に、と言った方がいいかもしれませんが。


「正直、私のような未熟者があなたと共にアカデミーに通っていいものなのか、今はそれも思い悩んでいる。だが、騎士になるのは私の幼いころからの夢だったのだ。もし許されるのなら、私を同じアカデミーの生徒として認めていただけるだろうか……」


 そうです、彼女にしてみれば不安だったに違いありません。

 腐っても私は勇者(笑)。

 私が「エリザベスさんとなんか一緒に学べません」とか言い出したら、学長先生が私とエリザベスさん、どちらを取るかは言うまでもありません。

 望むと望まざるにかかわらず、私はそのような立場に立たされているのです。


 そして、それだけに私にこうして頭を下げることのできる彼女は強い人だと思いました。

 きっとそれほどまでに、女の身で騎士になるというのは、彼女にとって大事な大事な夢だということなのでしょう。


「エリザベスさんは……立派な方ですね」

「えっ、そ、それはどういう」

「正直な話、学園には私を勇者だなんて認めたくない方がいっぱいいらっしゃいます。レオナルドさまたちは私を庇って下さいますが、人の心なんて、そう簡単に変えられるものじゃありません。過去に自分が言った言葉を取り消して謝罪するなんて、誰だってイヤでしょう」

「マリアどの……」


「それは、とても勇気のいる行為だと思います。だから私は、エリザベスさんはとても勇気のある、自分自身に誠実な、信頼できる方だと思いました。だから、私はあなたと共にあの学園で学んでいきたいと思います」

「………………ッ」


 火のように赤い瞳に涙が浮かぶのを、私はたしかに見ました。

 けれど、彼女はすぐに顔を背けてしまって……それから小さな声で、けれどはっきりと「ありがとう」と口にされたのでした。



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