10 ライバル登場?(前篇)
「きゃああ、す、すみません~~~っっ」
勇者アカデミーでは勉学以外にも戦闘実技、そして体力づくりも重要な授業です。
肉体鍛錬の時はみな動きやすい運動着に着替えるのですが、私の場合、いつも更衣室に困るのでございます。
というのも、更衣室と言うのははっきり決まっていなくて、みなさん適当に空いた教室でちゃっちゃと着替えられるのです。
そこは男同士、教室に鍵をかけることもなく、これまで誰も気にもしていなかったのですが、問題は私です。
どういうわけか私が着替え場所を捜して教室のドアを開けると、無防備に半裸をさらけ出した男子生徒と高確率で遭遇するのです。
(ま、また殿方の半裸を見てしまった……これがもしレオンさまたちだったりしたら)
考えるだけで、かぁ~っと頬が熱くなってしまいます。
いいえ、それ以前にこのままでは「女勇者」ではなく「痴女勇者」の烙印を押されかねません。
ただでさえ校内唯一の女生徒として優遇されているのですから、これ以上学園にご迷惑はかけられません。
それに、最近はレオンさまたちも公務にお忙しいらしく、私は一人で行動することが多くなっていました。
(最近はいやなことを言ってくる人もあまりいなくなったけど……)
それでもやはり私は女で私以外は全員男。
女で、庶民で、田舎者で……しかも怪力勇者。はっきり言って校内での私の立場は「珍獣」そのもの、どこか遠巻きにされています。
レオンさまたちのように気軽に話しかけてくれる友人はまだ誰もいません。
(あぁ、これで同じ女の子の同級生でもいたらいいのに)
けれど、ここは勇者アカデミー。
生徒は立派な騎士や剣士になることが目的で、王国連合では男性にしか騎士の称号は与えられないのです。
私は精霊の加護を受けし勇者と言うことで、あくまでも特例。私以外の女の子が入学してくることなどありえません。
そんなある日のことでした。
「どうか、学長にお取次いただきたい!」
「またお前か……帰れ帰れ!」
いつものようにいつもの制服で登校していた私は、校門のところで騒いでいる人だかりに出くわしたのです。
(赤い髪に軽甲冑をつけた…………お、女の子?)
私より少し背の高い赤毛の女の子が、登校する生徒に声をかけては邪険にされているのです。
(学長先生にご用事って、なんだろう。年は私とそう変わらないみたいなのに)
「いい加減にしろ、ここは勇者アカデミーなんだぞ。女のお前が入学できるわけないだろうが!」
「だから、それを学長先生にお願いしに来たのだ」
うっわぁ。
これはなんだか、トラブルの予感がします。
私はその娘に見つからないようにこっそり校門を抜けようとして───見事に目があってしまいました。
「ちょっとそこのお前! その制服はなんだ?」
ぎっくぅううううう。
私の制服は他の男子制服をベースに、ラファエロさまがデザインして下さったもの。
襟のデザインやカラーリングを見ても、一目でアカデミーの制服と分かります。ただし私は女なのでスカート仕様なのですが。
「お前まさか、勇者アカデミーの生徒なのか? どうして女なのにアカデミーに通っているのだ!」
「え、ええと、それはですね」
説明するのは簡単ですが。果たしてこの娘がそれを信じてくれるでしょうか。
(こ、これって、またお尻見られるフラグじゃないですかっ)
「お前の姓名は? 私はエリザベス・バートン、バートン家当主の地位をいずれ継ぐ、そしていずれ一人前の騎士となる女だ」
「マ、マリア・マシュエストと申します……」
「マシュエスト……知らない家名だ。誰か有名な騎士を輩出した家系なのか」
いえ、片田舎の村長職を細々と受け継ぐただの田舎娘でございます。
エリザベスと名乗った少女は、燃えるような赤い瞳を私に向け、なおも問い詰めます。
「そうか、なにか強力なコネだな? 一体どうやって女の身で勇者アカデミーに入学したのか、私にも教えるのだ!」
「す、す、すみません授業が始まりますので、しっ、失礼します~~~っ」
私の両肩をがくがく揺さぶるエリザベスさんの勢いから無理矢理逃れ、私はどうにか校舎に逃げ込んだのでした。
・・・・・・・・・・・。
「うげ」
一日の授業を終え、さあ帰ろうと窓の外を見た私は、ヘンテコな声をあげてしまいました。
「どうしたんだい、マリア・マシュエスト?」
「あ、ローニィさん」
私に声をかけたのは、学内では比較的わたしに好意的な生徒、ローニィ・カスバートさん。もちろん貴族の子弟です。
私に好意的と言うよりは、例のニールセンと仲が悪いため、彼をへこませた私を痛快に思っているのだそうです───あくまでも珍獣的な意味っぽいですが。
「あの~、校門のところにいる赤毛の方なんですが」
「ああ、エリザベス・バートンね。知ってるよ、有名人だからね。バートン家と言えば昔は有名な騎士を何人も輩出した古い名家だよ。もっとも、最近は鳴かず飛ばずかな」
私が朝の一件のことを話すと、彼はお腹を抱えて笑いました。
「はっはは、そりゃあ災難だったね。知ってると思うけど、この王国連合で騎士の称号を受けられるのは男だけ……けど、彼女は家名をもう一度盛り立てるため、自分が初の女騎士になるって息まいているのさ」
「はあ、それでアカデミーに入学したいと」
「学長にかけあえって、たまに来ては一悶着起こすんだ。ああ、最近は顔を出してなかったから、キミのこと知らなかったんだろうね」
校門から学校内をぎろぎろと覗くあの姿、どう見ても待ち伏せです。
騎士になりたいエリザベスさんが待ち伏せているのは、どう考えてもこの私でしょう。
「わ、私どうすれば……」
「正直に話せばいいんじゃない、自分は精霊に選ばれた勇者だって。じゃあね~っ」
そう言ってローニィさんはあっさり行ってしまいました。
薄情者。
ああ、今日はレオンさまたちは午後から公務で出掛けてらっしゃるのです。
他ならぬレオナルド殿下の口からはっきり私の素性を説明して下されば、あるいは彼女も納得するかもしれないのですが、それも望めません。
かと言って、このまま下校しないわけにも参りません。
意を決した私は──────こっそりと裏口から帰ったのでした。
そして翌日。
当然のように、彼女はいました。ええ、もちろん裏口から入りましたとも。
「こんなことが毎朝続くのかしら……」
校内では相変わらず私は他の生徒から遠巻き状態、相談に乗ってくれそうな人もいません。
かと言って、毎回毎回レオンさまたちにご迷惑をおかけするわけにもいきません。私にはいま大いなる野望もあるのですから。
と、そのとき───閃いたのです。
私の望みも、彼女の望みも両方一度にかなえられるナイスアイデアを。




