8 優しさと勇気と信頼と(後編)
がつぅう~~~~~んんんっっっっ!
嫌味な騎士見習いの方がすごい勢いで振りおろした練習刀。
それは私が頼りなげに構えた刀に激突した───はずなのですが、私はまったく衝撃らしい衝撃を感じませんでした。
(───はれ?)
何の衝撃も感じないのですから、私はその場を一歩も動きませんでした。
なのに、私の剣に自分の剣を思い切り叩きつけた方が「ぐわぁっ?」と一声叫んでひっくり返ってしまったのです。
しかも無様に尻もちをついて剣を取り落とした彼は、呆気にとられています。
「おぉ、すげえぜ嬢ちゃん!」
「ほう……」
「………………」
他の王子さまも驚きの顔ですが、ただ一人レオナルドさまだけが満足げに頷いています。
「おい、どうしたんだよ! そんな小娘相手に手を抜いたのか?」
「ち、違う、俺はたしかに渾身の力で剣を叩きつけたんだ……けど、まるで銅像に斬りかかったみたいに跳ね返されちまった」
ちょ、渾身の力って。
でもちっともそんなふうに感じませんでした。村の悪ガキのガズに、おもちゃの剣でお尻を叩かれた時の方が、よほど痛かったです。
ええ、そのあときっちりお尻百叩きにしてやりましたよ。
「それが地精霊の力だよ、マリア」
「ど、どういうことでしょう」
「ウィリアムは覚えているだろう。マリアに突き飛ばされた時のことを」
「ああ───まるで巨大な丸太がぶつかって来たようだった。いくら力が強くなったとはいえ、彼女は私より小柄。あんなことは通常ありえない」
失礼な……けれど、レオナルドさまは得意げに説明を始められました。
「作用・反作用と言う言葉を知ってるかい、マリア? ボクがこう、アントニオを押したら、僕も同じ力だけアントニオから押される、これが作用・反作用の法則。そして、この物理法則は決して変わらないんだ」
そう言ってレオナルドさまがアントニオさまの胸を軽く押すと、ご自分も少し後ずさります。
仰っていることの意味は、まあなんとなくですが理解できます。
「人同士の場合はわかりやすいね。だが、これが巨大な岩や、建物が相手ならどうだろう。建物はボクがいくら一生懸命押してもびくともしない。あるいは大岩に剣で斬りかかったらどうなると思う? 逆に弾き飛ばされて、酷い目に遭ってしまうよね。キミが無事で、ニールセンだけが吹っ飛んだのは、そういうことなんだ」
岩? 建物?
なんだかいやな予感しかしてきません。
「いくら精霊の加護によってマリアの筋力が強化されても、マリアの体がそのままなら体格差は埋められない。普通だったら彼の斬撃を受けて吹っ飛ばされていただろう。けれど、攻撃を受け、身の危険を感じた瞬間、マリアの体はとてつもなく重く、そして強靭になっていたんだ」
「なあるほど、それで嬢ちゃんがびくともしなかったのか」
「彼女は反撃するまでもなかったというわけだな」
アントニオさまとウィリアムさまが納得なさる中、ラファエロさまが前髪をかき上げ、ポツリと仰いました。
「ふっ、それって女の子としてはどうなんだい?」
がーん。
その言葉に、私も少なからずショックを受けました。
するとなんですか、私は精霊の加護を受けて力が強くなるばかりでなく、重くなると。
岩石女になったので相手の方が弾き飛んでしまったと。
これっぽっちも、ちっともまったく嬉しくありません、そんな付与属性。
「マリア、キミを試すような真似をしてすまなかったね。けれど、僕は信じていた、キミの勇者としての資質を。そしてキミは見事に応えて見せた」
「ニールセン、これでわかったろう! この嬢ちゃんは間違いなく俺たちと同じ、精霊の加護を受けた勇者なんだぜ」
ニールセンは仲間の手を借りてどうにか起き上がると、憎々しげに私と王子さまたちを睨みつけ、よろつきながらその場を去って行きました。
私たちのやり取りを見ていた他の生徒の皆さんの間から、一斉に拍手が沸き起こり、ラファエロさま、ウィリアムさままでもが私に暖かな拍手を向けてくれたのです。
まだまだ力を使いこなせているとは申せませんが、少しだけこの学園でやっていけそうな気がしました。
・・・・・・・・・・・・。
さて、一日の授業もすべて終え、その日の放課後のことです。
レオナルドさまたちには学園の生徒としての学行だけではなく、王子としての公務もおありのようで、いつも私にかまけているというわけにも参りません。
私もできるだけ自分で出来ることは自分でしようと思い、一人で帰り支度をして階段を下りている時でした。
(ん……誰かの声?)
階上で誰かの足音と話声がしたような気がしましたが、はて上ではもう授業は行われていないはずなのですが。
ふと振り返って見上げた時、目の前が真っ暗になりました。
ばしゃ~~~~んんっっっ。
私の頭からぶつかってきたのは水の塊。
それも雑巾臭い、掃除のあとのバケツの水が、頭から浴びせられたのです。
私はなにが起こったのか分からず、その場に立ちつくしてしまいました。
「ざまあみろ、田舎くさいイモ女!」
「とっとと田舎に帰りな、偽物勇者!」
呆気にとられる私に罵声を浴びせ、男子生徒が数名走り去って行きました。
その後ろ姿の中の一人に見覚えがあります。あのニールセンと言うイチャモン野郎です。
私は怒るより先に呆れてしまいました。
いまどき村の悪ガキだってこんな陰湿で卑怯なことはしません。これが仮にも勇者アカデミーに通う貴族の子弟のなさることなのでしょうか。
その場をそのままにしておくわけにもいかないので、私は掃除用具置き場に向かい、階段にまき散らされた水を拭いてから下校しました。
そのころにはもう服は半ば乾いていたのですが、臭いだけは洗濯しても落ちるかどうかわかりません。
これが昨日のドレスじゃなくて良かったと私は思いました。
せっかくラファエロさまが私に選んでくださった大事なドレスがこんな目にあったら一大事です。雑巾臭くなったのが安い私のドレスで───父さんが、買ってくれた……
(一張羅───だったんだけどな)
ふと顔を上げると夕焼けがいやに滲んで見えました。
「あ、れ……っ」
ふと、頬が濡れていることに気付きました。
まさかそんな、あんな子供じみた嫌がらせをされたくらいで、私が泣くわけがないじゃありませんか。私はもう十九歳、立派な乙女なのです。
けれど、滲んだ夕焼けはなかなか元の美しい風景には戻らなかったのでした。




