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8 優しさと勇気と信頼と(前篇)


「ああ……憂鬱だなぁ……」


 翌日、私はレオナルドさまがお迎えになるより早くお邸を出て、学園に向かいました。

 私は昨日とは打って変わって、自分の一張羅───昨日のドレスよりもずっとランクの落ちる、それでも父に買ってもらった服を着て登校していました。


 できれば、王子さまたちとは顔を合わせたくない気分です。

 いえ彼らは私が五人目の勇者であること、この学園に入学することを認めておられますし、私に対する悪意などないことは承知しています。


 けれど───やはり私と彼らでは住む世界が違うのです。


 テーブルマナーだけではなく、そもそも生まれ育った環境も育ち方も正反対。

 精霊の加護を受けた勇者としての役割を望まれれば、その期待に添うように努力することはできますが、やはり私はただの村娘。

 彼らのような眩しい存在の近くにはいない方がいいと思うのです。


「ああ、マリアくんおはよう。ちょっといいかね」

「が、学長先生さま」


 まだ登校する生徒も少ない早朝、私は学長先生に声をかけられました。

 そうして朝っぱらから連れていかれたのは───なんとお手洗いでした。


「あ、あの、ここは?」

「うむ、今日から校舎のいちばん端のこの手洗いを、ご婦人用の───つまりキミ専用の手洗いとして使ってくれたまえ。男子生徒が間違えて入ってこないよう、扉も塗り替えさせた」


 なるほど、扉にはでかでかと「婦人専用」「男子使用禁止」と書かれています。


 学園でたった一人の女子生徒のために、こんなことをさせてしまって、本当に身のすくむ思いです。

 ですが、先日のようにいちいち王子さまに見張りに立ってもらっていては申し訳ないし、私も気が休まりません。


「キミも慣れない環境で大変だろうとは思うが、頑張ってくれたまえ。レオナルドや他の王子殿下もキミには期待しているようなのだ」

「他の殿下さま方も……?」


 学長先生が仰るには、この女子トイレの進言をして下さったのは、ウィリアム殿下だというのです。

 もしかするとそれはご自分の負担を減らそうという意味合いなのかもしれませんが、ウィリアムさまが私のことを気にかけて下さったのは間違いないことのようです。


 私はあの無口で仏頂面の眼鏡王子さまの心に触れたような気がして、胸の奥がほんの少し暖かくなるのでした。


 さて───午前の授業も無事にすみ、午後からは初めての「戦闘実技」の授業。

 戦闘実技や体を動かす授業のときは運動着に着替えるらしく、これは私が着ても問題ないもののようでした。


「つ、ついにこの時が……」


 ええ、もちろん私は「戦闘」など行ったことはありません。

 正確には村で魔物に襲われた時、無意識に精霊の力を発揮したようなのですが、まったく覚えがありません。

 それともう一回、精霊の刻印をお見せした時、ついうっかりウィリアムさまを突き飛ばした時です。

 

 そんな小娘がいきなり剣を持たされても、なにをどうしてよいやら。


「お、重い……ッ」


 村では畑仕事もしていましたが、私が振るうのは軽い鍬程度。

 こんな長さ一メートル以上もある金属の棒を持たされたところで、まともに振れるわけがございません。


「ふうむ、まだ地精霊の力がうまく使いこなせないようだね」

「だよなあ。本当なら嬢ちゃんはそんな剣程度、小枝並みに扱えるはずなんだぜ」


 そ、そう言われましても。


 よろよろ、ふらふらと素振りをしていると、背後から何やら笑い声が聞こえます。

 それも明らかに人を小馬鹿にしたような、いやな笑いです。振り返ると昨日、私に真っ先にいちゃもんを付けてこられた方が、お仲間となにやら私を見てひそひそ話をしています。


「よう、ニールセン! こそこそしてねえでオレと手合わせするか、ああ?」


 彼らに気付いたアントニオさまが声をかけると、ニールセンと呼ばれた方はにやにや笑いを浮かべたまま、私たちに近づいてきました。


「いえいえ、焔精霊の加護を受けし勇者アントニオさまの相手など、僕程度の騎士見習いに務まるはずもありません。そこの、『五人目』ならともかく」

「本当に五人目だったら、だけどな」


 あっははは、とまたいやな笑いを私に向けてきます。

 そればかりかその態度は、私の相手をして下さっているレオナルドさまたちまで小馬鹿にしているとしか思えません。


(でも、剣一つまともに振れないのは本当のことだし)

「マリア」


 と、レオナルドさまがいきなり背後から私を抱きしめてきました。

「ひえっ?」

「マリア。剣を両手で握ってまっすぐ構えてごらん」


 いえ、抱きしめられたのではなく、剣を握った私の手を取って、それを構えさせたのです。

 けれど殿下の声はほとんど耳元で囁くようで、私はがちがちに緊張してしまいます。


「レオン? どうするつもりだよ」

「まあ、いいから。キミたち、そこまで言うなら、彼女に思い切り斬りかかってみたまえ」


 ええええっ。


 な、なにを言いだすのでしょう、レオナルドさまは。

 謙遜しているとはいえ相手は男性、しかも騎士見習いとして鍛錬を積んできた方です。

 あんな人に斬りかかられたら、私は間違いなく吹き飛ばされてしまいます。


「賭けてもいい、キミは彼女を一歩たりともこの場から動かせない」

「おい、レオン?」

「おやおや、レオナルド殿下ともあろうお方が、その小娘に怪我でもさせたら大変ですよ。なにしろ五人目ですからねえ~」


 そう言いながら彼は腰の剣を抜いて、私に近づいてきます。


 その顔は悪意に溢れ、ちょいと田舎の小娘を脅しつけてやれと思っているのが丸わかりです。

 その前に立ちはだかろうとするアントニオさまを、レオナルドさまがお止めになります。


「いいから、やらせてやれアントニオ。きっと大丈夫だから」


 なんですかどこから出てくるのですか、その自信は。

 私本人がまったく自信がないというのに、と思っているうちにもすぐ目の前まで来た彼が、高々と剣を振りあげます。


 私は剣を構えてそれを受ける体勢。

 けれどこの人と私では、土台体格に差がありすぎます。このまま剣を叩きつけられたら、ひとたまりもないでしょう。


「お前みたいな……」

(ひっ)

「お前みたいな田舎娘が勇者だと? そんなこと、認められるかあぁっ!」


 びゅうんっっ。

 

 大上段に振りかぶった剣が振り下ろされ、私の構えた剣に激突しました。



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