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7 たった一人の女子生徒


 結局、私が寮に入るのは多くの問題があるということが判明し、その夜、私はレオナルド殿下の私邸に泊めていただくこととなりました。


(これはまた、なんて豪華な……)

「狭い邸ですまないね、マリア。急に準備できるのはここしかなかったんだ」


 いえいえ何を仰いますやら。

 はっきり言って私の家よりもずっと大きく、ずっと豪華なお屋敷に私は思い切りアホ面を晒してしまいました。

 しかも使用人がなんと五名、私を下にも置かぬ扱いで、ひたすら恐縮するばかりです。


「マリアさま、お食事の支度が整いました」


 なんとメイドさんが上げ膳据え膳、目の前には信じられないほど豪華で品数の多い料理の数々。

 銀の器には色とりどりの果物、食器もピカピカの銀食器です。

 ただ、使用人の皆さまのなんとも言えない表情に私も気づいていました。


 レオナルド殿下が私のことを「とても大事なお客さまだから」と説明なさったので、面と向って何か言われることはありませんでしたが、彼らの目は「どこの田舎もんだよ」と雄弁に物語っていたのです。


「あの、わたし食欲があまりなくて……今日はもう休ませていただいてもよろしいでしょうか」


 豪華すぎる食事にも気圧され、なんだかお料理が喉を通らず。

 私は早々に休ませていただくことにしたのですが、これがまた落ち着きません。

 染み一つないぴかぴかのシーツにふかふかのクッション。


 ふかふかすぎて私はなかなか寝付けなくて、寝不足状態でついに転校初日の朝を迎えてしまったのでした。


「え~、一部には既に聞き及んでいる者もいると思うのだが……彼女はマリア・マシュエスト。今日からこの勇者アカデミーの一員となる女子生徒だ」


 ここは全校生徒を収容できる大講義室。

 貴族の子弟ばかりが入学を許される勇者アカデミー。その全校生徒の前で、私を傍らに立たせた学長先生が、言いづらそうに私を紹介なさいました。


 最前列に四人の王子殿下が揃ってらっしゃるのは心強いのですが、教室内は何とも複雑な雰囲気でした。

 なにしろ皆さんは一人残らず男性───それも全員が全員貴族の子弟であり、将来は騎士や剣士を目指している方々。

 生徒の皆さんの顔に浮かんでいるのは「疑問」「困惑」「敵意」「嘲笑」といったものだったのです。


「学長───僕には到底信じられないのですが、その娘が『五人目の勇者』だというのは本当なのですか」


 挙手してそう発言されたのは、もしかしたら昨日、校門のところでお会いした中の一人かもしれません。


「うむ、そのことだが各地の監視所で魔物の出現が報告されていることは、みなも知っていよう。レオナルドたちが立ち寄ったジクロア村を魔物の群れが襲った時、このマリアくんが勇者の力を発現したという報告がレオナルドより提出されている」


 さすがに王子殿下の報告を否定することはできないのか、先ほど発言された方はチッと小さく舌打ちをして、黙って私を睨みつけてきます。


 そこまであからさまな敵意を向けられては、さすがの私も不愉快というものです。

 これが村の悪ガキ相手なら私も黙って言われっ放しでいないのですが、目の前にはレオナルドさまが心配そうに私を見つめてらっしゃいます。


(ああ、レオナルドさまが私なんかを心配して下さっている)


 そう言えば、今朝お屋敷に迎えに来て下さった時も、殿下は本当に紳士的に、まるで淑女を扱うように私に接して下さいました。

 ぶっちゃけ、田舎育ちの私の扱いなどジャガイモやカボチャ並みの乱雑さで十分なのですが、私もやはり女と申しましょうか。

 見目麗しい美青年にお嬢さま扱いされるのはなんとも面映ゆく、心躍るものなのです。


 とまれ───どうにか自己紹介もすみ、私はレオナルドさまたちと共に緊張の授業一日目を迎えたのでした。


「マリア、授業を受けてみてどうだった?」


 午前の授業が終わった後、レオナルドさまにそう尋ねられました。


「初めて習うことばかりなので楽しいです。私、学校に通うのは初めてですので」


 私の言葉に殿下たちは一様に驚きの表情を浮かべましたが、これは田舎なら当たり前のことなのです。

 そもそも総人口八十七名の村には同い年の子どももおらず、学校はなくても読み書きやごく基本的な算術程度なら父に習いました。

 最近では村の子どもたちに私が読み書き算術などを教えて、学校の真似ごとのようなこともしていました。


 勇者アカデミーではそれ以外にも王国の歴史だの地理、さらには文学や科学についての一般教養、それに貴族としてのマナーなども学ぶそうなので、私は珍しくてたまりません。

 ただ───「戦闘実技」とかいう授業が果てしなく不安ですが。


(それに、同世代の方がこんなに集まってるのも初めてだし)


 彼らにしてみれば、私は神聖な学び舎に突然押し掛けてきた「部外者」なのでしょう。

 あるいは敵意を向けられるのも無理からぬことかもしれませんが、私はこの学園での生活もそう悪くないもののように思えました。


「話はそれくらいにして、昼飯と行こうぜ。食堂を案内してやるよ」


 私は四人の王子さまと連れだって、食堂に足を踏み入れました。

 まあそこはなんと天井が高く、華やかな場所だったのでしょう。

 既に食事をなさっている生徒さんの中には、お抱えのコックを連れている方もいて、そればかりか後ろで楽器を演奏させている方までいて、びっくりしてしまいました。


(そう言えば……村にいる時、ラファエロさまも香水係と音楽係を連れてらっしゃったような)

「いくら僕でも、学園にいるときにまで音楽係は連れてこないよ。まあ、ああいう見栄っ張りもいるようだけどね、あれではかえって野暮と言うものさ」


 そう言って前髪をかきあげて見せるラファエロさま。

 いえ、あなたも十分すぎるほどの気取り屋さんだと思うのですが、それは口にしません。


「いいから早く食おうぜ。嬢ちゃん、そらなにが喰いたい」

「え、ええと」


 メニューを見ても、私にはどんな料理だかちんぷんかんぷんです。

 「ナントカ風ナントカ、ナントカソースにナントカを添えて」とかじゃなく、もっとこう煮込みとか焼き魚とか茹でた芋とかはないのでしょうか。


 レオナルドさまが見かねて適当に料理を選んでくださったのですが、いざ豪華な料理を前にしても、緊張でかちゃかちゃ食器を鳴らしてしまったり、スープを音を立てて啜ってしまい、周囲から冷たい視線を向けられます。


「マリアくんには特別に、まともなテーブルマナー講座が必要なようだねえ」

「ス、スミマセン」


 つくづく呆れ果てた目を向けるラファエロさまは、私のドレスに目を向け、ハァと深いため息をつかれました。


「それにその服……まだ服に着られてる感満載だねえ? まあ、昨日買ったばかりの物だし、そもそもこの学園には女子の制服なんかないからしょうがないけど」


 そうです。

 この勇者アカデミーの生徒はみな同じデザインの制服を着ておりまして、レオナルドさまたちも今日からはその制服を着てらっしゃいます。

 そんな中で私だけが昨日ラファエロさまに選んでいただいたドレスを着ています。

 ええ、私の一張羅に比べればずっとずっと高級なドレスなのですが、大勢の男子生徒の中で一人この格好はやはり目立つというもの。もう周囲から浮きまくっているのです。


「あ、あの、わたし先に教室に戻ってます……」


 大教室に戻った私は、教室のいちばん隅っこの席に座り、午後はなるべく目立たないように過ごそうと思いました。

 私がみっともないところを披露すればするほど、レオナルドさまたちにまで恥をかかせてしまうということに気付いたのです。


「なあなあ、あの娘って田舎村から来たんだろ? そのわりにはいい身なりしてるじゃないか」


 と、少し離れた所に座った男子が私をちらちら見てひそひそ話をしています。


「馬鹿だな、田舎にあんなドレスが売ってるものかよ。どうせ殿下たちにおねだりして買わせたんだろ。厚かましい娘だぜ」

「まあ、庶民なんかそんなもんだよ」

「あんな田舎娘が五人目の勇者って言われても、到底信じられないぜ」


 うぅっ。

 別に私からおねだりしたわけでは……って、もういいです。


 何をどう言い訳したところで、このアカデミーに置いて私は「異物」。


 皆さまが騎士を目指して真面目に鍛錬なさっている中に、ただ勇者の力を授かったというだけの理由で放り込まれた一般庶民なのですから。

 王子殿下さま以外の人に理解してもらうなど、土台無理な話なのでしょう。


「はぁ…………」


 最初の物珍しさなどどこへやら。

 私は本当に自分が場違いな場所に来てしまったことを、あらためて思い知ったのです。



どうも地味でせせこましい話が続いて申し訳ありませんが、

一般庶民と貴族ってそーゆーものだと思うのですよ……

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