6 村長の娘、王都に立つ(後編)
「ふわあ…………なんて立派な建物」
そんなこんなで私たちを乗せた馬車は、勇者アカデミーの正門に到着しました。
その門構えもたいそう立派で、あんぐりと開けた口が塞がらないほどです。さすがは国をあげて勇者や騎士を育成する学校です。
勇者王子さまたちもこのアカデミーの生徒であり、日々切磋琢磨しては立派な勇者になることを目指しているそうです。
「これは勇者殿下御一同! 無事なご帰還のようでなによりです」
「聞けば、魔物が出現したとのことですが、誠ですか」
馬車を降りると、同じ制服を着た方々が口々に殿下さま方の名を呼びながら集まってまいりました。
皆さま身なりが立派な上にお顔立ちが上品で、さすが貴族の子弟と言う感じです。
その中でもレオナルド殿下さま方は皆さまに一目置かれているご様子で、やはりそこは精霊の加護を受けし勇者ならではなのでしょう。
「おや、なぜ下女が殿下と同じ馬車に乗っているのだい。キミ、使用人は使用人の馬車に乗りたまえよ」
「す、すみません」
と、なぜか謝ってしまいましたが、ですから私は下女ではありませんってば。
「みな、驚くだろうが聞いてもらいたい。こちらはマリア・マシュエスト嬢、僕たちが世話になった村の村長の娘さんだ」
「はあ……田舎村の村長の娘、ですか。一体なぜ王都に連れて来たのですか。まさか、殿下がお見染めになったとでも!?」
ぐっ……私は即座に、レオナルドさまに求婚されたと勘違いした時のことを思い出し、恥ずかしさに俯いてしまいます。
ああ、一刻も早く忘れてしまいたい、そして出来ればあの時の自分の頬をつねって「目を覚ませ、それは夢だ」と言ってやりたい気分です。
「いや、待ってくれたまえ。それは誤解だよ」
「いけませんぞ、殿下。このような田舎娘に誑かされるなど、王家の名に傷がつきます」
「見たところ、地味な顔立ちの田舎娘ではありませんか。酔狂にも程がありますぞ」
何を勘違いなさったのか、殿下のご学友たちはあからさまに小馬鹿にした目を私にお向けになり、アカデミーの門から私を追い出しにかかろうとなさいます。
なんでしょう、下女呼ばわりされたり、地味な顔立ちとかほっといて下さい。
自分でも自分の華のなさはある程度自覚していただけに、よけいにむかつきます。
「だから、誤解だと言っているだろう。こちらのマリア嬢こそが僕たちが探し求めていた運命の人───五人目の勇者なんだ」
ところがレオナルド殿下の言葉をお聞きになったご学友さま方は、一瞬ぽかんとした顔をして、そして一斉に腹を抱えて笑い始めたのです。
まあそうでしょうね、私自身もいまだに信じられないですから。
「はは、で、殿下がそのような冗談を口になさるとは意外ですな。こんな小娘が勇者ですと?」
「まさかこのためにわざわざ田舎から娘を連れだしてきたのですか? ははあ、アントニオさまあたりの思いつきでしょう」
「それともあれですか、田舎者に都会を見聞させてやろうという、ラファエロさまのきまぐれですか? いけませんな、庶民風情に分不相応な贅沢を覚えさせるのは」
「いやいや、これも庶民への福祉政策の一環ですかな、ウィリアム殿下?」
どうやらこれは王子さま方の仕込んだジョークか何かだと思ったのか、彼らは私を指さしてげらげらとお笑いになります。
ええ、お信じにならないのは無理もないと思うんですけどね。
これはいくらなんでも私、馬鹿にされ過ぎじゃないでしょうか。私ども一般庶民とは隔絶した、これがいわゆる貴族の高慢さなのかと、私は少々あきれてしまいました。
「レオナルド───学長のところに」
氷のように冷たい声音と視線。
ウィリアム殿下の言葉に失礼な方々はぎょっとして笑いを収めました。
どうやら王子殿下たちが本気だということ───ことに生真面目なウィリアムさまの態度に、ただならぬものを感じられたようです。
「あ、ああそうだな。マリア、入学手続きもある、まずは学長に会ってもらいたい」
「は、はあ……」
どうやら私が本当に五人目の勇者である───少なくとも王子さま方はそう思っていることを知ると、ご学友さま方の目が一斉に敵意を含んだものになるのが肌で感じられました。
しかし、そんな目で見られても困ります。
私だって好きで勇者として覚醒したわけではないのです。
いえそんなものに覚醒せず、いっそ一生寝とぼけていたかったくらいです。
しかし殿下たちの目の前で堂々とその力を───怪力などという誠に女の子らしからぬ力を───示してしまったのですから、いまさらどうしようもありません。
もちろん、勇者アカデミーの学長さまも、容易には信じていただけませんでした。
「まさか……」「そのようなことが……」「だがしかし……」
学長室の中をうろうろと熊のように歩き回りながら、学長先生さまは何度もそう繰り返しました。
「学長、どうか信じて下さい。彼女こそが五人目の勇者、地の精霊の加護を受けし存在であることは間違いないのです」
「そ、そうだ、精霊の刻印はあるのかね?」
ひいいいいいっ。
学長さまの言葉に私はまたぞろ貞操の危機を感じたのですが、他ならぬ御身をもって私の力を確認したウィリアムさまが、相変わらずの仏頂面で「確認しました、この目でしかと」と言って下さり、私はまた赤面してしまうのでした。
ああ、私はこれから先も、自分が勇者だという確認のためにいちいちお尻を見られる危険に晒されてしまうのでしょうか、とほほ。
ですが、それとはまったく別のピンチが私を待ちうけていたのでございます。
「むう……他ならぬキミたちの言うことだ、信じるほかあるまい。だが、一つ問題がある。キミたちも知ってのとおり、我が勇者アカデミーは全寮制だ。それはキミたちが王子であり、勇者であっても変わりはない」
「ええ、僕たちもこの学園の生徒ですから」
はあ、寮生活ですか。
私は漠然と王子さまはお城に住んでいると思っていたのですが、レオナルド殿下さま方も寮で共同生活をされているのだそうです。
もっとも、勇者アカデミーの寮なのですから、私の住んでいた田舎の生活よりも、よほど上等であろうことは想像に難くありません。
「ええと、それでは私もその寮に住むことになるのですか?」
と、何気なく尋ねますと、学長さまも殿下さま方も、みな一様に渋い顔をなさるのです。
「マリア……この国には騎士制度と言うものがある。文武に勤めその実力を認められたものは、騎士の称号を受ける。この学園の生徒の目標も、一人前の騎士となることなんだ」
「はあ」
「えっとだな、そんでな嬢ちゃん。王国連合じゃあ、男にしか騎士の身分を認めてないんだ。つまり───女騎士ってのは昔も今も存在してないんだ、ただの一人もな」
歯切れの悪いアントニオさまの言葉に、私は首を傾げます。
「あ~もう、鈍い娘だねキミも。この学園にはただの一人も女生徒なんかいないんだよ。いるのは全員男、もちろん寮に住んでいるのも一人残らず男ってことさ」
「え…………えぇ……ええええええええええ~~~~~~っっっっ!」
そ、それはもしかしなくても大問題なのではありませんか?
私、男子寮に入れられるってことじゃないですか。
私はようやく学長さまが頭を抱えている理由に思い至り、途方に暮れてしまいました。
「寮と言うからには、衣食住を他の生徒たちと共にしなければいけないのだが、寮にはご婦人のための設備などないのだ」
学長さまの言葉に、私は血の気が引いてゆくのを感じました。
食事……これくらいを共にするのはどうということもありません。けれどお風呂とか、お、お、お手洗いとかどうすればよいのでしょう。
「そうだ、寮だけじゃない、この学園自体にも───ないのだ。その、女子トイレが」
「そういえば、教師陣を始め食堂の厨房士も給仕も掃除夫もみぃ~んな男だものねえ。ご婦人の化粧室なんて最初っから設計段階でなかったわけだ」
「ひぇえええええええ~~~~っっっ」
卒倒しそうになる私を、レオナルド殿下が支えて下さいました。
あ、手洗いがないとわかると、わたし急に催してまいりました。
まったく人の体と言うのはままならぬもの……などと悠長なことを言っている場合ではありません。
「マリア、顔色が悪いよ。大丈夫かい?」
「あ、あの、本当にこの学園には女性用のお手洗いがないのですか? ど、どこにいけば」
「おいおい嬢ちゃん、まさか」
呆れるアントニオさまに、やれやれと眉根を抑えるラファエロさま。
そんな顔をされても、出物腫れ物所嫌わずというではありませんか。さすがのレオナルドさまもどうしていいかわからず、私とおろおろするばかりです。
そんな私の腕を、ウィリアムさまがぐいと引っ張りました。
「ウ、ウィリアムさま? あの、あの、あの」
無口で仏頂面の眼鏡の王子さまはずんずんと廊下を進み、私をある場所に連れていきました。
「少し待っていろ」
ウィリアムさまは私を残してそこに入って行くと、そこで談笑していた数名の男子学生の首根っこを掴んで追い出し始めたのです。
「わあ」「なんだなんだ」
そうして誰もいなくなったことを確認すると、私に入るように仰ったのです。
「誰も入らぬよう、外で見張っている」
「あの、でも、ここ男子トイレ……」
「早くしろ」
その時には私ももうのっぴきならない状態だったので、やむなく個室に入らざるを得ませんでした。
これで何とかことなきを得たものの───手洗いの外に男性を待たせたまま用を足さねばならないこの状況に、私は顔から火が出る思いでした。
(ああああ、廊下ではウィリアム殿下が私を待っている───私が用をたすのを)
個室にいるとはいえ、これでは見られているも同然ではありませんか。
こうして、王都第一日目はさんざんな目に遭ったのでございます。




