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6 村長の娘、王都に立つ(前篇)


「はぁ~……ここが王都……」


 はい。

 私、お上りさんです。

 レオナルド殿下の馬車に乗せていただき、は~るばる来たぜ王都に~。


 何はさておき勇者アカデミーに向かうとかで、王子殿下の皆さまはいちばん大型のレオナルド殿下の馬車に私と共に同乗しておられます。

 さすがは王子様専用の馬車、五人乗っても広々としています。

 村を出たときは皆さま基本的にご自分の愛馬に騎乗され、広い馬車に私一人。

 使用人の方々は使用人用の馬車に乗っておられました。

 

 やはりと申しますか、王族専用の馬車に使用人が乗ることは憚られるのだそう。雨が降らない限り、馬車は空のままなのだそうです。

 さすがは王子さま、なんとも贅沢な馬車の運用です。

 そうして王都に到着してからは護衛兵の方、そして使用人の方と別れ、王子さま方はこうして私と共に一つ馬車での移動となったのです。


(き……緊張します)


 一つの馬車に四人の王子さまと一人の小娘。

 あちらを向いても、こちらを向いても王子さま。

 王子さま含有率じつに八〇%の車内で、緊張しない娘がいるでしょうか。

 本当なら四人の王子さまの整ったお顔を一人一人じっくりと鑑賞したいところですが、さすがにそれは自制しました。


(そ、そうです、窓の外を見て気を紛らせましょう)


 初めて訪れた王都の様子に、私はたちまち目を奪われました。


「あっあっ、あれは何のお店でしょう? あんな色とりどりのお花があんなにたくさん……あっちはパン屋さんですか? ああ、王都ではパンさえも垢ぬけて見える……」

「マ、マリア。落ち着いて」


 それにしてもさすがは首都、さすがは都です。

 なんという人の多さ、建物の多さ、山も川もどこにもないではありませんか。

 いったいどこで牛や豚を育てたり、どこで畑を耕し、どこから薪を拾ってくるのでしょう。

 

「あっははは、愉快な嬢ちゃんだな、ホントに!」

「やれやれ、予想を裏切らない娘だねえ~」

「…………じきに、慣れる」


 そこはかとなく馬鹿にされてるというのは理解できますが、私は王都の圧倒的なスケールにただただ打ちのめされていました。

 果たしてこれが世界の広さなのでしょうかと感動するのに忙しく、勇者王子さま方の皮肉にもまるで動じなかったのでございます。


 中でも私がいちばん引きつけられたのは、純白の豪華なドレスが飾られたお店でした。

 それはもう見たこともないゴージャスさ、そして清らかさと申しましょうか、まるで天上の天使さまが身に着けておられるような美しさです。


「ああ……あれはウェディングドレスだよ。結婚式で花嫁が身につける衣装さ」


 ウ、ウェディングドレス!


 村で何度か結婚式が行われたこともありましたが、花嫁は自分の持っているドレスの中でいちばん上等のものを着て、そこに皆が持ち寄ったアクセサリーや花飾りをあしらうくらいのもの。

 あんな華やかで清楚なドレスを着ることなどありません。


(お、恐るべしです、王都……)


「近ごろは貴族だけじゃなく庶民の間でもウェディングドレスは当たり前みたいだねえ。もっともレンタル衣装らしいけど」

「キミの妹の時は華やかだったねえ、ラファエロ」

「あぁ~、苦労したよ。僕のデザインしたドレスは最高の出来だったけどね」


 ラファエロさまの二つ下のお妹さまがお興入れする際、お妹さまはラファエロさまのデザインしたウェディングドレスで式をお上げになったのだそうです。

 シャンペンブロンドの巻き毛の王子さまは、芸術方面でも才能を発揮しておられるようです。

 ラファエロさまの目からすれば、私の一張羅が───今も着ているのですが───普段着にしか見えないのも無理はないかもしれません。


「そうだ、マリアくん───」

「は、はい?」

「キミ……もう少しいい服持ってないのかい? その服で我らが勇者アカデミーに赴くというのは、さすがにどうもねえ~」


 ううっ。


 初めての王都ということで浮かれていましたが、私は自分がただの田舎者だということを改めて思い出し、肩身の狭くなる思いでした。

 馬車の窓から外を見てもさすがは王都、道行く人々もみな垢ぬけています。

 私などの目からすれば、ぶっちゃけどなたが貴族でどなたが庶民なのかもわかりません。女性の方の身なりを見ても、みな素敵なドレスを身に着けておられます。


「レオン、ちょっと寄り道していくよ」

「ラファエロ?」


 ラファエロさまはとある店の前で馬車を止めさせました。

 そして真っ先に馬車を降りると、私に対しこれ以上はないというくらいの紳士的態度で、手を差し伸べて下さったのです。


「まあ、いちおう仮にもキミもレディーには違いないからねえ」

 ………………ハハハ……ハァ。


 そうして連れてこられたのは……服飾店。

 それも女性向けのお店でした。こういうお店のことを王都ではブティックと呼ぶのだそうです。


「キミが王都で暮らすための生活費その他は国から下りるんだろう? さあなんでも好きなドレスを選ぶといい」

「えっ…………えぇえええっ?」


 き、急にそんなことを申されましても。

 陳列されている服はどれもこれも素敵なものばかりで、私の一張羅とは比べ物にならない華やかさ。

 そしてお値段もそれに見合ったものばかり。


(ひいいっ、このドレス一着で一カ月の食費くらい賄えます……!)


「僕はマリアのその服、とても似合っていると思うけれど、これからここで暮らすんだから、替えは多いに越したことはないね、うん」

「あ~、女の服とかわかんねえから、俺は馬車で待ってるわ。っていうかウィリアムは降りようともしねえ」


 そう言ってアントニオさまはお店を出ていかれます。

 おろおろする私にレオナルドさまは「せっかくだから」と促され、なるべく地味そうで安そうで丈夫そうなドレスを一着選びました。


「そ、それではこれで」

「あぁ~~~ダメダメ! そ~んなイケてないのを選ぶなんて、キミは本当にセンスがないねえ。そんなのより、ほらこういうのはどうだい?」


 そう言ってラファエロさまがお選びになったのは、目にも鮮やかな真紅のドレス。

 ちょ、こんな派手派手な色、人目についてしょうがないじゃありませんか。


「ふむ、キミの地味な顔立ちでは少しミスマッチか。じゃあこっちのはなかなかだよ」

「あの、せ、背中がざっくり開いてるんですが」

「これがいいのさ、大胆かつ繊細なラインが実にいいね…………うん、キミにはちょっと合わないかな」


 それからラファエロさまは何着も何着も私に試着をさせ、私はまるで着せ替え人形になった気分でした。

 しかも試着の度に「顔が地味すぎ」「生活感出過ぎ」「背筋が曲がってる」などといちいちダメ出しをなさるのです。


「ラ、ラファエロ……せっかくなんだし、マリアの好きなのを選ばせてやれば」

「ダ~メだってレオン! この娘の壊滅的センスで選ばせたら、それこそ学園のいい笑い物だよ」


 そこまで言いますか。


 結局、何とか妥協点を見いだしたドレスを数着選び、そのうちの一着を着てお店を出ることになりました。

 そのときの合計金額を聞いて私は卒倒しそうになったのですが、ラファエロさまは意外にも柔らかい笑顔で首をお振りになりました。


「マリアくんにはまだその自覚はないだろうけど、キミは五人目の勇者、僕たちの大切な仲間なんだよ。その仲間のためなら、この程度安いものだよ」

「ラファエロさま……」


 そうです、私が恥をかくということは、勇者さまたちが恥をかくということ。

 私はラファエロさまのため、レオナルドさまのためにもちゃんとしていなければいけないのです。私は真新しいドレスに身を包み、いよいよ勇者アカデミーの門を叩くこととなったのです。



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