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第Ⅳ部 王女のためのひととき

 厳重な警戒の城門をくぐり抜け、お城に入るとそこは別世界のようでした。シンプルながらも凝った模様の壁。床には毛の長い絨毯。国王か、はたまた王女の趣味か、もしかすると今は亡き王妃の好みかもしれない。あちこちに同じ花がいけられた花瓶が置かれていました。その花は毎日変えられているのでしょうか、生き生きとしています。きっとどこかに庭園があって、そこにはたくさん咲いているのでしょう。小さな青い花弁がつぼみを優しく包んでいるその花の名を残念ながらワタクシは知りませんでした。

「まあ、ようこそいらっしゃいました。お待ちしていましたのよ。満月のかけらのみなさん」

 吹き抜けの二階から下を覗きこむ少女が涼やかな声をかけてきました。後ろには召使いが控えているので、多分彼女が王女殿下でしょう。

「エルフェーラさま、そんなところにいないでこちらへ降りてらしてください」

 応接間から続く廊下から歩いてきた若い男性が、呼びかけた名はたしかにこの国の王女のものでした。気付いて王女が降りて来る階段に向かってワタクシたちは跪きます。王女が一階に降り立ったのを見計らって下を向いたまま口を開きます。

「お初にお目にかかります、エルフェーラ殿下。ワタクシが満月のかけら団長でございます。今日は殿下に最高のひとときをお約束いたしましょう」

「すてき。期待していますわ」

 本気で喜んでいるのが見てとれる王女は会場となる部屋へ先に移動するようです。王女が下がると、廊下から歩いてきた男性がつかつかとこちらに歩み寄ってきました。なんだか威圧感のある男性ですねぇ。

「私が依頼主のスレイ・オーフォックスだ。今日はエルフェーラさまのためにご足労いただき感謝する。さっそくで申し訳ないが、準備に入っていただきたい。召使いに案内させよう」

 こいつがスレイか……、団員たちがちらりと彼の顔を見たのがワタクシにはわかりました。控え室に移動すると準備をしつつお互いが内緒話をしています。

「とりあえず公演が終わるまでは何事もないと思うよ〜。王女は僕たちのことを知らないみたいだしね〜。彼女に怪しまれないようにやるんじゃないかな〜」

 外で見張っている案内役兼スパイであろう召使いに気付かれない程度の声音で言うと、団員たちもそうだろうな、と首肯しました。

「ま、王女を楽しませるのが第一目的ってことで〜」

「そうね。王女さまもまだ少女だったわね。楽しそうだったし」

「これからもっと楽しませてやろうぜ」

 いつもと変わらずのんべんだらりとした話し方をするワタクシに、団員たちも応えてくれました。もうすぐとらわれの身となるかもしれないことが分かっている者たちの会話じゃありませんねぇ。和やかな雰囲気のまま準備は進められ、時間になると会場となる広間に案内されました。

 大掛かりなパーティーなどに使われるのだという大広間は、半分にステージが設置され、残り半分は王女や城に仕える者たちが観客として椅子に座っていました。会場で再び準備をし、さあ、楽しい時間の始まりです。

 満月のかけらは劇の中に身軽なアクロバットを取り入れたのがウリです。今回の演目はピーターパン。遠い国で知られているおとぎ話で、この国にはまだあまりその存在は知られていません。ですが親愛なるみなさんでしたらストーリーがおわかりかと存じます。

「エルフェーラ王女殿下ならびに城に仕えているみなさま、本日はワタクシども“満月のかけら”をお招きいただきありがとうございます。我ら一同この上ない誉れに感激いたしております。さて本日の演目は「夢の国の少年」。ここより遥か西の国でおとぎ話として語られている物語ではございますが、はたしてそれは真におとぎ話に過ぎないのでしょうか?今ここに真実をご覧にいれましょう!それでは至上のひとときをお楽しみ下さいませ」

 前口上を述べてから舞台袖に下がるとすれ違いに、ピーターパン役のシィジィがステージに駆けていきました。会場の窓が黒い布で覆われ、ステージの周りを囲むろうそくのひとつに火が灯されると、油でつながっている筒を火が伝い、ステージの上は一気に明るく照らし出されます。ステージ上に置かれた大道具の間をすり抜け、シィジィが自由自在に駆け巡り始めました。

 物語は異国の者や小さな子どもにも意味がわかるように作られています。きっと王女にもお喜びいただけること間違い無しと自信満々でしたが、結果は予想以上でした。王女は椅子から身を乗り出さんばかりにステージに目を奪われ、大きな目をきらきらさせていました。あんまり身を乗り出しているものですから、その度にお付きの者であろう女性にたしなめられていました。会場は笑ったり、ハラハラしたりと様々な感情にせわしく包まれ、舞台は大成功だ、とこの時点でわかるのでした。

「…………ルー、王女が退室してからだ」

 ですが、盛り上がっている会場の陰でスレイが何事かを部下に指示したりしているのをワタクシは見逃しませんでした。近くにいた戦闘能力のあまりない幼なじみに注意の意を込めて囁きます。彼女はしっかり頷いて、「そのようだね」と返しました。

 物語が終わりを迎え、窓にかかっていた布が外されると人々は現実に引き戻されたかのように、ほぅっと溜め息をつくのでした。

「とてもすばらしかったわ!」

 興奮したように王女が叫びます。ワタクシたちは最後の礼をするべく一同ステージに並びました。

「本日はご覧いただきまして真にありがとうございました。王女殿下のこれからが今日のように楽しく、彩り豊かなものでありますよう、我ら一同願っております」

 結びとともに一斉にお辞儀すると、王女は立ち上がって拍手をしました。つられて城仕えの者たちも。

「今日はすてきな時間をありがとう、満月のかけらのみなさん。また機会があればぜひいらしてくださいませね」

 「もちろんでございます」王女の言葉にそう返すと、彼女はにっこり笑って優雅な仕草で一礼し、退室していきました。続いて会場を埋め尽くしていた城仕えの者たちも退室し、残されたのはワタクシたちとスレイ大臣、そして彼の側近たちでした。

「ご苦労であった。依頼金のことだが……」

 スレイ大臣がそう言いかけると同時にワタクシたちの頭上から網が降ってきました。もちろん固まって並んでいたわたくしたちはみんな網に捕らわれてしまいました。

「………野蛮な戦闘集団には与えずともよかろう?」

 変わらず無表情のままでスレイは告げます。と、シィジィがいつの間にか出した水のナイフで網を切り裂きました。スレイは特に驚いた様子もなく右手をすっと上げると、どこに隠れていたのか兵たちがわらわらと出てきました。

「どうしますか、団長?」

 シィジィがナイフを構えて尋ねてきます。ほかのメンバーも各々構えていました。

「ん〜?そうだね〜、逃げるが勝ちかなぁ」

「了解。退路はわたしたちが切り開くわ。先に逃げてちょうだい、みんな」

 サーヤが銃を構えたままシィジィの隣に歩み寄ってきました。

「馬鹿言うんじゃないわよ、サーヤ!逆でしょ!?」

 アービーが怒鳴りつけるのを厭う様子もなく、彼女は「そのためにわたしたち、来たんだもの」と穏やかに言うだけでした。ワタクシとヴィ・ヴィ=ルーは彼らがこういった行動に出ることを承知の上で来ることを認めたのですから、任せるよりほかありません。

「ここはあの子たちに任せよう。僕たちは逃げるよ〜」

 ワタクシがそう言うと、団員たちは押し黙り、無言の肯定。

「逃がすわけがないだろう」

 スレイがそう言い、合図をすると兵たちが一斉に襲いかかってきました。まずシィジィが切り込んで行き、鎧の隙間から的確に攻撃をしていきます。サーヤが援護をしつつ、ワタクシたちを逃がすための道へ誘導してくれます。

「行って!」

 一瞬開けた道を逃さず、ワタクシたちはふたりを残して城を後にしました。ワタクシは、これを後に、後悔することになります。


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