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第Ⅲ部 ふたりの決意

 満月のかけらが拠点に使わせてもらっている宿屋に四人が到着する頃には、すっかり暗くなっていてレンシスなどは馬車に揺られて眠そうになっていました。

 宿の扉を開けるとすぐに食堂があります。この時間帯であればいつもは誰かしらが晩ご飯だったり、食後の晩酌などをしているのですが、今日に限っては珍しく誰もなにも飲んだり食べたりしていません。

「あら、なんだか様子がおかしいわね」

 入ってすぐにサーヤが首を傾げます。食堂には満月のかけらの団員がほとんど集まっていました。さすがにフルメンバーそろうと狭いですねぇ。

「おかえりなさい、サーヤ」

 宿屋の女将、ナノハが声をかけるとようやく何人かが四人の帰還に気付きました。

「いいお知らせよ、サーヤ!王宮に満月のかけらが招待されたんだって!」

 サーヤと懇意にしている宿屋の従業員が自分のこととばかりに喜んで知らせてきました。四人はようやくこの雰囲気に合点がいきました。表面上はみんな喜んでいますが(中には事の重大さがわからず本気で喜んでいる者もいましたが)、心中では不安を抱えている顔つきです。ですが、そこはそれナノハたちには気付かれぬようにうまく隠していました。

「まぁ、素敵な知らせね。ありがとう、スナミ」

 年上の元気な女性に内心複雑ながらもサーヤは当たり障りのない返事をしておきました。

「王宮に呼ばれるサーカス団は史上初じゃないか?過去に楽団くらいはあっただろうが」

 スナミと同じく従業員のキーブです。スナミとは反対に冷静ながらも、彼も心の底から祝福してくれていました。それだけに、満月のかけらの団員たちは複雑です。

 彼女たちは知りません。宿を提供しているサーカス団が裏稼業として、戦闘集団“マリー・ベル”として活動していることを。もちろん、ワタクシたちは確固たる信念を持って活動していますが、王宮……国から見ればただの犯罪集団です。バレればただでは済まないでしょう。王のお膝元に赴くというのはそれだけの覚悟がいる、ということです。

 ナノハが祝杯だと言って酒を用意しだすと、スナミたちは早速それを各テーブルに配り始めました。

「……………ねぇ、どう思う?」

 サーヤが傍らにいたシィジィに囁きました。事態がわかっているのかいないのか、レンシスは既に船を漕いでいます。ゆらが構ってもらえずちょっかいをかけていますが、彼は眠いせいで唸るような返事しかできずにいます。

「どうって?」

「危険よ、これは。バレたら捕まるわ」

 シィジィはスナミが持ってきたジョッキを煽りました。サーヤは小難しい顔であごに手を当てています。

「大丈夫大丈夫。なんとかなるなる」

「随分楽観的ねぇ。たとい逃げられたとしても、正体がバレれば指名手配されるのよ?」

「そん時はそん時さ」

「まったくその根拠のない自信はどこからくるのかしら。でも………断れないでしょうね」

 サーヤがシィジィの楽観的な態度に呆れている頃、ワタクシはワタクシで決断をせねばなりませんでした。もしワタクシたちに裏の顔がなければ、喜んで引き受けたでしょう。王宮に招待されたということは、この上ない名誉。誇りに思ってよいことなのですから。ですが、ワタクシたちはふたつの顔を持っています。罠の可能性も捨てきれません。されど罠だとわかっていても、ワタクシたちは赴かなければなりません。大臣の立場にある者、まして王女のための公演などどうして断れましょう。

 現在、ヴォルッカは国王が病に伏し、政の中心は大臣であるスレイが行っているのですが、彼には圧政に苦しむ民の姿が見えていないようでした。国王の優しい政とは一転し、この国には暗雲が立ちこめ始めていました。おかげで最近は公演に来るお客さんも減っていっています。ですが、大臣は大層頭の切れるお人で、ワタクシたちの正体に気付いているのやもしれません。いえ、気付いているでしょうね。

「ホクシミィ、サーヤたちのためにももう一度説明してやってくれる〜?」

 傍らでいつもと変わらぬ表情の老人に声をかけると、彼は頷き、再びみんなの注目を集めました。

「確認の意味を込めて、もう一度わたしのほうから説明をさせていただきます。私たち満月のかけらは王宮にて公演をするよう、招待されました。依頼主はスレイ大臣。国王陛下の病を嘆き、元気のないエルフェーラ王女殿下を元気づけてほしいとのことです。日にちは……明後日」

 入り口にほど近い席でサーヤが少しばかり眉をひそめたのがここからでも見えました。

「そういうこと。なんせ王宮での公演だからね、場所もいつもと違うし、慣れないだろうからメンバーは選抜して行くよ〜。明日の朝に選ばれたメンバーの部屋にホクシミィを使いにやるから、その人たちは昼までにテントまで来てね〜。………ま、なにはともあれ、僕たちの実力が認められたってことで!かんぱ〜い!!」

 暗に腕の立つ者を連れていく、との意を込めた言葉は団員たちに届いてくれたらしく、各自が頷いて再びジョッキを高く持ち上げ乾杯するのでした。

 その日の夜、ワタクシの部屋をノックする者がおりました。なんとはなしに来るだろう、と予感はしていたので「開いてるよ」と声をかけると入ってきたのはやはり幼なじみ。

「来るとは思ってたよ、ルー」

 ワタクシがいつものおちゃらけた道化の仮面を外せるのは、もはや彼女、ヴィ・ヴィ=ルーの前だけでした。

「もうメンバーは決まっているんだろ?」

 入ってくるなり彼女は珍しく不機嫌そうに言いながらワタクシのベッドに腰掛け、足を組みました。ワタクシはというと、火の入っていない暖炉の前にある椅子に座り苦笑しながら幼なじみの顔を見ました。

「ああ。トランプメンバーのうち、サーヤとシィジィは連れていくよ。彼らは強いからね」

 彼女が求めていた答えとは真逆のことを言うと、やはりというかヴィ・ヴィ=ルーはキッとこちらを睨みつけました。そういう顔をすると、気の強い昔の面影がそのまま残っているのがわかります。

「あの子たちはまだ子どもだ。なにも危険なところに連れて行く必要はないだろ。あたしはマリー・ベルの活動にあの子たちが参加しているのも本当は反対だって、あんたも知ってるはずだ」

 彼女の言わんとするところは痛いほどわかります。お互いに今、心に思い浮かべるものは同じでしょう。

「…………また、マリーの二の舞を踏むつもりかい?」

「そんなことは望んじゃいない。だが、今までのことはすべて彼ら自身が望んできたことだ。僕には、口出しできないよ。今も………昔も」

 自分が弱いということは充分承知しています。それでも、だからこそ。彼らが望んだ形に舞台を整えてやりたいのです。

「望んだこと?あんた本気で言ってんのかい」

「本気だよ」

 目をそらさずに答えてやれば、彼女はひと際眉をひそめました。昔の彼女ならこの時点で僕をぶっていただろうなぁ、と感慨にふけりながらも彼女を納得させるためにある行動をとりました。「おいで」一声かければ、洗面所へ通じる扉が開き、サーヤとシィジィが姿を現しました。

「サーヤ……」

 ヴィ・ヴィ=ルーはわずかに目を見開き、驚きを顔に浮かべました。ヴィ・ヴィ=ルーが来る前にサーヤたちはこの部屋を訪れていたのです。


 ヴィ・ヴィ=ルーが来る数刻前にワタクシの部屋を訪れたふたりは、王宮への選抜メンバーに加えてほしいと頼んできました。

「君たちが入ることで確かにほかのメンバーが殺される確率は低くなるだろうねぇ。でもそれをほかのみんなはよく思わないと思うよ〜?」

「わかってますよ。でもみんながおれらを思ってくれている気持ちと同じものを、おれらも持ってます」

 シィジィの言ったことは確かに彼らの言い分でしょう。よくわかります。

「ただ、ゆらとレンシスは……。あの子たちはあまりにも幼い。きっと連れて行ってほしいと言うでしょうけれど、今回はあの子たちのぶんの気持ちもわたしたちが背負います」

 シィジィは心が身軽なので、考えるよりも先に動いてしまう性格です。サーヤはサーヤで、一旦こうと決めたらけっこう頑固なので、置いていってもこっそりついてきてしまうでしょう。ワタクシに彼らを納得させる術は持ち合わせていませんでした。それはマリー・ベルの誰がやっても同じ結果でしょう。彼らの瞳は揺るがないでしょう。

「しょうがないねぇ、いいよ。まぁ、もともと君たちは連れていくつもりだったけどね〜」

 それは招待を受けた時から決めていたことです。家族を守るため、最善の策でした。問題は、ヴィ・ヴィ=ルーです。彼女はマリー・ベルでもっとも四人の安否を憂えている優しき存在。だから、彼女の気持ちも彼らに伝え、彼らの気持ちも彼女に伝えることにしたのでした。


「ルー姐、ありがとう。ずっと、わたしたちを気にかけてくれていたこと、感謝しているわ」

 サーヤが微笑み、ヴィ・ヴィ=ルーの前に跪いて彼女の手を取りました。

「サーヤ」

 ヴィ・ヴィ=ルーはサーヤの目を見て、既に悟ったのか憂い顔で首を振りました。シィジィはヴィ・ヴィ=ルーと仲のよいサーヤに説得を任せることにしたのか、壁によりかかって立ち、ふたりを見守っています。

「でも、わたしたち、同時に団長にも感謝しているの。身寄りのないわたしたちを拾ってくれた。もう、マリー・ベルのみんなは家族。わたしが行くことで家族がひとりでも死なない確率を増やせるのなら行くわ、わたし」

 「おれもだいたい同じ考えっすねぇ」シィジィがサーヤの言葉に賛同します。ヴィ・ヴィ=ルーはそれでもまだ渋い顔。

「あんたたちの実力はわかってるよ。強い。でもね、相手は国さ。軍隊並みの数で押し切られちゃあさしものあんたたちも敵わないだろうし。たとえ無事逃げおおせたとしてもね、指名手配されちゃあ安住の地はなくなるんだよ。行かなければ、いくらでもごまかしはきくんだ。それでも行くのかい」

 サーヤはゆっくり大きく頷いてから、ワタクシのほうをちらりとだけ見やりました。そしてまた目の前の美しい女性の目に視線を合わせます。

「マリー・ベルの理念と掟。殺さずの理念。そして掟は“殺してでも生きろ”。約束するわ、ルー姐。家族も、わたし自身も守ってみせる」

「………まったく。あんたには敵わないね。約束だよ」

 ヴィ・ヴィ=ルーは大きな溜め息をつくと、天を仰いでからサーヤを抱きしめました。サーヤもそれにしっかり頷いてそれに応えます。

「団長、そもそもまだバレてるって決まっているわけじゃないんすよね?」

 シィジィが確認のために尋ねましたが、それは訂正せねばなりません。

「いや〜、バレていると見ていいと思うよ〜?」

ここだけの話、わたしはスレイを知っていたのです。この時、もう少しきちんと話しておけばよかったのでしょうか?




 翌日のお昼頃、テントに集まった10名ほどのメンバーは予想通り、そこにいたサーヤとシィジィを見て渋い顔をしました。

「団長、サーヤとシィジィも連れて行くのか?」

 ここに集まっているのは古参ながら腕の立つ者ばかり。若い者はあまりいません。

「いくらトランプメンバーだからといっても……まだ若いんだから……」

「マリー・ベルに所属している時点であの子らも覚悟はできているだろうさ」

「む、だが……」

 彼らをどう説得させようかと思案していると、ワタクシより先に声を上げた者がいました。ヴィ・ヴィ=ルーです。

「お黙り。これはあの子たち自身が望んだことだよ。団長とあたしが納得したんだ。どうしても止めたいならまず団長を説得しな」

 ワタクシと、そしてヴィ・ヴィ=ルーが納得したこと、と聞くと一気にテントは静まりました。彼女は頭の切れる女性です。その彼女が納得したとあったら、自分たちにどうこうできる問題ではないのか、とみんなも納得したようでした。多少心配そうな顔つきを残したままながらも無言のうちに頷いてくれました。あとでしっかり説明しておかなくてはなりませんね。

「ありがとう、みんな。ごめんね、わたしたちのわがままに付き合わせちゃって」

「ま、ほとんどサーヤのわがままだけどな」

 場がまとまったのを見て、安堵した表情のサーヤが丁寧に礼をしました。シィジィが付け加えると、「シィジィだってわたしが団長に頼まなかったら、こっそり後をついて行くつもりだったくせに」とサーヤに言われ自爆しています。

「いや、それは、ちょ………」

「ほっほう、そんなにおれたちのことが好きか!」

「うるっさいなぁ!」

 墓穴を掘り、古参メンバーにからかわれているシィジィは照れて赤くなっています。微笑ましいですねぇ。

「ルー姐も、ありがとう」

「ん?さぁてね。なんのことやら」

 シィジィたちから少し離れたところで女性ふたりがくすくすと笑っています。

「それじゃあ、練習しよ〜!」

 手を叩いて呼びかけると「おうっ」と威勢のいい声が返ってきます。きっと今夜は宴会でしょう。明日の朝起きられればよいのですが。

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