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第Ⅱ部 マリー・ベル

 さて、サーカス団、満月のかけらはふたつの顔を持っています。表の顔を満月のかけらとするのならば、裏の顔と申しましょうか。それは“マリー・ベル”……戦闘集団です。13人のサーカス団員すべてが同時にこのマリー・ベルに所属していることになります。今回サーヤたち4人に任せたのは、そんな裏稼業のほうに来た依頼です。

「なんだぁ、お前ら?」

 山の中に作られた結構な数の木造建築。小規模の集落を名乗れるほどの数です。サーヤたちが集落に到着すると集落の入り口、見張り台に立っていたいかにも柄の悪そうな男が叫ぶと、あちこちの家から男たちが顔を覗かせました。おやまぁ、どいつもこいつもそろって悪そうな顔をしていますねぇ。圧巻です。でもウチにいるロッカーほどじゃあありませんね。彼も初対面の人に会うとたいてい、いえかなりの確率でビビられます。

 それはさておき、見張り台の男からの質問に答えたのはゆらでした。

「マリー・ベルだよー!」

 無邪気に答えましたが、男は怪訝な顔つきです。こちらの業界では知らぬ者はいないほど有名なのですがね。

「やっぱりあまり大したことないのね、ここの山賊は」

「なー。マリー・ベルを知らないならそんな大それたことはしてないんだろ。近くの村人を襲うだけだな。弱いものいじめの範囲を出ない」

 サーヤとシィジィの会話が聞こえたらしく、男は逆上して「敵襲ー!!」と叫びました。その声を聞きつけた山賊たちが一気に駆けつけてきます。もちろん各々の手には武器。

「でも……村人を殺したりしたことはあるんでしょう。覚悟はあるって受け取ってもいいのよね?」

 サーヤの目が細められ、鋭く山賊たちを射抜くと彼らは一瞬ひるみました。無言で肯定したシィジィがいつの間にか構えていたナイフで、山賊たちの間をすり抜けて攻撃を開始しました。数人の山賊たちがいつ切られたのかもわからず倒れます。

 慌てて武器を構え直した山賊の剣にシィジィのナイフが当たり、カキンッと小気味よい音が響きました。シィジィは慌てる風でもなく、にやりと笑うと「悪いね」とただ一言。彼のナイフは山賊の剣をすり抜け、肩に傷を負わせました。

「な!?……んだよ!あれ!」

「今なにが起こった!?」

 山賊たちの間に動揺が走るのにも構わず、彼はまた数人を戦闘不能状態にしてからサーヤの元へ戻ってきました。口笛を高く吹くとナイフは形を失い、シィジィの手の中で水になっていました。かと思えば、彼の手の中で様々なものに形を変えます。りんご、鉛筆、魚……。次々と形を変える水は、魚になった時にはぴちぴちと跳ねてさえ見せます。

「ちょっとした魔法さ。というのは冗談で、おれの能力なの」

 シィジィが不敵に笑うのを見た山賊たちは士気を高めるために、雄叫びを上げましたが、わずかに尻込みしています。

「敵うと思ってんの?」

 彼は水をナイフの形状に戻すと、再び山賊たちに突撃していきました。すばやく立ち回る彼に誰も敵いません。何人がかりでも。やがて山賊のひとりが狙いをサーヤたちに変えたのを見た数人がそれに倣いました。シィジィの戦闘を静観していたサーヤは、この場にそぐわないほどの優しい微笑みを浮かべました。

「女だからって……舐めないでね」

 太もものホルスターからすばやく拳銃を抜き取った彼女は、そのまま構えて撃ちました。一発目、手前にいた山賊の右足に。二発目、剣を振り上げた山賊の右手に。剣は地面に落ち、それをすかさず蹴って後ろへ。すぐにゆらが拾い上げました。三発目、一瞬ひるんだ山賊の左肩へ。四発目、遠回りしてゆらたちのほうへ行こうとした山賊の脇腹へ。五発目、女山賊の右足太ももへ。六発目。

「サーヤ、上」

 レンシスがぼそりと呟いた一言を聞き逃さず、サーヤは拳銃を上に向けると確認もせず撃ちました。木の上から飛び降りて攻撃しようとした山賊の頬をかすり、サーヤは男の下敷きにならないように避けると、倒れた男の後頭部をゆらが先ほど拾った剣の峰で昏倒させました。「峰打ちじゃー!」とはしゃいでいます。

「今ので六発撃ち終わったな!?」

 拳銃の弾数は六発が通常です。勝負は見えた、とあからさまに喜ぶ山賊たち。

「残念、能力者はシィジィだけじゃないのよ」

 七発目が山賊の右肩に入りました。「あぐっ!?」よろけ、出血箇所を押さえながら山賊たちの顔に見えてきたのは焦り。ようやく力の差を理解し始めたようです。

「わたしはシィジィみたいに自分の手の内を見せることはしないわよ。自分たちで考えなさい。もっとも……あなたたちにわかるとは思えないけれど」

 山賊たちの遅い理解に呆れつつもサーヤは銃を空に向け、一発だけ撃ち上げました。ですが、降ってきた弾丸は一発だけではありません。雨のように、それでいて的確に山賊だけを狙って降ってきます。あちこちから悲鳴が聞こえてきました。

「あたしたち、見せ場ないねー」

 ゆらがつまんなさそうに呟きます。確かにシィジィとサーヤだけで充分すぎるほど相手になっていますが、なにせ数が多いですからねぇ。取りこぼしが多少はありました。

「ゆら、油断しちゃ、だめだよ。………ほら、後ろ」

 レンシスが振り返らずに呟きます。「ほーい」と気のない返事をしたゆらは、持っていた剣を持ち上げました。

「この剣はあたしのもの!あたしの命に従う、あたしを害するものからあたしを守る!飛べ!」

 そう高らかに宣言すると、剣はゆらの手を離れ、ふたりの後ろに飛んでいきました。まるで剣が意志を持ち、ゆらを守るかのように後ろからゆらを狙っていた山賊の背中を袈裟懸けに切りつけました。

「あっちの方向と、あとこっち、ほぼ同時」

 レンシスがぼそぼそと呟く小さな声を聞き逃すことなくゆらは、頷くと次の攻撃を開始しました。

「地に転がる石はあたしの意志を汲む、命に従え!」

 ゆらはその声でもって石を支配下に置くと、レンシスが指示した方角に飛ばし山賊の頭に直撃させて気絶させました。

「こいつらもなんか変な力を使うぞ……!」

 じりじりと山賊がふたりから距離を置き始めました。

「変じゃないよー!無機物はあたしの声を聞いてくれるの!」

「ゆら、サーヤたちのほう、今片付いた。早く、帰ろう」

「はーい。あ、でも帰る前におやつだよ!サーヤがお菓子作ってきてくれたんだって!」

 レンシスは頷きます。どうやらただ単にこの戦闘に飽きてしまっただけだったらしく、早く終わればそれでいいようです。

「あとここから見える人たちだけ?」

 ざっと辺りを見回したゆらに、レンシスは「ううん、後ろの木の上、しげみに、ひとり隠れてるよ」首を見回しもせずに当ててみせました。山賊たちは冷や汗をかき、逃げ出そうとする体勢をつくりましたが、時既に遅し。というか、逃げるならもっと早く逃げるべきなのに馬鹿ですねぇ。

「ごめんねー、ちょっと気絶してて!」

 山賊たちはゆらの無邪気な笑顔を最後に見て気絶しました。後ろから人が高いところから落ちる音がしました。



 かくして山賊たちのアジトは全滅。シィジィとサーヤが山賊たちを死なない最低限の手当てをしてから縛り上げて、その辺に転がしているので辺りは壮絶な風景です。

「だれがリーダーかわかんないくらい弱っちかったな」

 シィジィが呆れつつ最後のひとりを縛り上げました。サーヤは伸びをして「うーん!ちょっと数が多かったから疲れたかな」と言いました。さほど疲れているようには見えませんが。

「むやみやたらに撃ち過ぎだな。体術も使えよ。少しは使えるんだからさ」

 さて、みなさんもうおわかりかと思いますが、この四人は能力者です。彼らはトランプメンバーと呼ばれ、マリー・ベルの幹部に位置しています。まぁ、満月のかけらではまだまだ下っ端ですが。

 キングにシィジィ。自分が触れた水を自由自在に操ることができる能力です。硬化も意のまま。近くに水場がある戦場なら彼の独壇場です。そのためいつも小瓶に水を入れて持ち歩いています。

 クイーンはサーヤ。自らの体力を形にする力です。拳銃は体力を放出する媒介に使用しているようです。体力を放出するため疲れやすいのが難点ですが、能力さえ使わなければ彼女のスタミナは常人以上ですよ。

 ジャックはレンシス。自分に見える範囲のものを透明化して見回すことのできる能力です。わたしだったらその力で女風呂でも……おっと失礼。本人に戦闘能力は皆無のためサポートに回ることが主ですね。

 エースはゆら。命のないもの、つまりは無機物であれば支配下に置き、命令することができます。意志をこめて声に出すことで命令するので、声の出ない状況や、声の届かない範囲のものは操れません。

「んじゃ、ちょっと休憩してから帰るか」

「そうね。帰り際に麓で報告して、軍に通報しましょう」

 ちょうどティータイムの時間だったので、アフタヌーンティーが好きなサーヤが持参したティーセットを広げてくつろぎ始めます。テーブルならそこらにありましたし、キッチンも山賊たちのアジトの中にあったので、水筒の紅茶を温め直すこともできました。はたから見ると、縛られて地面に転がされた山賊たちの中で悠々とくつろぐ四人の姿は浮いて見えたことでしょうが、誰も見る者はいませんでした。

 やがて四人は太陽が赤く燃え上がる頃に帰途につきました。麓で村人たちから感謝の印に馬車で送ってもらったそうなので、夜早い頃には宿に着くことができました。


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