第Ⅰ部 満月のかけら
みなさん、こんばんは。今宵は満月、月の光がもっとも強く輝く時。そして我らがサーカス団「満月のかけら」の公開日でございます。我らは月に一度、満月の日、晴れた日の晩のみに公演いたします。今宵晴れたことを天に感謝し、みなさまにお楽しみいただけますよう、我ら一同全力でショーを盛り上げてみせましょう。進行は僭越ながら、団長であり道化であるワタクシが務めさせていただきます。では、そこのすでに目がきらきらしているお嬢さんも、美人なお母様に連れてこられて眠たげにしているお子さんにも、最高の時間をお約束いたしましょう。さあ、ひとときも目を離さないで、彼らの物語をめくってみてください!
黒く塗りつぶされた空を明るく照らしているのは、空にたったひとつ置かれたまんまるい満月。海に囲まれたここヴォルッカ王国をあまねく照らし、山にほど近い草原一帯をも照らしています。街から少し歩く距離にあるその草原には不似合いな大きなテントがひとつ。静寂を司る夜にあってその場所は昼時の市場並みに賑わっていました。
「さあさあ、お待ちかね、今夜の最後の公演、第二部のチケット、販売開始いたしますよ!!おっと、押さないで!大丈夫、テントの中は魔法がかかっているからね、最後のひとりまで入れるよ!」
受付ではやけに背の低い子どもが早口でまくしたてながらチケットを販売しています。平均の大人の身長の三分の一くらいの身長かな?大きなくりくりした目が印象的です。子どもに見えるけど、トッフユ族って言って、不老長寿の一族。あれでも102歳なんですよ。もちろん、サーカス団の中では最高齢。
「そろそろ次の公演を開始します」
テントの入り口でチケットを切っていた大柄な男が、ドスのきいた声で告げました。お客さんたちは常連さんばかりなので彼が本当は優しい人だと知っていますので、怖がることはありません。ありがたいことです。
第一部を見終わったお客さんが第二部を見るお客さんたちとすれ違いにテントから出て行きます。
入り口で帰途につくお客さんたちに手を振っていたり、小さなお子さんに風船を渡していたピエロ……ワタクシのところに小さな男の子が飛びつきました。
「ピエロさん!僕、満月のかけらに入る!!」
わたくしは大仰に驚いてみせた後、小さな彼を抱き上げて頭を少し乱暴気味に撫でました。
「そりゃあ嬉しいねぇ!じゃあ大人になったらまたおいでよ!歓迎するよ」
わたくしのこの当たり障りのない返事がしゃくに障ったらしく、彼は頬をふくらませ顔をしかめてしまいました。
「やだ!今入る!」
でもまぁ、予想の範囲内でしたので、わたくしはにんまり笑って小声で話しかけます。
「それじゃあ特別だよ?今から君に重要な任務をお願いしたいんだ。家に帰ったらパパやお友達に満月のかけらのことをお話してほしい。宣伝部長というやつだよ!できるかい?それをやってくれるというなら、君はもう立派な満月のかけらの一員だよ!」
その言葉を聞いた彼は目をきらきらさせて何度も頷きました。納得してくれたようです。よかった。ワタクシは腕に縛り付けていた風船をひとつ、彼にあげると、遠くできょろきょろしている彼の母親らしき女性に見えるように、手を振りました。気付いた女性にこっちに来るように合図すると、小さな宣伝部長は風船の紐を大事そうに握りしめて帰っていきました。
入り口の大柄な彼に第二部が始まる合図をされて、わたくしは慌ててテントに入っていきました。今宵は満月、満月のかけらの公演日。訪れた人々はひとときの夢を見る。
日は変わり、草原には夜にふさわしい静寂が訪れていた……わけではなく、むしろ先ほどよりもいっそう賑やかになっていました。テントの中ではステージで宴会をする団員たちがどんちゃん騒ぎ。
「あ、だんちょぉー!今日もだいせぇこぉだったねぇ〜!」
すでにへべれけになっている団員の女性が未だピエロ姿のワタクシに話しかけてきます。
「楽しそうだね、アービー。君のジャグリングもだいせぇこぉ!!」
彼女の声真似をして返すと、彼女は盛大に笑いこけて後ろの団員にぶつかりました。そんな彼女の姿にワタクシもにやにやしつつ、団員たちの間をすり抜けて各々にねぎらいの言葉をかけてやりながら宴会に交じっていきます。
「レンシス、お前綱渡りうまくなったなぁ!その調子だぞ!」
青年がミルクをこくこくと飲んでいる男の子の背中をばしばし叩きながら、今日の成果を褒めています。おっとと、ミルクがこぼれそうになりました。危なかった。眠そうに飲んでいる彼はあまり気にしてないようです。ただ「痛い……」と呟いただけでした。と、そこに更に男の子と同じくらいの年齢の女の子が会話に入ってきます。
「あったりまえよ!レンシスは毎日練習してたし、なによりあたしが教えたんだもん!」
「お前には言ってねえよ、ゆら」
「なによっ!シィジィは女の子にきゃーきゃー言われたいのが見え見えなパフォーマンスしてたくせに!派手!派手すぎる!」
「ばっかだなぁ、サーカスなんてのは派手でなんぼなんだよ。わかってないねぇ、ゆらは」
「きーっ!!むかつく!」
微笑ましいですねぇ。彼らの喧嘩はいつものことです。ミルクを飲んでいるのがレンシス。女の子はゆらです。青年のほうはシィジィと言いますが、彼はもうちょっと大人になってもいいと思いますねぇ。もう成人はしているくせにいつまで経っても成長せずにゆらと喧嘩しています。ま、かわいいからいいんですけど。
「ホクシミィ、相変わらず鮮やかな仕事さばきだったな!おかげでお客さん方、全員時間までに入ったよ!」
トッフユ族の彼は、裏方でしたがそれでも見ている人はいるもんです。彼もまた今夜の功労者のひとりでした。
「恐れ入ります」
「かーっ、お前さん、もっと子どもらしい喋り方をしてみろよ!俺の子どものほうがもっとかわいく喋ったぞ!」
「わたしは102歳です!!」
“くりくりお目目の一族”としておとぎ話にも登場するほどかわいらしい瞳をしているせいでイマイチ説得力に欠けます。おかげで彼はいつもこうして団員にからかわれているのでした。
「ルー姐の舞、素敵だったわ!今度わたしにも教えてくれる?」
「もちろんさ。でもあんたならあっという間に覚えちゃうだろうねぇ、サーヤ」
「覚えはしても、ルー姐のような魅力はなかなか出せそうにないわ」
「そりゃ最大のほめ言葉だ」
和やかな雰囲気で話している女性ふたり。どちらも美人ですが、片方は妖艶な雰囲気を醸しています。大人の魅力というやつですね。ヴィ・ヴィ=ルーといい、本業は占い師ですが薬師やら踊り子やらとしてサーカス団に所属しています。もうひとりの方はまだ少女ですが、これから綺麗になるでしょうねぇ。落ち着いた雰囲気の少女です。名はサーヤ。身軽なアクロバットが売りですが、ヴィ・ヴィ=ルーに懐いているので彼女に舞も教えてもらっています。覚えが早いので、次の公演にはふたりで出てもらいましょうかねぇ。
「ヴィ・ヴィ=ルー!アービーが倒れたぁ!」
ステージの反対側からの呼びかけに溜め息をつくと、呼ばれた彼女は立ち上がってそちらに向かいます。
「まぁた飲み過ぎかい?弱いくせにしょうがないねぇ。これでも飲まして誰か宿まで運んでやりな」
懐から出した小瓶を取り出しながら指示します。アービーは大柄な男性、そう入り口でチケットを切っていた彼です。ロッカーと言いますが、なにかと世話を焼いてやっているので今日もアービーは彼に担がれて一足先に宴会を辞退しました。
団員たちはいつものこと、とまた何事もなかったかのように宴会を再開します。そこでホクシミィがつと立ち上がってワタクシの隣に移動してきました。
「失礼しますよ団長さんちょっとばかし依頼が入っていましてねなに簡単な依頼なんですが急ぎだとかで」
彼が持ってきた書類をちらりと一瞥し、すばやく内容を確認すると即座にこの依頼を任せるべき人物を判断しました。「おっけー、おっけー」と気軽なノリで立ち上がると、ヴィ・ヴィ=ルーと談笑していたサーヤの元へ向かいます。
「サーヤ、サーヤ。ちょいちょい」
ホクシミィがついていたことで内容を察したらしい彼女は、ヴィ・ヴィ=ルーに断りを入れてから立ち上がりました。そのままワタクシたちは未だ喧嘩をしていたシィジィたちの元へ向かいます。もはや喧嘩を楽しんでいる風情さえ見受けられますねぇ。
「だいったい、シィジィは女の子にモテるのは最初だけのくせに!知ってるよ、この前女の子に無理してきざったらしい台詞を言って引かれたこととか!!」
「な、なぜそれを!?……じゃなくて、お前には関係ないだろ!」
「なによ悪い!?」
「……ハッ!まさかお前おれのこと………。でもオレ幼女趣味は……」
「なにぶつぶつ言ってんの?だってそういう弱みを集めとけばシィジィをゆするネタになるんだもん!」
このまま彼らの喧嘩を見ているのも非常に楽しそうなのですが、傍らではすでにレンシスがうつらうつらしていたので急がなければなりません。ゆらの言葉を聞いてがっくりしたシィジィに笑いを堪えつつ哀れみの視線を送り、レンシスの手からコップを取り上げておきます。
「はいはい、ミルクこぼすよ、レンシス。もうちっと起きてて。ふたりも喧嘩はあとあと!依頼だよ依頼〜!」
ホクシミィに依頼の説明を求めると、彼は資料を見ながら早口で説明を始めました。ここの団員たちは彼の早口には慣れているので、サーヤたちも聞き返すことなく素直に聞いています。
「えっとですね、このテントから比較的近いのですが、西のほうの山の麓にある地区、ヤタ地区ですね。その辺りの村が山賊の被害に遭っているそうです。結構大規模な集団で、ひとりふたり捕まえたところで仕返しをくらうので、手がつけられないとか。強盗、強姦、殺人………まぁキリがないですね。アジトごと確実に殲滅して仕返しのないようにしてほしいそうです。早ければ早いほど助かるそうなので、早いほど依頼金を増やしてくれる、と。今朝入ってきた依頼ですね」
ホクシミィは眼鏡を押し上げながら説明を終えました。
「というわけだから、公演の翌日で申し訳ないけど早速明日行ってテキトーに退治して、テキトーにあれだ、軍にでも突き出してきて」
「テキトーじゃダメですよ、あんた仮にも団長でしょーが!もっとしっかりしてくださいよ!!」ホクシミィが毎度お決まりの説教を始めると、更に早口に捲し立てるのでここまでくると慣れている団員でも少し聞き取りが難しいですね。トッフユ族はみんなこうらしいですが。まぁ、彼の説教はいつものこと、ワタクシの聞く耳持たない態度もいつものことです。こんなやりとりもしょっちゅうなので、目の前にいる4人の少年少女も構わずお互いで話をしていました。
「えー、明日は一日中寝ている予定だったのにぃ」
「寝る子は育つとは言うが、ゆら、お前は寝てばっかりで運動不足だ。太るぞ」
「うっさいなぁ、シィジィは。ねー、レンシスも寝たかったでしょー?」
「………僕、今寝られればいい」
「眠そうだものね、レンシス。それじゃあ明日は朝遅くに出発しましょうか。それなら今からでも充分寝られるし。ヤタ地区なら日帰りできる距離だし。あ、ついでにルー姐の薬草のお使いしてあげようかしら」
あー、とかうー、とか唸りながらホクシミィの話を流していましたが、彼らの話に区切りを見つけると割り込みます。
「簡単だし、近いし、しっかり者のサーヤがいればまぁ大丈夫でしょ?4人で充分充分!この山賊、やってる行動からしてそんなに強くないし。頼むねー」
4人に言い残すと、ホクシミィから逃げるようにその場を後にしました。ワタクシ、まだお酒を一滴も飲んでいません!ホクシミィの説教に捕まっている場合ではなかったのです!
「………わたしたちはそろそろ寝ましょうか。宿に戻りましょ」
すでに夢の入り口にさしかかっているレンシスはシィジィがおんぶして、4人はテントを出ました。暗い草原を満月が最後の光で照らしていました。あともう1、2時間も経てば夜明けでしょう。