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ハデスロード  作者: 西郷隆成
3/5

静かなる開戦

俺は数を数えていた。

それが趣味というわけでもなければ、退屈しのぎというわけでもない。

数万通りにおよぶ計画を練っては捨てていくのはいつも通り、では何の数を数えているのか。


それは研究所から教導院への道のりで行われた襲撃の数である。


約五回、何故約とつくのかというとその五回以外にも狙われた、と思う瞬間が多々あったからである。

一回目、研究所を出てからすぐの道路で通り魔にふんした男からナイフを向けられた。

二回目、駅の改札口にて暴力団の構成員らしき男にバットで殴りかかられた。

三回目、乗り換えの駅で人混みに紛れ混んでいたサラリーマン風の男から通過電車の方に押すようにタックルを仕掛けられた。

四回目、駅前でティッシュを配っていた女性に銃で発砲された。

そして五回目が今目の前で起こっていることである。

人ごみを避け、路地を通って無人の道路に出た俺に輸送用の40トントラックがアクセル全開でガードレールを突き破って迫ってきたのだ。

タイヤの音やガードレールの曲がり具合から見て容量ギリギリに荷物を詰め、全速力で突っ込んできたのだろう。

俺の周りに人はいない、そしてたとえいたとしても助けるなどという愚行極まりない選択肢はないのだが。

この場合、正しい選択というのは避けるということだろう、と俺は思案する。

このトラックが視界に入った時点で追突の被害範囲などを計算していた俺には常人ではまずかわせないであろうこの距離でも落ち着いて避けることができる。

しかし、俺は避けないことを選択した。

ムカついたとかそういうくだらない感情論の話ではない。

そもそも俺は命を奪うこと、そして命を奪われるかもしれないことを前提に日常を過ごしている。

暗殺なんぞにいちいち感情が揺らいでいたら身が保たない。

ならば、何故避けないのか?簡単だ、もし逃げられでもしたら誰が何のために差し向けたのかが分からないからだ。

いつもならそんなことをせず、雇い主が新たな刺客を雇っても殺して殺して殺して諦めさせる俺だが、今この瞬間はそうする必要がある。

一回目の襲撃はいつもの癖と別の可能性を考慮して消し飛ばしてしまった、二回目、三回目、四回目は人目があったことで真実を確かめられなかった。

だが、今は違う。

舞台は人通りのない道路、絶好の場所だ。

俺はトラックと正面から相対し右手を伸ばした。

手は開き、肘を伸ばし、まるで待てとでも言ってる様子で。

そして掌に40トントラックが激突した。

ドゴッ‼︎‼︎‼︎

凄まじい音とともに大量の金属片と衝撃波が何の秩序もなく、あたりに撒き散らされた。

衝撃波は互いに打ち合って空気を打撃し、金属片はその風によって弾丸のような速度で飛び散った。

周辺の店のシャッターと窓を一瞬で粉々したあと店内の商品を押し流すように破壊して一旦の沈黙を迎えた。

俺の手はトラックの前面に肘あたりまで埋まっていた。

しかし、俺の体に一切の傷はない。

靴底は多少削れてアスファルトに埋まっているが、金属片や衝撃波での傷は皆無だ。

理由は簡単で単純だ。

これが俺の一つ目の性質の力である。

トラックはまだ自らのスピードによって宙に浮いたままだ。

このまま降ろしてもいいが、積み荷が爆発物の可能性もある。

無論爆発物で傷を負う、ましてや死ぬような俺ではないが…もし爆発音や煙が市民や警察などの目に触れて邪魔が入るのも面倒だ。

だから俺は異能の力を使った。

トラックが、半分以上潰れてひしゃげた運転席を除き塵と化して直後起こった凄まじい風圧で吹き飛ばされた。いや、消し飛ばしたという表現の方が妥当かもしれない。

そして素早く左手を動かして運転手の首を鷲掴みにした。

ギロリと目を向ける。

そこには何の感情もない、情報源として価値しか抱いていないのだからわざわざ感情を込める必要もない。

ただデータを見るように事実だけを見るように観察のためだけに見るのだ。

運転手は気絶しているように見えた。

あれだけの大惨事で五体満足に揃っているのは異常といえば異常だが。

しかし、俺には次に起こることが大体分かっていた。

目を閉じた運転手の顔からみるみる血の気がなくなって冷たくなり、そして硬くなった。わずか数秒の出来事だった。

「なるほど」

しかし、そのわずか数秒でも俺は無駄にしない、確かめた事実を精査し敵の予測をつける。

予測はあくまで予測というのが俺の持論だが、闇雲に警戒するよりも的を絞った方が計画も練りやすい。

「人形使い(ヒューマンステージ)かと思ったが、運転手が死体になった、いや戻った・・・ところを見ると、霊体使役ネクロマンサーか…。ならば今日の五回の襲撃は全て死体によって行われたはずだ。そのいずれも生前のポテンシャル以上のものを発揮していた。しかし異能の希少性から五人も霊体使役ネクロマンサーを集めたとは考えづらい…」

少し、いや少しともいえないような微小の情報から

「つまり、少なくとも1日に五体の死体を同時に扱える凄腕の能力者が相手…」

敵の戦力を予測・・

「ただタイミングとその異能の高さから個人的な目的、報復のために襲わせたとは思えない。ただ組織に属しているとすればあまりにも戦力が欠けている。死体を操るにしても異能や性質を使えないものを選んでいるとすると本気で俺を殺しに来てはいない」

結論出す。

そして結論に至った俺はフッと、最後にしたのはいつだったかと忘れるくらいしていなかった微笑を浮かべた。

「つまり目的は牽制か挑発、そして俺がどこに向かうかを知っている。ジジイならば不自然な点がいくつもあるが…」

俺は宙の何もない一点を見つめた。

「フッ、なるほどこれほどチャチな挑発をするほど退屈なのかセンジャドウ?俺も柄にもなく待ち遠しいぞ」


この世のどこにも存在しない場所。

何もかもあいまいな場所。

そこに、あるはずない音。

声。

しかも無遠慮きまりない音量の笑い声が響いていた。

「ハハハハハハハ‼︎確かに彼奴にしては柄にもないな‼︎待ち遠しい、とは‼︎ハハハ‼︎おい、ハブランテ‼︎ここがバレてるぞ?」

声のする場所に姿はない。

そもそもここには存在がないのだから当たり前だ。

声がすること自体奇跡言っても過言ではない。

しかし、その質問に答える声は確かにあった。

「むしろ貴方様は望まれていたのでは?私の『霊体使役ネクロマンサー』と『夢幻世界トリックルーム』が見破られることを」

「ククク、我輩はいつも退屈だからな、いつ気づくかと思っていたがまさかその日の内とは。いや〜良い余興になったぞ」

その声の主はこの世界へやを作り出した張本人だった。

淡々と指摘された笑い声の主は笑いを堪えるのが精いっぱいといった様子で言葉を返す。

「その余興のために彼に私の異能と性質が知られてしまったのですが?対処法を編み出されたらどうすればよいと?」

「彼奴にはここを攻撃する手段などは有りはせん。感知も薄々のものだ、気にするな」

「感知されないことが前提なのですが…。ともあれ貴方様が楽しめたならば何よりでございます」

これはある意味では皮肉であった。

それを悟った人物は笑うのをやめてさっきとはまるで違った重い声で言った。

「どうしてそこまで彼奴に興味を見出すのか?とでも言いたげだな」

「恐れながら私には少々警戒心が強いただの少年としか思えないのです。貴方様のご趣味に水をさすようですが、他のやるべきことをやられてはいかがかと…」

もしこの世界に声だけでなく顔があったなら怪訝な表情を浮かべたという風に声がさがっていた。

しかし、指摘を受けた側は明らかに苦笑と分かる声で応じた。

「フフフ、彼奴がどれほどのやつかはじきに分かるはずだ。それとも分かったときにはもう最強の前まできているかもしれんがな」

「まさか…そんな」

「少なくとも我輩がそう思う程度の実力はあるということだ」

「……失礼いたしました」

「謝罪はいらんぞ、ハブランテ。あの教導院じごくは日々変化している、彼奴がその時点終わるような存在なら指摘が正しかったことになるからな」

「貴方様のお言葉しかととどめておきます。私も彼に少しばかり興味を抱きました」

「それはなによりだな」

「はい。あの…そろそろよろしいでしょうか?」

「ああ、分かっておる。御苦労だったハブランテ、多忙な貴様を我輩の矜恃に付き合わせて悪かったな」

「滅相も無いことでございます。また何かあればいつでもお呼び下さい、では」

その言葉とともにその世界は何も無くなった。

いやもともと存在すらしないのだからどちらかというと虚無に満たされたと表現してもおかしくはない。

その寸前で、呟くように、微かに

「待っているよ、兄弟」

声が響いた。


俺は人通りの少ない夜の町を歩きながら考える。

なぜ歩いて、徒歩で移動しているのかというと公共機関を避けるためだ。

可能性は少ないが万が一奴が電車ごと爆破などという暴挙に打って出ることがないように電車はおろかタクシーすら使わない。

他人気遣ったのではもちろんない。

電車ごと爆破されようと怪我を負う俺ではないが、乗っている客に敵が潜んでいるか判別できないため不用意に異能や性質で隙をさらすわけにはいかないのである。

幸いにも目的地の教導院は夜通し歩けばたどり着ける距離だ。

それに警戒をおこたりはしないが、気分転換で思考をクリアにできるという利点もある。

だから俺は考える。

センジャドウ、奴に死体を操る能力はない。

それに奴は俺を確実に監視していた。おそらく気づかれることを承知の上で、いや…気づかせたのだろうな。

奴は真に信頼している部下は数名のはずだ。

そんな貴重な戦力の情報を敵である俺に気づかせるとは愚の骨頂としか言えないが、奴にはそれを楽しめるだけの余裕と気づかれたとしてもさして問題にならないほどの力がある。

そこから生み出されるのは『安心』という感情。ある意味俺の最大の敵とも言える。

常に神経を張り詰め、安心など微塵も感じたことのない俺とあまりにも大きい力を得たがゆえに安心で染まりきっている奴。

究極の対称。

それがセンジャドウという男だ。

滅多に感情を乱さない俺だが、その理不尽さには怒りというものを感じる。

収まらない憎しみの業火、消えることのない憤怒の豪炎、それが怒りだ。

そこに血を分けた兄弟という油を入れるとその感情はいよいよドロドロとした憎悪にかわる。

ふと、無意識のうちに拳を固く握り締めていることに気づいた。

震える握り拳を見つめながら俺は考えることをやめない。

奴とは違うのだ。

俺が五度目の襲撃にあってから約10時間経過、これまでの襲撃とは間隔が空きすぎている。

つまり俺が真実に気づいた時点でやめることがあらかじめ決定されていたというわけだ。

ならばもう誘う理由もない。

別のくだらん襲撃などに会う前に目的地に行くことを優先するか。

もちろんだがこれは建前だ。

待ち遠しいのではなく、早く体を動かさないと湧き上がって来たこの怒りで警戒に必要な最低限の集中力と冷静ささえ乱しかねないからだ。

何年ぶりかの気晴らしだ。

理由をつけなくては気晴らしすらできないところまで俺は到達してしまっているが後悔は一切ない。

俺は一つ目の異能と性質を同時に発動させた。

舗装されたアスファルトとを蹴って飛び上がる。

ただそれだけの動作だが規模の桁が違った。

力強く地面を踏んだ瞬間俺の体は音速を超える速さで飛び上がり、天へ一直線に飛び上がったのだ。

アスファルトが爆弾を起爆させたかのように凹み、小規模のクレーターができたが構わない。

気晴らしなのだ、これくらいは許容できる。

遥か上空の十分な高度に達したところで上昇を異能で止めた。

普通こんな挙動を人間がすれば、ソニックブームで全身が木っ端微塵になるか気圧の変化に耐えられず、内側から破壊されるが俺の性質はそんなヤワではなかった。

そのまま連続で異能を発動し、雲を引き裂いて水平移動をする。

このまま教導院まで飛行するのだ。

俺の怒りを燃料にして。


とある研究所の地下、一日前に彼が訪れていた場所は血に染まっていた。

被害は研究所内で進行中の研究データの全破損、実験用動物全滅、研究員全員が死亡、同じく男護衛官全員が死亡、女護衛官一名負傷、老人一名無傷。

驚くべきはこれほどの被害を出したのがたった一人の手によるものということだ。

今、襲撃者は研究所の一番地下で老人と老人のそばで右腕を押さえた女護衛官と相対していた。

「何用じゃ?」

最初に口を開いたのは無防備に椅子に腰掛けている老人だった。

「オマエに用はナイ。ヤツはどこダ?」

そして答えた男は金髪と赤髪の入り乱れた髪にサングラスをかけ、紺色のローブと高級そうなブーツという襲撃者にしてはいささか派手な姿だった。

どこかのロックスターと言われれば納得がいってしまいそうだ。

「ここまで甚大な被害をもたらしておいて用がないとはのぉ。お前が探しておる『ヤツ』じゃが、昨日確かにここに来たぞ?」

「ソウカ、で?どこにイル?」

「若者はせっかちじゃな。情報が欲しいなら見返りくらい……」

そこで派手な衣装の男は限界だった。

ローブに隠した得物を取り出し、異能を発動する。

しかし、得物は10cmのオモチャのようなナイフだった。

それに対して男と老人の間合いは軽く20mはある。

どうしても届くはずのない距離だった。

そのはずだった。

「なぜ…?」

疑問を呟いたのは老人の背後に控え、傷を負った腕を押さえていたセレラという名の女護衛官だ。

優秀な護衛官である彼女を動揺させたのは目の前の老人の頭から大量の鮮血が飛び散った映像だった。

「オレは待たされるのがキライダ」

そう言い放つ無情なる下手人。

ただこの強者も次に起こったことについては驚いたようだ。

「ほっほっほっ」

額から首まで裂けた死体から声が聞こえた。

「悪いのぉ〜老人の癖というやつじゃよ。また殺されんうちに本題に入った方が良さそうじゃな」

子供にでも明らかに理解できるほどはっきりとした致命傷ともはや頭に血は残っていないのではないかというほどのおびただしい出血をしてもなお老人はのんびりと声を出すことに成功している。

「察するにお前は彼のことを恨んでいるのじゃな?」

老人が右手を動かし、指で傷口をなぞると。

全てが元通りになった。

傷口は最初から無かったように修復され、血はいつの間にか蒸発していた。

そこで男は衝撃から立ち直った。

「ナルホド『強力回復イリュージョン』…ではないナ。ソレではそこまでの傷は治せマイ。トナルトまさか…」

「ほう?知っておるのか、じゃあ名乗る必要はないかのぉ?」

「アア、性質『不死身ふしみ』ダナ?」

「ご明察じゃ」

「トイウことはお前があの《老神ろうしん》だったノカ…。実在していたとはな」

「人を幽霊みたいに言わんでくれ、その名前も自分で名乗ったものではない」

「ソウナノカ?まぁそれなら護衛が手練れなのも十分頷けることダガ」

そこで男はセレラに目を向けた。

他の屈強な護衛官が一撃で倒れる中で男とまともに戦えたのは彼女だけだったのだ。

対するセレラは男に目を向けたまま老神に話しかける。

「申し訳ありません」

「かまわん、そもそもワシは死なんしな」

「あの攻撃はいったい何なのでしょうか?他の護衛官はともかく私の『無存在』さえ貫通してくるなんて」

「その言い方は適切ではないのぉ。貫通されたのではない、おそらくは特定されたのじゃろう…」

「セイカイだ。さすがダナ」

そこで男は手をヒラヒラさせながら肯定した。

「存在は特定する…。それがお前の異能か?」

「スコシ違うな。自分から手を明かすのもどうかと思うが、まぁいいだろう。オレの異能は『対象追尾ロックオン』ダ」

「…聞いたことのない名です」

「うむ、おそらくは固有のものじゃろうな。だが、これで納得がいった」

「本当ですか?」

「さっきの攻撃もそうだったが、あいつはナイフをふるという動作を起こして攻撃した。つまりその攻撃は放たれてから一度消失し、対象を追尾したあと攻撃が出現する。つまりは……」

「カワセナイ、そういうことダ」

言葉を引き取ったのは男だった。

「ソノ『無存在』というのは相手の攻撃が当たらず、自分の攻撃は通る…という能力だろう?シカシ、それは矛盾してイル。存在が無ければこちらに攻撃は出来ナイ…。ツマリ、その性質は『存在が無い』ではナク、『存在を無くせる』ということだ」

男は手をヒラヒラさせながらまるで手品の種明かしをするかのように続けた。

「オレの異能は一見すると地味なものダ。ダガ、放たれた攻撃が物理的距離を超え、高度を超え、三次元の制約を超え、存在の壁を超えて相手に届く…。ソノ女が腕一本のかすり傷で済んだのは攻撃が届く寸前に存在を消したからダ。ソウでなければ首が飛んでいるはずダッタ」

「つまり私は貴方に攻撃しなければ攻撃されないということですね?」

「ソウなるな、護衛官としては褒められたことではナイガ」

ク、ク、クと笑う男にセレラは眉間にシワを寄せ戦略を練り始めた。

セレラは今はここにはいない彼が自分のことを彼を殺せる者として警戒していたことを知ってる。

しかしそれは彼の異常な警戒心が生み出した嘘だ。彼がその気になればセレラなどは手も足も出ないだろう。

だからと言ってこの男が彼より上だとは思えない。

しかし、

「やめておくのじゃ、セレラ。お前では勝てん」

老神に制止されてセレラは一歩下がった。

それは今後の展開に一切干渉しないという意思表示でもあった。

「ソロソロ本題に入っていいカ、老神?」

「おっと待たせてすまなかったのぉ、近頃はボケて物忘れが激しい上に時間の流れが…」

「……」

「待て待て無言でナイフを持ち上げるな、怖いじゃろ」

「ヤツはどこにイル?」



「王審教導院じゃ」



時に言葉は武器以上の力を持つことがある。それは言葉は人間にとって事象を表現できる手段、伝えることができるものだからだ。

それかどうかは分からないが、男はこの時確かに沈黙した。それほどまでにその名は力を持っていたからだ。

「…ソウカ、それは心配ダナ」

しかし、沈黙は一瞬だった。

「ほう?妙じゃのぉ、彼を心配するとは」

「スルトモ、あそこなら俺以外のやつに殺されかねんダロ」

「まぁ彼を倒せるの猛者は現時点で10人を下回るじゃろうがな」

「フン」

そして男は踵を返して部屋から出て行こうとした。

まるでもうここには蟻一匹ほどの興味もないというように…。

「待て」

その言葉の持つ力は先ほどのそれを上回るものだった。

老いた神は男の不躾な行為を決して看過してはいなかった。

「これほどの被害を出して起きながら、用が済めば即退散できるとでも思っているのか?」

場の空気が変わる。セレラという護衛官はいつの間にかいなくなっていた。

「オレに刃向かうなら容赦はしないゾ?」

「最初に致命傷を与えてくる輩に容赦もなにもないじゃろう」

「ソレモそうだナ」

「無駄じゃと思うが、降伏するなら命だけは助けてやろう…」

「マサカ死なないからといって負けないなどというガキのようなことを考えてるんじゃないだろうナ?」

男が振り向く、その両手にはオモチャのようなナイフが握られていた。

対する老神は無手、椅子から立ち上がりもしない。

そして音もなく戦闘が始まり、無数の血飛沫が部屋に充満した。


人間の大部分は愚かな生き物だ。大部分の限定するからには後の人間はそれなりに聡明さだと俺は思っている。この街の人間は果たしてどうであるのか、俺に検討もつかない。

いや訂正しよう。検討もつかないのではなく検討のつけようがないのだ。なぜならこの街に人っ子一人いないからだ。

ただの街に王審教導院があるとは最初から考えていなかったが……。

さすがに誰もいないとは思い及ばなかった。

まぁ殺し合いが肯定されている場所なのだから論理上目撃者となる一般人がいないのもあながち不思議ではないのかもしれない。

ここで細やかながら疑問がある。

その王審教導院とやらはどこにあるのだろうか?

この街はそんなに広くはない。場所もここで間違いはない。しかし、そんな大層な物はさっきから全く目に入らない。

この時点での『罠』の可能性を923通り考えた俺である。

幸いにもそんなことはなく、しばし歩くと《王審教導院》書かれた石の大鳥居が見えてきたのだが…。

見て思った初めの感想は、小さい、ということだ。

あとは鳥居の先の空間が不自然に揺らいでいることくらいか。

大きさは1mもあるまい。

よく見るとそのそばに人が立っていた。

静かに臨戦態勢に入りつつ、その人影に接近する。

眼鏡をかけ、いかにも事務員といった様子だが外見に惑わされるような三流の失態を犯す俺ではない。

「こんにちは今日は良いお天気ですねぇ〜絶好の入学日和ですねぇ〜」

「貴様は何者だ?」

「これはこれはこれは失礼しましたぁ〜私は王審教導院の門番を任されておる者なんですねぇ〜」

「そうか、ではここが王審教導院で間違いはないのだな?いや…正確にはこの先か?」

すると門番は戦闘をしたことがないようなか細い腕を持ち上げて小さく拍手した。

「ほうほうほう〜中々鋭い洞察眼をお持ちのようですねぇ〜まさにその通りなんですねぇ〜」

……口癖で相手を殺したいと思ったのは久しぶりだ。

まぁこいつは門番だ。さすがに殺しはしないが…。

「具体的にはどういう仕組みだ?」

「はい、この鳥居もとい門は王審教導院とこの世を結んでいる連絡通路のような物なのですねぇ〜」

「ふむ、つまり王審教導院はこの世にはないということか?」

「その通りですねぇ〜理由は幾つかございますがねぇ〜一番の理由は人殺しが肯定されているという論理上の観点におかれていますねぇ〜」

「なるほどそういうことか…。つまり『この世の法律では王審教導院の中で行われている殺人を裁くことはできない』かつ『目撃者もいない』という虚言でゴリ押ししているというわけだな?」

男がまた拍手をしながら言う。

「まさしくその通りですねぇ〜おおっぴらに人を殺せるというのはそういうわけですねぇ〜」

「一つ聞きたい」

「はいはい何でしょ〜か?」

「この異世界を作っているのは誰かの異能なのか?」

対する男の答えは即答に近いものだった。

「はい、五帝のお一人であらせられます空帝ハブランテ様が『存在しない空間を無理矢理形ある有限の空間に変えることで創造した』と言われていますねぇ〜」

五帝……つまり天帝のセンジャドウとほぼ同等の地位にいる者か。

「王審教導院は現在その空帝が支配しているのか?」

「あっいえそういうわけではないんですがねぇ〜。確かに空間を創造したのはあの方ですが、一度創造した空間は通常の物理法則にとらわれるますので支配しているという言い方は適切ではないかと思いますねぇ〜」

「そうか、創造者にして支配者にあらずというのも妙な話ではあるがな」

「ごもっともごもっとも」

男が相槌を打つ。

「まぁまずは入学すれば色々と分かってくるか…入学手続きはここでできるのか?」

「はい、私は入学手続きも同様に行っておりますのでねぇ〜といっても名前、希望教室、保有異能、保有性質、くらいしか必要ありませんがねぇ〜」

「そうか」

俺は呟く。

息を吐く。

息を吸う。




そして俺は次の一呼吸で目の前の男の両腕を躊躇なく切断した。

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