俺という人間
俺は街を歩いていた。
周りを見ると楽しげな会話をしながら今日も人生を謳歌している通行人達がいる。
お気楽なものだ。
いや、民主制や多数決などの素晴らしい言葉になぞらえると俺の方が間違っているのだろう。
全く、彼らは自分達が置かれている状況をいうものをまるで分かっていない。
誰もが次も数時間後も翌日も翌月も翌年も自分が生きていると思っている。
本当にお気楽なものだ。
ある意味ではあれだけお気楽に生きられるなら人生はさぞかし幸せに満ちているだろうと羨ましくもある。
この狭い地球上で毎秒という単位で数人の人間が死んでいる。
その数人に自分が入っていないと何故断定できる?
未来は常に謎に満ちている。
未来において分かることなど何一つないのだ。
無論未来を予測することは可能だ。
しかしそれは、あくまで予測なのであって結論ではない。
一秒後に目の前に爆弾が落ちるかもしれない。
一分後にこの街は核によって焼かれるかもしれない。
一時間後に宇宙人が侵略してくるかもしれない。
大多数の人間はこんなことを全く考えずに生きている。
つまり俺は彼ら見れば異常なのだろう。
それでいいと俺は思う。
この次の瞬間何が起ころうとも俺は彼らよりも自らの身を守る上で正しい行動ができると確信しているからだ。
こんなかりそめの平和の中にいると心底不快な気持ちになるが致し方ない。
俺は目的があって今日ここにきている。
携帯が振動する。合図である。
俺は自然に路地を回って暗いに地下通路に入った。
待っているのは黒服の男。
今日の取引相手だ。
挨拶、自己紹介、世間話は全て省く。
彼も俺がそんなことをする性格ではないことを重々承知しているだろう。懸命だ。
少なくとも外にいる平和ボケした連中よりは幾分マシである。
取引は成立。
相手は情報を得て、俺は報酬を得た。
用が済めば後は何もない。
俺は躊躇なく右腕を男の喉に突き立てた。
何も装備していない腕が抵抗なく男の喉にズボッと沈む。
男の体は何度か痙攣してやがて動かなくなった。
意識が完全にないことを確認して俺は男を降ろして放り投げる。
その右手に血は付着していない。
そして黒服の男だったモノももはや存在しない。
あるのは塵の山だけだ。
あの男は最後まで自分の銃で俺を殺せると思っていただろう。
浅はかだ。
笑うことはしない。だが褒めることもしない。
俺は男の姿を視認する前からすでに男をどうすれば殺せるかを探っていた。
地形、時間、気候、体格、性格、装備、男に私怨はない。
今日が初対面の相手だ。
ならば何故そんなことを考えているか。
待ち合わせが危険だからに決まっている。
待ち合わせをするということは俺を知る相手が俺の居場所を把握でき、顔を合わせるということだ。
報酬を受け取るために俺も仕方なく承諾しているがリスクがあることは常に忘れていない。
もしこの男が俺を殺すつもりでなかったとしたら、俺がこの場所に来るまでに考えていた殺しの計画は無駄になっただろう。
しかしそれならばそれで構わない。
計画を考えているのは彼とっては呼吸と同じく日常行為だ。
無駄になる計画の方が多い。
この男は外の有象無象よりも異常であり、俺よりも普通だった。
そして覚悟が足りなかった。
俺は油断をしないように注意して生きている。
コンビニの店員もバスの中の老人もボールで遊んでいる少年も全員が敵となりうる存在だということを一瞬たりとも忘れない。
一つ一つのその動きに覚悟を持っている。
人間不信だと蔑まれている人間がいるが俺にしてみればそいつ懸命過ぎるほど懸命だ。
俺はいつも通りに歩き出す。
用が済めばこの場所も必要ない。
俺が地下通路を出ると同時に内部で無数の爆発が起こり、地下通路が崩落した。
昨日仕込んだ爆弾が爆発したのだ。
これでさっき殺した男の仲間10人が俺を追撃する可能性は潰えたわけだ。
殺人。
何十回の戦争と何百回の争いの果てに今では殺人を禁止する国の方が多いが、俺の知ったことではない。
殺さなければ殺されるのだ。
自分の命に執着など持ったことはないし、死ねばこの警戒しなければ生きていけない世界から逃げられるのだから死んだ方が楽だという思考なら常に傍にある。
しかし、それならば警戒など知らないような人間が天寿を全うし、俺のような四六時中警戒して信頼、信用などから最も遠くにあるような人間が早死にするなどバカみたいなことではないか。
だから俺は死にあらがっている。
再び振動した携帯を開く。
『帰還求む』
完結だが要点がはっきりしていればそれでいい。
もちろんのことだが、このメールも罠であるという可能性を警戒しない俺ではない。
しかし、今確認のしようがないのならその場所へ行くしかあるまい。
何度か行ったことのあるその場所の地図を頭の中に鮮明に描く。
工事や改修が行われていなければ計画に変更なし、行われていればその場で判断する。
この計画も罠でなければ破棄するものに過ぎないが、それでも俺は考える。
今で何億という数の計画を捨ててきた俺に計画への執着心など微塵もない。
ゆえに想定外の出来事、予想外の出来事、不運な出来事が起こったら今までの計画を即座破棄して、その場新しい計画を練り上げる。
唐突に足元の地面が盛り上がり爆発した。
敵もここまで想定するほどの相手だったということだ。
俺はここまで想定してなかったがこのまま道を歩くという計画を捨て、事態の鎮圧に当たるという計画を練り上げた。
そして俺にとってはこの程度の大爆発は何の障害にもならない。
警察にバレることを度外視した大量の火薬による大爆発は一瞬で消え去った。
爆心地にいる俺は無傷。
俺のことをよく知る相手ならこの程度で傷を負うような存在ではないと分かっているはずだが相手はそんなことを思いもしないのだろう。
敵の想定はあっぱれだが次はない。
砕かれてしまえば終わる計画など最初から立てるべきではない。
砕かようとそこから立て直すことができてこそ計画だ。
そしてこの愚策で安心したのが相手の最大の過ちだ。
安心など俺は感じたことすらないというのに…。
俺は目に力を入れた。
10キロ先のビルにこちらを監視する気配を感じる。
もはやこれで敵の人数も最後なのだろう。
仲間の死の仇をとったつもりになっていた二人は絶句したまま立ちすくんでいる。
哀れだ。
しかし敵を前に動き止めるなど距離が10キロ程度離れているだけで隙を見せる余裕ができるとは劣勢のくせに大したものだ。
俺は異能の力を使った。
最後の二人は直前まで攻撃を受けるなど思いもしなかっただろう。
俺が放った二発の異能の弾丸は二人の眉間を正確に射抜いた。
敵の全滅に対して俺はなんの感情も示さない。
こんな当たり前のことにいちいち反応しているようでは俺はこれまでで何十回と死んでいる。
そして俺は路地を出た。
俺は街を歩く。
道行く人の笑顔や格好を心底不快に思いながら、一秒後の世界対して対策を講じながら、身の回りの人々をどう殺せるかを考えながら、新たな襲撃者の事を油断せず見据えながら。
そして覚悟を決め、油断や慢心を捨て、安心や安全を偽りと定めて。
俺は常に日常に全力を尽くし力の限り生きていく。