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第八話 : それでも、君は

 

 

明宮アケミヤ殿…………、明宮アケミヤ殿!」


 おれはグストさんの呼びかけを無視して歩く。

 彼はおれに連れられる格好になって躊躇いがちに歩いて来ていた。


 そういや行きに、牢屋から出て儀式の間に向かった時は逆だったなあ。

 あの時は、グストさんがおれを連れるようにして歩いていた。ついでに言えば、積極的に話しかけていたのもおれの方だ。


「明宮殿!」

「すみません、こんな事に付きあわせてしまって」


 だいぶ儀式の間から距離を稼いでから。


 何度聞いたか判らない呼びかけに答えた。


 それから手短に、騎士一人に付いてきてもらった理由を話す。

 でも、この答えではグストさんは納得しなかったようだった。

 『儀式』の前に会った時の冷静さはどこへやら、落ち着きも失くなった口調でなお、追求してくる。


「それは構わない! ……だが!」

「今からでも遅くない、戻るべきだ、……なんて言わないでくださいよ?

 これはおれが決めちゃった事ですから」


 それを、なるべく付け入る隙の無いように、突き放すように話す。

 気弱な部分を見せてしまったら、きっとそれだけで終わりだ。


「……何故?」


 無口な彼は、それでも一言だけ訊いた。

 でもそれは、疑問の全てを凝縮しているもので。


「うーん…………」


 クレーマー云々の話をしても、あまりピンときてはもらえないだろう。

 あれはおれの勝手な考えだから。

 それなら、と思った。

 もう一つの方の理由を話してしまった方が良いかもしれない。


「なんというかですね、ちょうど良かったんですよ」

「…………丁度、良かった?」

「あの皇子おうじ様が来たタイミングがです。

 ちょうど、おれが退出するのに良いタイミングでしたから」


 グストさんにならバラしてしまっても良いかも、と思ったのだ。

 これは期待混じりの憶測になるけど、たぶん彼の性格なら黙っていてくれる気がする。


 おれがあの場にいてはいけない人間かもしれない、という事を。


 何か言いかけるグストさんに先んじて話を、おれの正体の話を続けた。

 あの皇帝との会合の最中にも話さなかった事実を。


「――――おれは、『勇者』じゃないんですよ」

「え」

「さっきのステータス・アイの話があったでしょ? グストさんも覚えてます?」

「あ、ああ、聞いていた。勇者としての能力、勇者補正などとリベリオールが言っていた」

「おれ、その『勇者補正』って持ってなかったみたいなんです。

 …………理由は判りませんけどね」

「なん……、だと……!?」


 驚いた死神のような感じで言われてしまった。

 まあもちろん兜で顔は見えないけど。


「だから、勇者じゃなさそうなおれは、あの場から出て行くべきだったんです。

 ――――皇子様が来ておれを追い出したのも、実際には妥当だったのかも」


そこで会話が止まった。


静かな宮殿の廊下に、二人分の足音が響いている。片方はヨレヨレしたスニーカーのぺたっとした音、もう片方は鎧の具足ブーツが鳴らすガシッガシッとした金属音だ。


やっぱりこんな事を聞かされて、幻滅されてしまっただろうか。真面目なグストさんのことだ、それも仕方ないだろう。


だが、それとはちょっと違うようだった。


「……もしかして、私の所為せいではないのか?

手錠の鍵を忘れ、否、それとも、拘置所に入れられたため…………」

「い、いやいや!

グストさんには何も落ち度はないでしょ!?」


 え、えぇええ!?

なんでそう繋がったし!!


「あと拘置所に入れられたのはゴネリー隊長の命令だったし!」

「しかし、私が手錠の鍵を忘れていなければ、あんな衆目の前で裸体を晒すことには」

「おれ自分で脱いだんですけど」


 しかもポーズまで取った。

 今でもどうしてあんなコトしたのか判らない。


 きっと『ムシャクシャしてやった』とかそんなカンジかもしれない。

 やめてそれ、言い方が犯罪者の供述みたいになってるから!


「済まない。私は昔から、変な所で気が回らないようでな……」

「それはもう若干気づいてまし……いやなんでもないです」


いやなんとなく、グストさんがおれと同じ属性(そそっかしいひと)かもと言うのは、うすうす勘付いていたよ。

 でも言わないでおく。


「わっ、私はどう責任を取れば!?」

「いつの間にそんな話に!?」


 うわああ、と、鎧を着ていなかったら頭を抱えてうずくまりそうな勢いで嘆く。

 話す口調も押し殺したような低い声ではなく、もう落ち着きなど微塵もない。

 グストさん、意外と地の声は高めなのか。


「別に、グストさんにどうこう、という話じゃないですから……」

「だ、だが…………」


 でも、グストさんは下手をすれば鎖で繋がれたおれの歩きを止めそうなぐらいのヘコみ具合だった。

 何がなんでも責任を感じずにはいられないようだ。

 悪いのはほぼ全ておれなのに。


 なんとかして彼を元通り、とはいかなくても多少復活させられないかな……。

 と、少し考えてから思い付いた。


「あ、そうだ」


 一つ頼みたいことがあったんだった。

 意外とちょうど良いかもな。

 これを逃すと、あとはもうタイミングが無いかもだし。


「じゃあグストさん。そこまで言うなら『責任』を取ってもらえますか?」


 彼が後ろで甲冑の顔を上げる。

 言うなら今だろう。


「お姫様、エミリア王女様に会う機会ってグストさん、あります?」

「え、あ、ああ。

 私は本来近衛兵(このえへい)の中で、姫様付きの騎士だからな。でも、それが?」

「なら良かった。姫様に伝えておいて下さい、『スミマセンでした』って」


 グストさんが息を呑む気配がした。


「それで今回の件はチャラにしましょう。

 そうしたら、エセ勇者だったおれなんかの事はもう忘れて、他の優也や語歌堂さんの面倒を見てあげて下さい。きっと、この世界の事が判らなくて困っていると思うんですよ」


 出来るだけ穏やかな口調に努めて、言葉を言い終えた。

 それは、余りにもこちらの勝手。

 独り()がりな都合だったけど。


 願わくば、彼がおれの提案に従ってくれるように。


 それからまた、少しの間が空いた。


 だいぶ歩いてきて、どうにか廊下を出て外回廊に出れたみたいだった。

 まだちょっと遠いが、向こうの城壁の所に小さな戸が見える。

 あそこから外に出して貰おうかな。


 ―――――と、急に手首が引っ張られた。


 後ろの鎖の先が歩みを止めたのだ。


「……グストさん?」


 振り返る。

 おれより若干背の高い彼の目線と、見上げたおれの目が交差した。


「………………」

「…………?」


 考え事が終わったのだろう。

 もうそこには、迷った様子など最初から無かったような強い眼差しの、白銀の甲冑を着た騎士が立っていた。

 決然と、と付け加えても良い。


 こちらに繋がっている鎖から手を離す。

 鎖は、そのまま石の回廊に落ちてガシャリと音を立てた。


「…………判った。必ず実行しよう」

「ありがとうございます。じゃあ、おれはこれで……」

「――――――だが、前半だけだ」


 剣のように、グストさんの言葉がおれの言葉を切り裂く。


「……えっ?」

「姫様には確実に伝えておこう。だが、後の提案には従えない」

「後って……?」

「明宮殿には、私のミスをかばってもらった恩義がある。

 …………だから、忘れる訳にはいかない」

「いや、恩義って」


 そんなもの全く無いハズだ。あるとするなら、


「恩義って、手錠の鍵の件ですか?

 元からおれは勇者なんかじゃ無かった、ニセモノみたいなもんなんですよ。だから、」

「嫌だ」


 気に病む必要なんてない、と告げようとしたのに。

 それを遮るようにグストさんは、嫌だ、と言った。


 長い付き合いでは無い。

 こちとら、この世界に召喚されてから数時間も経っていないハズだ。

 でもおれは、彼がそんな感情的な言葉を口にするとは思いもしなかった。


 声を荒げたワケではない。

 だけれど、強い口調。

 凛とした口調。


 男にしては若干高い声で、続ける。


「あと、君はさっきから自身の事を偽物ニセモノだ、マガモノの勇者だと言う。それも、嫌だ」

「そんな…………。言ったでしょう、おれのステータスは」

「それでも!!」

「――ッ!?」


 さっきとは、逆だ。


「……それでも」


 自分でも語気が強かったと思ったのか、言い直す。


 そう、さっきとは逆だ。

 おれがグストさんに言い聞かせてた時とは違い、今度はおれが諭されていた。


「理不尽に殴った隊長を許し、私の重大なミスを赦し、不当な糾弾に反発もせず耐え、最後はとがを全て背負ってこうとしている」



「――――君は、勇者だよ」



 ……………………。


 嬉しくないワケが無い。

 そう言われて、なんとなく報われたような気がした。


 でも。


「ありがとう、ございます」


 おれの口から出たのは、少し前に言ったのと同じセリフ。


「それじゃ失礼します」


 そうしておれは元の方に直り、出口に向かって歩いて行く。

 出来るだけ、なんでもない風に。


 おれよりもグストさんは歳上だろうし、間違ってもおれは説教なんて出来る立場に居ないけれど。

 きっと彼は、真面目すぎるのだ。


「明宮殿…………!」


 おれがここで迂闊な事を言ってしまえば、更にグストさんは背負い込もうとする。それは、自分の首を絞めていっているのと変わらない。そうする位なら、おれを失礼なヤツだ、とか思って終わってもらえるのが丁度良い気がするんだ。


 これが一番、お互いが傷無く、かつ颯爽と別れられる去り方。

 


 おれは無視して戸に手を掛け――――――















 ――ることができずに、グストさんの元に戻った。


 手首のところを彼に見せる。


「あの、すみません、手錠の鍵を…………」

「明宮殿…………」


 呆れられた。





 結局、気が抜けたようになったグストさんに牢屋から手錠の鍵と、ついでにマイシャツとマイ上着を持ってきてもらったおれは、普通に正門の横の通用口から歩いて外に出て行った。


 え、颯爽?

 何それ食べれるの? アイス?


 あまりにも締まらない別れになってしまった。

 ちなみにおれが開けようとした戸は、ただの倉庫になっていたようだ。



 シャツは焦げくさかった。

 

 

 

これにて第一章は終了です!

次の話で第一章の登場人物紹介をしてから、第二章に移ります!


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