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第七話 : ヒカリ ~異世界に降り立った変態~

まさかのシリアス展開。


ヒカリ君はどうするのか!?


 

 

「皇族を汚した異人はどいつだ!? 名を名乗れ!」


 扉の開く音よりも遥かに大きな声で、冠をかぶった人物が乱入してきた。


 おれと他の周りの人達も、一斉にそちらを見る。

 二人の人がこちらに大股で鼻息荒く歩いてきていた。


 その内の、一人は。


「隊長!? どうしたんですか一体!」


 平野くんの近くに居た騎士、ケビンさんが驚いたように声を上げる。


 そう、一人は儀式が始まる前におれも会ったことのある人物、隊長だった。

 確か名前はゴネリーとか言ったはずだ。

 さっきよりも鼻息は荒い。


 だがしかし、隊長を引き連れて来た人の方が判らない。

 冠、何やら王冠らしき帽子を付けているその男は、もう一度甲高い声で叫んだ。


「誰だと聞いているんだ、我がアストレイ家の名を汚したヤツは!?」


 既にもうおれ達異世界人のごく近くまで来たにも関わらず、大声で怒鳴る。

 ついでに、声を出すと彼のたるんだ頬がブルリと揺れた。


「どうしたんだ、ボラン?」


 皇帝が面食らったように言う。

 もう完全に、『儀式』の厳かな雰囲気は霧散してしまった。


「――父上!!」


 大声で返す、その途方もなくぶよぶよとした人物。

 声の間に挟まれたおれは、ちょうどその顔を皇帝に対して見上げるようにして大声を出す彼の騒音をモロに食らった。

 うわ、耳がキーンとする!


 しかし、『父上』?

 ということは、パトリック皇帝の息子?

 つまりボラン皇子、とでも呼ぶのだろうか。


 皇子。

 目の前に居るのが皇子か。


 『皇子』って、もっとゲームとかだとこう、鼻が高くて、おれなんかよりもよっぽど背が高くて、スラっとしてて、格好の良い人物なんだと勝手に思い込んでたなあ……。

 いや、あまり人の外見をああだこうだ言うのは良くないのは判るけど、皇帝がいかにもな皇帝だったから、期待が上回っていたのかもしれない。


 実際に目の前のボラン皇子とおれのイメージは、金髪であるという事以外全く等しくないように見える。


 皇帝は彼の登場に面食らっていたものの、やがて訊いた。

 ちなみに口調はどこか威厳の無い感じに変わっている。

 もしかすると、まさかこれがあの人の地の喋り方なのだろうか。


「どうしたんだ、ボラン? 今は国の重要な儀式の途中だぞ?」

「そうはいきません、父上! 急務なのです!」

「後でも良いだろう?」


 そんな皇帝の言葉を否定するように、もしくは最初から聞いていなかったように皇子は続けた。


「そうはいきません、余には国辱を晴らすという使命があるのです!」

「国辱だと?」

「そうです! 余の妹エミリアに無礼を働いたという話を聞きました。しかも異人がです!」


 O、Oh…………。


 思わずリアクションが外人になってしまった。


 どこから聞いたのかはまあ、皇子の隣に居る甲冑マンを見れば判るような気がするが、他の所から伝わったという可能性もあるからなんとも言えないだろう。


 しかし、その無礼を働いた異人、というのには非常に、非常に聞き覚えがあった。

 というか身に覚えがあった。


「彼らを異人などと呼ぶなボラン! 彼の者ら四人は、我が国に来て下さった勇者様方なのだぞ!!」


 そう弁護する皇帝。


 残念だったな! この中の1人は勇者ではない。

 さっきまでどうやって場を誤魔化そうか考えていた『元囚人』だ!


 ……自分で言ってて悲しくなるね!


「父上は甘い。だからこうして余が罪人を粛清してやろうというのです。

 さあ……、我が妹に不敬を働いた者は、誰だ?」


 自らを正義の鉄槌と代弁する言葉とは裏腹に、その皇子はおれら四人をニヤついた顔で見回してきた。

 場の空気など全くかえりみずに。


 誰も何も言わないのを見て取るともう一度、声高に糾弾する。 


「余は既に知っていてあえて、慈悲深く自供の機会を与えようと言っているのだぞ!?」


 皇子の隣に居る隊長がおれを見た。

 目が合った。

 怒り心頭です、といった視線だった。


 ああ、あれは全てまるっとお見通しの目ですわ……。


「おれです、おれ」


 黙っていても仕方ないので、名乗りを挙げる。

 挙げたというには覇気が足りない気がするけど。ついでにひょろっと手も挙げた。こちらは特に意味は無い。授業で挙手する感じだ。


 途端、周りの大臣や皇帝を含め全員の視線が集まる。

 もちろん当の皇子もおれを、顔の肉の奥に埋まったような小さな目で見据えた。


「オマエが、その下手人げてにんか…………。は?」

「はい、アケミヤです」

「勇者殿、気にする必要はない、」

「父上は黙っていて下さい!」


 話の舵取りに失敗して口ごもるパトリック皇帝。父は弱かった。

 彼の息子に跳ねのけられてしまっている。

 皇帝とか父親として威厳って……。


「我がアストレイ家は先祖代々から皇帝を何人も輩出していた名家。それを汚したオマエはどうなるかわかっているんだろうな?」

「牢屋行きですか?」

「バカめ。処刑に決まっておるだろう?」


 そしてまた、ボラン皇子が頬を震わせてニタニタと(わら)う。

 まあ、余はあのような虫が這いずるような部屋に入れられるくらいなら死ぬのを選ぶだろうな、とのたまう皇子。


 こ、こいつ、おっさんハウスを馬鹿にしたな!?

 おっさんだって一生懸命生きてるんだ!

 まあルームメイトはキノコだけど。


「だが、余は寛大だ」


 ――――ん?


 ニヤニヤの皺をよりいっそう深く顔に刻む。

 そして続けるボラン皇子。


「アケミヤ。今なら、オマエだけここから、皇宮からすぐさま出て行けば、処刑だけは見逃してやろう。

 どうする? んん?」


 イヤらしいとしか形容できない歪みきった顔でこっちを見てくる。


明宮アケミヤ君!」

「うーん……」

明宮アケミヤ君、このような者の意見、まともに聞いてはいけない!」


 おれにしか聞こえないような小声で、横の語歌堂さんが囁く、が。


 …………どうしようかな……?


 この皇子はきっとおれがこの世界、エリネヴァスに来たばかりで、皇宮以外に行くアテがないことを知った上で言ってるんだろう。


 『勇者』は召喚されたばかりでこの世界の事をまだ、全く知らないに等しい。唯一把握した場所とも言える皇宮を追い出されてしまえば、後は路頭に迷うことになるのは間違いない。


 なかなかいい性格をしているようだ。いじめっ子気質は十分に持っている。

 しかしそうすると、おれはどう答えれば良いのかな?


 目の前のボラン皇子を見る。

 次に周りの語歌堂さんや優也、グストさんを見てから。

 最後に、ちらっと後ろの大臣達の様子を見る。

 全員困惑したような表情でおれを見ている。


 ………………うーん…………。


 …………よし。


 ピリピリと張り詰めた空気の広間の中、さっくりと告げる。

 こういうのは、さもなんでもないように言った方が良いだろう。



「――――あ、じゃあ出ていきます」

「「「なっ!?」」」



 うわビックリした、そんなに一斉に驚かなくてもいいでしょうに!

 言い出しの皇子も驚いているようだった。なぜだ。


「あ、明宮君?」

「……し、しかし!! 国の決まりとして…………」


 そして数瞬後、語歌堂さんや皇帝が口々に呟く。

 なんか大騒ぎになる前に、おれの考えた提案を言っておこう。

 指を三本立てて、皆に見えるようにした。


「じゃあこうしましょう。勇者は最初から三人しか居なかったんです」

「……は?」


 皇帝も、横の語歌堂さんと優也も口を半開きにした。

 遂に平野くんですらこちらを呆けたように見てくる。

 もしかしなくても、珍しいものを見たのではないだろうか。


「確か、リベリオールさんの話では、最初に召喚された時の勇者って、三人だったんですよね?」


 他の皆と同じく戸惑ったようなリベリオールさんを向いて少し強い口調で確認すると、彼も僅かに頷いた。


「え? ま、まあ……。それがどうしたのでしょう?」

「それで、次の召喚では八人、次は五人……でしたっけ?」


 構わずに続ける。

 素早く言い切ってしまったほうが良さそうだ。


「……それなら、今回召喚された勇者は三人だった。

 そういう事にしてしまえば、一人減ったなんてことは誰も気が付かないでしょう?」


 この場に居る方々が皆黙秘してくれるのならって条件が付きますけど、と付け加えた。


 横の語歌堂さんがようやくおれの言いたいことを判ってくれたようだった。

 だが、その事を判った途端になおさら、反論しようとする。


「明宮君!? そうしたら君はここを出て行ったらどうやって生活するって言うんだ!!

 そもそもの話、ここの姫の件はもう済んだ話では無いのか!?」


 いやあ、かばってくれるのは嬉しいけど、でも。


「それでもおれがお姫様に失礼をしたのには変わらないからね」

「しかし!」

「だから、出て行けと言われたら出て行くしか無いと思います。

 ……皇帝陛下の許可が降りれば、ですけど」


 出来得る限り堂々として見えるように、周りの人にそう宣言した。


 語歌堂さんの質問に答えたようでいて、最初の方の質問にはお茶を濁しているのは秘密だ。

 これからどうするかなんて。


 …………うん。


 全く考えてなかったよ!!

 いや、結構な部分を勢いで言っちゃってるよおれ!


 どうすんの!!

 こ、これどうすんの!?


 ――ただ、思い出すのは元の世界で大学の合間にしていたバイトの事。

 前にも似たような事には遭ったコトがある。


 コンビニの店員をやっていたのだが、やはりそこは人との関わり、関係が大きいサービス業。

 普通なお客さんの方がよっぽど来る数は多く、それには何の不満も無かったけど、時たま変な言い掛かりを付けてくるような客というのは存在した。いわゆるクレーマーである。

 ……まあ、おれがレジに立ってる時に限ってクレーマーがやって来てる気がしたのは気のせいだろう。気のせい気のせい。


 実はコンビニでも『クレーマーの客が来た場合の対処』という対応マニュアルは、あるにはある。

 そこには一文。


 『ひたすら謝る』


 とだけあった。

 他の所はどうかは知らないが、まず謝ってしまわなければならないらしい。

 絶対に相手に反論してはいけないそうだ。


 そもそもクレーマーというのは、自分が正しいものという前提でこちらに詰め寄ってきている。そこに上から抑えこむように楯突たてつかれたら、逆上して手に負えなくなるのだと。

 だから店側は謝罪してしまう。そこから低い物腰で、相手の要求を聞くべきなのだそうだ。それでも無理そうなら店長など上司に任せる。

 ……まあ、おれがクレームを受けてる時に限って店長が居ないような気のせい気のせい。


 今回の事にもそれが適応できる。要はボラン皇子はクレーマーなのだ。

 しかも向こうにも言い分はある。こちらの非もある。

 そうするとターゲットとなったおれに取れる選択肢は、二つしかない。


 ・周りの皇帝や大臣、グストさんに弁護してもらう。

 ・謝って責任を取る。


 この二つだ。


 でも最初の選択肢は考えれば考えるほど状況が深くこんがらがってしまう。

 皇帝はこの皇子に強く言えないみたいだし、グストさんに擁護してもらおうにも向こうにはグストさんの上司であるゴネリー隊長が組んでいる様子。おれなんかの為に彼の近衛兵の立場を危うくするのはなんとも申し訳ない。

 

 と、なると。


 結局、結論はシンプルだった。真実は常に一つ!

 ……とはちょっと違うかな。


 おれはこの皇子にさっくりと謝罪して、舞台から退場してしまうのがベスト、ということだ。問題がこじれる前に、原因のおれがおれ自身をその場から排除してしまう。

 それが一番誰にも被害が出ない。


「ということで、おれは居なかったことにして退場させて下さい。王女殿下への不埒ふらちな行為は、どうかこれで許して下さい。

 ……すみませんグストさん、おれを連行して頂けますか?」


 固まっているグストさんに声を掛け、手錠に繋がった鎖の先を差し出す。


 一人で出てしまうのもそれはそれで見栄えが悪い。ならば、近衛兵に連れられて外に追い出されたって形にしちゃおう。そんな魂胆もある。


「まっ……、待て!!」


 だが皇子は納得しなかったようだった。


「なんだお前、その言い草は! 開き直りのつもりか!?」

「開き直りだなんて、そんなことは…………」


 そんな風に受け止められてしまったら、もうどうしようもない。

 というより周りの誰もどうにか出来ない以上、きっとおれはここで立ち止まって彼の言い分に呑まれてしまってはいけない。


 ならばどうするか。

 いや、一つだけ考えてた事はあるんだけどさ…………。

 これはちょっと、ねえ?


 もうおれは頭を掻くしかなかった。

 追い詰められると人間、いろんな事を諦めてしまうものだ。


 ……仕方ないな。


 ――――最後の手段(倍プッシュ)だ……!!


「ふう…………」


 息を一つつく。


「じゃあ、これでどうでしょう?」


 ――――手錠の付いた手でマントを内側から思いっきり引っ張り上げ、一気に振り払うようにして脱ぎ去る!

 そして、マントのはためきが収まった時。


「な……、なっ……!」



 そこには、手錠をはめたエガちゃんスタイルの青年が、その威容いようさらしていた!!



 惜しげもなく晒していた!!



 裸体を晒していた!!



 その堂々たる御姿には、丁度良く儀式の間に差し込んでいた日差しによってもはや、神々しいほどの後光が立ち昇っていた。気がする。


 皇子の来襲からずっと緊迫した空気になっていた場が、いよいよもって佳境を迎えた。


 唖然とする皇子、隊長。既に暫く前から何も言っていない、おれの後ろの皇帝、大臣達。他の三人の勇者達も目だけを見開いて身動ぎ一つしない。


 そして古代ギリシアの石像のように固まって上裸を見せた、手首に手錠をくっ付けた両腕でマントを肩に掛けたポーズのおれ(ヘンタイ)

 ギリシア石像を選んだ意味は特にない。


 カオスだ。

 儀式の間はもう既に、カオスの海に呑まれていた。


 ……やっちゃったよ、遂にやってしまったよ!

 もうこうなったら勢いに任せるしかない! ウヒョオオ!


 内面の荒ぶる焦りの感情とは裏腹に、表向きは飄々として、言う。


「暑かったので、ちょっと脱いでしまいました」

「何をやってるんだ!?」

「………………」


 無言でにじり寄る。


「来るな、こっちに来るな!」

「暑かったので、ちょっと脱いでしまいました」


 じり……じり……、と顔一つ分だけ背の高いおれが、ボラン皇子を見下ろすようにして近寄る。

 ブッダの如きアルカイックスマイルを浮かべて。


「誰か、コイツを止めろ!!」


 ボラン皇子が悲痛に叫ぶ。

 が、この場にいる全員が衝撃のあまり、あるいはもう何がなんだか状態なため動かない。

 というか動けない。

 皇子の隣に居るゴネリー隊長のヒゲの一本さえ震えすらしなかった。


 動けるのはおれだけである。

 というか止まれない。


「それではグストさん、この犯罪者(ろしゅつきょう)をしょっ引いて下さい」


 おれは彼の返事も聞かずに手錠の鎖の先を渡し、言葉とは逆に彼を引っ張るようにして大扉に向かった。


 沈黙の中を歩いて行き、外に出る。


 もういっそのこと手錠のせいで離れない両腕を上にあげて、デ○ーク更家式ウォーキングで立ち去ってやろうかと思ったが、止めた。

 さすがにそこまで人間性は捨てられない。

 何が悲しくてエクササイズしながら退出しないといけないのか。


 どうにかしてボラン皇子が入って来る際に開かれたままの入り口に辿り着き、手錠の付いた手で大扉のノブを引っ張った。


 扉が閉まる。


 バタン、と静かな廊下にやたら大きな音が響いた。



 きっと、ドアの内側でも同じように響いているだろう。

 

 

これが、『ラックマン』流の!


シリアス展開だ!

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