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第十四話 : Begin from “Zero” Part1

 

ある意味で原点回帰な回でございます。

ただ、ちょっと長めなような……。


ではどうぞ!

 

 

 

 ――昨日、一昨日と続いて晴れが続くセンティリア。


 その市街は暑くもなければ寒くもない、暖かな過ごしやすい気温……。

 ではあるものの、逆にこうまで雨が降らないと乾燥で水不足が心配になってしまうくらいだった。


 それはもう、こうして陽の下でぼんやりしていれば、そのうちゲージが溜まって「太陽ーー!!」と叫びつつソーラー式な銃が撃てるかも知れないレベルである。エコだ。


 まあフランさんいわく、今の時期はコレくらい毎日が好天なコトが日常なんだそうだけど。

 何にせよ、良い天気なのは全くもって悪いことではないだろうな。


 時刻は朝と昼の中間ぐらいという空を見上げれば、雲の一つもない青色で。

 きっと昼寝なんかにはもってこいの日差し加減だろう。のんびりしたもんである。


 ……だが、それはあくまで天気は、の話。


 ぼやっと上ばかり見ているワケにも行かないので、下に目線を戻す。

 おれの今居る『中央通り』では、毎日のように繰り広げられる喧騒に今日も例外なく満ちていた。


 通りには見回す限りの、人、人、人。


 前に真っ直ぐ進むのが困難なぐらいには、今日も中央通りはいろんな人が集まり混雑していた。

 石を投げれば人に当たるとはまさにこの状況を言うに違いない。


 明らかに冒険者と判る格好をしたキツネっぽい耳の獣人ビーストマンや、両手にそれぞれパンッパンに膨らんだ買い物袋を提げ店先で品定めをしている主婦らしきオバちゃん、人を押しのけるようにして台車を引いて進もうとしたために周りから怒鳴られている商人、などなど……。

 加えて、街を警備する巡回の衛兵さん達やら、時々貴族風のご婦人方までもが従者を連れて道を歩き、混沌とした人混みの一部になっている。


 だけど騒然とした声達の多くを占めるのはやっぱり、幅広の通りの両側に並んだ露店から発せられる呼び込みの声だった。

 なんと言っても、とにかく威勢が良い。


 街を南の街門から北側の皇宮敷地の入り口まで縦断する目抜き通り、その左右にずらりと多種多様な店が道行く人を待ち構えている。

 どの店ももうそれはそれは気合いが入っていて、もはや物を売りたいのかただケンカで口論になっているのか判らないぐらいの大声。


 アパートやらマンションやらで少しでもそんな声出せば、両側の部屋から間髪入れずに壁を太鼓の如くどんどこ叩かれる程のけたたましい売り口上。太鼓の隣人だ。

 よく言えば賑やかであり、悪く言えばやかましいことこの上ない。


 正直いろんな声が混ざりすぎていて、現にこの場に居るおれもよく判らない事になっている。


 天気の良さはそれだけ人々の活動をより活発にするものなのだ。

 今まさにそれを実感していた。


「久々に多く仕入れられたんだ、今日の野菜はいつもよりさーらに安くしとくよ!

 しかも一束より五束、いや十束まとめ買いならもっとお安く!」

「今日は鍛治師ギルドから仕入れた銘付きの武器防具を多く取り揃えてますよぉ!!

 おっ、お客さんお目が高いねェ! それは名匠グレイ・ストンハンマー氏の逸品だぁ!」

「あっちの店の地図がウチのよりも安かったぁ!?

 参ったな、そう言われちゃこっちももっと安くしねえとな!」

「そこの奥さん、キレイだからきっとこの琥珀コハク色のアクセサリーが似合うぜ?」


 …………と、まあこんな具合。

 挙げればキリがない。


 それぞれ耳を傾けてみると、あれこれと通りを歩く人に、また気になって商品を覗いてる人になんとかモノを買ってもらえるように相当アピールを工夫している事が判る。


 例えば今応対しているお客との距離が近くても大声で話しかけているのは、他の周りの人にも店の品物を広告するためだろう。彼らにとって道を歩く人は皆、客になり得るのだろう。

 身もフタもなく言ってしまえば、新たな客を呼びこむためのと例えられるだろうか。

 まず興味を持ってもらい、そこからなんとか購買欲へと持ち込むのだ。


 うーん、凄いな…………。


 おれもそれを見習って何かしらのアピールをするべき、なのかも知れない。

 俗に言う営業努力というヤツである。


 だけど残念なことに、肝心のセールストークがまだ思いつかない。

 何より、周りの激しさを通り越して必死さすら感じる呼び込みに気圧けおされているというのもある。


 ……取り敢えず、へいらっしゃい! とか言ってみようかな?

 それでも小さな声だったら、お客さんとか以前にあの雑踏の大渦に、栓を抜いた風呂の水のごとく飲み込まれてあっという間に消えてしまいそうだけど。


「あらあ、良い色ツヤのナシじゃない?

 店主さん、一つどれくらいするの?」


 周囲に気を取られて、屋台の軒先にいつの間にかお客さんが来てることに気付かなかった。

 ちなみに、さっきちらっと目に入ったダブル買い物袋の奥様だ。

 その時はおれの所から二軒ほど先の肉売りを見ていたハズだけど…………。

 目を話している間にこちらに接近していたらしい。


「あ……っと。そうですね、ナシは……」


 慌てて値札表を確認。

 木で組んだ簡素な屋台の店員側、つまりこちら側に貼ってある紙を確かめる。


(よし、ナシがあるカゴとその周りのカゴは全部、一律で銅貨4枚だよな……?)


 屋台の品物は、同じ物は一つのカゴにまとめられ、さらに並んだカゴの集団は幾つかの木枠のブースで区切られている。

 問われたナシはおれから見て一番左側のブースにあるカゴの一つで、そこは最も安いブース――――置いてある全てのモノが一つ4銅貨である、らしい。多分合ってる。


「一つ4エウルになります」

「じゃあまとめて6個くらいちょうだい」


 女傑なオバちゃんが即答し、鈍い色を日差しに反射している青銅貨2枚と、それより小さい銅貨を4枚取り出す。

 しめて24エウルである。

 金額ピッタリを支払っておサイフの中の余計な小銭を増やさないようにする所は、なんとなく元の世界のおば様方のそれと通じる所があって面白い。


「包みもオマケしときますねー」

「あらあ、悪いわねえ」


 ホホホと笑われてしまった。

 本来なら袋のぶんの代金も別途貰うのがスジなのかも知れないけど、包みなんて大量にあるし、どこにも注意書きは無いしで、まあ適当で良いだろう。


 屋台の柱に引っかかっている一際丈の大きなカゴから紙のような布のような、何やら乾燥して柔らかい繊維だけになったデカい葉っぱを引き抜き、より色合いの良いナシを選んで言われた個数分を包む。

 ちょうど風呂敷と包装紙の中間くらいを想像してもらえれば見かけや使い方もおおよそ正しいだろう。

 微妙に手間取ったものの、なんとか口を縛って袋状にまとめる。

 そして品物を渡すと、オバちゃんは上機嫌に去っていった。


 両手の膨らんでいた買い物袋はさらにナシが加わることでもはや鈍器のレベルに達していたが、まあそれはあちらも重々承知だろうし、おれが心配するコトじゃ無いだろう。

 しかし軽々と持ち上げてるな、あの人……。


 ………………。


 …………。


 ……その姿を手を振って見送りながら、考える。


 おれと大通りの歩行路の間には、インスタントな木組みの屋根付き屋台。

 そして屋台には沢山のカゴと、その中には大量のフルーツの群れ。


 突っ立ったまま、目の前のそれらを見て考える。



 ――――どうしておれ、果物屋の露店で売り子をしているんだろう、と――――。





 ……まあ思い出すと言っても、それほど複雑怪奇なコトが起こったワケではない。

 話はいたって単純だ。


 まず事の初めに、フランさんの飼い犬ことジャネットの散歩を任されたという経緯がある。


 今日も今日とて食堂でお世話になっていたおれは、例によって起きてすぐ一階に降りると朝食を戴いてしまい、やっぱりそれじゃ申し訳ないからと何か手伝えることは無いかを申し出た。

 テイクにギブで返すのは当たり前の道理、そこは譲れない一線だ。


 するとフラン姉さん、しばし考えた末に、じゃあジャネットの散歩でもお願いしようかしらーとおっしゃられた。大任である。

 紛れもなく大任である。


 そして話がまとまった所へ、居候の号機たるディーが欠伸あくび混じりに起きて来て寝ぼけまなこで話題に便乗。


 その場は髪が寝グセでぴょんぴょん跳ねてるディーがフランさんに身だしなみを整えるよう注意され、すぐさま洗面所に連れて行かれるコトで話が終わってしまったものの、散歩には順当に同行者が増えることとなった。


 ……あの子、フランさんから寝間着を借りているのは別におれがどうこう言うつもりも無いけど、朝その姿のまんま階下に降りてきて食堂のホールに登場するのは流石にやめて欲しい。

 一応朝早くとは言え、ホールには他のお客さんも来てるんだし。


 朝食を摂っていたら青い髪はぼさぼさで服はサイズが少し合わないのか襟元がぶかぶかゆるゆる、ついでに目は半ば閉じたまんまの少女が幽鬼のような足取りで奥の扉から突如現れるなんて、カウンター席に着いてた大工の職人さんグループも想像だにしなかっただろう。

 というか驚きすぎて目玉焼き口から噴射してたぞ、大工さん達。


 ……まあ、なぜ服の…………特に胸元がぶかぶかなのかは追求するまい。

 あえて見ないように努めるのも善意、人の優しさである。


 それはさておき。


 食事も済んだ所で外に出て店の裏手に回ると既にジャネット嬢は待機しており、前足で頭を掻きながらやっと来たかといった様子でおれ達を待っていた。

 こちらを見てワンと一声鳴くと、率先して歩いていく。


 リードとかも無いしこれ本当に人が付いて行く必要があるのか、二人も同行する必要があるのか、というかジャネットさん交差路じゃきちっと足を揃えて立ち止まるしこれ賢すぎやしないか、などと思いつつもセンティリアの路地を歩く一匹と居候二人。


 ディーは前をてってっと進んでいくジャネットさんを見て楽しそうにしていたが、肝心のわんこの方は青い子に対してそっけない反応だった。


 ジャネットさんはべたべた構われすぎるのを嫌がるうえに自分の認めない人には自慢の毛並みを撫でさせすらしないという、少し高飛車なお嬢様なのである。

 触られるのを許しているのは、唯一フランさん一家くらいなもの。

 テンプレートなツンデレお嬢様なのだ。

 犬だけど。


 ただディーはそれでも充分だったらしく、フランさんから仰せつかった犬の散歩に満足していた。

 彼女は元居た故郷の里では特にペットなど飼っていなかったらしいが、性格からして動物好きなのかもしれない。

 あるいは小さな物好き、みたいな感じだろうか?


 こちらが触ろうとすると容赦なく噛み付かれるけど、ジャネットさんは柴犬に通じるようなもふもふした毛並みを持ってるからな……。

 おれもたまに無性に撫で回したくなるからよく判る。ヨーシヨシヨシヨシわしゃわしゃわしゃっとかしたくなる。

 そして噛まれる。


 しかし、コトは歩いて数十分も経った頃に起こった。

 わんこのお供をしていたおれを偶然か必然か、ファンキーさんが見つけてしまったのだ。


 ファンキーさんとは、この街の中央通りで各種フルーツの露店を出している、サングラスにドレッドヘアの良く判らない謎の人物である。主に服装や言動がよく判らない。

 パチもん外人な怪しい口調の、おれが言うのもあれだけどかなりの変人だ。

 種族としては普通の人間ヒューマン、のハズ。

 正直それすらも自信を持っては言えない。

 ついでに名前も判らないので、取り敢えずファンキーさんである。


 彼とは、この世界に来てから実に初日にして既に会っていたという縁があるんだけど……。

 今回出会ったのは、場所は中央通りへと繋がる裏路地の辺りだっただろうか。


 こんなやり取りがあった。

 


「ワオ! ボーイ、イイ所に!!」

「うわっ!? ファ……、じゃなくてフルーツ屋さん!?

 どうしたんですか、朝からそんな焦って走り寄ってき」

「(おれの手を引っ張って)じゃあこっちのコレが屋台だ、店番を頼むYO!」

「ちょっ」

「ボーイが一日店長DA!!

 ヤッタネ、それじゃヨロシク!!」

「えっ」


 謎のカタコト口調でテンションも高く言い去るファンキーさん。


 そうしておれは、めでたく果物屋の売り子になったのである――――――。





(自分で言ってて、ワケが判らない…………!!)


 意味が判らない。

 ちなみにバイト代が出るかも判らない。

 ついでに何がヤッタネなのかも判らない。


 これがつい先程のコトだ。

 朝ののどかな散歩が、いつの間にか中央通りでの臨時アルバイトに変貌していた。


「いきなりにも程があるだろうに…………」


 ぼやく。

 ぼやきでもしないとやってられない。


 フランさんから(一応)仕事を請け負ったハズが、どこでレールを外れてしまったのか。


「判らないといえば……」


 ファンキーさん、どうしてあんなに急いでいたんだろうな。

 見ず知らず……では無いものの、ろくにバトンタッチもせずにおれに屋台を任せてどっか行っちゃったし。

 今は多少慣れたけど、最初は果物の値段とブースの関係すらも戸惑ってしまった。


 帰って来たら理由も聞かせてもらえるだろうか。


 ……問題は、あのヒッピーな風貌の人がいつになったら帰ってくるかも判らないという点である。


 さらに言うなら、おれが抜けたために一人でジャネットさんを食堂に送り届けに行ったディーもまだ戻って来ていない。

 こっちに戻るとは言っていたけど、迷子になってないか地味に心配だ。

 まあジャネットさんが道は知ってるだろうし、一緒にいれば迷わないだろう。


 いやでも、ディーならまさか…………と微妙に不安になってしまうのが、彼女の彼女たる所以ゆえんである。


 ……………………。


 ――――あっ。

 問題、と言えば。


 ――もっと大きな問題があるだろ、おれ!


 先のオバちゃんから受け取った硬貨を所定の木箱にしまっていると、にわかに思い出した。


 何って、昨日あった話がまだ全く片付いていない。

 それなのにこんな所でのんびりと、フルーツもとい油を売っていて良いのだろうか?


 だって、昨日エドさんから言われた『ゼロ』の話がまだまとまっていない。何も解決していない。

 エミリア姫との面会からの帰り道、彼に言われた言葉が脳裏をかすめる。


 あの後、しばらく宮殿の外で噴水の周りで咲いていた、よく手入れのされた草花を愛でて時間を潰してから――いやごめん、本当は窓からの飛び降りでぼろぼろになったダメージを治療してもらってから――やがてしばらくして出てきたエドさんとディーの二人と合流して帰宅したのだけど。


 宮殿の敷地を出てから右折し、『貴族通り』での別れ際。

 かのエドワード皇子は言っていた。


 昨日の今日だ、話した内容はまだ鮮明に覚えている。


「君から見てエミリーはどうだったかな、ヒカリ君?」

「どうだったか…………ですか?

 最後はうやむやになっちゃいましたけど、それでも和解は出来ましたからね。

 会えて良かったと思います」


 もう少し時間が許せば、彼ら兄妹のパパさんことパトリック皇帝にもおれの無実を説明してくれるところだったのだけれど。

 まあそれは叶わなかったが、あんまり多くのコトも望むまい。

 当初の目的、つまりエミリア姫との関係が改善しただけでも十分すぎる進展だったのだから。


「ああ、質問の仕方が曖昧だったかな?

 確かに当初からの目的はその事だったけどね」

「…………?」


 掛けていたメガネをクイッと人差し指で持ち上げ、なぜか顔を斜めから見せるアングルでこちらに向けたエドさん。

 何かは判らないけど、とりあえずイヤな予感がした。


「――エミリーは兄の僕が言うのもなんだけど、可愛かわいかっただろう?」

「ごふっ!? 唐突に何を!?」

「いやいや真面目な話だよ、ヒカリ君。 君からの意見を聞きたいんだ」

「そ、そりゃまあ、どことなく庇護欲をかき立てられるような気分というか、そんな感じにほんのりなったようなならなかったような……」


 謎アングルのまま滑るようにして迫り寄ってきたエドさんを手で牽制しながら、言う。

 うかつなコトを口走るとどうなるか判らないので、オブラートにぐるんぐるんに包んで話した。

 エドさんの質問の真意とか以前に、周りのディーとかおっさんとかキリオーネムさんとかの視線がこちらに刺さっていたのだ。


「………………」

「ディーもその目はなんなんだよ…………」


 既に斜め後ろに立ってた青い子なんかは合流した直後のこちらのケガを心配してくれた表情はどこへやら、何ヘンなことを路上で話してるんですかとでも言いたげなじっとりとした目付きだった。

 やめて、睨まないで。


「フフ、やっぱり君もそう思ったかい?

 まあでも、僕とエミリーは兄妹でよくよく似ていると言われるんだけどね?」

「どうしてこっちにキメポーズで流し目を向けるんですか?

 あとさっきから掛けてるそのメガネ、妙に見覚えがあるんですけど!?」


 よく見たらあれは、おれの変装用にって持たせられたメガネだった!!

 なんでエドさんが掛けてんだ!!


「大丈夫、心配無用さ!! 別にまだめてないから!」

「そんなセリフのどこを安心しろって言うんだ!!」


 不穏過ぎる言葉を聞かされ、心の底から叫ぶおれ。

 人の目のある天下の往来ではあるがそんな事は気にしてられなかった。

 あと舐めるってなんだ。人として何か間違ってないか。


「……だからね、君もエミリーを愛らしいと評したように、僕にとってもあの子のことは可愛い妹だと思っているんだ。

 だから『侵攻』や、その裏で悪意を持って動いている人間からね、絶対にエミリーは守ってあげたいんだよ」


 おれの訴えを全くもって意に介さず、エドさんが一拍置いてから話を続ける。


 なんだか途端に真剣な顔付きになっていた。


 だがしかし、言っていることは一理あるもので。

 主張の中でも特にエミリーをという所、妹をという所は共感できるものだった。

 『目』の時だって皇宮にまで被害が出たと聞いている。

 親しい身内を守りたいと思うのは当然だ。


「…………って事は、『零』も?」

「そうだね。わざわざ無理強いをしてあれを騎士隊と名付けようとしているのは、そもそも元来、騎士隊が皇族の直轄という立ち位置にあったからなんだよ。

 以前の魔素の件が起こるまでは、傭兵の立ち位置辺りとして作ろうかと思っていたんだけどね」


 だからこそ、差し迫った事態の際に行動の初速が早くなる。

 間に余計なモノが無ければ無いほど、情報の伝達や物事の決定は迅速に済むのだから。


 本来と注釈が付いたのはエドさんいわく、今現在騎士への指令は大臣達との協議を経てからようやく皇帝から発令されているため。

 『皇族に仕える身分』である騎士の本来の意義は長い歴史の中で薄れ、形骸化してしまったのだ。


 現に数日前の『目』の異変では、騎士隊を北の湖に派遣するかどうかの話し合いが難航し、結果として初動が遅れてしまったという経緯があるようで。


「さらに言えば、説明した通り『侵攻』にはどこか人為的な要素が混じり込んでしているからね。ともすれば、余計な手が入ってこちらの行動が制限されてしまう恐れもある。

 究極的に信用を追求するなら、それは自分の目で見て、人柄から心から信用出来る人にたのむのに限ると思うんだ」

「そ、そこまで妙に信頼されてるのもなんだかヘンな気分ですが……。

 それに戦いになれば、騎士とか兵士の方と比べればおれなんてへなちょこもいい所ですし」


 ついでに言えば、おれは『勇者』でもない。


「でもそうは言っても、君が北の湖の魔物モンスターを倒した事実は変わらない。

 他の人はまだ知らない事だけどね」


 もし設立されれば『零』は今後大きな意味合いを、きっと周りに良い影響を与えるだろう、とエドさんは言う。


 『良い影響を』、ということは逆に言えば、『悪い部分がある』ということでもある。

 彼には彼なりの自分の所属する居場所、つまり皇宮内での問題について案じているのかもしれなかった。


 だが、その時のおれは思考の端っこの方で、どこか考えてしまう。

 そして考えついてしまったからには、やはり訊かずにはいられなかった。


「……でも言葉を借りるなら、その周りの影響……ってのが絶対に良いものであるとは限らないんじゃ?

 影響と言っても、もしかしたら――――いや、すみません。難癖を付けるつもりじゃ無いんですけど……」

「…………実はね、エミリーにもそんな風に言われてしまったんだ」

「エミリア姫に?」

「うん、そうなんだよ」


 あの後、おれが去った後の応接室に入ってきたボラン皇子はすぐに弟のエドワード皇子と妹のエミリア皇女おうじょ以外にもう一人、ディーが居ることにすぐ気が付いた。

 部屋には隠れる場所など無かったのだから当たり前だ。

 だからこそおれも即席スタントマンにならざるを得なかったワケだし。

 すなわちインスタントマン…………いや、なんでもない。


 そしてエドさんが機転を利かせ、ディーをどこぞの高名な家の娘という形でエミリア姫の友人という扱いにして難を逃れたのだそうだ。

 最も会うとヤバいのはおれだったのだから、おれさえ居なければ言い繕うのは簡単だっただろう。


 危うくディーごと姫様がボラン皇子の行楽(こうらく)(貴族な女子をお供に連れて何やら話し込んでいたアレだろう、きっと)に巻き込まれそうになるといった危機もあったものの、義兄であるボラン皇子はその場を引き払い、どうにか場を収めることには成功した。


 直前に話していたおれのパトリックへのサプライズ謁見は、本人がリアルに離脱してしまったため、ひとまず日を改める次第となったようだ。


 だがその後応接室でまた三人で少し話す時間があり、おれが居た時に話しそこねた『零』について話題にちらっと触れると、エミリア姫は意外にも難色を示したらしい。


「『こちらのせいで宮殿から追い出すような形で酷い目に遭わせてしまったヒカリ様(きみ)に、再びこちらから事を強いるのはあまりにもしのびない』ってね」


 彼の妹の意見は要約すれば、つまりはそういう事だった。

 あのまだ幼いと言っていいくらいの年齢であるはずのお姫様、しかしそういう意見が出るという点では年不相応にさとい、大人びた考え方を持っているとも言える。

 


「それと、『兄様とヒカリ様の仲も応援します』と言っていたよ」

「え!?」

「その場に居たはずののディーが真っ先に驚いてるんですがそれは」


 なぜコンマ秒でバレる嘘を付いたんだ。

 ってか仲ってなんだ。


「………………コホン。でも、確かにその事は否定できないんだよ。

 僕も良い所ばかり見ていて軽視してたけれど、実際には『零』の完全な実現には今の状況から見て、かなりの困難がつきまとうのは疑うべくもない」


 彼も小さい頃から戦闘訓練を受け、またお忍びで冒険者ギルドの任務をこなすなどして実戦経験はあるとは言えど、それはあくまで私的なもの。

 実際に騎士隊を新設しようとすれば、本職の騎士達からは良い目で見られないだろう、とエドさんは断言した。


 百戦錬磨の自負のある騎士隊長らから見て、どう繕っても自分はまだまだ若僧。

 人によっては、一人の皇子の勝手な行動が騎士の高い地位を侵害しているものだと穿うがった見方で評価しかねない。


 だがそれでも、『侵攻』に抗うための部隊である『零』はどうにか設立しなければならない。

 何かあってから動いていては間に合わないのだから。

 例え、それが周りと軋轢あつれきを生じるモノであったとしても。


「エミリーは……、あの子はヒカリ君を、皇宮の政治に巻き込んでしまう可能性も危惧しているんだと思う」


 『勇者』ならいざ知らず、おれはもうどこにでも居るような普通の人になっている。

 ……いるはずだったのが、再び騎士として戻るとなれば、やっぱりそこも問題になってくるだろう。


 リスクは未知数で、予想外の問題が起きる可能性も充分にある。


「とするなら、エミリーも言っている通り、一人の皇族のはしくれである僕が君の意思を汲まずに無理強いすることはできないよ。できないと言うより、良くない事だと思う。

 いや、もちろんヒカリ君が適任だという点は揺らがないけどね?」


 横に付き添うキリオーネムさんを見て、頷きを返されるエドワード皇子。

 いつの間にかそっちのメイドさんも自分のメガネを掛けていた。

 ……二人とも、普段メガネなんてしてなかったハズだけど。

 キリオーネムさんはなんなんだ。空気を読んだのか。


「でもね、だからこそヒカリ君も考えてみて欲しいんだ。

 ほら、ギルドのクエストボードと同じようなものだよ。君は依頼を受けても良いし、受けなくても良い。

 君がもし受けなくても、他の誰かが……いや、今の所は君以外に候補がいないんだけれど、他の人に頼むことも不可能では無いんだから」

「クエスト……、ですか」

「うん。ある意味では君を利用することになってしまう、雇用・被雇用の関係になってしまうのも事実だからね」


 全部が全部メリットである、だなんて口が裂けても言えないからね、と金髪の彼が言う。

 『零』の先行きはまだまだ不透明なんだよ、と苦笑い混じりの表情が印象的だった。


 そして決着を一旦先延ばしにして話を終え、お互い帰路に付いたのだ…………。



 ――――それが、つい昨日の夕方の話だった。


(……何にせよ、答えは早く出さなきゃいけないよな)


 『零』に入るにせよ。


 『零』に入らないにせよ。


 選択肢は二つだけ。保留は無い。

 どちらにしてもなるべく、早めにエドさんに自分の意見を言わなければならない。

 一番ダメなのは、答えを延び延びにして『侵攻』への対策が遅れてしまうことだ。

 そうなれば元も子もない。


「ブドウくれ、ブドウ4つ」

「……おっと。はい、まいどー」


 なのに、このていたらく。

 いや、ファンキーさんから引き継いだ果物屋のバイトが悪いというワケでは無いけど。

 頭にハチマキを締めたおっちゃんに濃い群青色のブドウを渡しつつ、それでも心の中で溜め息をつく。


 でもそうだな、一旦昨日の話は頭の隅に追いやって、この果物屋の方に集中してみるとか?

 意外とそれも良いかもしれないな。


 当初の予定だったジャネットさんの散歩だって、ある部分ではおれの気分転換的な意味合いもあったんだし。

 少し他の事をして時間を置けば、良い考えが浮かんでくると信じよう。


 それでもアイデアが出なければ、フランさんかあるいはお祖父さんお祖母さんに相談するっていう手も…………。


 いやそれを言うなら実はフランさんにはまだ『零』の事すら全く話してないんだけど…………。


 そうだうっかりしてた、フラン姉さんにどう説明すりゃ良いんだコレ…………!


 ヤバい、お姉ちゃんに怒られる…………!!


「オイそこの黒髪の、どうした?

 さっきから横で辛気くせえくれえ顔してよ?」

「へ?」

「売るほうがそんな顔してたら客さんも寄ってこねえぞ?

 ハラから声出せ! ハラから!!」


 カゴに盛られた大量のフルーツを前にして頭を抱えて震えているおれに、なんだか野太い感じの声が掛けられた。

 前の人混みの方からではない。横からだ。


 ゆるゆると頭を上げて見れば、隣のアクセサリー屋のおっさんだった。

 屋台から身を乗り出すようにしてこっちに顔を突っ込んできている。


 隣の店、さっきは道を歩く二人連れの女性客を呼び止めて何やら話していたはずだけど、どうやらちょうど商談が済んだところらしい。


「文句ってわけじゃねえんだがな。おたくの所に客が来てくれりゃ、ウチの方にも人が流れてくるんだよ。言ってること判るだろ?」

「へ? ……ああ、隣同士で協力しなければと?」

「そうゆうこった。

 出店の許可はもう一昨日から複数日まとめて商業ギルドに取っちまってるから場所は動けねえし、それならお互い売り上げのためになんとかやってくしかねえだろ?」


 ま、儲けを共有とは流石にいかねえけどな……と、腰に巻きつけた麻の袋に小銭をしまいつつ、おっさんが続けた。


 おっさん品物が売れたのか、少し上機嫌だ。

 だからこそ、その機嫌のまま隣のこっちについでとばかりに話しかけてきたのだろう。


 おっさんおっさんとは言っても、ディーの父親であるおっさんでは無い。

 今このファンキーさんの露店から見て右隣の屋台、その手前にあるイスにどっかと腰掛けているちょびヒゲのおっさんだ。

 つまり露店を並べている同業者なのだが、向こうの木台には展示するようにして宝石細工らしき物が並べられている。アクセサリー屋で合ってる、と思う。


 ついでに言えばシーマンな方のおっさんは昨日から今日にかけてをディーと同じく食堂の二階に一旦間借りする形で一晩泊まっており、今朝おれが確認した所、ディーに割り当てられた部屋の床、それも壁際で毛布一枚にくるまるようにしてイビキをかいていた。


 ヘタすると今ものり巻きの具状態で寝ている可能性がある。

 そして早く処遇を決めない限り、彼が居候の参号機になってしまう。ヤバい。

 主に初号機のフランさん一家に対する申し訳なさがヤバい。

 地味にそれも悩みのタネだった。

 

 だからまあ、今はあっちのおっさんはこの場所に居るワケがなく、こっちのおっさんとも風貌からして違うのであって、同じおっさんという呼び名であっても別人のおっさ…………。

 ややこしいな!! なんだこれ!!


「しっかし…………」


 至極アホらしい事を果物の前で考えているこちらの顔を、当のおっさんはじろんじろんとエンリョなく眺める。


 眺めた末、ふと首をひねった。


「昨日までは妙に話しかけづれえ変なヤツがそこに居たが、そいつは今日は休みか?

 なんつーか、あんなヤツの店員にしちゃ意外だな。

 意外っつか地味だな」

「本人を前にしてそれ言っちゃダメでしょうに……。

 おれは店員じゃないですよ」


 ついでに本人としては、地味でも幸薄そうな顔でもないと反論したいところだ。


「は? じゃあどうしてそんな所で突っ立ってんだ?」

「なんとなく、流れで?」

「なんじゃそりゃ」


 呆れられてしまった。

 いや、ホントなんですって。


 ここの店長とは知り合いであり、今日いきなり店番を頼まれて朝からこうして立っている…………と説明すると、お前も大変なんだなと言われた。


 売り子をやってる分にはそこまで辛い作業は無いものの、まあ確かに大変な状況ではある。

 作業の初めは右も左も判らなくて戸惑っていたのはさっき言った通りだ。


「まあ、たぶん今日限りのバイトみたいなもんですよ」

「そうか……。ならギルドの組合員でもねえって事か。

 商人でなけりゃ、そんなに商売の姿勢でケチつけんのも門違いだわなぁ」


 なんかすまんかった、と謝られてしまう。


 別にこちらが不快な気分になったというコトもない、そんな気にする必要も無いんだけどな……。

 話しかけられたのもなんなので、話題を変えるついでに尋ねてみる。


「まあまあ、あのまま暗い顔してても良くなかったですし気にしてませんよ。

 それより気になったんですけど、そっちのアクセサリーって……」

「ああ、これか?」


 おっさんは手近な一つを指でつまんで、ぷらんぷらんさせる。

 そしてなにやらニヤリと、口の端に自慢げな笑いを浮かべた。


「ちなみにボウズ、なんだと思う? 判るか?

 正解してもモノはやれねえけど、素人がパッと見で当てられたらすげえぜ?」


 暇つぶしついでのクイズということなのだろう。

 あのドヤァな顔を見る限り、おれが想像していた単なるアクセサリーというだけでは無さそうだ。


 ふむ…………。

 目の前で揺らされているそれを、さらに顔を近寄せて眺める。


 見た感じでは、緑色の石がはまった銀のネックレス、といったところかな?


「なるほど、緑色の石がはまった銀のネックレスですね」

「そのまんますぎるわ!!」

「え、ハズレですか?」

「当たってるけどよ、もっと他にあるだろ!!」

「えぇー……」


 結局正解は判らなかったので答えを聞いてみる。

 するとガッカリ顔の彼が言うには、なんと並べてあるそれらはすべて魔道具マジックアイテムなのだそうだ。


 おっさんの屋台、実はただのアクセサリー屋ではなく、付与エンチャントの施された装飾品を売っていたのである。


 付与とは名前の通り、何かしらの物質に、魔法によって元の性質とは別の特殊効果を取り付けるコトを指す。


「おお、凄い!!」

「はっは、魔道具の一つくれえはお前も見たことあるだろ?

 ここに並んでるコイツらだってその仲間なワケよ。遠路はるばるセンティリアル東方面の砂漠に居る職人から買い付けた、付与の込められた自慢の品ってこった。

 値段によって簡単なモノから長く効果が続くものまで、付与もいろんな種類を揃えてるぜ? ほら、これだってそうだ」

「へえ、投げつけると辺り一帯が焦土と化すとか?」

「いやそれは怖いだろ、バナナ剥きながら何言ってんだ……。

 てかお前、ネックレスに何を求めてんだよ……」


 首に付けたくねえよそんなの、とおっさんが言う。

 一見すると少しうさん臭い感じのちょびヒゲのおっさんなのに、言ってる事は予想以上に普通だった。


「こっち食べます?

 でも付与エンチャントって、時間ですぐに効果が切れるもんですよね?」

「売り物食っちゃマズいだろ……。貰うけどよ。

 んや、そんな事ねえぞ? これなんかはエメラルドの加工石に『風』属性の魔力を封じ込めてるがな、RES(魔法防御力)を上げる効果がある。

 上昇量はそこまで高くないが数年間は効果が消えないはずだ。エメラルドっつう素材自体が魔力に馴染みやすいのと、魔力が『魔法の効果を維持する』方に力を割いてることもある」

「へぇ……」


 バナナ食べてるおっさんが、バナナを食べてるおれに話す。


 自分の知識ではディーの『属性付与(エンチャント)凍結アイス』しか見たことが無いから知らなかったけど、そういう形の付与もあるのか。


 身につけてるだけでステータスを上昇させる装飾品。なんともそれっぽい感じだ。


 魔法は強力になるほど維持しづらく、状態を保つためにより多くの魔力を必要とする……、というおれの魔法の先達であるディーナ先生から聞いた話は、どうやら魔道具に関しても同じことが言えるようだった。


「付与はモノの材質と込める魔力の質で決まるからな。

 とんでもないもんだと、迷宮ダンジョンで魔力にあてられて自然に生まれた魔道具なんてのは、ほとんど効果が減らないまま残ってて、かつアホみてえに強い力を持ったヤツが発掘されてくる事もあるらしいぜ」


 ――――『古代遺物アーティファクト』――――。


 ……って聞いたことあるだろ? とおっさん。


 あんまりよく知らないと少しはぐらかし気味に答えると、彼は自分の売り場そっちのけで語り始めた。

 それはそれは熱心な様子で語り始めた。


 あまりに強力な付与効果を持たされた魔道具、一般的にそれはもうただの魔道具ではなく、『古代遺物アーティファクト』と称される。


 迷宮ダンジョンでごく稀に発見されて世にその姿を現す、未知の効果や大きな魔力を発揮するアイテム群の総称。

 特に能力の高い魔道具だけがこれに分類される。


 『古代の遺物』という名前は、おおよその傾向として『長い年月に渡って存在している迷宮から見つかりやすい』ことに由来して付けられている。

 迷宮が長く残っている、すなわち迷宮内の物が多様な魔力を長い年月浴び続ける事で、古代遺物アーティファクト級に該当する物質が生まれるのだ。


 ちなみに彼は、本当はそんな魔道具を扱ってみたいらしい。

 しかし問題として、何より高価たかい。

 市場に出たとしても、その取引価格は尋常じゃなく高い。


 職人が作る魔道具ですらその作る難易度から結構値が張るのに、古代遺物はその遥か数百倍の値段が付くとの事。

 ヘタすると指輪一つに、貴族の豪邸が数件建つようなとんでもないオープンザプライスが付けられる。

 それだけ希少価値のある物品ということだ。


 まあ、迷宮に潜るコトからして魔物との戦闘・迷宮の複雑難解な地形・持ち込める補給品も限られる環境などなどなど……と命懸けであり、それで最奥に辿り着いたとしてもなおブツを発見できる可能性は非常に少ない、となればこその値段ではあるそうだ。

 見つけた古代遺物を売る側としては、命を賭けても入手できるかどうかの歩の悪いギャンブルなのだからそんな法外な値も付けたくなるだろう。


 ……うむむ、迷宮と言うと、あの北の洞窟は迷宮のカテゴリに入るんだろうか。

 あるいはあれでも生ぬるい方なのだろうか。

 もう湖の底に沈んでしまったから判らないけど。


 どちらにしろ古代遺物なる品を手に入れるには、相当な実力と幸運か、うなるような大金貨を誇る財力に恵まれなければならないようだ。


 まあおれには難しい話である。

 力もなければ武器も持てないし、当たり前だが居候に財力なんてあるハズがない。

 運はお察しだ。


 北の洞窟で手に入れた物なんて、そこの洞窟の地図くらいだったしな。

 逆に持っていた武器は三本中の二本を壊されて、最後に残ったシャベルさんはスミド親方の鍛冶場で大破状態で転がってる有り様だ。

 

 だがおっさんは、古代遺物を手にすることが俺の子どもの頃っからの夢でよ、と語った。


「ムチャなコトは重々承知よ。

 だけどほら、やっぱロマンがあるだろ? ロマンが。

 男に生まれたからには、一攫千金で大金持ちってくれえのでけえ夢が欲しいよな!」

「はぁ」

「反応薄いなお前!!」


 そんな、イイ笑顔で言われましても。


 残念ながらおれには、一攫千金なんて訪れたためしが無いのだ。

 年末なんたらとかの宝くじはおろか、友人とやるような運要素の強いカードゲームやボードゲーム、果てはRPGにありがちなカジノにおいても一切アタリを引いた試しがない。

 自分でもなんだかなあと思うくらいの残念さである。


 でもまあ、ロマンがあるってのは確かに判るかな。


「ただ、古代遺物って名前からして凄そうですよね」

「だろう? かざすだけでデカい魔法が放てる腕輪バングルとか、自分の命令しか受けない魔獣を召喚できる宝石とか、聞くだけでワクワクして仕方ねえ!

 さっき怖いっつったけど、辺りを焼き尽くすネックレス……なんてのもどっかにあるかもしれねえぞ?」

「怖いですね」

「お前が言ったんだろうが!! とにかく、それほど古代遺物ってのはすげぇモンなんだよ!

 …………ま、そのお陰でカミさんと息子にゃ逃げられちまったんだがな」

「ダメじゃん!!」


 そんな、途端にヘコんだ顔になられても。


「だ、ダメじゃねえだろ!

 そりゃ自分に力はあるわけねえし、迷宮になんて潜れねえから普通なら古代遺物なんて見る機会もねえって判ってるけどよ……。

 あー、せめて金さえ貯まれば他のやつが発掘してきたのを売買出来るんだがなあ……古代遺物商人なんて憧れるよなあ……」


 おっさんの手でつまらなさげにぷらーんと揺らされてる緑翠色の石がはまったネックレスも魔道具、こっちからすれば結構凄いモノに見えるんだけどな……。


 だがその売り物は彼にとってはまだ不満足であり、あくまで彼はもっと上の物を扱うのを夢見ているようだ。


 自分で言ったことにしょげて気を落とすおっさんにどう言葉をかけるべきか悩んでいると、おれが何か言うよりも早くおれの後ろから声が掛かった。


「はぁ…………。また父さんは口を開けば、そんな事ばっかり周りの人に吹聴して……。

 だから母さんに逃げられるんだよ?」

「マルカン!? げ、いつの間に来てたんだ?」

「いつの間にも何も、今は出店確認の時間だって。

 そっちのお店の人も悪かったね、父さんの長話は退屈だったろ」


 一応確認させてくれ、と言いつつその人物はこちらに近付いてきて、おれの座っていた屋台の横の柱に掛かった木のプレートを手に取る。

 そして自分の持っていたバインダーに挟まった紙とプレートを交互に見やり。


 それを終えると、ベレー帽とターバンの中間のような形をした帽子を頭にかぶったいかにも若い商人といった出で立ちの相手は、おれを見て笑顔で頷いた。


「はい、ご協力どうも」

「…………? 確認……って何ですか?」

「え、知らなかったの!?

 今この紙に書かれた露店の登録と、実際に出店されてる店が合ってるかどうかを確かめてたんだけど!?」


 彼の手にあるバインダーに載っている紙には店の名前と品物、それと販売者のサインらしきものがリストアップされ、びっしりと紙を埋めていた。

 ファンキーさんもその中に登録していたのだろう。


 ……というかこの中央通りの露店、販売許可が必要だったのか。

 全然知らなかった。


「売り物も果物で間違いないし、出店許可書も貼ってあるけど、店員がその事を知らなかったっていうのは……?」

「ああ、ソイツは元の店主の代理で今日一日働いてるんだと。

 いきなり頼まれて戸惑っている所を、そこを俺がこの道の先輩としてノウハウを教えてやってたってワケよ。長話たぁ失礼だ」


 驚く相手に、おっさんが憮然ぶぜんと言葉を挟む。


 ……ノウハウって、別に話の内容は露店の品物の売りさばき方なんてものじゃなくて実際語られたのはほぼ全ておっさんのマイドリームだったような…………。

 なんてコトはもちろん言わない。

 聞いてて面白い内容ではあったんだし。


「うーん、あまり登録した人以外が営業してるのはマズいんだけどな……。

 ま、良いか。一応注意勧告ってことで、次はしないように気を付けてくれよ?」

「すみません、助かります」


 主にファンキーさんが助かるだろう。

 最悪おれはダメと言われたとしても、謝りつつこの屋台から後ろ歩きで離脱すればおしまいなんだし。


「ところでさっき二人が話してた『父さん』ってのは、つまり……?」

「ああうん、このクォーツって人は僕のオヤジ――――つまり父親なのさ。

 不肖の、って付けても全然構わないけど」


 商人帽の下で彼がアクセサリー屋のおっさんを軽く睨むと、おっさんの方はタハハと逃げるように笑った。


 なるほど、さっきおっさんが言っていた逃げられた妻と息子って、この彼のコトだったのか。

 図らずも話中の人物がタイミングもバッチリに現れた事になる。


「一応商業ギルド会員の持ち回りの仕事として、中央通りに出店してる露店は正式に許可を得たものかどうかチェックしなければならないんだ」

「へえ……、親子でそろって商人を?」

「いや、あいにく俺よかこっちのマルカンの方が要領は良いからな。

 子は商業ギルドの期待の若手、不器用な親はこうしてしがない露店商人よ」

「判ってるなら父さんはいい加減心を入れ替えて働いてよ、ヘンに魔道具マジックアイテムに執着しなければ母さんだって愛想尽かさなかっただろうに……。

 あ、すまない、初対面の人の前でグチることじゃなかったな…………、って、あれ?」


 何やら因縁浅からぬ関係、と言うよりストレートに親子関係だった二人に囲まれていたおれを、その息子さんの方がまじまじと見つめる。


 どうしたんだろうか、まさか何かミスが、例えばファンキーさんがギルドへの登録関連でミスってたとか……?

 あるいはおれが彼、マルカンさんに何か不手際を…………?


 …………ん? マルカンさん?


 ――――――思い出した!!


 こちらがポンと手を打つのと、相手がハッと気付くのは同時だった。


「君はそうだ、前に街の外で助けてくれた……!」

「あっ、もしかして、あの時ヘビに襲われてた!?」

「なんだお前ら、顔見知りか?」


 その節はどうも的なやり取りをてから、話に置いてけぼりになっていた横のおっさんに説明。


 あれはおれがこの世界に来てまだ日も浅い頃、たぶん二日目くらいだっただろうか。

 冒険者ギルドでお使いを頼まれて薬草の生えている草地に行こうとする途中、ヘビの魔物の群れに襲われている商人を助けたのだ。

 助けたとは言っても実際やったコトは、そのヘビを追い払ったくらいだけれど。


「あの時渡したウェストポーチ、使ってくれてる?」

「はい、もちろん。今は街の中なんで宿の方に置いてますけどね」


 そのとき助けた商人というのが彼、マルカンさん。

 『目』の洞窟へも持っていったウェストポーチは彼からお礼にと貰ったものだ。


 当時はまだ徒手空拳とそれからシャベルのみで活動していたため、荷物を詰め込めるバッグを入手できたのは非常に嬉しい事だった。


「ほ、ほぉ…………?

 お前、そんなひ弱そうなナリで戦えたのか……」

「失礼な!?」

「うん、からっきしな僕よりはウデが立つはずだよ。

 実際助けてもらった時も防具も何も付けてなくて、間に合わせのシャベル一本でヘビを叩きのめしてたからね」


 …………言えない。


 ……あれがおれの完全武装だなんて、絶対に言えない。


 なんか間に合わせって、ちょっと好意的に解釈されちゃってるし!


 これで「いやー、実はそのシャベルでどこぞの洞窟にまで潜って戦い抜いてきたんですよ!」なんて、いろんな意味で言えるワケがない。

 なので、潔く誤魔化すコトにした。


「まあ冒険者ですからね! あれぐらいならシュバババって感じですよ!」

「こいつが冒険者ねえ……。 なんでお前バナナ振り回してんだ?」

「シュバババ…………もぐもぐ」

「食うなよ! 売りもんだろ!!」


 店番をしてくれとは頼まれたが、食べるなとは言われてないのだ。

 ファンキーさんも店は適当な感じで進めていた記憶があるし、今日のバイト代の前借りみたいなもんである。

 ちなみに一本4エウル。おいしい。


 おっさんことクォーツさんにはもうあげていたためマルカンさんにも果物バナナを渡そうとした所、今は仕事中だからと遠慮されてしまった。

 あまりギルドの仕事での露店の巡回中に、営業している商人から物を受け取ってしまうとマズいのだそうで。


 彼は露店のチェック、営業監査的な事をしている、恐らく物を受け取ってしまうとワイロに抵触してしまうのかもしれない。なかなかに真面目な考え方だ。

 だがマルカンさん、自主的に購入するのはセーフだとのこと。


「あ、でもそろそろ昼だし、商会で事務やってる皆にお土産でも買っていこうかな。

 あまり手の汚れない物を……おっと、これは幾ら?」

「はいまいどあり、なんかよく判らないナッツ類ですね。

 そこの大きいお玉ですくった一杯が、ええっと、大体10エウルになります」

「安っ!?」

「しかも商品の名前から既に適当じゃない!?」


 一度に二人にツッコまれてしまった。

 非常に不本意だ。


 だがしかし、残念ながらファンキーさんに適当に仕事を任されたので、こちらとしても適当になってしまうのは致し方ないことなのである。なんだこのナッツ。


 おれは財布を取り出すマルカンさんに注文を受け、アーモンドやピーナッツらしき粒(ただし色は緑色だった)が詰まったカゴから、注文のおよそ30エウル分の分量をざっくざっくとすくって袋に詰める。

 なんだか袋が中のナッツで膨らんでトゲトゲのボールみたいになってるけど、まあ大丈夫だろう。


 これじゃ食べづらかろうと小分け用の袋をさらに二、三枚付けて、マルカンさんから青銅貨3枚と交換。


「ありがとう、酒飲みのギルドの先輩にもこれはウケると思うよ。

 しかもこの量で30エウルって、えらく安いような……」

「そうなんですか?」

「安いよ、本当。

 そこのナシだって4エウルってあるけど、他の所じゃ倍ぐらいの値段が付いてる所もあったからね。

 しかもこのアーモンド、確かドルクス国のかなり南の方じゃないと採れないやつじゃなかったっけ? ここから馬車でも二、三週間くらいは掛かる距離だよ」

「ええぇえ」


 今さらながらファンキーさん、マズくないか。


 おれに店を任せるとか以前に、この露店の経営ってきちんと成り立ってるんだろうか。

 ざる勘定で売っても儲けにならなかったりとか、運んでくる輸送費だけで赤字になってたりとかしないだろうか。

 それで生計成り立つのか。


 まあ、彼には彼なりの考え方があるのかもしれないけど……。


「んじゃ、もう少し話していたいけれど、そろそろ他の所も回らないと。

 昼ご飯も買ったし、なんとか早めに所定の数は出店確認をしておきたいな」

「おう、気を付けろよ」

「父さんも彼に油を売ってないで、せめて自分の店の売り上げをどうにかしてくれよ?」


 そう言って父親に辛辣なコメントを残し、おれには笑顔で手を振ってから、早足に歩き去っていこうとするマルカンさん。


 だが、そこではたと足を止めて振り返った。

 こっちに早足に駆け戻ってくる。


「あっ、そうだ!」

「なんだ? 果物ついでに隣の店のアクセサリーも買ってってくれるのか? 今なら親戚価格で」

「買わない!! 父さん、青い髪の知り合いっていたりする?」

「んぁ?」


 …………………ん?

 

 おっさんが素っ頓狂な声を上げた隣で、おれも動きを止めた。


 なんだって?


 …………青い髪?


「いやさ、さっき他の場所の露店を回ってたら、路地奥で青い髪の女の子がうろうろしてたんだよ」

「青髪なんてどこにでもいるだろ。

 ほら、あそこのローブ着てるエルフだって青いじゃねぇか」

「うーん、結構目立つような感じだったけどな……。

 なんというか遠目に見ただけだけど、色が鮮やかでキレイな感じ?」

「へぇ……。けど、なんで俺に?」

「父さん変わった知人が多いから、心当たりあるかなと思ってさ」


 青い髪。


 女の子。


 ………………。


 …………。


 ……。


 アゴに手を当ててる息子のマルカンさんと、知らねえわそんなの、と彼に言い返しているクォーツさん、その二人に。

 横から控えめに手を挙げてみる。


 おそるおそる、挙手してみる。


「あの…………」


 どうした、といった感じで二人の視線が集まった。





「――その変わった知人に、非常に心当たりがあるんですが…………」





 …………あの子、やっぱり迷子になってたのか。

 

 

 

ひろ

いん


日記はここで終わっている。

それではまた次回!


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